実行委員チームの練習が終わった後は、いつものビュッフェで夕食になる。
ママさんバレーの奥様がたは練習が終わると家に帰ってしまうので、守さんや泰田さん親子に、いつもの実行委員チームの面々が席に座った。
練習後は、打ち上げのような食事会になるのがお約束だし、話題もバレーボールとは限らず、女性同士だと芸能人などの話題や、コスメなども話しているけど、その話題に関しては男たちは、さっぱり分からない分野だから放置状態しながら、こちらは別の話をしている。
陽葵も逢隈さんの隣に座って、泰田さんや守さん、それに松裡さんの話を聞いているから、横目でチラッと見てやり過ごした。
なお、牧埜と逢隈さんは密かに付き合っているのだが、まだ、皆に公に話しをていないし、周りにバレてもいないから、こういう場では、お互いが普通に接しているのがせいぜいである。
ちなみに、今日、俺が陽葵と席が別れたのは、女性同士でそういう話題がだったので、俺たちが女性同士の話題についていけない側面もあったが、逢隈さんと牧埜が付き合っていることを隠す為に、かばっている意味も含まれていた。
まぁ、俺と陽葵はすでに多くの人が知っているぐらい公認だから、諸岡のように交際を隠しても仕方ないし、俺たちも普段から堂々としているし、たまに惚気てしまうこともあるから、別の問題もあったりするのだが…。
俺や村上、それに宗崎や牧埜、仲村さんや天田さんは、牧埜が最近、キャンプ趣味にハマりそうになっている話を聞かされると、こんどは仲村さんが寮の近くにあるスタミナラーメン屋のことを話し始めた。
「親と用事があって、あそこのスタミナラーメン屋に入ったけど、ニンニクがしっかりと効いているから、賛否が分かれるラーメンだよね。でも、三上さんや村上さんのような寮生には、もってこいだと思うよ。」
「実は私たちも、寮の主要幹部を連れてあそこの店で食べたコトがありましてね、まさに、仲村さんの言う通りですよ。私たちのような貧乏学生には、あの量も助かりますけどね…」
そんな話をしていたら、女同士で会話をしていた山埼さんが羨ましそうに少し声をあげている。
「え~~。明日、行くの?。良いなぁ~~。」
「恭介さんの車で2人で行くの。私も電車でしか行ったことがないから、駐車場に行くのも初めてだし、ちょっと興味津々なのよ。」
陽葵が少しだけ恥じらってそう言うと、松裡さんが、ピラフを食べながら、ボソッと本音を吐いたのだが、ここが女子トークの難しさなのだろう。
「わたしは、そのテーマパークの隣にある、観覧車がある公園のほうに興味があるわ。でも、それは、とても羨ましいわよね…。」
松裡さんの言葉に陽葵は笑顔を絶やさずにいるが、そこに含まれている語気から恭介に対する未練が、少なからず残っていることを、陽葵が察してるようで、内心は難しい対応を迫られただろう。
陽葵の声が、わずかにうわずっていたが、周りに刺激を与えないように無難な話を選んで陽葵は慎重に答えている様子がうかがえる。
「あそこの公園は行ったことがないし、うちには小学生の弟もいるから、家族を連れて行ってみたいわ。電車やモノレールから見ると、カップルの他に家族連れも多いのよね。」
話題をそらすようにして、上手く言葉を選びながら松裡さんの微妙な妬みのような言葉にに答えているのが俺も少しだけ分かった。
それを察した、逢隈さんがすぐさま陽葵のフォローに入る。
この時から陽葵と逢隈さんは少しだけ性格が似ていることもあって、1年違いではあるが、お互いの信頼関係が構築されつつあったのだ。
「そういえば、霧島さんの弟さんって、泰田さんや守さんは、監督やコーチと一緒に、霧島さん家に行っているから会っているのよね?」
逢隈さんの質問は、松裡さんの少し未練のこもった言葉を変えるのに役に立っている。
次に松裡さんの会話に、恭介への未練が少し籠もっていたのを察したのは泰田さんだったから、彼女もすぐさま陽葵のフォローに回るように、逢隈さんの話に乗って、その場を切り抜ける試みに出た。
「逢隈さん、霧島さんの家に行ったときに、弟さんは可愛かったわよ。それにとても素直な子だし、頭の回転も良い子だったから勉強の教え甲斐もあったわ…。」
実際に松裡莉子が失恋から立ち直って、完全に気持ちが切り替わったのは、年が明けて、恭介が骨折をした際のプレートが取れた後だったので、あと3ヶ月ぐらいは、彼女の心の中で失恋を引きずっていたのだ。
他のメンバーにいたっては、1人は新たな恋人を見つけて密かにラブラブだし、山埼さんにいたっては、明らかに天田さんにアタックをしまくっているから、じきに恋人になるのも時間の問題だった。
松裡さんは少しだけ失恋の余波を引きずっているのか、守さんが恭介のことをチラッと見たのに気付くと、話題に軌道修正をかけるべく、言葉をひねり出す。
「あっ、霧島さん、明日のテーマパークは颯太くんも行くの?」
その守さんの言葉には少し含みがあることを察して、陽葵はとっさに嘘をついた。
「えっ、ええ…。家族全員で行くし、そこに恭介さんも行くのよ…」
その守さんの問いに答えた陽葵の言葉を聞いた松裡さんが、なぜかホッとした表情を浮かべると、逢隈さんがすかさず、話を軌道修正させようと、上手く言葉を切り出す。
「そうすると、家族向けのアトラクションだと、何がいいのかしら…」
そこから、女性陣は再びテーマパークの話をしているようだ。
しばらく食事をしながらの雑談が続いて、食事会がお開きになると、俺と陽葵は車に乗り込んで陽葵の家に戻るためにエンジンをかけた時点で、陽葵が少しだけ本音を吐いた。
「やっぱり、女子トークって難しいのよね。バレーボールはすごく楽しいけど、あの食事会はちょっと疲れるわ。あまり食べられなかった…」
俺は陽葵の本音を聞いて、もの凄く眉をひそめると、すぐさま陽葵に謝る。
「ごめん、気がつかずにズッとそのまま放置をしてしまった。嫌なら、実行委員チームから抜けても構わないし、それでなければ、食事会をナシにして、そのまま俺と帰ろうか?」
その謝罪を聞いた陽葵は、かなり驚いたが、彼に本音を言ったら、松裡さんから自分を守る為に、この実行委員チームや体育祭実行委員から手を引いて、無関与になることが確実だろう。
だから、陽葵は恭介に少しだけ嘘をついた。
「大丈夫よ、恭介さんは気を悪くしないでね。ちょっと違うのよ。泰田さんや守さんはともかく、他の女性は初対面に近いから、距離感をはかるのに時間がかかってるだけよ…」
それを聞いて、俺は少しだけ安堵したが、慣れない環境下で陽葵を放置させてしまったことに、内心は嘆いていた。
「ごめんね、そんなことはいざ知らず、俺も初対面の人に気疲れを起こすコトも多いから、俺の身の回りの人で陽葵を振り回してしまったのは、反省しているよ。」
「大丈夫よ。だって、泰田さんや守さん、それに文化祭の時から仲良くさせてもらっている、逢隈さんはとても良い人だし、話しやすい人よ。残りの人と接するのに少しだけ時間がかかるだけだから安心してね。」
これを機に、しばらくの間、女子トーク的に男女同士で会話をすることを、俺や陽葵、それに泰田さんや守さんも嫌って、食事会の際は、互いが話しかけられる態勢を作った。
ただ、泰田さんも守さんも、話しかけやすい男子に話をふることが多かったのだが…。
守さんは仲村さんに、泰田さんは村上に話しかけることで、徐々に距離が近くなっていったのは言うまでもない。
話を戻して…。
俺が陽葵の家に行く途中で信号待ちをしていたら、陽葵のお腹が鳴ったのが明らかに分かった。
陽葵は隠しもせずに、俺にお腹が空いたことを打ち明ける。
「恭介さん、ごめん。あまり口にしていなかったから、お腹が空いちゃって…」
「そうだなぁ、どこか、食べなおしに行こうか?。どこが良い?」
目をこらしてみると、前方に大きな駐車場がある回転寿司屋の看板が見えたので、すぐさま陽葵を誘ってみる。
「陽葵、もう少し走ると、あそこに回転寿司屋があるから、そこで食べなおそうか?」
「うん!!、それは良い考えだわ。大賛成!!」
陽葵は回転寿司と聞いて、童心にかえったように、嬉しい気持ちを露わにしていたのだ。
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時は現代に戻る。
子供たちが寝静まった夜に、俺は陽葵から、松裡さんが失恋によって、相当に根に持っていたことについて説明を受けつつ、新島先輩や白井さんに出す文章をまとめた。
そして、俺がこの文章を一通り書き終えると、陽葵は松裡さんに関して、今だから話せることを暴露する。
「この当時の松裡さんはね、わたしとあなたが、付き合うことになって完全に失恋したから、わたしは少し根に持たれていたのよ。それを逢隈さんや泰田さん、それに守さんが助けてくれたの。」
俺は、陽葵のいまさらながらに言える暴露話を聞いて、長い溜息をついた。
「陽葵さぁ、そんなことはいざ知らず、あの時は男同士で、他愛もない話をしていたけど、俺はそれで良かったのかな?」
俺の素朴な問いかけに、陽葵は少し俺の身体を抱き寄せながら答える。
「あなた、それで良かったのよ。松裡さんがあなたに失恋したコトを、あなたが知ったら、わたしを守る為に実行委員チームから出て行って、今後は教育学部の体育祭全般に関して全く関与しない形を貫いた筈よ。そうなったら、宗崎さんは松裡さん、それに村上さんと泰田さんは結婚していないわ。」
再び俺は長い溜息をつくと、陽葵に本音を吐いた。
「知らぬが仏って、こういうコトだよな…。怖いなぁ…。たしかに松裡さんは、根に持つと怖いタイプだよ。」
陽葵は俺の本音にクスッと笑うと、その当時の松裡さんのことを暴露する。
「今だから言える話だけどね、あの時期はね、泰田さんと守さんと、逢隈さんとわたしの会話の大半は松裡さんのことよ。でも、あなたは、そんなのを意識することなく、ごく普通に接していたから、こちらは助かったのよ。そのうちに諦めて、宗崎さんに気が向いてくれたからね。」
「宗崎も、ちょいとこぼしていたんだよ。自分の嫁は根に持つと怖いから、そういう部分で上手く操縦するのが大変だって。それに、松裡さんが教師に向いていないのは、自分でも分かっていて、細かいことを気に掛けて少し根に持っちゃうタイプだから、結婚と同時に小学校の先生を辞めようと思ったらしいからね…。」
陽葵は宗崎がぼやいていた話を俺から聞いて、クスッと笑う。
「やっぱり、あなたは凄いのよ。あの当時、泰田さんも守さんも、逢隈さんも、あなたが松裡さんのせいで去ってしまう可能性が高かったから、松裡さんの対応にとても気を遣ったの。でもね、あなたが、鈍感なお陰で意識しなかったから、みんなが結婚できたのよ。だからこそ、今でも周りがあなたを離さないのよ。」
俺は陽葵からしばらく、頭をなでられたままでいた。