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~エピソード9~ ⑤ 陽葵ちゃんと初めてのテーマパークへ ~1~

 時は19年前に戻る。


 実行委員チームの食事会が終わった翌朝、俺は陽葵と一緒に早朝になると、誰も起こさないようにソッと起きてテーマパークへ出掛ける準備をした。


 そして、俺がトイレから出たところで、陽葵のお母さんに呼び止められる。


 これは陽葵の両親と事前の打ち合わせで、颯太くんに気付かれないように、朝食も高速のサービスエリアで済ませる前提で、起きて準備をしたら、すぐに陽葵の家に出る段取りになっていた。


 陽葵の家からだと、一般道路で渋滞を考慮しても1~2時間も走れば行けてしまう距離なのだが、ここは、理化学波動研究同好会に追われない対策で、あえて短時間であっても高速道路を使えと、学生課からのお達があったので、やむを得ない。


「恭介さん、これは、テーマパークの駐車場や高速道路、それにガソリン代よ。大丈夫、気にしないでね☆。今日は夕飯もパークの中で食べてくるだろうから、そのお代も含まれているわ☆。」


 陽葵のお母さんは、笑顔でウインクしながら2万円も渡そうとしているが、断ろうと思っても、陽葵の母親の性格を考えたら断る余地なんてないのが明らかだ。


 遠慮を口にした途端に、この場で怒られてしまいそうな勢いだし、陽葵の親子は視線を合わせて目配せしているから、両者から何を言われるか分からない予感がして、俺は内心、身震がするをこらえた。


「あっ、ありがとうございます…。」


 俺は慌ててお辞儀をすると、横にいた陽葵に手を引かれて、連れ去られるようにして家を出て車に乗り込む。


 とりあえず、前日のうちからセットしてあったカーナビを見ながら高速道路のインターチェンジまで運転していると、さっそく、陽葵からさっきの件を打ち明けられる。


「お母さんは、ご飯とガソリン代、それに駐車場代を恭介さんに絶対に渡す気でいたのよ。恭介さんが二つ返事で受け取ってくれたから、わたしも助かったわ。」


「陽葵、あれは、受け取らないとマジに怒られそうだったから、素直に受け取っておいた。ありがとうね…。」


 そう言うと、陽葵はとても安心したような表情をしていたが、俺の内心はかなり複雑だし、ほんとうはこんなお代は要らなかったなんて言うのをグッとこらえて、飯代や駐車場代に使わせてもらうこと決めていた。


 さらには極秘裏に陽葵に何かクリスマスプレゼントを買うことを、俺は頭の中で描いている。


 最近は、土日を陽葵の家でご馳走になっていて、お昼は弁当だから仕送りが少し途絶えても生活できるだけの見込みがつくようになって、苦学生の立場から脱却しつつある状況だ。


 こういうデートの資金もスンナリと出せるぐらい、倹約をしている上に、寮のバイトもしているから、しっかりと今は蓄えて、親の仕事が尽きてしまった時の修羅場に備えたい思惑はある。


 そんな事を考えながら運転をしていたら、朝食が食べられそうな比較的大きなサービスエリアに着いたので降りると、陽葵が俺に真剣な目差しで口を開く。


「恭介さん、ここでゆっくりとご飯を食べたいところだけど、今はクリスマスのイベントが始まっているから、行列が凄いはずよ。売店でおにぎりとかサンドイッチを買って車の中でサッと食べて行きましょ。」


「陽葵、そうか。そうだよね。そういうシーズンになると、開園前から相当に行列ができることは、入院していた時に、看護師の井森さんから言われていたんだ。」


 俺が車から降りながら、言葉を返すと、陽葵がコクリとうなずいたのが分かった。


「入院中に井森さんが、恭介さんにテーマパークについてアドバイスをしておいたと談話ルームで聞いていたわ。予習ができているのは、さすが恭介さんよ。」


「あまり褒めないで欲しい。いざ、パークに入ったら、陽葵の案内だけが頼りだよ。行くのは初めてだし、恋人が近づいちゃいけない場所もあるらしいから、余計に手取り足取り教えて欲しいよ。どっちみち閉園間際までいるだろうし、手を引っぱって欲しい…。」


 陽葵に本音をぶつけると、少しだけ恥じらったのだが、これがまた可愛くて仕方がない。


「うん♡、それは分かっているから大丈夫よ♡」


 俺と陽葵は、そんな会話をしながらトイレを済ませたり、朝食を買って車の中で食べたりして、テーマパークへ急いで向かったのである。


 しばらく走ってテーマパークの駐車場の入口に着くと、まずは駐車場に入る前にゲートが見えて、そこでお金を払う。


 内心は、かなり駐車場代が高いことにインパクトを覚えたが、陽葵のお母さんから頂いたお金を、ここは存分に使うことにする。


 駐車料金をスタッフに渡すと、領収書と共に帰りの案内地図や、パーク内のマップまで渡されるからサービスは随分と良い。


 陽葵は、初めて入る駐車場の様子に少しだけ身を乗り出して見ているから、興味津々なのがすぐに分かる。


「恭介さん、今日は少し早めに来ているから、駐車場は入口から近いほうかも知れないわ。それでも、もっと早くから来ている人がいるから、ベストポジションではないけどね。」


「そうだねぇ、後ろを見ると次から次へと車が来ているから侮れないよ、まだ開園まで1時間半以上あるのに…。」


 俺は陽葵の言葉を返しながらも、係員の誘導に従って車を慎重に走らせていくと、カラーコーンが吃驚するぐらいに置かれているから、全く迷う事も戸惑うこともなく、すんなりと誘導されて、車を駐める場所に案内された。


 車から降りると、俺は陽葵が用意した少し大きなリュックを背負ってパーク内を移動することにした。


 中にはレジャーシートやパレードを見る際の、防寒具が主だ。

 底冷えを防止する為に、ブランケットや手袋、それに使い捨てカイロまで、俺の分までしっかりと準備してあるから凄い。


「陽葵、夜はかなり冷えるから準備万端だよねぇ…。」


 俺はチラッとバッグの中身を見て、陽葵の用意周到さを率直に褒めたら、少しだけ恥ずかしそうにしている。


「もぉ、恭介さんったらぁ♡。わたしは、なんども行っているから、そのノウハウが活きているだけよ。恥ずかしいから、あまり褒めないでね♡」


 この時期になると、朝も寒いし、このテーマパークは海のそばだから海風も冷たくて厳しい。

 俺はダウンコートをしっかりと着込んでいるし、陽葵も何枚か重ね着した上で、温かそうなトレンチコートを着ているから、準備は万端だ。


 そして、いざパークの入口に向かおうとしたときに、お約束のカチューシャを着けたカップルが通り過ぎたが、陽葵はそれをみて少し首をふる。


「わたしは、あのノリは自分の性格的に好きじゃないのよ。装いは関係なくて、パーク内をゆっくりと歩いて、今まで気付かなかったところに着眼したいのよね。」


『それは陽葵の性格そのものだよなぁ。水族館もじっくりと見るタイプだから、それはよく分かる。』


 俺は言葉を出さずに、しっかりとうなずくのみにしておく。

 これでアレコレと陽葵に言ってしまうと、何も知らないから屁理屈ばかりになってしまうし、ここはテーマパークの大先輩である陽葵に黙って従うことが大正解だと思ったからだ。


 陽葵は俺の右腕を抱きかかえると、そのまま歩き始めた。


「恭介さん♡、行きましょ♡」


 彼女はかなりテンションが高くなっているから、ルンルン気分そのものだ。


 テーマパークの入口まで行くと、すでにチケットを持っているから購入する場所に並ぶことはなかったが、それでも何列にもなって行列ができていた。

 すでにパークの入口からして、飾り付けや電飾、それにパネルの絵などもクリスマスシーズンだと言わんばかりの雰囲気が漂っている。


 カップルばかりじゃなくて、ここは家族連れも友人同士を連れて遊ぶことも多いから奇妙な緊張感はないところが、俺個人としてはホッとしているところだ。


 俺と陽葵は少しだけ身体を寄せ合いながら、昨日の実行委員チームの話や昼食や夕飯をどこで食べるか…なんてコトを話していた。


「陽葵さぁ、人気があるアトラクションだと、随分と並ぶから、こういう待ち時間が長いから、話す事は沢山ありそうだよね?」


「フフッ、大丈夫よ。わたしも恭介さんと少しだけ同じところがあって、ジェットコースターの類や、過激な乗り物は少しだけ嫌いな傾向にあるわ。今日は恭介さんにザッとパーク内の案内と魅力について伝えるのが主よ。クリスマスシーズンだから、みどころは沢山あるのよ。」


 陽葵は駐車場の入口で渡された、パーク内のマップに載っているクリスマス限定のデザートやお土産を見つつ、左手の人足さし指を唇に少し当てながら、色々と俺と一緒に行くところを思案しているようだ。


「そうすると、みんなが一目散に駆けて乗りたいようなものは少し避けて、穴場を狙う感じかな?」


「恭介さん、その通りなのよ。ただね、夜までいるのは確実だから、人気アトラクションに限って、事前に優先権があるチケットを1~2枚狙いに行きましょ。大丈夫よ、真っ逆さまに落ちるようなアトラクションは避けるからね。」


 陽葵は俺にそう答えると、しばらく、どういう風にパーク内を回るのか考え込んでしまっている。

 俺はそんな陽葵を、しばらくのあいだ、ジーッと見ているだけの時間が続いた…。


 ***************


 時は現代に戻る。

三鷹先輩が缶詰になった2日目、火曜日の夕方だった。


 俺が仕事を終えて、この文章を書いていると、玄関のチャイムが鳴って、陽葵と葵が玄関に行ったのだが、聞き覚えのある声と共に、葵と歳が同じような子供のわざついた声が聞こえる。


 その声を聞いて、俺も吃驚して玄関に行くと、大宮と愛理ちゃん、それに旅館の女将さんが玄関に立っているではないか。


「大宮さん!!。それに愛理ちゃんもどうしたの?」

 陽葵が思わず大宮に聞いたが、大宮が答える前に女将さんの口が開く。


「大宮さん夫婦が漫画家のミオ先生に付きっきりになると、愛理ちゃんが寂しくなって泣いてしまうので、三上さんのお子さんと遊ぶなら…と、思って、メッセージアプリに連絡を入れたのですが、三上さん夫婦の反応がなかったので、来てしまったのですよ。」


 愛理ちゃんの顔をよく見ると、泣きはらしていたのがわかるぐらい、目が真っ赤だ。


 それを見かねた俺は女将さんに間髪を入れずに返事をしようとしたのだが、それは陽葵も同じ事を思ったらしく、同じタイミングで同じ言葉を発してしまう。


「女将さん、すみません…」


 思わず俺と陽葵が同時に苦笑いをすると、陽葵が言葉を続けた。


「大丈夫ですよ、夜まで少し愛理ちゃんを預かりましょ。ついでに大宮さんも一緒に、夕飯でも食べながら昔話でもしましょうよ。」


 そう陽葵が言うと、女将さんはホッとした表情を浮かべてニッコリと笑っている。


「三上さんの奥さんにそう言って頂いて助かったわ。そうそう、時間になったら私や旅館の従業員がお迎えにあがるから、三上さんが動かなくても大丈夫だから安心して下さいね。あと…そうそう…。」


 女将さんは、車に乗っていた従業員に声をかけると、相当に豪華なお惣菜を幾つか持って来ていた。

 天麩羅や刺し身、それに、焼き鳥やスープなんかも小鍋に入っている。


 そして、愛理ちゃんや葵のためにカレーラースなんかも用意してあるではないか。


「大宮さんのお食事も含めて用意したので、三上さんもご遠慮なさらないで下さい。」


 俺も陽葵もそれを見て驚いてしまって、俺はとっさに旅館の女将さんに遠慮の言葉が出てくる。

「え!!。奥さん、マジにそんなことをしなくて良いのに!!」


「いえいえ、三上さん、こんなに1週間以上も滞在してくれるお客様をお連れして、お礼の一つもしないないて、私としては気が引けてしまいますよ。それに、小さいお子様は、やっぱり同じような子がいると安心しますから、私も子を持つ親としては、色々と考えてしまって…。」


 女将さんから、そう言われてしまうと、俺も断れないので、素直に受け取ることにする。


 そこから後は、葵と愛理ちゃんが一緒に玩具で遊びながら、俺と大宮がダイニングのテーブルに座って、まずは大宮夫婦の今の現状を語り始めた。


 どうやら、大宮と木下は部署内の異動や転勤が多かったが、結婚と出産をしたことを踏まえて、大宮が会社側に訴えたお陰で、大きな異動はナシになったとのこと。


 大きな出版社なので、都内にあるのだが、部署が違うと、出勤するビルが違う為に、通勤の便利上、2人の通勤場所の中間地点や利便性を狙って、アパートやマンションを転々とする日々が続いたとか。


 今のマンションになってから、数ヶ月しか経ってないらしいが、愛理ちゃんは転勤や異動の度に、保育園や幼稚園がコロコロと変わってしまうから、友達がなかなかできなくて苦労している話などもあった。


 夕飯時間になって、愛理ちゃんや葵を椅子に座らせながら、恭治も交えて夕食を共にすると、葵と愛理ちゃんは、2人で遊びに夢中だ。


 俺や大宮、それに陽葵は夕食の片付けを終えると、大宮と一緒に昔話に花が咲いた。

 当時の寮生活のことや、文化祭や寮のコンパでの出来事など、色々と話をしているうちに、葵と愛理ちゃんを見ると、身体を寄せ合うように寝てしまっている。


 そんなドタバタがあって、大宮と寝てしまった愛理ちゃんが旅館に戻るまでは、この続きが書けず仕舞いだったのだが、俺や陽葵としてみれば、懐かしい想い出話を語る時間ができて、この時は良かったのだが…。


 まさか、これが、大宮や木下が交代しながら、毎日、続くとは思いも寄らなかったし、その間、旅館の女将さんから同じような感じで夕飯が提供されてしまって、こちらとしては、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになったのである…。

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