大好きな陽葵ちゃんと激しく愛しあったあと…。
陽葵の家に行くと、今度は陽葵の母親の買い物を手伝う。
スーパーのハシゴも、ディスカウントストアに行くのも、お約束になってきたので、道も迷わずにスンナリと行けるようになった。
最後のスーパーに向かっている車の中で、陽葵のお母さんが俺が大変そうなのを嘆いている。
「恭介さんは、寮の仕事が忙しいのが分かるし、今日も学生委員会の打ち上げコンパだから、大変なのが分かるわ。先週は寮の書類が間に合わなくて家に来られなかったから、そのぶん、大量買いしちゃったわよ。」
「お母さん、すみません。先週は来年度の寮幹部を決める書類を書いていたのですが、前任の寮長が結核で休学しているし、それで私が寮長になったお陰で、寮幹部の人事を学生課に提出する時に、理由書を書くのに大変な苦労がありまして…。」
助手席に乗っていた陽葵が、その事に関して心配になって俺にたずねる。
「恭介さん、先週は毎日のように高木さんや荒巻さんと学生課に行って話し込んでいたのは、そういう事だったの?。来年度の寮の人事で異例続きだから書類がありすぎて、一気に片付けたいと言ってたので、何があったのか少し不安だったのよ。」
「うん、そうなんだよ。結核で休学している前寮長の先輩は、来年度の復学後に寮幹部にしてくれと懇願しているし、諸岡は副寮長になることで決定だけど、そこは前例があるからよしとしても、棚倉先輩も寮幹部を続けたいと言っているから、かなり微妙でね…。あとは陽葵の関連も、俺が書類をまとめなきゃならなかったし。」
俺は運転をしながら、少しだけ詳しい説明をすることにした。
金曜日の夕方だから、裏道を使ったとしても道路が少し混んでいるし、事情を話すのにはちょうど良いだろう。
「結局ね、陽葵が特別職のアドバイザーの役職にいる影響で、棚倉先輩の処遇を巡って、似たような前例がないか、色々と探っていてね…。」
「恭介さん、それで、棚倉さんはどうなったの?」
「今の寮長補佐を継続してやることになったんだ。特別職のアドバイザーが2人いる状態は理事がウンと言わないようだから、陽葵はそのまま事件が終わるまで役職を継続して、事件解決後に陽葵は寮幹部から外れる感じになることを、荒巻さんが匂わせていたけど…。」
それを聞いた陽葵は少しだけ複雑そうな表情をしている。
「無理矢理の寮幹部だったから、それはやむを得ないし、この事件が解決して欲しいのは山々だけど、気持ちとしては微妙だわ…。」
「たぶん、そのあたりの後始末は、高木さんと荒巻さんが上手くやると思うけどね。今やっているのは、年度末に向けて内示をするための事前承認書類だから。それで、棚倉先輩は来年度も寮長補佐をやるけど、これの理由付けが、かなりの複合要因でね…。」
「わたしは泰田さんや白井さんと課題を一緒にやっていることが多かったから、学生課でチラッとしか話を聞いていなかったけど、かなり難しそうな話だから、恭介さんが荒巻さんと話をしていて、2人とも悩んだような表情をしていたのね。」
「そうなんだよ。結局、結核で休学した前寮長を支えるという意味で、棚倉先輩が残ることになった…という理由付けにしたんだよ。それに加えて学生委員会や文化祭実行委員入りで、俺たちが多忙を極めるのも理由に入っている。それで寮長補佐が2人いる状況で、陽葵が寮幹部のアドバイザーの役職になっている。それと、諸岡が副寮長になって、俺が引き続き来年度の末まで寮長というわけだ…。」
陽葵はそれを聞いてキョトンとしていたが、恐る恐る俺に尋ねてきた。
「恭介さん、人事のことは分かったけど、それで、理由書はA4用紙で何枚ぐらいになったの?」
「そうだねぇ、文字数は、あの報告書より少ないけど、陽葵の案件もあるから18枚ぐらいかなぁ。陽葵の件は、暴漢事件の経緯から書かないといけなかったから、少し大変だった…。」
「うわぁ…。それで、今週の月曜日に、その提出したとき、荒巻さんや高木さんから、お疲れさまと言われ続けたのね。高木さんがこれなら通ると思うなんて言っていたから、わたしもホッとしていたけど、恭介さんは疲れたわよね…。」
そんな事を陽葵や母親と話していたら、最後のスーパーに着いたので、陽葵のお母さんは、冷凍食品を買い溜めしている。
俺は、運転手の他にも、お一人様1点限りの数合わせや、荷物持ちが主だから、俺がいないと始まらないなんて言われて、陽葵のお母さんから頼られてしまうから困った。
買い物が終わると、陽葵の家に戻って、夕飯まで颯太くんの宿題を手伝ったり、一緒にゲームをしたりして過ごしている。
しばらくすると、陽葵のお父さんも帰ってきて、一緒に少し早い夕飯を食べていると、颯太くんが寂しそうに俺に話しかけてきた。
「恭介お兄ちゃん、今日はお姉ちゃんと一緒に、大学のお仕事で出掛けちゃうんだよね…。ちょっと寂しいかなぁ…」
「ごめんね、ご飯を食べたら出掛けて、夜遅く帰ってくるけど、明日の午前中は、ここにいるから大丈夫だよ。」
「うん!。恭介お兄ちゃんがいると、家にいても楽しいから、嬉しいよ。先週はいなかったから、ちょっとだけ寂しかった…」
俺と陽葵は夕食を終えると、早々にお風呂に入って、コンパに出掛ける準備をしていた。
すでに少し酔いが回っていた延岡さんから、俺の携帯に電話がかかってきたので慌てて電話に出る。
「三上ですけど、延岡さん、どうしました?」
「1次会が早めに終わったので、もう2次会に向かっている最中よ。今日は佐藤さんたちの元気がなくてね、三上さんにどう謝ろうかとか、色々と言っていたけど、浜井教授が間を取り持つと言ってくれて助かったのよ…。」
「では、佐藤さんたちは、早々に帰ってしまった感じですか?」
「そうなのよね、それで早々に切り上げて、向かっているので電話をしたのよ。」
「分かりました、そろそろ出ますから大丈夫ですよ…。」
電話を切ると、隣にいた陽葵が苦笑いをしていた。
「恭介さん、電話の声が漏れていたからよく分かったけど、浜井教授が佐藤さんを上手く抑えていたし、思い通りにいかなかったばかりか、高木さんにもやられたから、気を落としちゃったのよね。」
「それもあるけど、あのような人達って、なんだかんだ言って、あんな事案があると、自分達が動かないといけない使命感があるから敏感だし、プライドも高いから、ウチの大学はこんなに情けなかったのかと、ガッカリしてしまった側面もあったと思うよ。ただ、延岡さんは、少し心の持ち方が違うけどね。」
俺は、話をしながら、陽葵と一緒に玄関を出て車に乗り込んだ。
あの居酒屋まで車なら15分もかからないだろう。
最近はスーパーを何件か巡っている影響なのか、この辺の土地勘が分かってきたせいか、タクシーやバスが通らないような裏道も分かるようになったので、すぐに居酒屋についた。
店に入ると、奥の座敷から延岡さんや高木さん、浜井教授などの話し声も聞こえている。
どうやら、浜井教授と今日の1次会で気を落としていた委員たちをどうするか、少し真剣な話をしているようだ。
座敷の部屋に中に入ると、延岡さんや古河さん、内藤さんに金谷さんと南部さん、それに石山さんがいて、高木さんと浜井教授や奥さんも一緒に並んで座っていた。
俺と陽葵の姿を見かけた延岡さんはすぐさま俺と陽葵に声をかける。
「三上さん、霧島さん、今日は主役だから私の隣よ!!。」
座席に座る前に、教授の奥さんに自己紹介と挨拶をして座ろうとしたら、泰田さんや守さん、仲村さんもやってきたので、2次会が随分と賑やかになった。
無論、陽葵を含めてアルコールは遠慮する形だ。
俺は飲めないし、陽葵は未成年だから飲酒はNGなのだが、流石に学生の規範となる学生委員会のコンパなので、無理にお酒を勧めるようなことはしないし、助かっている。
2次会で全員が揃ったので、乾杯をすると、少し酔い気味の延岡さんが、腕を組んで真剣な顔をした。
「三上さん、佐藤さんたちの件だけど、どうやらショックが大きいのよ。教授たちに論点がずれていてダメ出しされるのは、文系の学生の大半はゼミで慣れているから、何とも思わない人が多いけどね。ただ、あの報告書が全て真実だと分かって、自分たちは何をやっていたんだと、そんな悔しさと、三上さんを疑った愚かさを呪っている感じよね…。」
俺はウーロン茶を飲みながら、もつ煮込みを頬張っている最中だったので、少し手をあげて、飲み込んでから延岡さんに答える。
ちなみに、浜井教授は泰田さんたちと、なにやら学部内の話をしているから、そっちはそのネタで盛り上がっているみたいだし、延岡さんの話は聞いていない感じだ。
「ご、ごめんなさいね。思いっきり口の中に入っていたから…。学生寮で起こっている問題案件って、地味に深刻なものが多いし、やっぱり知らない土地に住むこともあって、色々な洗礼を受ける部分があるので、狙われやすい側面がありますからね…。」
それについて、高木さんがうなずいて、寮の問題案件について補足を始める。
「三上くんの言うとおりで、今回の暴漢事件は極めつけとしても、寮生ってカモにされやすい部分もあるから、いきなりに悪質セールスの類が寮に乗り込んできたりするからね。三上くんが麻薬密売人に追いかけられたのも、まだ寮生活に慣れていない状況だから、挙動が普通の子と違うから狙われているコトもあるわ…。」
「この件があってから、夜にコンビニや外食をする場合は、できるだけ人を連れて行動するなんて話も出たり、私なんかは、棚倉先輩の目に留まって可愛がられだしたのも、この時期ぐらいからでしたから。」
高木さんがニッコリと笑って、その当時の棚倉先輩のことについての裏話を披露した。
「棚倉くんはね、その当時から、三上くんを気に入っていたのよ。麻薬密売人の外人に振り向きもせずに警察にシレッと行った判断力や、その後に寮にキチンと電話をかけてきたこと、それに冷静に状況を話したことを踏まえて、三上くんは、やればできる子だと何度も言っていたのよ。」
「あんまり買いかぶられても困りますがねぇ。ここまできたら、毒あらば皿までですが、その当時から、大宮や竹田と一緒にバイトをやりながら、松尾さんの奥さんが作るご飯や、たまに高木さんが作るご飯にありつけるのに必死だっただけですよ…」
「ふふっ、そういうところが三上くんらしいのよ。バイトで必死に大宮くんたちと、誰よりも、手際よく仕事をしていれば、松尾さん夫婦の目に留まるし、私や荒巻さんだって、可愛がってしまうわよ。」
「高木さん、それが、寮幹部に私を引っ張った切っ掛けでしたか…。ただ、新島先輩は最初、私に懐疑的だったから、棚倉先輩が少し苦労した話も聞きましたけど…。」
「新島くんは、三上くんのバイトの働きを見て、信頼を寄せるようになったのよ。寮幹部に馴染んだ頃に、ドイツ語が分からなくて徹底的に教えた時に、その必死な眼差しを見て信頼を寄せたらしいわよ。」
「うーん、あの時の新島先輩には、感謝しかありませんからね。ドイツ語が苦手すぎたので、棚倉先輩が新島先輩に頼んだのですが、その当時は課題やレポートをやるような仲間もいなかったので、先輩たちから教えてもらうのが頼りだったわけです。」
気がつけば、俺と高木さんの話を、浜井教授たちも話を止めて真剣に聞いているのが分かった。
そして、浜井教授が、日本酒を飲みながら、それについての所感をまとめるように言葉を出す。
「三上君は、そういうハングリー精神が、私たちの世代の苦学生に似ている部分がある。だからこそ、普通の学生とは違って、それが良い方向に光って見えてしまうのだよ。棚倉くんもそこに可能性を見いだしたのだろう。」
俺は慌てて、話を軌道修正して本題に戻すことにした。
「浜井教授、恐縮過ぎて本人としては、恥ずかしくて、その件に関しては何も言えませんよ。それにしても、延岡さん、話が脱線して申し訳ないけど、問題は佐藤さんが落ち込んでいる案件ですよね?」
本題に戻された延岡さんはハッとした表情をして、再び深刻な顔をしながら、ビールを飲んでいる。
「そうなのよね、あまりにも落ち込みかた酷かったから、浜井教授がフォローをするぐらい深刻で…。」
ちなみに陽葵はその話を俺の隣で、サラダを食べながらジッと聞いている。
「延岡さん、とにかく、この後の委員会で、この手の対策を委員同士で議論し合うことでしょうね。私は色々とあって、なかなか委員会には参加できないですが、そういう議論の場で委員達が納得するような答えが見つかった時点で、少し気持ちが落ち着くのでしょうから…」
延岡さんは俺の顔をじーっと見てうなずいた。
「三上さん、それもそうよね。ただ、本人たちはコンパで三上さんが来るかと思って謝罪をしようとしたけど、安全上の理由で参加できないことを聞いて、尚更に、不憫に思って落ち込んでしまったのよ。」
俺は腕を組むと、延岡さんに、どう答えようか、そして、何が最善なのか、考え込んでしまった自分がいた。