時は現代に戻る。
三鷹先輩が缶詰になって5日目の金曜日。
仕事が終わって家に戻ると、すでに木下がいて、陽葵と一緒に話し込んでいるし、葵と愛理ちゃんは夢中になって、おもちゃで遊んでいるようだ。
俺は木下にボソッと三鷹先輩の進捗について聞いてみた。
「木下、お疲れさま。ミオ先生(三鷹先輩)の進捗は順調なのか?」
「今夜が山場ね。明日は少しプロットをまとめて終わりだって言ってあるから、夕方には打ち合わせ通り、海鮮料理が凄すぎる、あの食堂に行きましょう。先生の旦那さんも、それに合わせて三上さんの家に来るはずよ。」
「了解。なんとか終わりそうなのか…。しかし、相当にドタバタだったなぁ。」
「三上くんの家を巻き込んでしまって本当にごめんなさい。明日の夕方の食事費用は、ウチの編集部持ちでやるわ。それにしても、愛理と葵ちゃんが仲良くなりすぎていて、そっちが不安よ。」
俺は、仲が良すぎる愛理ちゃんと葵が遊んでいる様子を見て少しだけ溜息をついた。
陽葵は少しだけ和やかに口を開く。
「日曜日の朝は、2人とも悲しくなるかも知れないけど、仕方がないわよ。うちの葵のほうは、旦那の性格を少しだけ引き継いでいるから、そのへんの割り切り方が凄いのよ。私の小さい頃を考えたら、こんな性格はしていなかったもの。」
「葵ちゃんは心が強くて凄いわ。うちの愛理はしばらく泣いているかもね…」
「まぁ、木下。メッセージアプリで繋がっているわけだから、たまに2人で会話させてあげると良いよ。そうすれば少しは寂しさも紛れるだろう…」
俺の提案に、木下と陽葵もニッコリ笑ってうなずいていた…。
しばらくして食事になった後、木下と愛理ちゃんが旅館に戻ったので、今まで書きためておいたDMを新島先輩と諸岡夫婦に流す。
そうすると、1時間ぐらいしてから、新島先輩からのDMが届く。
それを陽葵と一緒に読んで、夫婦ともに苦笑いを浮かべている。
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三上さぁ、やっぱり、こういう場合は、俺がいないと駄目なんだよ。
先輩のお袋さんと、加奈子さんのご両親は共に話し好きだから、その後のオチもよく分かるぞ。
たしかに、棚倉先輩夫婦は、寝起きが悪くてね。
下手をすれば、今でも自分の子供にたたき起こされる事もあるぐらい酷い。
ああ、マジに俺がいれば良かった。
お前たちを、こんな感じで突っ返していたなんて、初めて聞いたからさ。
棚倉先輩と会ったら、今度は加奈子さんと一緒に突っ込むわ。
これはマジに酷い。
三上もホテルに泊まると言い出すのも無理はないし、そのあとに加奈子さんの友人のホテルの人に、名古屋周辺の観光名所を聞いちゃうぐらいだから、内心は呆れていたのがよく分かったよ。
参ったなぁ。
約20年ぐらい前に、コレに気づいていれば、俺は絶対に、お前たちのもとに飛んでいった。
悔しいなぁ…。
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陽葵は新島先輩のDMを読んでクスッと笑った。
「でもね、あの時は、これで良かったのよね。2人で名古屋の観光を満喫したから、それで良かったのよ。」
「まぁ、この後のドタバタがマジに面倒くさかったけどな…」
「ふふっ…。あれには驚いたわよ…」
陽葵が相当に苦笑いしている。
あの時のドタバタは本音で勘弁してほしいと思ってしまったのだ…。
無論、新島先輩にもそのことはDMで綴るつもりなのだが。
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さて、時は19年前に戻って、ここは翌朝の名古屋のホテル。
俺と陽葵は午前7時には起きて着替えをしていた。
そして、ゆっくりと陽葵と話をしながら過ごしていると、そろそろ朝の8時になろうとしていた。
もう部屋でくつろぐことはないので、荷物をまとめて観光に出る準備をしているが、まずはチェックアウトの手続きをする前に、荷物をホテルに預けて、このホテルの近くのモーニングがある喫茶店に行こうとしてる。
「俺も、チェックするけど忘れ物は大丈夫かな?。意外と忘れちゃうモノがあるから気をつけないと…」
陽葵も俺も何度も部屋の中に忘れ物がないかをチェックして、部屋を後にしようとしたときに、俺がハッと気づいた。
「あっ、お土産のパンフレット!!」
「そうよ!!。危なかったわ。折角、あの人が持ってきたのに、忘れたら元も子もないわよ。あんなに親切にしてくれたのよ、絶対に無碍にしては駄目よ。」
陽葵は慌てて、それをバッグの中に入れている。
俺たちは基本、どちらもリュックで来たが、熱海で買ったお土産が邪魔をしていたので、モーニングで食事をしてホテルに戻ってチェックアウトした後に、いちど名古屋駅の新幹線入口の近くにありそうなコインロッカーにお土産のバッグを置いていくことにした。
お土産は名古屋駅の構内で買えば、お約束の品々は揃うだろう。
そして、陽葵はルンルン気分で部屋を出ると、エレベーターのスイッチを押した。
「もぉね、恭介さんと、こういう旅行が初めてだから嬉しくて仕方ないの♡」
「俺もだよ。大体さ、二人っきりになろうとすると、誰かしらの邪魔が入るから、今日は夕方までは無理だけど、ゆっくりと満喫して、みんなが心配しているから早めに戻ろうね」
「それが良いわ。それでも、絶対に名古屋を楽しめるわ。ちょっと動物園に時間をかけてられないかも知れないけど、そこは時間の都合上仕方が無いわ。あとは名古屋駅に行ったときに、のぞみの新幹線の時間次第よね。」
「そうだね。遅くても午後の2時頃には出たいから、その間に、名古屋駅周辺のお勧めされた味噌カツのお店に行って、あとは新幹線に乗り込もう。」
「ふふっ、問題は棚倉さんや加奈子さんの親子が、いつ気付くか…だわ。恭介さんの言うとおり、気付いた頃には新幹線の中だと思うの。」
「うーん、問題はそこだな。もう一泊だけは勘弁して欲しいからね。明日も基本はフリーだけど、やっぱり24日は午後から陽葵の家でゆっくりしたいじゃん。」
そんなことを話していたら、エレベーターが来て1階のロビーに降りる。
ロビーには昨日のホテルウーマンがいて、和やかに対応してくれた。
「三上様、霧島様、お荷物をお預かりしますね。それでは、行ってらっしゃいませ☆」
「ありがとうございます。食事をしたらチェックアウトをするので、後はよろしくお願いします。」
「えっ、え、ええ…、わかりました。あのお二人には、しっかりとお伝えしますね。」
もう、ホテルウーマンは笑いをこらえるのに必死だ。
俺と陽葵はホテルを出て、喫茶店に向かう途中で、少しだけぼやいた。
「これは、俺と陽葵、それにあの加奈子さんの同級生のホテルウーマンさんが、先輩達のお寝坊を懲らしめることに、ごく自然体で動いている結果なんだよな?」
陽葵は少しだけ声を出して笑った。
「はははっ!。恭介さん、その通りよ。お寝坊さんには、シッカリとしたお仕置きが必要なの。恭介さんは棚倉さんのお寝坊で、午前中の寮の受付を、かなりの頻度でやっている被害を受けているのよ。このさい、少しだけ懲らしめないと駄目なの。」
「ああ…。そうは言うけどさ。もう、その後のオチが怖くて、駄目だよ。とりあえずさ、俺は今から義理で棚倉先輩の携帯に電話をかけてみるね。それで、10時になったらさ、メールで、午後にはのぞみで帰ります。昨日は加奈子さんのご家族も含めて、ありがとうございました。なんてメールを送るよ。」
それを聞いた陽葵は、とても楽しそうだ。
「恭介さんは、そこが凄いのよ。ちゃんと棚倉さんや、加奈子さん、ご両親たちに義理立てをした上で、ちゃんと筋は通すのよね。」
「陽葵、これは義理立てをするのは無論そうだけど、あとから面倒な事が起きないようにする、布石でもあるんだ。俺は先輩に連絡をしたけど、1つも反応がないから、もう時間もないから帰りました。そういうシナリオが欲しい。これは、夕方にはもの凄い事態に陥る可能性があるよ。」
陽葵が俺の嫌な予感に対して眉をひそめている。
「恭介さんの嫌な予感って凄く当たるのよね?。絶対に今日の夕方に家に戻る辺りで、ドタバタがあるのよね?」
「たぶん、そうだと思うよ。参ったなぁ。今からそれが憂鬱なんだよ…」
俺は、陽葵と一緒に歩いている途中で、試しに棚倉先輩の携帯に電話を入れたが、しばらく電話を鳴らしても出ずに、留守番電話になる。
その留守番電話に「三上です。起きたら電話を下さいね」と、言い残して電話を切った。
それを脇で聞いていた陽葵が、やっぱりクスッと笑う。
「こういう場合の恭介さんって凄いのよね。留守番電話まで入れて、棚倉さんを気付かせようとした…ってことでしょ?」
「陽葵、それで間違いない。現に、今後が面倒くさいから、先輩たちには本当に起きて欲しい願望の方が強い。」
「そうよね、なんだか恭介さんを見ていると、少し不安そうなのが分かるもの…。これって、懲らしめなくても、結果的に同じ事態に陥るのよね?」
「そういうことだよ。もう、俺はそれが怖くて仕方がないよ。さてと、そろそろ、教えてもらった喫茶店の近くかな?」
教えてもらった喫茶店を見つけて入ると、俺と陽葵は席についてモーニングを注文する。
出てきたのはトーストの上に、粒あんが乗っている。
そこにコーヒーやサラダ、それにゆで卵やヨーグルトも出されているから、この値段でこの食事は豪華だ。
これは朝からカロリーが高そうだし、腹持ちは良いだろう。
どのみち、各所で何かを買って食べることもあるだろうから、朝はこのぐらいで良いかも知れない。
陽葵も粒あんがのったトーストにちょっと吃驚している。
「恭介さん、ちょっと吃驚したわ。これは、ここでしか食べられないわ。」
俺と陽葵は、少しゆっくりと食事をしながら、このモーニングを楽しんだのである。
◇
食事が終わると、俺たちはホテルに戻って、荷物を受け取るとチェックアウトを済ませた。
陽葵が会計や手続きを済ませている途中で、例のホテルウーマンに声をかけられる。
「大久保様から私の携帯に電話があると思うので、その際は三上様と霧島様のプランをお伝えしますね。もうお帰りの時間だった場合は…、三上様にお任せするしかありません。」
「分かりました。たぶん、もう新幹線の中だと思うので、その際は、なんとか頑張ってみます。」
お互いに笑いをこらえつつも、大人の会話を終えると、陽葵も横で聞いていたらしく、笑いながら会計を済ませている。
「とにかく昨夜からお世話になりました。私たちは時間を有効的に使って、観光を楽しみます。ほんとうに助かりました。また何かの機会に来ることがあれば、またお目に掛かりたいですね。」
「その時を楽しみにしていますよ。二人をみていると、楽しくてしかたありません。それでは…お気を付けて☆」
もう、ホテルウーマンさんは嬉しくて仕方がないから、やっぱり加奈子さんの寝坊と遅刻には懲りているような気がしていた。
俺と陽葵は荷物を持つと、手を振ってホテルを後にしたのだ…。
その後は名古屋駅に行って、コインロッカーに手に持って邪魔な荷物を置くと、俺は早速、新幹線の予約を入れた。
新幹線は、午後1時半ごろの席が取れた。
座席も2列のほうで、可愛い陽葵ちゃんと2人っきりだから気が楽でよい。
「さてと、駅に出て、このメモに従って動こうか。まずは観光ルートバスでお城に向かいますか…」
陽葵は俺の右腕をしっかりと抱きしめると、相当にルンルン気分で歩き始めたのである。