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~エピソード9~ ② 三上さん、学生委員会で持ち味を遺憾なく発揮する。~1~

 俺は大好きな陽葵ちゃんが作ったお弁当を食べ終わった後に、延岡さんに少しだけ、反対者に有無を言わせない方法を考えたので、とりあえず提案してみることにした。


「延岡さん、私と霧島さんを紹介するときに、最初っから、私が寮長だから仕事も忙しいこともあって、本人の希望によって、学生委員会入りが事件解決までの限定であることを、強調して言って下さい。その後の例の資料の議題になった時に、反対委員から嫌みの1つも言われずに済みますので。」


 延岡さんは苦笑いしながらうなずいて、俺に言葉を返す。


「いやね、本来なら、三上さんには、このままズッとやってもらいたいのよ。この言葉は私が躊躇ってしまうわ。でも、仕方ないわよね。だって、そうしないと、三上さんが反対派から槍玉にあげられてしまうわよ…。」


「延岡さん、すみません。私を継続して役職に留めるなら、学生委員会の会則を見ましたけど、私が事件後に役職を降りたとしても、組織図や議事録にはあまり乗らない形で、委員長付きのアドバイザーなんて職もあるので、私を毛嫌いする委員がいても、それなら納得するんじゃないでしょうか。私もそのほうが不定期の出席になるから負担も減りますしね。」


 俺の奇抜な提案に、金谷さんが苦笑いしながら聞いていたが、法を勉強する人としては突っこみどころが満載だったようで、少しだけ釘を刺すような感じで意見を言ってくる。


「三上さんは今の立場で、あなたが4年になるまで、学生委員会に残って欲しいのは私も同じよ。その扱い方は、組織としては、とてもグレーなのよ。たしかに、緊急時などで、委員長が必要に応じて、アドバイザーを設ける会則があるけどね…。三上さんと霧島さんの場合、暴漢事件の経緯があるから、合理的な理由があるし、担当の教授からもゴーサインは出るけど、委員の中には法学部の学生もいるから、説明が少し面倒だわ。」


『やっぱり、そのあたりは、お役所並に頭が固い連中が多すぎて面倒なんだよな。』

 俺は金谷さんの意見から、少し察するところがあって、裏技的な話を持ちかけて、抜け穴を提案してみる。


「うーん、金谷さんはご存じか分かりませんが、延岡さんに判断を任せたいところですが、私が学生委員会入りした裏事情として、社会心理学を専攻している教授の理事が、私たちの学生委員会入りや文化祭でのトークイベントを強く勧めた背景を説明したほうが良いかと。ついでに、それが、逆効果であったことも含めて私が捕捉しますがね…」


 それを聞いた金谷さんから、少しだけ額から冷や汗が出るのが分かった。


「その件に関して、三上さんが延岡理事に真っ向から忌憚なく意見を言ったことを延岡さんから聞いて、もの凄く肝を冷やしたのよ。よく、あんな厳しい口調で延岡理事に意見が言える学生なんて、皆無に等しいわ…。そうそう、本題に戻すと、それなら誰も文句は言えなくなるわ。理事会の意向なら、反対する余地も、合理的な説明も要らないもの。」


 そこで延岡さんが最終決断を下す。


「たしかに、三上さんの案には一理あるし、嘘はついていないから、矛盾もなく合理的な説明になるわ。あの件は、まだ学生委員会向けに話せる範囲だから、申し分がないわ。その三上さんの案で、とりあえず序盤は反対派を封じましょう。そうすれば、あの資料しか突っこみどころがなくなるもの。」


 延岡さんの決断に皆がうなずいて、延岡さんの方針に賛成した後で、南部さんが、あたりをキョロキョロしている。


 そして、この講義室にこのメンバー以外に誰も来てないことを確認すると、俺たちの立ち位置をハッキリと教えてくれた。


「学生委員会を担当している教授は、延岡理事たちの影響もあって、三上さんの味方でもあるのよ。学生委員会は理事会の意向もあるから、理事周辺に近い教授や大学の担当職員が就くから、やむを得ないけどね。だからこそ、それを面白くないと思う委員がいるのは確かよ。」


「南武さん、私はこういう大学の魑魅魍魎的な訳の分からぬパワーバランスに右往左往されるのが嫌だから、こういう役職は、本音としては勘弁したいのですよ。それに学生委員会は、専攻科の少人数ゼミとは違うので、理屈を問い詰めて論理を展開をさせる場と違うので、最初から前提条件を作って、外堀を埋めてしまった方が楽ですから。」


 俺のぼやきに内藤さんからツッコミが入る。


「その、三上さんの提案に大賛成ですけど、次々と妙案が浮かぶのは凄すぎますね。私はあの資料の真偽を巡ってガッツリとした議論になった場合、どう立ち回るのか…。ぐらいしか考えていませんでした。私は、ゼミで教授達も含めて議論を交わす感覚でいたので、戦わずして、相手を封じちゃうのは凄いかなと。」


「内藤さん、ここで押し相撲の議論を永遠とやったとしても、私1人だけなら、内心は、とても面倒くさがりますが、ここにいる人達の顔を立てながら、結論が出るまで、激しく言い争うことに参加するでしょうけどね…。」


 俺の破れかぶれな話に、皆は少し声を出して笑っていたが、陽葵は心配そうに俺を見つめていたので、そんな陽葵の顔をチラッと見ながら俺は話を続けた。


「ただね、この場に1年生で何も知らない霧島さんもいるから、そんな状況から守りたい訳でして…。反対している委員達が霧島さんに対して厳しいツッコミを入れてきても、何も答えられないのは当然だから、その前にピッシャリと封じたい訳です。」


 それを聞いた陽葵は少しだけ顔を赤くして下を向いていたが、反射的に俺に対して言葉が出てしまう。


「もぉ、恭介さんったら、こんなところで私を守るなんて言ったらダメよ。女の子は、そういう場所で、大好きな人から助けられちゃうと、胸がキュンとなってしまうから、会議前にドキドキさせないでね…。」


 陽葵が俺に向けて、今の状況を考えずに反射的に本音を吐いてしまったので、ここにいた一同は、陽葵の言葉に当てられた形になって、会話が途切れてしまった。


 延岡さんと金谷さんは少し顔を赤くして、陽葵をジッと見ているし、石山さんや内藤さんは少し天井を見上げて、頭や頬をかきながら、その場を誤魔化している。


 南部さんと古河さんは、俺と陽葵を交互に見て、両手を組んで目を輝かせていたので、俺は、その場から立ち去りたい気持を必死にこらえるので精一杯だ。


 暫く沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは南部さんだった。


「あのぉ…。霧島さんったら、こんなところで惚気ちゃダメよ。みんなが胸キュンになって、何も言えなくなってしまったわよ。これがあるから、この2人は油断できないのよ…。」


 その後、他の委員たちが来るまでブリーフィングは和やかに進んでいった。


 文化祭で起こった事や、トークイベントをやっている最中に、文化祭の実行委員会を手伝っていた学生委員たちが、俺が底辺校から大学に入った経歴などを聞かされて、吃驚した話などが出てきたが、俺はあえて、作り笑顔をしながらその場を誤魔化して乗り切った。


『たぶん、俺の経歴を知って、気にくわないヤツもいるだろう。あんなに荒れている高校から一般入試で入ってきた、理工学部のオタク寮長なんて分かった途端に、俺のコトを馬鹿にするヤツも多いからね。棚倉先輩みたいな秀才ならともかく、俺なんて、一般学生の立場がせいぜいだしね。』


 そんな事をボーッと考えていたら、学生委員会の時間が近づいてきて、次々と委員や関係者が講義室に入ってきた。


 俺は陽葵と一緒に、金谷さんと来年の文化祭の件や、普段、どんなところで食事をしているのかなんて聞かれて、それを興味深そうにそれを聞いていたが、一部の委員から少し鋭い視線を感じて、少し会話を止める。


 それに気付いた延岡さんが、俺と陽葵を守るように軽く声をかけた。


「書記の佐藤さん、この2人が三上さんと霧島さんよ。紹介は改めて委員会の中で設けるし、この場で個々に挨拶をしていたら、委員会の開始時間が遅れてしまうから、一同が集まってから、私から紹介をしたいのよ。」


 佐藤と呼ばれた男子学生は、後ろに数人の委員を引き連れているが、その人達が俺と陽葵に向ける視線も厳しいものがある。延岡さんの話に、怪訝そうに、俺と陽葵をにらみつけているのが明らかに分かった。


 延岡さんが、書記の佐藤と呼んだのは、学生委員の中に佐藤さんが何人かいるからだろう。


『ここは寮長モード1000%全開で行くか。面倒だなぁ、この学生委員会を乗り切ったら、あとで大好きな陽葵ちゃんから、可愛すぎるパワーを貰おう…。』


 俺はここで、最大エネルギーを放出して、まずは、相手を怖じ気づかせることにした。

 このモードになれば、俺の声に1/Fの揺らぎもあるから、嫌悪感を抱いている相手も、少しは納得してしまう作用もある。


 ただ、俺の隣にいる、可愛くて、可憐で、性格が良すぎて、すぐにでも抱きしめてしまいたいぐらい、大好きで愛おしい陽葵ちゃんは、この寮長モードに惚れてしまっているから、すでに両目がハートマークになっている。


 下手をすれば、さっきのように、陽葵が惚気て周りを当ててしまうリスクもあるから怖い。


「学生員会の役員だとはいざ知らず、申し訳ないです。延岡委員長の仰る通り、時間がないので、軽いご挨拶になりますが、私は一般学生寮長の三上恭介で、隣にいる女子学生が経済学部1年の霧島陽葵さんです。皆様には、ご迷惑とご面倒をお掛けしますが、今後ともよろしくおねがいします。」


 寮長モードを全開にしたので、俺の口調と様子が一変したお陰で、陽葵以外の周りは口をポカンと開けたままになっている。


 …いや、陽葵は両目がハートマークのままだから、放置せざるを得ないのだが…。


 意表を突いた寮長モード1000%のお陰で、それに怖じ気づいた書記の佐藤さんが、やっとの思いで口を開いたのがすぐに分かった。


「いっ、いや…。こちらも、三上さんと霧島さんとはいざ知らず、お声をお掛けせずに申し訳なかったです。今後ともよろしくおねがいします。」


 佐藤さんがそう言うと、後ろにいた委員たちも頭を下げて、早々に席に着いてしまった。


 それを見た延岡さんは、表情を変えないまま、俺と陽葵にボソッと耳打ちをする。


「三上さんは、棚倉さんの言うとおり、やれば出来る子なのね。今のやりとりで、それがすごく分かったわ。スイッチが入った三上さんは、私も敵わないかも…。能ある鷹は爪を隠すと言うけど、さっきの雰囲気は、色々な意味で凄まじすぎるわ…。」


「金谷さんや延岡さんとは違って、私は常日頃から、これを出すことが不可能なので、ここぞという切り札にしているだけです。普段の私は、ボーッとして、何も考えていないことが多いですから。」


 周りに聞こえないように、俺がささやくように言うと、それを聞いていた金谷さんも延岡さんも少しだけ苦笑いしている。


「こんな状況じゃなければ、色々と突っ込みたいけど、それは後日、ゆっくりと聞きましょ。」

 延岡さんが綺麗にまとめて、面倒な宿題を俺に突きつけたところで、学生委員や、その担当教授、それに高木さんも来て、要員が揃ったようなので、そろそろ委員会が始まるらしい。


 陽葵が俺に向かって小声でボソッと本音を吐く。


「恭介さんは、この状況でも普通に緊張せずにいられるのが凄いわよ。やっぱり高校の時から、そういうことをやっているから慣れているのね。気軽に延岡さんや金谷さんに話しかけられるのも尊敬するわ。」


「まぁ、色々とあって、場慣れしているからね…」

 あまり話していると目立ってしまうから、俺は陽葵に目線を合わせると、うなずいて会話を終わりにした。

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