俺と陽葵は結局、加奈子さんの家にいた。
棚倉先輩の家で、加奈子さんのご家族と棚倉先輩の母親が、酒を飲みながら話しこんでしまって、もう、手が着けられない状態だった。
たぶん、棚倉先輩も酔った状態で、話し始めたら止まらない性格は、母親譲りなのだろう。
このさい、加奈子さんの両親は、二日酔いの心配もあるから、棚倉先輩の家から地下鉄とバスを乗り継いで帰ってもらうことして、俺や陽葵、加奈子さんに棚倉先輩は、加奈子さんの両親が乗ってきたワゴン車で加奈子さんの家に行くことにした。
無論、俺や陽葵は加奈子さんの家に泊まるので、全て荷物を手にして部屋を出たのだが、3人の親は、そんな様子に全く気づかない。
先輩や加奈子さんが声をかけるが、話に夢中で全く呼びかけに応じない。
それをみて、棚倉先輩と加奈子さんは、溜息をつくばかりだった。
加奈子さんが運転免許を持っているがペーパードライバーなので、親が運転していたワゴン車を運転しようとしたが、とても不安になっていたので、俺が運転を買って出た。
どうやら、こんな事態は二度や三度ではないらしく、いつも、先輩と加奈子さんの両親が会うと、こんな感じらしいのだが、今日は俺と陽葵がいるから、まさか、この状態にならなないと、2人は思っていたが、見事に親たちに裏切られたらしい。
加奈子さんの家に着くと、加奈子さんと棚倉先輩は、熱海で買ってきたプリンをダイニングテーブルに出した。
それぞれが椅子に座ると、棚倉先輩と同時に加奈子さんが紅茶を入れながら、長い溜息をついた。
そして長い溜息の後に、棚倉先輩が口を開く。
「三上、それに陽葵ちゃんも本当に済まぬ。俺の母親も、加奈子の両親も、三上と陽葵ちゃん泊めて丁重にもてなすなんて言っておいて、久しぶりに俺が帰ってきたのが嬉しすぎて、2人を放置して話し込むなんて失礼すぎる…。」
そして、加奈子さんが少し怒りを込めて、先輩の呆れに同意をする言葉を重ねた。
「…こんなの酷いわよ!!。わたしも怒っているからね。どうしよ?。このさいだから、親たちからお金を出すから、今から2人はホテルに泊まったほうがマシだわ。うちの親たちは、翌朝になったら三上さんと陽葵ちゃんに、とても失礼なことをしたことがよく分かるわ!!」
もう、加奈子さんは怒り心頭の様子だ。
それを、棚倉先輩が慌てて、加奈子さんが言いたいことをフォローするように、言葉を繋げた。
「い、い、いや…、せめて、新島がこの場にいれば、絶対に新島の家に泊まる事になったと思う。まったく…。あとで、俺や加奈子も、それぞれの親に猛抗議だよ…。」
俺と陽葵は笑顔でうなずきながらも、互いに視線を合わせて暗黙の了解で意思疎通を図った。
この際だから、本音を吐いてしまおうと俺は決める。
『部屋が空いているかどうか分からないけどね…』
「こうなったら、今から部屋が空いているか分かりませんが、ホテルに泊まらせて下さい。大丈夫ですよ。宿泊費は寮から出てますから。そちらのご両親については、相当に久しぶりに会ったようですから、仕方ないですから。私たちは親子水入らずの場にお邪魔するのは気が引けるし、これは仕方ありません。」
俺がホテルに泊まることに同意をするように陽葵が続く。
「この時期だから部屋が空いているかは微妙だけど、私たちは、そのほうが良さそうだし、これ以上、お邪魔するのは気が引けるわ…。」
加奈子さんも棚倉先輩も残念そうにしていたが、この状況なので、もう観念したかのようにうなずいている。
観念しているというか、もう、2人とも心の奥底では怒り心頭だったのだろう。
2人の作戦としては、俺と陽葵がホテルに泊まることで、親を叱る契機を作りたいわけだ。
そして、加奈子さんが携帯をバッグから取り出しながら、俺と陽葵に、こめかみをピクピクさせながら声をかけているのが分かって、俺は密かに怖いと思いながら彼女を見ていた。
それを棚倉先輩が、心配そうに見ているが、同じく、怖くて何も言えない。
「三上さん、陽葵ちゃん、ちょっと待ってね。駅前のホテルで働いている同級生がいるから、電話をかけてみるわ。宿泊費については絶対に、こっちで払うからね!!。あの馬鹿親たち!!。絶対に許さない!!。ここに涼くん(新島先輩)がいないのが悔しいの。あの親の暴走を止められるのは涼くんと、涼くんの母親だけなのよ!!。」
『参ったなぁ、これは後で大騒動になるな…。』
俺は、そんなことを憂鬱な気持ちで思っていると、加奈子さんはホテル勤めの友人と電話が繋がったらしく、加奈子さんが、その友人に事情を話していると、どうやら安堵の表情を浮かべている。
電話を切り終わると、俺と陽葵に何とも言えぬ表情で切り出した。
「ちょうど、キャンセルがあった部屋があって、ダブルだけど1部屋空いているわ。もう、一緒の部屋で大丈夫なことは分かっているから、このまま部屋を押さえたわ。ホテルまでは私と結城さんが案内するからね。」
それを聞いて棚倉先輩が溜息をついた。
「加奈子の言うとおり、俺のお袋も含めて仕置きが必要だろう。もう、三上と陽葵ちゃんが呆れて、ホテルに泊まったと言えば、顔色を変えるはずだからな…」
「この状況で、涼くんが加わる時は、私たちも、涼くんの家で過ごすのよ。そうすると、涼くんのお母さんが、私たちに夜食を作ってくれたりして、色々とやってくれるけど、今は涼くんが結核で咳き込んでいて、ちょっと危ないし、まだ体力も回復していないから、押しかけるのは無理よ。」
『そうか、この2人は新島先輩の病状を的確に把握しているからな…。先輩との電話で、あの咳き込み具合じゃ、突然にお見舞に行ったら少し危ないだろう。ここは会わずに帰るのが正解だよな。棚倉先輩だって今回は会えないと言っていたし。』
俺と陽葵は、その後、新島先輩の今の病状や、加奈子さんの友人が密かに新島先輩に惚れていて、紹介をしたことなどを聞きながら、プリンを食べ終えて少しだけ時間を過ごしてからホテルに向かうことにした。
俺と陽葵が全部の荷物を持つと、棚倉先輩や加奈子さんが、とても悔しそうにしている。
「このまま、私の家に泊めても良いけど、それじゃぁ、両親は反省しないわ。三上さんも霧島さんも、結城さんの家を出たのに気づかないぐらい話し込んでいて、どうして良いのか分からないから困ったのでホテルに泊まったと言うからね。」
加奈子さんがそう言うと、俺や陽葵を連れて地下鉄に15分ぐらい乗ったところで、駅を出ると、その地下鉄の駅前のホテルに案内した。
俺と陽葵、それに加奈子さんや棚倉先輩もロビーに入ると、ホテルウーマンが出迎えてきた。
そして、受付を済ませている間に、加奈子さんはホテルウーマンの1人に声をかけると、しきりにうなずいている。
たぶん、あの人が同級生なのだろう。
受付が終わって、案内されるまでボーッと陽葵と一緒に待っていると、棚倉先輩に声をかけられた。
「三上と陽葵ちゃん。本当に申し訳ない、宿泊費は後で親が責任を持って払うからな。俺たちはこの後、加奈子の家に戻って今日は疲れたから休みよ…。」
棚倉先輩は、眠そうにあくびをしている。
もう、色々とありすぎて相当に疲れたのであろう。
俺と陽葵はホテルウーマンに連れられてエレベーターを待っている間に、棚倉先輩も加奈子さんも疲れ切った表情で手を振って、加奈子さんの家に戻っていくのが分かった。
すると、さきほど加奈子さんと話していたホテルウーマンが来て、俺たちに声をかける。
「大久保様(加奈子さん)から事情を聞いています。何かあったら声をかけて下さいね。」
どうやら、案内をこのホテルウーマンがするようだ。
俺と陽葵は、エレベーターに乗り込むと、ホテルウーマンに話しかける。
「あの、朝ご飯を食べるときに、何処か良さそうなモーニングがある喫茶店を教えて下さい。朝食は抜きにしたので私たちは素泊まりの筈ですから…」
俺がそう答えるとクスッとホテルウーマンが笑った。
「エレベーターの中だから、ちょっと砕いて話すとね、加奈子ちゃんも、あのカッコイイ彼氏さんも、朝が弱いのよ。2人は朝から名古屋観光に連れ回すから大丈夫と言っていたけど、私はとても不安だわ。いいわ、もしも2人が朝になってもロビーに現れなかった場合に、午前中ぐらいに良さげなプランをメモをして持って来るわ。」
このホテルウーマンの予感は的中していたし、これが再び色々と大波乱を生むことになるのだが…。
俺は7階にある部屋に案内されると、グレードも普通で落ち着いた部屋だったので安心した。
だが、ちょっと脇にいた陽葵は緊張気味だ。
まずは、ホテルの内の注意事項や施設内の軽い案内が終わると、俺はベッドの上に少し腰掛けた。
「少し部屋の中で待っていて下さいね。パンフレットとメモを持ってきますからね。」
ホテルウーマンが部屋を出ると陽葵がホッとした様子を浮かべる。
「恭介さん、ホテルの値段が高いかと思ったら、そうでもなかったからホッとしているの。少し質素ぐらいなほうが良いわよね。これで高い部屋しか空いてなかったら、どうしようかと思ったもの…。」
「まぁ、それは流石にないから大丈夫だよ。あとは、お風呂は大浴場があるから、そこで少しゆっくりとお風呂に浸かって、あとは寝ようか。俺たちは棚倉先輩たちとは違って、規則正しい生活のほうだからさ…。」
俺と陽葵は、ちょっとクスッと笑うと、ホテル内にあった観光のパンフレットを見ながら、明日はどこを見ようか思案をしようとしていた。
「恭介さん、ちょっとワクワクするのよ。熱海城があんな感じだったから、明日はキチンとしたお城を見たいわ。それに、ここは水族館や動物園もあるのね。」
そんなワクワクした陽葵をみて、俺はとても可愛く思ってしまっている。
「やっぱり陽葵は可愛いなぁ…」
思わず本音が自然と口に出ると、陽葵は少しだけ顔を紅くした。
「もぉ、恭介さんったらぁ~♡。いきなり可愛いなんて言わないで♡」
そんな惚気たやりとりに幸せをかみしめた自分がいた。