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~エピソード9~ ⑧ クリスマス前に起こったドタバタ劇 ~恭介と陽葵の小旅行3~

 俺と陽葵が息を呑む中で、棚倉先輩は言葉を続けた。

 もう、お淑やかな加奈子さんの笑顔が止まらない感じだから、俺と陽葵が先輩の家で泊まることは確定事項なのだろう。


 こういうところは、似たもの同士というか…。


「三上と、陽葵ちゃん。俺も加奈子も、俺の母親も含めての願いだが、せめて、一泊だけで良いから、俺の家に泊まってくれ。もう、母親なんか、お前たちにお詫びがしたいと言って聞かないし、加奈子の家族も、お前たちにお礼がしたくて仕方ないのだ。」


 俺と陽葵は同時に天を仰いだ。

 これは、事態が予想以上に悪化している。


「先輩。その件は、俺や陽葵、それに松尾さんや荒巻さんたちも含めて予想済みでしたけど、加奈子さんの親御さんまでもが、そこに加わるなんて予想をしていませんでしたから…。」


 俺は少し驚きながら言葉を返したが、陽葵は驚いて口をポカンと開けたままだ。


「三上や陽葵ちゃんが驚くのも無理はない。最近になって、俺や加奈子が付き合っていることを、どちらの親も認めてくれてな。もともとは小学校の頃から幼なじみのような感じで、前に住んでいた家が近かったし、親同士もたまに食事などで一緒するぐらいの面識だからな。帰郷するときに親に意を決して話をしたら、すんなりだったのだよ。」


 棚倉先輩は照れくさそうに白状をして、加奈子さんが、そのまま話を引き継いだ。


「わたしも、その状況だから、二つ返事で親は承諾だけどね…。熱海でデートをすることを親に告げていて、まさか結城さんが財布を寮に忘れるなんて思わなくて。最悪の事態を考えて、親に電話をしておいたの。その後に、三上さんや陽葵ちゃんが、財布とバッグを熱海まで届けてくれると聞いて、うちの親も大喜びだったのよ。」


 俺は、とりあえずコーヒーを飲んで、チーズケーキを口にしながら、加奈子さんに冷静にツッコミを入れる。


「そうすると、加奈子さん。私たちのことは、棚倉先輩が暇すぎて少しだけ帰郷をしていた時期に、そちらの家族ぐるみでの食事中に、棚倉先輩の土産話を嫌って程に聞かされたのですよね?」


 加奈子さんはそれを聞いて、再び笑い転げている。


「三上さんには、何にも説明が要らないぐらい、読みが早くて説明が省けるから助かるわ。そこで、親に三上さんと霧島さんが熱海まで財布とバッグを届けにくることを話したら、結城さんのお母さんは仕事で無理だけど、私の親と結城さん、それに、三上さんと霧島さんを交えて夕食でも…なんて言われてしまったの。」


『もう、棚倉先輩が財布を忘れて、お袋さんに電話をした時点で、彼女さんのご両親ともホットラインができていた…って訳だ。』


 俺は、陽葵と一緒に顔を見合わせて、何とも言えぬ表情を浮かべた。

 そこまで俺達のことをベラベラと話されると、こちらの心情としては、何だか恥ずかしいわけで…。


「先輩も加奈子さんも、お気持ちは有り難いですが、そういう水入らずのお食事に、私たちが乱入するのも…」


 そこで、陽葵が俺に続いて、少しばかり抵抗を試みる。


「棚倉さんや加奈子さんも、ご家族も含めて、お気持ちは有り難いのですが…。恭介さんも同じですけど、幼なじみの環境で、親子水入らずのお食事に、わたしたちが入るのは気が引けてしまって。」


 そこは、棚倉先輩や加奈子さんも首を振って否定して首を振っているから、もう、完全に確定事項なのだろう。


「大丈夫だわ。うちの両親も、結城さんの両親も、結城さんのお土産話を聞いて、三上さんと霧島さんに会いたがっているし、結城さんのご両親は、わたしと新島くん以外に、結城さんを叱る人ができて良かったと嬉しがっているのよ。」


 俺がそれに関して、口を開こうとしたときに、棚倉先輩は俺を畳みかけるように、加奈子さんの言葉を引き継ぐ。


「三上と陽葵ちゃん、俺も経験があるのだが、財布を忘れた寮生を追いかけたときに、寮の予備費から往復の新幹線代が出るのは知っている。だがな、ここから名古屋までの往復の新幹線代は、俺が持つから金は気にするな。」


 コレに関しては、こちらの事情を打ち明けた方が良いだろう。

 陽葵が何か言いたげにしてモジモジしているから、俺が、先輩に、細かい裏事情を打ち明ける。


「熱海の往復までの交通費は、先輩の予想通り、予備費から出ていますが、松尾さんや荒巻さんは、先輩のことを心配して、このまま俺と陽葵が先輩を名古屋まで送っていく事を望んでいます。ですから、名古屋までの往復新幹線代と、ホテルの宿泊費まで一時的に預かっている状況です。」


 それを聞いた、棚倉先輩と加奈子さんが慌てている。

 そして、加奈子さんは、棚倉先輩を少し叱るように口を開いた。


「結城さん!。これだけの大失態だから、みんなが、とても心配をしているのよ。もぉ、寮の皆さんに、迷惑をかけっぱなしだわ…。」


 それを聞いて、陽葵は不思議と安心感を覚えていた。

 そんな陽葵のホッとした表情を見ながら、俺は、棚倉先輩を畳みかけた。


『俺の着地点としては、棚倉先輩の家に泊まるのは仕方がないと考えて、交通費は寮の予備費で持つ事だ。』


「先輩、たぶん、予備費を出す手前として、まず、寮生が熱海で財布を忘れたことに気づいて途中下車をしたけど、その際に具合が悪くて一人では帰れず、俺と陽葵が同伴して名古屋まで送る…。なんてシナリオで予算を作るのでしょうね。」


 そこまで言われて、焦ったのは棚倉先輩のほうだ。


 彼はプライドが高いから、自分の失態に関して、そこまでフォローしてもらった、松尾さんや荒巻さん、それに寮のみんなに、頭が上がらなくなってしまったのだ。


 そこで結論を出したのは、棚倉先輩ではなく、加奈子さんだった。


「三上さんと霧島さん。交通費は寮で出して頂いて、私か結城さんの家に泊まってください。どちらになるかは、結城さんのお母さんの仕事の具合があるので。それだけは譲れません。」


 俺と陽葵は、それにうなずくと、俺が加奈子さんに返事を返した。


「分かりました。なんだか、申し訳なくて。それで、一旦、寮と連絡をさせて下さい。」


 棚倉先輩もそれで納得した様子だったから、やっぱり加奈子さんには敵わないのだろう。


 俺は携帯電話を手に取って、寮に電話をかけると、こんどは荒巻さんが電話に出た。

「荒巻さん、お疲れさまです。そういえば、理事は帰ったのですか?」

「松尾さんの家族と食事に出てしまってね、今は小笠原くんや北里くん、それに君の学友を含めたバイトの子たちに、理事がラーメンの出前をとってくれて、それを食堂で食べているよ。私もラーメンを食べて留守番をしているのだが、こっちのほうが気楽だよ。」

「荒巻さん、この時間に昼食とは、理事は随分と話を引っ張りましたね…」

「その通りだよ。付き合わされるこっちが殺されるよ…」

「荒巻さん、本題ですが、棚倉先輩の家に泊まることになったので、宿泊費分は返す形になると思います。今は熱海の駅前の喫茶店で色々と話をしていたところです。」

「分かった。とりあえず名古屋に着いたら、連絡をちょうだいね。私もラーメンを食べ終えたら、霧島さんの家に連絡を入れるから…」

「少しだけロープウェイとかに乗ってから名古屋に行きますよ。このまま熱海まで行って何もしないのは、棚倉先輩も名残惜しいようで。」

「ははっ、そうだろうね。遊覧船だけで帰るのはちょっとね…。わかった、また、連絡を待っているからね。」


 俺が電話を切ると、陽葵が俺の顔を見てニコリと笑いつつも、俺と荒巻さんの電話の内容がどうなったのか気になるようだ。


「恭介さん、どうなったの?」

「荒巻さんが電話に出て、承諾は得ているよ。延岡理事が来た影響で、今頃になって昼食らしい。理事と松尾さんは食事に出かけて、理事は、小笠原先輩や北里、それに、バイトや良二たちに、出前でラーメンをおごったそうだ。」

「ふふっ、やっぱりあの理事はお喋り好きだから、振り回されたら殺されてしまうわ…」

「そうだよなぁ。陽葵、荒巻さんも寮で留守番をしてラーメンを食べているから、家に電話をするなら今のうちだぞ。」


 陽葵はそれを聞いて、携帯をバッグから取り出して、家に電話をかけている。


 その間に、棚倉先輩が俺の顔をマジマジと見て、荒巻さんとの電話の内容を問いただした。


「三上、今日は延岡理事が来ていたが、事件の進展があったのか?。」

「いや、それが理事と延岡さんが寮に遊びに来ただけです。」

「それは災難だなぁ。振り回された荒巻さんが不憫でならない。あの理事の話し好きは大学内でも警戒されているぐらいだから。」

「そういう事ですよ。相手は長期戦になるのを覚悟で、寮の幹部たちにショートケーキとワッフルまで携えていたので、半端なく喋ると思いました。」

「そうか…。それで、俺の失態があって余計に話が長引いたか…。ほんとうに寮の人には悪いことをした。」


 そして、棚倉先輩は陽葵が電話を終えたのを横目で見ると、席から立ち上がった。


「さて、三上が荒巻さんとの電話で言った通り、時間はあまりないけど、折角だからロープウェイに乗ったり、足湯ぐらいには浸かるか。ここに来たから少しは満喫しないとな。」


 その棚倉先輩の言葉に、加奈子さんも、俺も陽葵も大賛成であった。


 ◇


 俺たちはバスを使って目的地まで行くと、まずはチケットを買うのだが、もう棚倉先輩は、「お前と陽葵ちゃんの分のチケットは俺が買う」と、言って聞かない。


 ロープウェイは3分程度で短かったが、熱海の海が一望できるし、眺めが良い。


 そして…、何も知らない加奈子さんが、とても純粋な疑問を呈した。


「ねぇ、三上さん、あの秘宝館ってなに?」


 俺はその、加奈子さんの何も知らない、ストレートすぎる問いに、どうやって答えようかと、かなりの勢いで脂汗をかいている。


 無論、棚倉先輩も、秘宝館の具体的な内容を知らないだろうし、俺の脇にいる、可愛くて、素直で、もう抱きしめたいぐらい大好きな陽葵ちゃんだって、全く知らないのは明らかだ。


 そこに輪をかけて、陽葵が俺に突っ込んでくるから洒落にならない状況に陥った。


「ねぇ、なんだか秘宝館って看板が見えるけど、どんな場所なの?。恭介さんなら物知りだから、知ってそうだけど…。」


 そんな陽葵と加奈子さんの純粋すぎる問いに、俺はどういう風に説明をして良いのか言葉に窮す。


 何も知らない清楚な女性たちから、そんなことを問い詰めれたら、俺だって、どのように答えて良いのか分からない。


 逆に言わせれば、その場に棚倉先輩しかいなければ、俺はストレートに答えただろう。


 そして、言葉に窮している俺に対して、棚倉先輩はトドメのツッコミを入れてくる。


「三上よ、お前が、これほどまでに、言葉に窮している姿を見たことがないが、そんなに、女性には見せられないような厳しい物があるのか?。前のように、あんな場所で寄生虫を見せられたら、俺はひっくり返るぞ?。その手の物なら、お前が言葉に窮しているのが分かる。」


 幸い、4人でそんな話をしていたが、人通りが少ないのが幸いした。


 俺は意を決して、秘宝館のことをストレートにかつ、簡潔に話すことにする。


「はぁ…。よっ、よ、よ…、要するにですね、あそこは古風ですが、卑猥なものしか置いてありません。昔は、会社での団体旅行が盛んでしたから、まぁ、そういうスケベ心の男性を目当てに、各所の温泉地に幾つかあったのですが、衰退して相次いで無くなりました。ここは日本で唯一、残っているなんて言っても過言じゃない場所です。ハッキリ言って、健全な青少年には絶対に見せられません。」


 俺がそう説明すると、女性陣は少し恥ずかしそうにしているし、棚倉先輩はポカンと口を開けている。


「そうか…。知らないって怖いな。三上がいてくれて助かったぞ…。」


 そこに陽葵が俺に容赦なくツッコミを入れてくる。

 何も知らないってホントに怖いし、ある意味では強すぎる。


「それで、恭介さんは、答えられずに窮していたのはよく分かったわ。でも、なんで、そんなことを知っているの?」


「あれはね、俺は棚倉先輩以上に、バイトの寮生と一緒に食事をしたり、バイト中に色々な寮生の面倒を見ていたから、色々な出身の寮生から地元の話を聞いているうちに、得た知識だよ。これは、1年の時に熱海出身の先輩に教えて貰った事でね…。」


 そこまで話すと、棚倉先輩はうなずいていた。


「ああ、郡山先輩か。もう卒業したが、お前は1年の時にバイトをしていて、同じ工学部だったから仲が良かったよな?」


「先輩、そういう事です。郡山先輩は、熱海は観光地だけど1つだけ罠がある。秘宝館だけは、そういう趣味じゃない限りは、何も知らずに入るんじゃないと、言っていたのですよ…。」


 それを聞いて、陽葵も加奈子さんもうなずいて、加奈子さんが俺に向かって口を開く。


「三上さんは、寮生と丁寧に接することで、リーダーシップを発揮する人なのね。そして、言われたことを覚えていて忘れないのも良いことよ。それが、こういう場所で活きるのよね。危なかったわ、三上さんがいなかったら、恥ずかしい思いをするところだった…。」


 こうやって、俺は色々な意味での危機を乗り越えたのである。

 やっぱり、こういうタイプの女性から、秘宝館の説明を求められるのは、俺としては、とても辛い。


 俺は、ロープウェイを降りるときに景色を眺めながら、この場で気力を使い果たしたことをもの凄く後悔していた。

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