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~エピソード9~ ⑥ クリスマス前に起こったドタバタ劇 ~2~

 俺や陽葵、良二や宗崎がラーメン屋から歩いて寮に戻ると、陽葵と一緒に受付室で時間を過ごした。


 どのみち、陽葵は俺の部屋に入れないし、このまま夕方まで良二と宗崎と一緒に雑談をしながら過ごすのが妥当であろう。


「良二も宗崎も、無理に俺の手伝いをしなくても良いのに…。マジに助かっているけどさ、帰りは陽葵を家まで送っていく時に一緒にそれぞれの家まで送っていくよ。」


 俺は2人に、家まで車で送っていくことを含めて話すと、宗崎が苦笑いしながら俺の言葉を返す。

「三上、その心配は要らないよ。本橋は暇を持て余していて、俺の家に泊まる事になったから、本橋も俺の家で降ろして欲しい。」


 良二が宗崎の話にニンマリと笑いながら、宗崎の話に補足をする。


「そういう事だよ。もうね、こういう生活が日常茶飯事になってしまったのは、お前のせいだけど、これも悪くはねぇ。どのみち俺は冬コミで出費が凄いから、そこまでは節約しないと、正月は初参りのお賽銭も出せなくなるからな。」


「まぁ、ほどほどにしてくれよ。ちなみに、明日の午前中は棚倉先輩の送り迎えがあるから、俺はいないと思うから午後からかな。明日は諸岡が1日中いると思うから、イザとなれば任せておけるけど、アイツは家に帰れなくて不憫だから、俺がいる間はなるべく負担を減らしてやりたいのさ。」


 すでに諸岡の事情は、宗崎や良二も知っているので、渋い顔をしている。

 そして、宗崎がそんな顔をしながら口を開く。


「三上は、そういうところが後輩想いだよな。だからこそ、諸岡クンみたいな後輩が、三上を支えようとして離さないのは分かるよ。」


 陽葵は気を利かせて、家から持って来たリンゴジュースを皆に紙コップに入れて注いで渡すと、良二が少しだけ考えた後に、陽葵に問いかける。


「奥さん、リンゴジュースってニンニク臭を消すって言われてますよね?、流石は気が利きますね!」


 その質問に陽葵が答える前に俺が答えた。


「陽葵の家では、ニンニク系の料理が出てくると、お母さんが気を遣ってリンゴジュースを出してくれるから、お約束になっていてね。今日はスタミナラーメンを食べることが決まっていたから、大きな紙パックを持って来て、受付室の冷蔵庫に入れて置いたわけだ。」


 受付室には、受付をやっている寮生が困らないように、とりあえずペットボトルのお茶やジュース類などが入っている事も多い。


 時々、松尾さんの奥さんが気を遣って、夜食などを入れてくれる事もあるから、この辺は寮幹部の特権だったりするのだが…。


 俺は仕送りが途絶えたときに、その冷蔵庫に入った夜食で飢えをしのいだこともあった。

 最近は、週末になると陽葵の家でお世話になりっぱなしだし、お昼は陽葵が弁当を作ってくれるから、一気に上流階級になってしまっていて、今のところはお腹が空いて困窮することはない。


 そこに、大宮と竹田が揃ってやってきて、大宮が俺に声をかけてきた。


「三上、そろそろ俺たちも、実家に戻るよ。お前たちは24日まで寮にいるのだよな?。お前と諸岡に仕事を押しつける形になってマジにすまん。」


「大宮も竹田も気にするな。俺は週末になると陽葵の家にお世話になることが約束されているから、言うなれば、こういう時に残っていないと、皆から恨まれてしまうよ。」


 2人は、休み明けに寮に帰ってくる予定が書かれた紙を俺に渡すと、名残惜しそうに行ってしまった。

『大宮も竹田も帰ってくるのは5日以降か…』


 俺は4日の夜には寮に戻ろうと考えていた。


 諸岡に、全ての寮の仕事を押しつけるのは可哀想だし、陽葵の家族が大晦日から3日まで、俺の実家に泊まりに来る事になっていて、帰るのが4日なので、このほうが効率が良かった。


 陽葵の家族は俺の家で正月を過ごすことが決定しているのだ。

 陽葵は俺が25日の午後から実家に帰るのだが、一緒に行くことになっている。


 これには理由があって、表向きは24日に実家に帰ることになっているが、この日はクリスマスイブだから、陽葵の家で過ごす事が義務づけられていたのだ。


 これは陽葵の両親や颯太くんからの熱烈な希望もあったし、陽葵も俺の家に泊まるのに準備もあるから、合理的な理由ではあるのだが…。


 陽葵は自分の家族と一緒に大晦日に来ても良かったのだが、これは陽葵が「毎日のように恭介さんと一緒にいるのは当たり前なのよ♡」という、ごく自然でかつ、テコでも動かぬ陽葵の強い意思がヒシヒシと伝わってきたから無理だったのだ。


 そこで、俺は大晦日の朝から陽葵の家族を車で迎えに行って、陽葵の家族を迎え入れるというハードスケジュールが組まれてしまっている。


 毎年、大掃除は俺も含めて家族でやっていたのだが、今年は陽葵が俺の実家に来るから、お袋は陽葵ちゃんがいるから絶対に大丈夫と言って、俺の意思も聞かずにパパッと決めているから困った。


 陽葵の家のほうは、陽葵の母親がマメなので、大掃除は12月に入った時点で、週末になると俺も手伝う形で、色々なところの掃除させられたから、もう掃除をするような場所も皆無になってきているから、そこは大丈夫なのだろう。


 そんなことをしているうちに、高木さんの声が寮監室の奥の方から聞こえてきた。

『あれ?高木さんか?。年末で松尾さんの奥さんの料理の手伝いに来たのかな?』


 寮監室の奥は、寮監用の自宅と繋がっている少し長い廊下があって、そこを誰かが出入りすると歩いている音が響くから、誰が来たのか、すぐに分かったりするのだが…。


 高木さんが受付室にひょっこりと顔を見せると、俺と陽葵に声をかける。


「あらっ、本橋くんと、宗崎くんも来ていたのね。ちょっとバイト代を弾むから、2人は、しばらくの間、受付を頼むわ。三上くんと霧島さんは、松尾さんの家にいらっしゃい。ちょっと色々とお話があってね…」


 どうやら、宗崎も良二も、高木さんのバイト代が出るという話しで、少しガッツポーズをしているから、年末の飯代ぐらいの足しにはなるのだろう。


 高木さんに連れられて、俺と陽葵が松尾さんの家のリビングに行くと、そこには白井さんと諸岡がいて、全く知らない熟年夫婦と思われる男女が松尾さんと寮母さんと一緒に談笑をしていた。


『なんだか嫌予感しかしない…。』


 なんだか、とても面倒なことに巻き込まれそうな予感しかしなくて、俺は最大限の警戒を払っていた。


 俺と陽葵を見た松尾さんは、真っ先に俺と陽葵を熟年夫婦と思われる人に紹介をする。


「彼が学生寮長の三上くん、そして三上くんの婚約者で白井さんの友人の霧島さんです。」

 俺と陽葵が挨拶をすると、男性のほうから声をかけられた。


「美保(白井さん)の両親です。いつも美保がお世話になっています。三上さんや、霧島さんのお陰で、美保が随分と精神的に成長したのがよく分かって、親としては三上さんや霧島さんが、美保の友人で良かったと思っているのです。」


「いえいえ、白井さんには、いつもお世話になっています。寮の仕事では、後輩ながら、随分と助けて頂いて…」


 そこまで言うと、こんどは白井さんの母親の口が開く。


「三上寮長さん、謙遜は止してください。三上さんや霧島さんのおかげで、美保は心を入れ替えたのがよく分かったし、根がとても良いボーイフレンドまでついてくるなんて、想像できなかったのですから…。」


 俺と陽葵はお互いに顔を見合わせると、白井さんと諸岡は少し恥ずかしそうに下を向いた。

 そこで、松尾さんが話を切り出す。


「白井さんのご両親が寮に来たのはね、白井さんが諸岡君と同じように、寮に残って休みを削ってまで寮の仕事をすると聞いて、少し心配になってご両親がやてきたのだよ。諸岡君の事情は君たちもよく分かっているから、正月中も寮にいるのはやむを得ないと私ものだよ…。」


「松尾さん、その言い方だと諸岡は、正月休み中に家路に帰れそうな身寄りでもあったのですか?」


 その質問に、全員が俺をジッと見たので、やぶ蛇だったと思って俺は少し後悔の念を抱いていたが、実際は違っていた。


「三上くん、実はね、白井さんは三上君たちの真似をして、今の寮での白井さんが置かれている現状と、諸岡君の事まで、自身のご両親に説明するために、わざわざ呼んだらしくてね…」


 俺は少し吃驚して、目を見開いた。


「白井さん、諸岡も、私たちの真似をしようとして、無理をしないでくれ。俺と陽葵は、色々と特別なことがあって、偶然が重なった結果からこうなっているから、俺たちに無理に重ね合わせようとすると、とても無理がくる。人それぞれ家庭の事情が違うのは当たり前だから困るよ。」


 俺の言葉に、松尾さんや高木さん、それに寮母さんや、白井さんのご両親まで激しくうなずいている。

 そして、白井さんの父親の口が開いた。


「美保、たしかに三上寮長さんも霧島さんも、お前が見習うべきようなシッカリした子だけど、お前や諸岡くんはタイプが違うと思うぞ。諸岡くんはシッカリした子だし、私もこの子なら納得しているから、美保の世間知らずを直す意味でも、大いに交際して欲しい、でもね、三上寮長さんの言う通り、無理に合わせるべきではないぞ…」


 その白井さんの父親の言葉に、白井さんが少しうなだれたところで、松尾さんが話の軌道修正をする。


「そうそう、諸岡君は白井さんの家で正月を過ごすことになった。諸岡君の生い立ちを聞いた白井さんのご両親が、いてもたってもいられず…ということだ。」


「白井さんのご両親には、後輩の諸岡の身寄りがないところを助けて頂いて、ほんとうに感謝しています。私も諸岡のことが気がかりでしたので、冬休みは無理でも、春休みは友人達が遊びに来るときに、私の家に1~2泊でもさせようかと思っていたところでした。」


 俺はとっさに、白井さんのご両親にお礼を言っていたのだが、冷静に考えると、俺は諸岡の保護者でもないし、それは松尾さんの役目だろうと思って心の中でツッコミを入れてしまった。


 そこで、寮母さんがすぐさま、俺のフォローに入る。


「三上くんは、そういうところがあるから、後輩からしっかりと慕われるのよ。諸岡くんを酔っ払った寮生から助けたなんて、そんなことをされたら、絶対に、あなたにズッとついていこうと思うもの。彼が、あなたの後を継いで時期寮長になるのは、三上くんの人柄のお陰よ。それに白井さんのやる気が、ここまで凄くなったのも、三上くんと霧島さんのお陰なのよ。」


 その寮母さんの話に、皆はうなずいているが、俺と陽葵は依然として立ちっぱなしだ…。

 この場は身内話と同じような雰囲気だから、長居は禁物だと思って、即座に退散しようと試みる。


「みなさん、この辺で、私は受付があるので受付室に戻りたいと…」


 陽葵もそう思っているようで、俺の言葉にしきりにうなずいた。


 それを制したのは高木さんだった。


「あなた達を呼んだのは、白井さんや諸岡くんの寮生活や普段の振る舞いを、白井さんのご両親にお話ししてもらいたくて、ここに呼んだのよ。だって、この2人の交際を学生の中で知っているのは、三上くんと霧島さんだけよ。」


 俺と陽葵はリビングのソファーに腰掛けて、しばらく諸岡の寮内での話や、陽葵が白井さんと過ごしている学部での話、それに、俺や陽葵とその仲間達を取り巻く環境などを詳しく話したら、もう、かなりの時間が経過している。


 その話から解放されて、受付室に戻ったのは2時間後だった。

 俺と陽葵が疲れた表情をしていると、良二がすかさず突っ込んだ。


「お前も奥さんも、なんか面倒なことに巻き込まれたのは、すぐに分かるよ。高木さんに呼ばれた時点で寮の仕事の関係だろうから、面倒だったよな…」


「うん、ちょっと休み明けの寮の仕事について、色々と細かい話があってね。棚倉先輩も院試で忙しいし、結局、寮内でマトモに指揮できるのが俺頼みになってしまうからさ…。諸岡は正月中は親類の家で過ごすことになったから余計だよ。」


 俺はとっさに嘘をつくことにした。


 白井さんの親子が来ているとなれば、諸岡との交際が自ずとバレてしまう可能性があるし、それは本人の要望を踏まえてプライバシーを守りたかった。


 このあと、受付を予定された時間までやって良二や宗崎と過ごしていた。


 受付を終えて、良二や宗崎は高木さんからバイト代を貰うと、俺は時間になって、良二や宗崎を送った後に、陽葵を家まで送り届けて寮に戻る。


 諸岡と白井さん親子は、このあと、食事に出かけることになったから、受付は俺が寮に戻るまで松尾さんが代行してやることになった。


 そして、寮に戻って、1人でポツンと飯を食いながら色々と考えていると、寮に残っている、同期の北里から声をかけられた。


「最近の三上は、色々と悩むことが多くて、俺たちも心配になるよ。お前はあんなに美人で可愛い彼女がいるけど、新島さんが突然にいなくなって、2年生なのに寮長を任された上に、色々と難しい仕事を押しつけられているから、洒落にならないよな。」


「うん、そんなところだよ。そういえば、北里は、そのまま寮に残る予定だよな?」


「俺は居残り組だよ。そういえば、諸岡も正月はズッと残るのか?。アイツは帰る家がなくて可哀想なヤツだから理不尽で仕方ないよ。」


「諸岡は、今年の冬休みは親類の家に呼ばれているらしいから、とりあえずは、寮にずっと居続けることはないみたいだね。」


「それはそうだよな。アイツは帰るところがないから、マジに可哀想だ。」


「まぁ、諸岡には色々と事情があるからなぁ…。北里は長崎の離島だったから、旅費がなくて家に帰れないのが理由だけどさ。あいつはちょっと事情が違うからな。親類も哀れに思って、正月ぐらいは…ということだろう。」


 隣に座った北里は、俺と一緒に寮の飯を食べながら、そんな話をしながら時間を過ごす。


 その後は、夜までズッとボーッと受付をやりながら、風呂に入って、何気ない普通の寮生活をしながら、この日を終えたのだった…。

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