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~エピソード9~ ⑨ クリスマス前に起こったドタバタ劇 ~棚倉先輩の家に行こう2~

 俺たちは窓口に行って、名古屋行きの指定席をとったが、もう夕方だったので、ちょうど新幹線の席が空いていて少し安堵をしていた。


 ほとんどは東京方面に帰る人が多いだろうから、下りは空いていた訳だ。

 棚倉先輩と加奈子さんが3列の席に座って、俺と陽葵は2列の席に座ることにする。


 無論、俺と陽葵の交通費は寮の予備費の扱いになるから、窓口で切符を買って領収書を貰ってお金を管理するのは陽葵の役割になっていた。


 そして、学生課が今回の件で、俺たちに予備費の中から交通費を渡す表向きの理由は、具合が悪くなった棚倉先輩を自宅まで送り届けた設定だ。


 まぁ、普段はシッカリとしてる先輩が、これだけの大失態をやらかすのだから、松尾さんや荒巻さん達は心配で仕方ないのだろう。


 俺や棚倉先輩が指定席をとった新幹線は、程なくしてホームに着いて、新幹線に乗り込んだ。


 そして、俺はまたリュックから延長コードを取り出して、俺と陽葵の携帯を充電すると、それを見た、棚倉先輩が少しだけ怪訝そうな顔をして俺に突っ込んでくる。


「三上よ。お前は新幹線で帰省などをしたことがないのに、携帯の充電器まで持ってきて、ここで効率的に充電するなど、随分と慣れているじゃないか…」


「先輩、そんな事はありません。うちの親父の出張の付き合いで、新幹線に乗ることもあるのですが、携帯の電池が無くなってしまって、慌てて東京駅で充電器を買ったことがありましてね…。」


「なるほど、どういう失敗から、学んだわけか。仕事なら、色々なところから連絡がきたときに、電池切れで電話に出られないなんて情けないからな。」


「そういうことですよ。だからこそ、その教訓もあるし、陽葵なんか両親が心配していることもあるし、私も松尾さんや荒巻さん、それに小笠原さんも相当に心配していましたからね…」


 そんな話をしていたら、車内販売のワゴンが来て、俺は寒いからホットコーヒーを頼んだのだが、陽葵はそれと一緒に、なぜかアイスクリームも頼んだ。


 陽葵は、アイスの蓋をあけて、スプーンでアイスをすくおうとしたが、アイスが固くてスプーンが入らない。


「きょっ、恭介さん、このアイス、とても固いわ…。」


「陽葵は足湯に入ったから、少し体が火照っていたか。新幹線のアイスって、メッチャ固いから、少し時間を置かないと食べられないよ…。」


 陽葵は、少しアイスが柔らかくなるまで、名残惜しそうに見ながら、ホットコーヒーを口にしている。


「もぉ、恭介さん、そういうことは、早く言ってね。こんなに固いとは思わなかったわ。」


「新幹線のアイスってメッチャ固いことで有名なんだよ。これも1つの体験として、お土産話になると思うよ。」


 陽葵は、俺の言葉になんだか嬉しそうな表情をしていた。

 それを通路を挟んだ隣の席から聞いていた加奈子さんまで何故か嬉しそうな表情をしている。


 そして、通路側に座っている俺の顔を見た加奈子さんは、ニコリと笑った。


「三上さんと陽葵ちゃんを見ていると、とっても幸せそうで、とても仲が良いのがすぐに分かるわ。」


 そこに棚倉先輩も会話に加わる。


「こいつらは仲が良いのを通り越して、たまに、こっちまで恥ずかしくなることを言い出すから油断ができない。2人が恥ずかしいことを言い出したら、こいつらの暴走を止めてくれ。特に三上は、無意識のうちにそれが言葉になって出てくるから、意表を突かれるから困っている。」


 俺と陽葵が時々、無意識のうちに惚気ることについて、棚倉先輩が口にすると、加奈子さんは穏やかに微笑んでいたが、しばらくしてクスッと笑って想いを口にした。


「もぉ、結城さんったら、三上さんや陽葵ちゃんみたいに、加奈子さんが世界で一番大好き♡、なんて、ここで叫んで構わないのよ。こっちは、そういう言葉を聞けば、恥ずかしいけど嬉しくなっちゃうから☆」


 そんな加奈子さんの強烈なノロケに対して、棚倉先輩は無論、俺や陽葵までもが無言になる。

 そして、少し間が空いた後に、棚倉先輩の口がやっと動いた。


「かっ、か、かな…、加奈子。それは、三上や陽葵ちゃんと同じだから止めてくれ。俺は、恥ずかしくて生きた心地がしない…。」


 そんな棚倉先輩の慌てた様子に、俺と陽葵は思わずクスッと笑ってしまった。


「ほら、三上さんや陽葵ちゃんは、そういうことを言われても、クスッと笑うぐらい余裕なのよ。もぉ、結城さんは、そういう事に関しては、疎すぎるのよ、まったく…。」


 俺はそれをジッと聞いているだけだが、心の中では、とても痛かった。 

 自分は無意識のうちに、陽葵ちゃん大好きを大爆発させてしまう事が度々ある。


 そのたびに、主に白井さんによって、ブレーキがかけられるのだが…。


 いま、加奈子さんが棚倉先輩に冗談で言ったような事を、無意識のうちに、俺も陽葵も言ってしまう訳だから、実際問題として、これよりも、ズッとタチが悪いのは明らかだ。


 陽葵も、それは俺と同じ事を思ったらしく、加奈子さんの言葉に、俺と同じように黙って苦笑いしている状況である。


 しかし、今日の陽葵は、ひと味もふた味も違っていた。


「恭介さん、私たちは意識することなく、それをサラリと言ってしまうことがポイントなのよね。それで白井さんに怒られてしまうけど、棚倉さんは恥ずかしがり屋さんなのよ。恭介さんのように何気なく、今日も陽葵は可愛すぎるとか、わたしが家で料理とか、お弁当を作ったりすると、陽葵が作ったものは、なんでも美味しいなんて自然に出てくるのは嬉しいのよ♡」


 俺も思わず本音が漏れてしまう。


「だって、ホントに可愛いから、本音が漏れるのは仕方がないよ。それに、陽葵が作った料理は美味しいから、それも仕方ない。」


 俺や陽葵のやり取りを聞いて、頬赤らめながら羨望の目を向けたのは加奈子さんだった。


「もぉ、三上さんは、陽葵ちゃんにベタ惚れなのよ。そんな言葉が自然と無意識に出てくるのは、女の子として嬉しいものね。いいなぁ、三上さんはよく分かっているわ。陽葵ちゃんは、改札口で会った瞬間にメチャメチャに息を呑むほど可愛いから、三上さんも、陽葵ちゃんの容姿では絶対に好きなる筈だと思ったけど、実際はそうじゃないのよね。これは、お互いが内面からベタ惚れなのよ…。」


 一方で、加奈子さんのツッコミから何も言えないのは棚倉先輩だ。


「三上と陽葵ちゃんよ。お前たちは、輪を掛けて加奈子の冗談に乗っかるつもりか?。こいつらは、こういうところが恐ろしくて仕方ない…。」


「結城さん、わたしは、全く怖くないわよ。だって、三上さんと陽葵ちゃんの気持ちは良く分かるもの。女心としては、三上さんの言葉はとても嬉しいし、こんな自然にサラッと出てくるのが羨ましいの。もぉ、分かってくれないかなぁ~~??。」


 棚倉先輩が、そんな加奈子さんの冗談とも本気ともつかない言葉を聞いて、縮こまっている中で、陽葵はようやく食べ頃になったアイスを美味しそうに食べている。


 俺はそんな陽葵の姿を見ながら、ペットボトルのお茶を飲んで、陽葵と一緒にお菓子を食べながら、ボーッとしていたが、無意識のうちに本音をボソッと漏らしてしまった。


「やっぱり、こんな姿の陽葵も可愛いよなぁ。このまま、ズッと見てしまうから怖い。」


「もぉ~~、恭介さんったら、こんなところで、無意識のうちに本音を吐くのはやめて。向こうの席で棚倉さんと加奈子さんが見ているから、とても恥ずかしいわ♡」


 加奈子さんは、少し顔を朱くしながらも、俺と陽葵を和やかに見守っている。


「そう、これなのよ。もぉ、結城さん、これなのよ!!」


 棚倉先輩は、加奈子さんの言葉に、うつむくばかりだった…。


 俺と陽葵は棚倉先輩と加奈子さんと一緒に、そんな雑談をしながら名古屋に向かっていたが、しばらく経つと、棚倉先輩も加奈子さんも、ウトウトと寝てしまったようだ。


 それを見ていた陽葵がクスッと笑う。


「2人は財布を忘れて、動き回っていたから疲れてしまったのよ。棚倉さんは財布やバッグを忘れるほどに疲れているから余計だわ。」


「そうだろうね。最悪の場合のことを考えて、俺や陽葵が時間まで来なかったことなども想定して、駅員に色々と尋ねたり、高速バスの窓口に行って色々と聞いたりして、非常事態に備えたと思うよ。」


「わたしも、そんな事態になったら、同じように慌ててしまうもの。加奈子さんは優しい人よ。やっぱり棚倉さんを愛しているのが分かるもの。」


「幼なじみだし、親御さん達とも交流があったと言うから、余計に馴染みが深かったんだろう。先輩も安心して好きになったと思うよ。」


「ふふっ、そうよね。恭介さんと私も家が近かったら良かったわ。そうしたら、今よりもズッとラブラブよ♡。」


 こうなったら、陽葵は俺に対してのラブラブが止まらなくなるから、少しだけブレーキを踏んだ。


「陽葵が俺を好きになってくれたのは、2度も助けた事で、俺の性格を陽葵が見抜いたお陰だから、コレで良かったと思っているよ。それ以前の俺は弱っちくて駄目だよ。」


 陽葵は静かに首を振っている。

 先輩達は寝てしまっているから、俺たちの言葉など聞いていないだろう。


「ふふっ♡。わたしはそれでも、恭介さんと付き合ったと思うわ。わたしの直感は親譲りで正確なのよ。こういう事に関しては、お母さんと同じで踏み外したことがないの。お父さんだって、なんだかんだ言って、学生の頃にあった浮気性を完全に潰したのよ…。」


『うん、それは、陽葵の母親だって、陽葵と瓜二つみたいな感じだから、芯がシッカリして、人にシッカリと尽くす性格で、あの美貌を持っていたら、陽葵のお父さんだって最後には、陽葵のお母さんに行き着くよ。』


 俺は頭の中ではそう思ったが、あえて、口には出さずに、少しだけ陽葵をおだてた。


「俺だって陽葵が可愛すぎる上に、俺に尽くしてくれる性格だから、有り難く思っている。俺だってこんな凄くよい女性が好きでいてくれるのに、離したくないよ。たぶん、陽葵がいなかったら、俺はこれから起こるであろう、人生の厳しい場面に耐えるコトができないと思う。」


「大丈夫よ。完全に女の直感だけど、恭介さんに厳しい試練が降りかかっても、わたしがいれば、なんとか乗り切っていけるはずだわ。これから、長い人生が始まるのよ。頑張っていきましょ。」


「はい…」


 俺は、こういう場面では生涯にわたって、陽葵の尻に敷かれっぱなしだったのだ。

 やっぱりいざって時には、女性の方が強い場合がある。


 だからこそ、俺の伴侶が陽葵で良かったと思える瞬間でもあった。

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