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~エピソード9~ ④ お楽しみの前日。~3~

 俺は運動公園の近くにあるセルフのガソリンスタンドで給油を終えると、実行委員チームがいつも練習をしている運動公園内にある体育館に向かう。


 陽葵は俺に今日の練習のことで質問をしてきた。


「恭介さん、前回の練習の時に、監督(守さんの母親)やコーチ(泰田さんの母親)が、わたしはセッターを意識したトスの練習をするなんて言っていたけど、恭介さんじゃあるまいし、わたしが、ホントにトスが上げられるのか心配だわ。」


「大丈夫だよ。最初は、なかなか上手くいかないと思うけど、それは練習で解決するしかないし、相手の呼吸もあるから、最初の練習で上手くいかなくて落ち込まないようにね。監督やコーチが陽葵にセッターをやらせるのは、何か考えがあっての事だろうと思うよ。」


「ちょっとずつ恭介さんのコトが分かってきたけど、わたしがセッターになる理由が、恭介さんには分かっているわよね?」


 陽葵は、恭介のことを徐々に分かってきているから、最近はこういうツッコミに容赦がなくなってきている部分がある。


「まぁ、ある程度は分かるさ。守さんや泰田さんが、俺ばかりにトスをあげるから、最後には相手にバレてブロックで狙われてしまうから、セッターを増やして攻撃方法にバリエーションを加えたい意図があるのさ…。」


 陽葵は助手席で不思議そうにして、さらに俺に問いかける。


「そうよね、だって、恭介さんがいちばん上手いから、セッターとしては恭介さんにトスをあげて全部決めてもらいたいけど、相手から見ると、恭介さんしか打ってこないから、ブロックで止められてしまうわよね。」


「本番の試合で、そんな事態が起こってしまって、俺が相手のブロックに捕まって、試合に負けそうになった事があってね。まだ、守谷さんや泰田さんは、監督やコーチの意図が、あまり分かっていないから、色々と試行錯誤していると思うよ…。」


 陽葵は俺の話を聞いて少し目をぱちくりさせると、難しそうな顔をしたが、そんな表情の陽葵がとても可愛かったので、陽葵の頬にキスをしたかったが、運転中なのでグッとこらえて自重をした。


「バレーボールって連携のスポーツだから、そういう部分は難しいわよね。監督やコーチも、このチームの中で監督やコーチの意図が読めているのは、恭介さんしかいないって、ウチの両親に話していたわよね?。」


「あれはオーバーな言い方だけどさ、実際は監督やコーチたちに聞いてみないと分からない部分が多いよ。今は俺が怪我をしている影響で、みんなの練習の補助に回るのが精一杯だから、その間にチームの底上げをするのが課題だと思うよ。」


 陽葵とそんな会話をしている間に、体育館に着いて駐車場に車を駐めると、俺が車から降りたところで、守さんの母親が近づいてくる。


「三上さん、待っていたわ。今日は基本的には個々のスキルを上げるための練習だけど、ママさんバレーのほうの練習試合の審判もやってほしくてね。そこに陽葵ちゃんや和奏(守さん)や結菜ちゃん(泰田さん)も参加させようと思って…」


「監督、分かりました。でも、いきなり、陽葵は実践ですか?。ただ、ママさんバレーの穏やかな感じなら腕ならし的には良いかも知れませんが…」


 俺は、守さんのお母さんや陽葵と横並びに歩きながら体育館の中に入った。

 ただ、陽葵は少し緊張と同時に不安もあるようで、それを口に出して本音を吐く。


「守監督、あまり練習してない状態で試合に参加する不安もあるし、やっぱり、わたしはセッターをやるのですか?」


 その陽葵の不安に守さんの母親は少し笑みを含んで答える。


「陽葵ちゃん。今日はセッターを意識した練習よりも、試合の流れやバレーボールの基本的なルールを覚えることに専念するのが目的だから安心してね。三上さんが怪我をしているから、泰田さん(泰田さんのお母さん)も含めて、思い切った練習が2月頃まで駄目だし、うずうずしているのよね…。」


 その監督の言葉に陽葵は、かなり安堵をした表情を浮かべたのが分かった。


「それなら少し安心しました。まだ、いまいちバレーボールの細かいルールを分かっていないし、そうすると恭介さんが審判をやるのも、そういう意味がありますよね?」


「ええ、そうよ。バレーボールのルールを理解して、ママさんバレーでも、審判ができるようになれば、色々と試合中に考える幅ができるから、そういう意味を含めて、実践形式の練習も大切なのよ。」


 俺は陽葵をさらに落ち着かせる言葉をかける。


「陽葵、ママさんバレーは9人制だけど、今日は練習試合だから年齢制限も関係ないし、陽葵が分からなくて右往左往しても、誰かがフォローするから大丈夫だよ。基本的に監督もコーチも上手すぎるから、本格的な試合以外はコートに入るのも遠慮している感じがあるから大丈夫。」


「え~~。それはホッとしたわ。そういえば、ママさんバレーのほうは、時分の練習に夢中だったことが多かったから、あまり見ていなかったのよね。ネットも低いし、ボールも柔らかそうだから安心していたのよ。」


「そうだね、だから、腕試しだと思って、気楽に参加してね。」


 それを脇で聞いていた監督がニヤニヤしている。


「いやぁ…。若いって良いわねぇ。わたしも旦那とこんなにラブラブで過ごしたかったなぁ…」


 守さんのお母さんは、屈託のない笑顔だったが、目の奥はどこか寂しそうだった。


 -それはそうだ…。


 守さんのお母さんは、愛していた夫を亡くしているのだから…。


 陽葵も、そのことを知っていたので、俺たちはあえてうなずいただけで、無言を貫く。

 俺たちには守さんの母親に、的確な言葉を口にするような人生経験が乏しいことが明らかだったからだ。


 実行委員チームがママさんバレーと少し離れた場所で、準備運動や簡単なトス回しなどのウォーミングアップを終えたところで、ママさんバレーのチームのほうのウォーミングアップも終わったようだ。


 もう、俺の顔は妙齢の奥様がたに知れ渡っているし、監督やコーチと同様に、俺が練習試合に加わることは基本的にNGなのがお約束なので、審判やバレーボールが上手い奥様の練習相手ぐらいしか、役目がなかったりする。


 陽葵や守さん、それに泰田さんが、ママさんバレーのチームに加わると、陽葵がその中にいた、30代のうら若き奥様から声をかけられていた。


『たしか、あの奥さんって、あの奥様がたの中では、上手かった記憶があるなぁ…』


「あれ??。もしかして、霧島さんの娘さん?。もしかして、三上さんの彼女さんって、霧島さんの娘さん?」


 陽葵も声をかけられた奥様を知っていたようだ。

「あっ。杉山さんの奥さんと、こんなところで会うとは思いませんでした。そうなんですよ、恭介さんとは両親公認の仲でして…。」


 それを杉山さんと呼ばれた奥様はポカンと口を開けながら聞いている。


「ご近所なのに、知らなかったわ。最近、霧島さんの家に車が止まっているから、旦那さんが車でも買ったかと思ったけど、三上さんの車だったのね。」


「そうなのです。もう、恭介さんは、うちのお母さんとスーパーの買い出しも車を出してもらって運転して手伝っているし、今日の練習も車で連れてきてもらっています。」


「もう、家族と同じよね。そうそう、三上さんはカッコイイわよ!。あの守さんのアタックを受け止めたり、ブロックしたりするのは凄いわ。今は怪我をしているから、来年までお預けだけど、あの2人の練習光景は、私たちから見たら、ちょっと異次元なの。」


「わたしもそれは、この目で見たかったけど、今はお預けだから残念です…。」


 陽葵は、その杉山さんの隣のポジションで、杉山さんから色々と教えられながら、練習試合に望んだのを、審判台からジッと見ていた。


 練習試合に関しては同じママさんバレーのチーム内での試合勘や、ポジションなどの確認が大きな目的だから、あまり勝ち負けは関係ない。


 奥様がたの集まりだから、都合で練習に来られない人もいて、人数の埋め合わせで、俺たちが借り出されることも多いのだ。


 その役目は泰田さんや守さんの他にも、松裡さんや山埼さんが、それに逢隈さんなども入ったりするが、今回、陽葵が入ったのは、初心者にバレーボールの試合勘やルールなどを覚えさせる他にも、自信を付けさせることが目的だろう。


 ママさんバレーボールの場合、地元のローカルルールもあって、髪の毛が少し当たるような微妙なタッチネットやドリブルなどの反則は、明らかなものじゃなければ、厳しくとることもない。


 このへんは、ボーッとしながらも主審ができるから楽だ。


 線審は宗崎や村上が手伝ってくれているし、副審は最近、バレーボールのルールをシッカリと覚え始めた牧埜がやっているから、このあたりも安心だ。


 点数付けは逢隈さんが担当している。


 そして、奥様がたの要望によって、守さんや泰田さん、陽葵と交代しながら、そこに牧埜が入ったり、逢隈さんが入ったり、村上や宗崎も入るから、変化があって面白い。


 それに適度に疲れずに交代する形になるから、俺たちの疲労も少なくて、バレーボールをやりながら、良い息抜きと同時に試合形式の練習になるから、一石二鳥でもあった。


 陽葵は杉山さんから色々とアドバイスなどを聞きながら、時にはトスを回したり、アタックを打ったりして頑張っている。


 俺と違って、陽葵は運動神経が相当に良いから、物覚えが早いし、体を動かすことに関しては抜群である感じが漂っている。


 そして、練習試合が一試合終わって、休憩中に陽葵が俺に駆け寄って、話しかけてきた。


「恭介さん、近所にいる杉山さんの奥さんが、色々と教えてくれて、このバレーボールの楽しさが分かってきたわ。恭介さんや守監督との練習は、ちょっと怖そうだけど、今日の練習試合は、とても良かったわ。」


 それを横から聞いていた泰田さんのお母さんが、ニッコリと笑ってうなずいている。


「陽葵ちゃん、その調子よ。残りのメンバーの練習をやりながら見ていたけど、そうやって楽しく練習をすることによって、基本を覚えていくのよ。それに、杉山さんとご近所さんなんて知らなかったので、少しだけ吃驚したけどね。」


 この後は、他のメンバーも、ママさんバレーボールの練習試合に加わって、充実した練習時間をすごしたのである…。

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