しばらく、加奈子さんのご両親と雑談をしていると、その味噌煮込みうどん店に着いたようだが、都市部なので、駐車場があまりないらしく、店の近くのコインパーキングを利用するようだ。
「やっぱり都市部だと、車を駐める問題はつきものですよね…。なかなかに混んでいると苦労しそうで…」
そんな事を俺がボソッとつぶやいたが、加奈子さんの父親は、パーキングに車を駐めると、俺のほうを振り向いて笑顔でコクリとうなずいている。
「大丈夫だよ、ここの駐車場は店と連携していて、食事をすれば、ここの駐車場の割引券をくれるから…」
やっぱり都市部の感覚は、田舎とはチョイと違う。
綺麗な店構えだが、創業が大正と何処かに書かれていたから、相当な老舗なのだろう。
店に入って、それぞれ注文をする。
俺は陽葵と手羽先を二人で分けつつ、天むすのおにぎりも添えると、加奈子さんのお母さんがニコリと笑っている。
「三上さんは、その身体に似合わず、結城さんと食事量が同じだから吃驚だわ。食べても太らないし、スラッと普通の体型だから、ホントに羨ましい…。」
その加奈子さんのお母さんの関心に、俺が答える前に、陽葵がすぐさま答えてしまった。
「もぉ、食欲が凄いのに、太らないから、わたしも羨ましく思っていています。どうやったら、そんなに痩せられるのだろうって、いつも考えてしまうから…。」
俺はすぐさま、陽葵がこれ以上、何か言う前に、言葉を返すことにしたが、その言葉が少し悪かった。
「単に私の体質の問題だけで、そんなに、みんな首を傾げなくても…。陽葵も加奈子さんも、おかあさんまでもがスラッとしているし、健康的だから羨ましいですよ。私は背が小さいので、チビの大食いなだけで…」
そこに陽葵が何か言おうとして、口が開くのが分かったが、先に言葉を発したのは加奈子さんだった。
「結城さん、三上のさんのこういうところが良いのよ。陽葵ちゃんだけじゃなくて、私やお母さんまでちゃんと綺麗で健康的だと褒めてくれるところが、とても優しいの…。もぉ、わたしは、結城さんから、そういうことを言ってくれると、飛び上がるほど嬉しいのよ?」
再び、棚倉先輩は何も言えずに下をうつむくばかりだし、加奈子さんの両親はそれを聞いて大笑いをしてる。
笑い終えた加奈子さんの父親が、加奈子さんと先輩を見て、苦笑いしながら口を開いた。
「加奈子は、高校生までは結城くんに敵わなかったけど、今は立場が逆転したなぁ。結城くんが恥ずかしがっているから、この辺でやめておいてくれ。男としてはチョッと、それは恥ずかしいから。こういうところでは、三上さんのほうが上手なんだね。」
「母親の立場からするとね、旦那を尻に置いといたほうが楽なのよ。結城くんと付き合っていると聞いて、私たちは本当にホッとしているのよ。彼なら絶対に安心だから。しかし、三上さんは、そういうところが上手だわ。こっちまで羨ましくなるもの。」
その加奈子さんのお父さんの言葉に続いて、お母さんまでもが加勢するから、棚倉先輩は何も言えないのだろう。
その会話に陽葵が入ろうとして、少し口を開いた時に、棚倉先輩の携帯が鳴って、少しうつむいていた先輩が慌てて電話に出る。
先輩は、俺が名古屋まで来て、先輩の家に荷物を置いたことを告げると、味噌煮込みうどんを食べている、とか、加奈子さんの家族と一緒などと言っているから、電話の先は先輩の母親なのだろう。
「どうやら、うちの母親が仕事を早めに切り上げられたようで、すぐにここへ向かうらしい。地下鉄を乗り継げば20分程度でここに来られるだろう。」
「結城さんのお母さん、大丈夫?。明日の仕事を延長されたりしないの?」
加奈子さんはとても心配そうな顔をしていたが、先輩は首を横にふった。
「もともと今日はハードスケジュールだったけど、今日は入院患者がときたま退院して数が少ないから、1人減っても大丈夫だろう…ということだ。明日は余計なことがない限りは1日中、休みだからな。」
それを聞いて俺は少しだけホッとしていた。
俺が骨折をして入院していた時に、担当看護師の井森さんから、看護師の仕事はとても辛い仕事だと聞いていたから余計だ。
ただ、緊急入院の患者などが多数、押し寄せてしまった場合などは、呼ばれてしまうこともあるらしい。
俺たちは、追加で頼んだ、みそおでんなどを食べながら、なぜか、俺と陽葵が付き合った経緯について話していると、棚倉先輩のお母さんがやってきた。
俺と陽葵はその姿を認めて、慌てて挨拶をすると、先ずはお礼をされる。
「三上さんと陽葵ちゃん、ホントにありがとうね。結城ったら、寮にバッグと財布を丸ごと忘れるなんて、ホントに情けないよ。こっちはお前がシッカリしているから、親元を離れて涼くん(新島先輩)の面倒までみているからホッとしていたのに、油断ならないから困ったよ…。」
「お袋、本当に済まなかった。加奈子もいながら、かなりの失態で焦ってしまって…。」
「まったく、仕事の休憩中に携帯が鳴ったから本当に焦ったよ。お前は昔から一つの事に集中すると、他の事が見えなくなるから、困ったもんだよ。…ごめんね、三上くんと陽葵ちゃん。なんだか2人が可愛くて仕方ないわ。とくに陽葵ちゃんは、可愛すぎて娘にしたいぐらいだわ。」
棚倉先輩のお母さんがそんなことを先輩に言うと、そばにいた店員を呼んで、味噌煮込みうどんを注文している。
その注文が終わったのを見計らうように、加奈子さんのお母さんがニコリと笑って親同士の会話を始めた。
「三上さんも陽葵ちゃんも家族に欲しいわ。だって、うちは1人っ子同士だから、こんなに陽葵ちゃんみたいに可愛い子がいたから、毎日のようにデレデレしちゃうわ…。」
なんだか棚倉先輩と加奈子さんの母親同士がビールを頼みながら、そんな会話を始めたので、加奈子さんがすぐさま気を利かせた。
「お父さん、どうやら何時もの通り、食事に時間がかかりそうだから、私たちは三上さんや陽葵ちゃんを連れて、地下鉄に乗ってテレビ塔の辺りをぶらついてから結城さんの家に行くわ。このぶんだと、結城さんの家で夜中まで話してそうな雰囲気だもん。」
「そうだね、行っておいで。2人は名古屋は初めてだろうから、今はクリスマスだろうし、少し景色を楽しんでくると良いよ。あまり遅くならないうちに、棚倉さんの家に戻ってね。食事が終わったらお父さんも、2人を乗せてそのまま向かうからさ。」
どうやら、両方の母親は、俺と陽葵をネタにして話に夢中で、それどころではない様子だ。
加奈子さんの機転によって、俺たちは母親同士の長話に付き合うことなく、難を逃れたのだった…。
店を出て、地下鉄の駅まで歩いているときに、棚倉先輩は加奈子さんに話しかけた。
「加奈子、助かったよ。あのままでは、三上と陽葵ちゃんが母親達の会話に巻き込まれて、貧乏くじを引くところだった。これを予測して、お茶菓子やプリンを買っておいて良かったよ。」
「その通りよ。いつもの通りだけど、食事に行くと、いつもあんな感じでズッと話し続けるのは小学校のころから変わらないものね。そのあと結城さんの家に行って、夜遅くまでいるのはお約束だもん。」
『それじゃぁ、先輩と加奈子さんも、こういう仲になるわけだよな…。幼なじみというか、ほとんど家族同然みたいなモンか。』
そんな事を俺が考えていると、陽葵が少しだけ俺のほうをみて不思議そうな顔をしている。
ここは、住宅も建ち並んでいる感じだが、街灯がついて明るいので歩きやすいし、大学の寮の周辺を歩いているのと変わらない。
そんな感じだから、夜道を歩いていても、微妙な表情も何となく分かる感じだ。
「ああ、あの調子だと、今日は三上や陽葵ちゃんもいるから、無駄に長くいると思うぞ…」
「まったく参っちゃうわ。結城さんのお母さんも明日は休みだから、これは日付が変わってしばらくしても居続けるコースよ…」
それを聞いて俺と陽葵は顔を見合わせた。
「ねぇ、あまりにも話が長くて寝られないようなら、私とお父さんと一緒に私の家に行って寝ましょ。たぶんね、五月蠅くて寝られない可能性もあるわ…。」
加奈子さんからそんなコトを聞いた俺たちは、いっそのこと、ホテルに泊まってしまった方が早かったと後悔したが、この2人にそれを話したところで、そうは問屋が卸さないだろう。
俺も陽葵もそれは同じ事を思っていたようだ。
そして、そのことを先輩達に切り出す前に陽葵が、2人に本音と裏事情を打ち明ける。
「松尾さんや荒巻さんからはね、棚倉さんを送り届けたあと、ホテルに泊まるようなら宿泊費を渡されているから、イザとなったら恭介さんとホテルで宿泊も考えていたけど、それは、お2人が許さないよね…。」
棚倉先輩も加奈子さんも、激しくうなずいた。
「陽葵ちゃん、せめて、どちらかの家に泊まってくれ。そうしないと、俺と加奈子、それに家族も申し開きができない…」
そんなことを話しているうちに、地下鉄の駅について、切符を買って電車に乗る。
流石にここからの移動はプライベートなので、切符代は自分達の自腹だが、多方面からお金を頂いているので、それを躊躇わずに使っていく。
しばらく地下鉄に乗って、先輩たちに誘導されるままに、電車を降りて、駅から外に出ると、まずはテレビ塔が見えて、それをボーッと陽葵と見ていると、加奈子さんは陽葵の手を引っ張った。
「景色が良いのは分かるけど、こっちのほうが、もっと良いわよ。」
そう言われるがままに、先輩たちの後をついて行くと、少し楕円形の凝った建物がライトアップされているし、何やら床も光っているような気がする…。
『なんだか随分と派手だなぁ…』
そんなことを頭の中で思いながら、黙って陽葵を一緒に歩いていると、陽葵が手を繋ぎたい気持ちを抑えながら俺と一緒に並んでそれを見ているのが明らかに分かった。
棚倉先輩と加奈子さんがいるから、やっぱり、それをやるのは流石に恥ずかしすぎた。
「これは…綺麗だわ…」
陽葵は、俺を抱きしめたいような気持ちを覆い隠すように、少し声を落としながらも感想を漏らした。
「ふふっ、連れてきた甲斐があったわ。やっぱり綺麗よね。」
加奈子さんや棚倉先輩も楽しそうな様子だった。
2人は幼なじみだから、そのあたりはイチャイチャがないぶんだけ、俺たちよりは少し成熟している関係なのだろう。
しばらく俺たちは、そんな夜景を楽しんでいたのである。