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~エピソード9~ ⑥ クリスマス前に起こったドタバタ劇 ~1~

 さて、時は19年前に戻る。

 クリスマスが数日前に迫った年の瀬の時期。


 もう、大学は、ほとんど年内の講義が終了して、正月明けまで講義がない状況の学生がほとんどだ。

 単位が怪しい学生や、追試や補講があるような学生はともかく、もう、世の中は、クリスマス気分である。


 学生寮内では、早々に講義の予定がなくなった寮生が大学の休館日を待たずして、早々に実家に帰る人も多いのだが、俺は寮長の立場だから、休館日の24日の朝まで寮に居残ることにした。


 そんな俺と陽葵が一緒に受付をしていると、1月に院試を控えた棚倉先輩が、俺たちの姿を認めて、フラフラになりながら受付室に入ってきて俺の隣に座った。


 陽葵は慌てて、プラスチックの使い捨てのカップに紅茶を注いで棚倉先輩に出すと、先輩は角砂糖を入れて美味しそうに飲み干した。


「陽葵ちゃん、ありがとう。院試が来年早々に控えているから、追い込みをかけていてね。」


 棚倉先輩が、ひと息ついたところで、俺は少しだけ突っ込んで聞いてみた。


「先輩、院試ですけど、秋期じゃなくて春期にしたのは、教育実習の影響もあってですか?」


「それが一番大きいかな。それに、文化祭も控えていたし、お前たちの事件があった上に、卒論を早々に終わらせたかった。もう一つは、教授選びに苦戦してしまって、色々と遅れてしまってね。三上のように最初から目的があって、教授が決まっていれば話が早かったのだが、そこが上手くいかなくて、ようやくだったから。」


「先輩、そうすると、それは、博士課程後期まで睨んだ動きですよね?」


「うむ、そういう事だよ。安易にフラッと適当な教授についてしまうと、それは厄介だからな。」


「それで、先輩は明日から帰郷ですよね?。私は24日の朝まで残ってますけど。」


「お前や諸岡には悪い事をさせた。院試がなければ、少し帰郷を遅らせても良かったけど、こうなったら、大晦日と正月以外は家でも、少し勉強をしたいからな。」


 その会話を陽葵はジッと黙って興味深そうに聞いている。


「諸岡のほうが不憫ですよ。俺は、しっかりとした身寄りがありますが、アイツは父親を小学生で亡くして、中学生になって母親を病気で亡くして身寄りを失って、親類の養子に入った三男坊ですからね。それで、家に帰るあてがない話を最近になって本人の口から聞いたから、気持ちがとても複雑ですよ。」


 棚倉先輩も陽葵も諸岡の事に関して、目を閉じてうなずいている。


 これは、俺や陽葵、それに棚倉先輩と諸岡が、冬休みの件で松尾さんと一緒に寮監室で打ち合わせをしていたら、諸岡本人から明かされた話だった。


 そして、諸岡の学費や寮費に関しては、自分の親が残した保険金や小さい頃に売り払われた家などの資金を、諸岡を育てた親族が大切に預かっていたが、大学に通い始めたことを切っ掛けに、諸岡自身がそれを管理する事になり、それを切り崩して学費や寮生活に充てていることが分かったから、諸岡が寮のバイトをるのは、とても正当な事だと分かって安堵をしていた。


 どうやら、諸岡曰く、両親の保険金が相当にあったようで、大学4年間を通じて寮生活をしたとしても資金は余るらしいが、就職した際の生活準備資金や、失業したときの予備として取っておきたいと言っていた。


 金には困ることはなかった諸岡は、俺の真似をして、修行のためにバイトをしていたのが実態だったが、そのような境遇が分かった時点で、諸岡は、バイト連中から、金があるのに、わざわざバイトまでして…なんて白い目を向けられる事はなくなっていた。


 諸岡は、大学を卒業したら、意地でも何処かに就職をして、生計を立てなければいけない。

 彼の身の上におけるハングリーな部分が見え隠れしているのは、そういう背景があるからだろう。


 そんな不憫な諸岡は、今は白井さんと一緒にデートに行っているから、気兼ねなく、そんな話ができる。


 しかし、俺と陽葵は諸岡と白井さんが付き合っているのを知っているから、もっと気持ちが複雑だ。

 さすがに白井さんも、冬休み中は自分の実家に帰ってしまうから、諸岡は寮に残ったままになって、相当に不憫である。


 白井さんは諸岡と付き合っていることを、親に話していないから、冬休み中は諸岡と、面と向かって会えないだろう。


 それを証拠に、白井さんは、女子寮の幹部になったから、居残りをしている寮生を助けるという名目で、26日まで寮に残って、1月4日には寮に戻る事になっていたから、心中は随分と苦労をすると思われる。


「しかし、三上よ。お前は、諸岡のような目的意識がしっかりとしたヤツを見つけてきたのは偉い。アイツはド真面目が過ぎるが、芯はシッカリしているから、寮を無難にまとめられそうで、ホッとしているのだよ。」


「諸岡はともかく、俺は、棚倉先輩が院生の後期までいるから安心していますよ。あと4~5年は安泰でしょうから。」


「三上よ、それを確定したように言うではない。世話になる教授や、俺の状況によっては、他の大学の院生になることも有り得るのだぞ?」


 実際に棚倉先輩は、俺の予言通り、教授になるまで学生寮に居続けることになったのだが、寮の運営については後期課程になった時点で、さすがに寮の役職を完全に降りる形になった。


 その後は、後輩が迷ったら軽くアドバイスする程度の存在になっていたらしい。

 これは、諸岡の後釜になった江川が、ボサッとしてる俺とは違って、とても優れていたこともあるのだが…。


「お前は、学部で成績がかなり優秀なのに、院生になる気はないのか?。…そうか…、やっぱり親の都合だから仕方ないか。」


「その通りです。俺の大学生活は親の家計に、かなり響いていますから、本来なら一刻も早く手伝って無給でも良いから家計を助けないとダメです。どのみち、俺は陽葵と結婚するまでの間なんて、結婚式の資金を貯めつつも、給料なんて小遣い程度でも構わないですから。」


 そんなことを口にすると、陽葵の顔がみるみるうちに朱くなっている事に気付いたが、時すでに遅しだった。


 それを察した棚倉先輩が、オドオドし始める。


「三上よ!。陽葵ちゃんと結婚を前提にして、空気の如く話を進めるではない。お前らの仲を考えると、それは当然と考えるべきだが、陽葵ちゃんが、それに恥ずかしがっていて、俺は見ていられないぞ!。」


 そこに陽葵が棚倉先輩に無意識のうちにトドメを刺す。


「もぉ~~♡。恭介さんったら、そんな、結婚なんて、ホントのことを♡。」


 院試の勉強で疲れ切っていた棚倉先輩は、俺と陽葵に当てられて、精神的ダメージをモロに喰らっていたのだ…。


 棚倉先輩はしばらく轟沈した後に、話を本題に戻した。


「しかし、いつも思うのだが、長期の休みの前に寮生が次々と居なくなると、少し寂しいものだな。お前の隣の部屋の村上も昨日、実家に帰ってしまったから余計だろう。食堂は24日の夜までやっているが、最近は飯時になっても、あまり寮生がいなくて閑散としているからな。」


「そうですねぇ。これは仕方がありませんが、この立場になると、休み中も居残っている、諸岡をはじめとした十数人程度の寮生が気掛かりですよ。諸岡みたいな事情もありますが、親と不仲で帰られないヤツもいますからね。」


「大抵は、寮内のバイトではなくて、コンビニとか飲食店でバイトしているヤツも多いから、金には困らないだろう。…そうだ、お前たちと駄弁っている場合じゃなかった。明日の荷物を整理しなければいけない。スッカリ忘れていた。」


「先輩、明日の朝は、例の大きい駅まで送っていきますよ。先輩の場合、いつも荷物が多そうだし、新幹線も使うから大変そうですよ。」


「三上、その言葉に甘える。ほんとうに助かるぞ。その通りだよ。今回は院試の勉強で参考書が山ほどあるからありがたい。」


「昨日、村上も同じように送ってやったんですよ。アイツも荷物を思いっきり実家に持って帰ろうとするから、何時も大変そうだったし、こういう時しか、色々な恩を返せませんから。」


「三上、そんなことはない。お前にはいつも助けられているのだ。感謝しきれないぞ。」


 棚倉先輩は、そう言うと、席を立って自分の部屋に戻ってしまった。

 その後ろ姿を見えなくなるまで眺めた陽葵は、しばらくして心配そうに俺に話しかけてくる。


「棚倉さん…大丈夫かしら。院試の勉強が大変そうだから、相当に疲れているわよね?。」


「先輩曰く、やるなら、主席を目指すぐらい、ぶっちぎりで入りたいらしいから、色々なものを網羅しながら頭に叩き込んでいるらしい。やっぱり将来は教授になる人のモチベは全く違うよ…。」


 その後、俺と陽葵は、お昼時になったから、以前に約束をしていたスタミナラーメンの店で、ラーメンを食べることにしたのだが、そろそろ受付を離れて松尾さんにお願いしようとしたところに、ひょっこりと良二や宗崎が寮にやってきた。


「よっ、恭介。村上が実家に帰っちゃったから、俺らも暇で、お前と奥さんを見に来たぞ。俺も冬コミの準備も終わって、晴れて自由の身だから、遊びに来たのさ。」


「良二も宗崎も、来るなんて予想外だったから吃驚したよ。今は陽葵と一緒に受付をやっていたところだよ。」


「そうか、受付を代理でやる人がいねぇのか…。この時期だから、寮生は、村上と同じで実家に帰ってしまっているよな?。」


「そうなんだよ、諸岡は所用で出掛けているし、棚倉先輩は明日で帰ってしまうから、荷造りで大変だと思うし。そこで、今まで色々な事情で土日の受付をあまりやっていない、俺と陽葵に白羽の矢が立っているのさ。」


 俺がそんな感じでぼやくと、宗崎が少し思い出したように村上のことについて話を切り出した。


「夏休みの時に村上は恭介の家に遊びに行くときには、村上は寮に戻ってから合流したからな。もう夏休みも終わりの時期だったから、三上の家から帰った後は寮に居続けていたよ。ただ、アイツの実家は小さい神社の神主だから、正月は神社の掃除とか参拝客の誘導なんかもあって、手伝わされて面倒なんだ。跡継ぎじゃなくて良かったけどさ。」


「跡継ぎだと色々と面倒だよ。村上が長男じゃなくて良かったよ。俺もそうだけど、長男だと色々としがらみがあって面倒なことも多いからな。」


 俺がそうぼやくと、良二がすかさず突っ込む。


「恭介は、奥さんがいるから、大丈夫だろ?。この奥さんなら、絶対にお前が苦境に立たされても、がっちりと、お前を守ってくれるぞ。もう、奥さんは守り神や女神と同じ存在だし。」


 良二がそう言うと、なぜか宗崎も一緒に、陽葵に向かって手を合わせて拝んでいるし、張本人の陽葵もどこか、神様気分になって偉そうにしているが、それがとても可愛くて仕方がないが、3人に取りあえずツッコミを入れる。


「おいおい、陽葵の神様気分はどうかと思うし、お前たちが陽葵を拝んでも御利益があるとは思えないぞ…。」


 そんなことを話しているうちに、松尾さんが受付室にやってきた。


「おおっ、本橋君や宗崎君も、遊びに来たのか。三上君たちと食事にでも行ってきたらどうだ?。私も所用があるから、このまま夜まで受付は難しいから、食事が終わったら帰ってきて欲しいが…。」


「松尾さん、助かります。もともと、近場で陽葵と食事をしたら、すぐに寮に戻ってくるつもりでしたから、このまま4人で、受付室で時間まで話してますよ。」


「そうそう、余談だけど、明日は棚倉君が実家に帰るけど、酷く疲れているようだから、あの大きな駅まで送りに行ってくれ。あの具合だと、とても心配だからね。」



 俺たちは例のスタミナラーメンがある店まで歩いていると、すかざず良二が陽葵に疑問を投げかける。


「奥さんは、ニンニクが入ったラーメンとか大丈夫なんですね。もう、旦那がいるから、怖いモノなんてないか…」


「ふふっ、大丈夫よ。わたしの家族もニンニクは嫌いじゃないから、よく食べるほうなのよ。恭介さんは何も言わずに、ニンニクが入ったペペロンチーノや、アヒージョとかも、気持ちが良いぐらいサラッと食べてくれるから、家族もホッとしているの。」


 その陽葵の答えに、宗崎もホッとしたようにうなずいて、陽葵に関して安堵の言葉を口にする。


「そうすると、奥さんはそれを分かって、あのラーメンを食べたいと三上に言っていたのですね。それなら納得ですよ。ここのラーメンのニンニクは、女性にとっては、きつめだから、少し心配になっていたから。」


 そこで今度は良二が悪戯っぽく笑いながら、俺のコトを切り出した。

 この時点で、俺に関しての人権は、全くと言って良いぐらいに皆無だ。


「奥さん、恭介の野郎は、完全に雑食性だから、好き嫌いなんて有無を言わさずに食べてしまうタチです。そのぶん、前に回転寿司屋に入った時のように、体調が悪いと生ものは避ける傾向ですから、分かりやすいですよ。」


「本橋さん、そうよね、そこは、将来の奥さんとしてホッとしているのよ。なんでも食べてもらえるから、作りがいがあるの♡」


 そんな陽葵の自然体なノロケに、良二が的確にツッコミを入れる。


「奥さん!!。それ以上は完全にノロケになりますから、気をつけて下さいね。今は白井さんもいないから、ブレーキを掛ける人がいませんからね!!」


 2人も随分と陽葵の扱いに慣れてきたのが明らかに分かって内心はホッとしていた自分がいた。

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