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~エピソード9~ ④ お楽しみの前日。~1~

 時は19年前に戻る。


 そろそろ街中がクリスマスに染まり始めた頃の金曜日…。


 俺や良二、それに宗崎や村上のいつものメンバーが、工学部のキャンパスで課題やレポートをやっていると、良二が何気なくぼやいた。


「お前は良いよなぁ。誰もが息を呑むぐらい可愛い奥さんと、いつも一緒にいるわけだからさ。最近は、空気みたいに、恭介のそばにいるのがお約束だけど、もう、違和感すらないから、やっぱり夫婦だよなぁ。」


「うーん、それを言われると相当に辛いのだけどさ、その代償は左腕の骨折だったからなぁ。定期的に医者に行って骨の具合を見て貰ってる感じだけど、来年早々にはプレートが取れるかなぁって感じだよ。」


 良二に向かってサラリと話題を変えようとしたが、その意図を察して、しっかりと軌道修正をしてくる。


「恭介や、そうやって話題を変えて逃げるのは、お前の特性だから先回りするけど、その怪我と運を引き換えたとしても、お前が奥さんと付き合っているのを見れば、誰が見ても羨ましすぎるぞ。」


「それを言われると、俺は良二に何も言えねぇし、他の2人にも言えないけど、3人にその幸せを分けてあげたいぐらいで…」


 良二にそんなことを言っている最中に、宗崎と村上が必死に笑いをこらえているのが見えて、俺の後から、いつも、抱きしめたいほど可愛すぎる人の甘い香りがしたから、俺も笑いをこらえるのに必死になった。


 俺たち3人の表情の異変に気付いた良二が、かなり慌てて、陽葵のほうを振り向いて見ると、泡を食ったような表情になっている。


「おっ、お、奥さん!!。いるなら、声をかけて下さいよ。なんだ、今日は泰田さん達もいないから、1人ですか?。」


「本橋さん、白井さんたちも寮の仕事があるから、すぐに帰ってしまったし、3人はゼミで忙しいみたいだから、今日は駄目だったのよ。棚倉さんは院試の準備で忙しいし、それで、少し時間の空いた仲村さんがバス停まで見送ってくれたの。」


「陽葵、すまない。これで逆に俺が迎えに行ってしまうと、車があるのがバレてしまう可能性があるから、極力、避けてくれと言われているからなぁ…。諸岡たちは俺が金曜日と土曜日の夜が不在だって分かっているから、そのぶんの尻拭いだからね…。」


「フフッ、恭介さん、大丈夫よ。それは置いといて、本橋さんの話をシッカリと聞いていたわよ。皆さんは、恭介さんのご友人だから、性格には自信を持って良いわよ。彼女ができるように、わたしも何かあれば、絶対に後ろから押すから大丈夫よ!」


 その陽葵の言葉に根拠はないのだが、なぜか3人を安心させるような、揺るぎがなくて不思議な言霊のような感覚を、3人は覚えていたようだ。


「おっ、奥さんから、そう言われると、なぜか安心してしまうのですよ。根拠はないけど、将来的に、絶対に嫁に困らぬような縁を引き寄せてくれそうで。」


 良二がそう言うと、陽葵は単に微笑んでいるだけだったが、3人にとって、陽葵が縁結びの女神に見えたのか、手を合わせて陽葵を拝んでいる始末だ。


 俺はそれを見て眉間に皺を寄せて溜息をつくばかりになった。


 実際に、良二は卒業して数年が経ってから、三鷹先輩と結婚をしたし、宗崎は松裡さんと、村上は泰田さんと結婚をしたのだから、これもまた恐ろしい話だ。


 宗崎や村上の結婚に関しては、とくに陽葵が強く引き寄せたことは間違いないし、良二は学生寮のイベントなどに巻き込まれなければ、三鷹先輩など知る由もなかったから、その縁を、良二たちが引き寄せたと言って過言ではないのだが…。


 とうの陽葵は、その手を合わせてる3人を見て、両手に腰を当てて、どこかの三流RPGの重要人物のように神様気取りだが、その姿が愛らしすぎるから、俺としては、陽葵を崇めるなんて騒ぎではない。


「陽葵さぁ、そんなに神様気取りになったところで、とても可愛すぎて、俺が悶えてしまうから、そのへんで3人を勘弁してやってくれ。」


 俺の懇願に、陽葵は少しだけ顔を赤くして、その言葉を返してきた。


「恭介さん。わたしが可愛いなんて言葉は余計なのよ♡。こんな姿を見て、わたしを可愛いなんていうのは、恭介さんだけよ。わたしは本橋さんたちに彼女ができて欲しいから、その運を分け与えてあげたいの。」


 良二が俺と陽葵の言葉のキャチボールに関して、すぐさまツッコミを入れる。


「恭介や!。奥さんが可愛くて悶えるのは仕方がないが、その言葉で恥じらう奥さんを見ていて、こっちまで、なんとも言えない気分になるから、そのへんでストップしてくれ。それ以上の会話は、色々な意味で危険をはらんでいて、こっちが見ていられねぇ!!」


 その良二の言葉に対して、宗崎と村上が安堵の表情を浮かべていたのが明らかに分かった。


 ただ、良二が、俺と陽葵にかけたブレーキは、虚しくも、陽葵が方向性を間違えた言葉を発した影響で、徒労に終ったのだ。


「もぉ、本橋さんまで可愛いは余計よ。わたしは、恭介さんと将来は完全に結ばれるから、その幸せのおっそわけをしているだけよ。両方の親からは、このまま恭介さんとの間に子供が産まれても構わないなんて言われているし、そのぶん、恵まれない人たちの運を分け与えているのよ。」


 その陽葵の屈託のない笑顔と共に、盛大なノロケを同時に喰らった影響で、3人の心に大ダメージを与えてしまった…。


 しばらく沈黙が続いた後、良二がボソッとツッコミを入れる。


「あっ、あのぉ…。奥さん。恭介とは、もう半分以上、結婚している状態でしょうから、親御さん達から、お子さんの話が出ても可笑しくないでしょうがねぇ。それを大っぴらに言うのは、こっちまで何とも言えなくなってしまうから、できればお控えになったほうが…。」


 その良二のツッコミに、陽葵は自然に当ててしまったことに気付いて、頬を赤くして黙ってしまったので、俺はすかさず3人に少し詫びを入れた。


「すまない。ノロケを盛大にぶっ放しってしまった影響で、俺も言葉が出なくて…。ただ、まだ付き合って何ヶ月も経っていないぞ?。」


 村上がボソッとそこで本音を吐く。


「三上の前提条件は置いといて、ここで、白井さんがいれば、相当に展開が違っていたけど、世の中は、そんなに甘くないよね…。」


 なぜか、3人は陽葵に向かって、再び手を合わせて拝みだしているから、俺は困ってしまった…。


 ◇


 今日は陽葵を含めて4人しかいないので、陽葵の課題を終えた後に、皆を俺の車に乗せて、それぞれの家まで送ることにする。


 このあと、陽葵のお母さんの買い物に付き合うのだが、今日は時間がたっぷりと余っているから、日頃のお礼も兼ねて、3人を送ってあげることにしたのだ。


 無論、3人は手放しで喜んだし、むしろ俺の車に乗れるからテンションがあがっている。


 最初に、良二の家まで車を飛ばして送って行く時に、車の中で良二がボヤキ始めてしまった。


「恭介や、お前たち夫婦はクリスマスでウハウハだけど、俺は、コミケの追い込みだから洒落にならない。最近になって俺が気になっていた子は、何となく性格が合わない感じで、自然に何も話さなくなってしまったし、やっぱり奥さんの運を分けて頂きたくてねぇ…。」


 俺は運転しながら少しだけ溜息をつくと、良二に言葉を返す。


「あのなぁ、あれだけ陽葵を神様みたいに皆で拝んでおいて、それはないだろ。まぁ、良二も何かあれば相談に乗るし、女心の相談なら、陽葵が答えてくれるだろうから。」


 陽葵は良二に向かって、少しだけ的を外した返事をしてしまう。


「本橋さん、悩んでいれば、すぐに相談に乗るわよ。最近は木下さんからも相談されるし、学部の人たちからも、しきりに恋愛相談をされるのよね。ただね…、恭介さんは浮気もしないし、わたしに一途だから、なにも不安がなくて、どうしても他人事になってしまうのよね。」


 陽葵のそんな言葉に、後部座席にいた男子3人が一斉に吹き出して、良二がすかさずツッコミを入れた。


「おっ、奥さん!!、恭介は例外中の例外ですよ!!。それに、恭介が、こんなに性格が良すぎて、凄まじく可愛い奥さんがいるのに、浮気なんてしたら、全力で恭介をぶん殴りますよ!!」


「良二、ありがとう。俺は陽葵以外の女性に見向きなんてすることなんてないよ。俺には過分すぎる女性を親公認で頂いているから、生涯をかけて死ぬまで付き添うつもりだ。」


 三上恭介に至っては、歳を重ねるごとに、陽葵への愛を徐々に増していく結果になったし、最後にはSNSで嫁成分が足りないなどと、大っぴらに書くぐらいまでに、陽葵への愛を膨らませていたのは言うまでもない…。


 それを黙って苦笑いしながら聞いていた宗崎が、その会話に参戦をしてくる。


「三上が浮気するなんて考えられないよ。三上も、奥さんと同じで、自然に奥さんが好きなことが口を継いで出てしまうぐらいだから、よっぽど好きなのが分かるしさ…。」


 その後は、冬休みになって、3人が俺の実家に遊びにくる話をしながら、良二の家に着くと、コミケのサークルのメンバーが家の前にいるのを見て、慌てて家に入るのを苦笑いしながら見送った。


 その後、宗崎の家に向かうと、村上はハッと思い出したように、俺たちに声をかけた。


「みんなすまない!!。一昨日の夜に泰田さんから連絡がきていて、実行委員チームの練習が今日の7時にあるのを、話すのをスッカリ忘れていたよ!!」


 陽葵はそれを聞いてクスッと笑う。


「フフッ、大丈夫よ。昨日の午後、工学部のキャンパスの食堂にみんながいたときに、泰田さんが練習のことを話していたのよ。あっ…そうよ、村上さんはトイレに行っていたわよね…。」


 それを聞いた村上は、ルームミラーで見ても、相当に安心した表情をしているのが分かる。


「よっ、良かったよ。宗崎も含めて迷惑をかけたかと思って、冷や汗をかいた…。」


 宗崎も村上も、金曜日の週末になると、いきなり実行委員チームの練習がある場合があるから、用意周到にバッグやリュックの中にジャージとシューズを入れるようになっていた。


 まぁ、それは俺も陽葵も同じなのだが…。


 宗崎が村上にすかざず声をかける。


「村上、それなら、俺の家で練習時間まで過ごすか?。三上は奥さんのお母さんの買い物付き添いもあるし、明日は奥さんとのデートで忙しいだろうから、今日は泊まりでも大丈夫だぞ?」


「宗崎、ありがとう。こっちは言い忘れて肝を冷やしていたよ。そうだよな、明日、三上は1日中、奥さんと一緒だから、寮に居ないからさ。」


 俺は宗崎と村上の配慮に感謝しつつも、俺も村上の為に用意周到に準備をしていた事を明かした。


「村上、ほんとうにすまない。その代わり、日曜日はぶっ続けで受付をやるからさ。それに、諸岡を今日の夜から明日の午前中まで受付に回したし、棚倉先輩は諸岡の後は夕方まで棚倉先輩が受付をすることになったよ。そのかわり日曜日、アイツは用事があって出掛けるけどね。」


 諸岡は日曜日に白井さんとデートだから、その時間を作ってあげるために、偶然にもそんな組み合わせになった側面もあったが、俺の何気ない配慮に気付いた村上が少しだけ声を張り上げる。


「三上。それで、俺が宗崎の家に泊まることまで計算して、今日の夜から明日の夕方まで、俺の受付が無しになったのか?。お前は根回しが早すぎる!」


「諸岡の用事があった結果もあるけど、半分は、その通りだよ。だから、松尾さんに村上が宗崎の家に泊まることまで話しておいたから、連絡も要らないし、大丈夫だよ。」


 陽葵はそれを聞いて、微笑みを絶やしていないが、それは俺の気配りの早さに嬉しくなっただけではない。


 もう、2週間も前から、陽葵は皆の目の前で俺と一緒にテーマパークに行く事を公言していて、明日に迫ったので、今日はかなりテンションが高くなっているから、周りにノロケまくっているのである。


 今の陽葵はルンルン気分で、俺への愛を爆発させていたのだ…。


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