俺はしばらく考えた後に、延岡さんたちに向かって自分の想いをぶちまけた。
「浜井教授もいる前で、少しだけ不謹慎な言い方になってしまいますが、結論から言うと、佐藤さんたちは根っからの学生委員なんですよ。私は一介の学生寮長でしかないのです。」
イキナリの結論に、延岡さんたちは首をかしげた。
「三上さん、それはどういうこと?」
「佐藤さんたちが悔しがったのは、私に対して無意味に敵視していた事もありますが、あの報告書が事実と分かって、大学の学生全体の問題と捉えている部分が私と少し違うのですよ。そこに学生委員としてのプライドも加われば、ショックが大きいでしょうね。」
そこまで話して、延岡さんや浜井教授たちが大きくうなずいているのを見ると、俺はそのまま言葉を続ける。
「私の場合は、どちらかというと、今後、寮生たちが、闇サークルや、そういう変な輩に絡まれないように、あの長々とした報告書を書き綴っていますから、学生全体として捉えていないわけですよね?。そこの感覚と心の持ち方が、佐藤さん達とは決定的に違うわけです。」
延岡さんは目を閉じて何か言おうとしたけど、代わりに金谷さんが俺に向かって、激しくうなずいて言葉を返した。
「三上さんの言わんとしてる事は分かるわ。三上さんが学生寮内の案件をマクロ的に報告しても、学生委員としては学生全体の問題に繋がるわよね、佐藤さんは三上さんを疑った罪悪感と共に、学生全体としての危機感を同時に持ったから、気を落としてしまったのよね。」
金谷さんが俺に的確な返答をすると、延岡さんも皆も大きくうなずいている。
「金谷さんの言うとおりだわ。ただ、三上さんがそれを分かっている時点で、やっぱり高校時代に生徒会をやっていた経験が活きているわよね。自分の立ち位置を分かった上で、あんな報告書を作る三上さんも凄いけどね…」
延岡さんが述べた俺に向けた褒め言葉に関して、俺は補足を入れた。
「私の報告書や経験なんて大したことがありませんが、もっと砕いて言えば、佐藤さんたちにとって、ショックだった原因って、やっぱり私のような、一般学生以下の風情が分かったことを言うな、なんて感情があったと思いますよ。でも、それをひっくり返されたから、悔しさが倍増されちゃった…と。」
俺の分析を聞いたみんなは、佐藤さんたちをどうやって慰めるのかを考え込んでしまった。
今ごろ、佐藤さんたちは、意気消沈な気持ちを引きずりながら、仲間達と反省会でもしているかも知れない。
彼らの意図を察したのは、学生副委員長の古河さんだった。
「あっ、三上さん。佐藤さんたちの取り巻きは、ウチの2次会に参加したことがないのですよ。どうやら、あちらのグループはコンパが終わると、独自に2次会をやっている感じですから、私たちもこの面々になってしまうので…。」
その古河さんの話を聞いて納得した自分がいた。
「古河さん、だからこそ、あのグループは自分の世界に入っちゃったわけです。それが暴走になって、勝手に私を疑って、自爆しちゃった格好ですから、困っているのは私も同じですよ。私もなんと言葉をかけて良いのか迷っています。あと、ご覧の通り、私と霧島さんは闇サークルから狙われているから、キャンパス内で自由がないのは辛いですからね。」
俺の言葉を聞いた全員の顔が曇って、延岡さんが長い溜息をついたあとに、少しビールを飲んで、俺と陽葵に向かって本音を吐く。
「三上さんも霧島さんも、そうだけど、一次コンパの時も、それが理不尽すぎると、私も佐藤さんも同じように嘆いていたのよ。だって三上さんだって、あんな微妙な路線バスを使って帰るのは大変でしょ?」
それに答えたのは俺ではなくて陽葵だ。
「私たちを皆さんが心配してくれているのは、感謝しきりなのですが、私はまだ1年ですから、三上さんを通じて、色々なことを経験しているのは幸せですよ。それに…恭介さんのカッコイイ姿がいつもみられるので幸せですよ♡」
陽葵が最後に、思わず本音を吐いてしまったので、浜井教授の夫婦や高木さんは、それを聞いて微笑みを絶やさないでいるが、俺や仲村さん、内藤さんや石山さんの男性陣は陽葵から顔を背けて恥ずかしさを誤魔化した。
女性陣は、陽葵を一斉に見てうらやましそうにしているが、当事者としてみれば、この場からすぐに退散したいぐらい辛いものがある。
陽葵の言葉にツッコミを入れたのは、南武さんだ。
「もぉ、そんな霧島さんが、とてもうらやましすぎるわ。お陰で三上さんが必死に考えていた本題がすっ飛んでしまうぐらいに、破壊力も抜群だから、みんな、本題に戻すのが大変なのよ。」
そんな南部さんの言葉に笑いが起こって、その場がスッキリと収まるのは、さすがは、上流階級層ばかりが集まる学生委員会の面々だと察する。
これで、横に白井さんがいれば、陽葵や俺のノロケをシャットアウトして諫めるような形になるが、まだ上品にまとめてくれるのが有り難い。
とうの陽葵は思わず言ってしまった感じで、頬が真っ赤になっているから、これまた陽葵が可愛くて仕方ないのだが、俺まで惚気てしまったら始末におけないので、本題に軌道修正をした。
「すみません。当事者が軌道修正をしますが、結局は、次の学生委員会にて、面と向かってお話しをする場を設けて頂ければ、それで大丈夫かと思いますよ。無理矢理に私や霧島さんと会って謝罪の場を設けなくても、私は許しているからと、佐藤さんにお伝え願えれば大丈夫です。」
その後は、話題が変わって、主に雑談になると、高木さんから陽葵が俺の実家に行った話を問われたのをきっかけに、それに延岡さんも加わって、鹿が出たり、カモシカを見た話なども出て、これが異様な盛り上がりを見せた。
ただ、その状況で、高木さんが少し残念そうに俺たちに声をかけた。
「三上くん、霧島さん。理事の目もあるし、安全保護の観点から、そろそろ帰りましょ。これ以上、あなた達が長居すると、私が理事から怒られてしまうわ…」
それを聞いて、周りはとても残念そうにしている。
「これだからこそ、この事件の早期解決が重用なのよね…」
延岡さんは、俺と陽葵を見て、名残惜しそうに言葉をかけたのだ…。
一方で俺と陽葵は、席を立つと、皆に挨拶をして居酒屋を足早に出て、駐車場に向かう。
その途中で、皆が俺と陽葵が途中で抜けることを残念そうにする話し声が聞こえているが、その一方で俺はホッとしていた。
「ふふっ、あの場だと恭介さんはとても気を遣うから、逃げたいのがよく分かるわ。私もそれは同じだもの…。あの人たちとの交流は楽しいけど、気疲れを起こすのよね。でもね、今日の恭介さんはカッコよかったわ♡。」
俺と陽葵は車に乗り込んで、エンジンをかけると、その陽葵の褒め言葉に答える。
「ちょっとあの人達の扱いに慣れていないから難しくてね。まして今日は佐藤さんの案件があったから、扱いがほんとうに難しい。まして浜井教授も加わったからなぁ。これなら可愛い陽葵と一緒に二人っきりで食事をしたほうがズッと幸せだよ。」
思わず本音を陽葵にぶつけると、街灯に照らされた陽葵の顔が少し赤みを帯びているのが分かった。
「もぉ、恭介さんったらぁ~。わたしを可愛いなんて言っても、恥ずかしいだけだわ…」
俺は陽葵に言葉を返したかったが、それを思い留める。
運転中に動揺してしまったら、注意力が散漫になって、事故をおこしかねないからだ。
そして、陽葵の家に戻ると、すでに陽葵の両親や颯太くんも寝る準備をしていた。
「あら、陽葵と恭介さん、おかえりなさい。もっと遅くなるかと思ったら、やっぱり大学側も気を遣っているのね。」
「お母さん、ただいま。そんなところよ。なんだか気を遣って疲れてしまったから、もう私たちも寝るわ…。おやすみね。」
陽葵がそう言うと、俺の手を引っ張って、2階にある自分の部屋に入ると、陽葵は俺を強く抱きしめてきた。
「恭介さん♡。今夜も激しく抱きしめて♡。あのホテルだけじゃ足りないの♡」
「陽葵…。」
このあと、二人がどうなったのかは、皆さんのご想像にお任せするとする…。
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時は現代に戻る。
プレ宿泊が終わって、三鷹先輩が旅館にて缶詰にされた1日目。
俺は仕事が終わって夕食時なって、ここまで書いた文章を新島先輩と諸岡夫婦に送ると、最初に新島先輩からDMの返事が返ってきた。
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俺や棚倉先輩の人事で、かなり面倒なことを書かせてしまってすまなかった。
お前はそういう事を全く言わなかったから、高木さんや荒巻さんから、俺も棚倉先輩も寮長補佐が特別だなんて分からなかったんだよね。
それで、陽葵ちゃんが知らないうちに、男女寮で兼用の特別アドバイザーになっているから、あの事件後の防犯方面の助言を行う特別職としか考えていなかったよ。
それと、延岡と泰田や守、それに仲村がヤケに仲が良かったのは、そういう理由もあるのだな。
浜井教授の夫婦と、お前は陽葵ちゃんが親しげに話をしていたのは、学生委員会が影響しているとは思わなかったよ。
お前ら夫婦の仲の良さはお約束だから端っこに置いといて、本題に行くと、あの当時の学生委員会って、頭の固いヤツしかいないから、お前みたいな一般庶民の底辺学生が延岡の引き抜き抜かれて、アドバイザーに就いたら、それは面白くないヤツがいるだろうな。
浜井教授が気難しくて頭が切れるのは、うちの学部で有名だったし、俺は棚倉先輩から浜井教授のゼミの傾向と対策の状況を丹念に仕入れていたから、浜井教授の単位はスンナリと通ったけど、あの教授は、目を付けられたらチョッと怖い。
まぁ、復学後も体育祭実行委員を俺もやる形になったから、浜井教授のウケも良かった部分が単位獲得にも繋がったのだけどね…。
少しずつ本題に迫っている感じもするが、まだ、少しだけ時間がかかりそうだよな?。
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新島先輩のDMを陽葵に読ませていたら、玄関のチャイムがなって、陽葵が慌てて玄関に出たが、聞き覚えるある声だったから、俺も慌てて玄関に行く。
「すみません~~」
「あら!!。本橋さん!!。」
「奥さん、すみません。夕飯時にお邪魔しちゃって。いや、嫁が缶詰にされちゃっているけど、明日から仕事もあるし、とりあえず私は家に戻ろうと思いましてね。このぶんだと1週間ぐらいは、あの旅館に閉じこもりっぱなしだろうし…。」
「フフッ、なんだか旅館に戻されるときに、三鷹さん…いや、奥さんが、随分と悲しげだったから、うちの旦那が、三鷹先輩は地獄だなんて言っていたのよ。」
「まさに、その通りですよ。漫画が書き終わるまで、木下さんと大宮さんから、ズッとウチの嫁が監視されるわけですからねぇ。」
俺は良二と陽葵の会話が切れると、横から言葉を挟んだ。
「おっ、良二、とりあえず家に帰るのか?」
「恭介、悪かったな、蓋を開けてみたら、相当にサボっていたのが明らかに分かったので、こりゃぁ、修羅場になりそうだよ。」
「そうか…。木下や大宮、それに三鷹先輩も、歩いて俺の家に行こうなんて思わないだろうし、こんな山奥では、逃げ出す場所なんてないからなぁ。」
「ははっ!!。そうなんだよ。だからうちの嫁も、完全に半泣き状態だよ。まぁ、自業自得だけどねぇ…。」
「そうすると、良二は週末に、また、ここに来る感じか?」
「そうなると思う。取りあえず、缶詰になって週末になって終わらなくても、金曜日の夜には旅館に入りたいと思ってね…」
「分かった。その時にはまた運転してあげるからさ。」
「助かるよ。そのつもりで、ちょっと挨拶がてら寄ったのさ。それじゃぁ、また来るから。事前にお前や奥さんのスマホに電話をするからさ。」
良二は手をふって車に乗り込んで帰ってしまった…。
陽葵は良二を見送った後に、俺の顔をマジマジと見ると、素直すぎる感想を俺にぶつける。
「本橋さんも大変よね。人気漫画家の連載って、なかなかに大変なのね…。」
「うーん、かなり大変だけど、三鷹先輩の性格を考えたら、半分以上は自業自得だろうと思うよ。あとは、木下が編集者だから、少し助かってる部分はあるけどね。」
「そうすると、しばらくの間は、あの3人…いや、子供を入れると4人が、ウチに押しかけてくることは無さそうよね?」
「たぶん、ないと思うよ。だって、歩いて行けるような距離じゃないし、木下も大宮も三鷹先輩の監視を解いた瞬間に何をやるか分からないからさ…。」
実際に三鷹先輩がウチに訪れたのは、缶詰が終わってからだったのは言うまでもない…。
ただ、大宮や木下は例外だったのだが…。