しばらく、高木さんや延岡さんと、俺が外人の麻薬密売人に追いかけられた案件で、ブリーフィングをしていたら、1人の女子学生が学生課に入ってきた。
「失礼します。私は、社会学部2年の学生副委員長の古河詩織ですが、延岡さんや三上さん、霧島さんはここにいらっしゃいますか?」
真面目そうな子だし、来季は学生委員委員長に任命されるのが明らかに分かるような感じの人だ。
俺と陽葵は席から立ち上がると、学生課の職員に案内されて古河さんが俺たちに近寄ってきたので、俺の方から先に挨拶をする。
隣で陽葵が緊張をしているのが横にいて明らかに分かったので、先回りして陽葵のぶんまで挨拶をシレッとしてしまおうと、俺は口を開く。
「初めまして。私は工学部2年、一般学生寮長の三上恭介です。そして、隣にいるのが、経済学部1年の霧島陽葵です。」
俺が陽葵のぶんまで自己紹介をしたので、当の本人は少し吃驚していたが、なんとなく安心したような表情を浮かべているのが分かる。
「学生副委員長の古河詩織といいます。社会学部の2年ですが、延岡さんから来季の学生委員長に指名されています。今後ともよろしくお願いしますね。」
古河さんも場慣れしているから、全く緊張していないのが分かるが、どうも奇妙な高揚感があるようで、そこに少しだけ違和感を感じていたが、それを延岡さんが的確に代弁をした。
「古河さん、三上さんと霧島さんが目の前にいるからって、テンションをあげないでね。三上さんは普段通りだけど、まだ、1年生で何も知らない霧島さんはプレッシャーがかかってしまうわよ…。」
「延岡委員長、ごめんなさい。大学を救った英雄と、芸能界にいても、おかしくないような可愛すぎる女子学生を目にして、なんとも言えぬ高揚感が沸き上がってしまって…。」
俺は古河さんの言葉に少しだけ冷や汗をかいて、真っ先に否定する作業に取りかかる。
「古河さん、私は大したことはしてないし、自分が怪我をしなくても、他の方法であの暴漢を取り押さえる方法もあったかも知れないので、あまり褒めちぎらないで下さい。私も恥ずかしすぎて穴に入りたい気分ですからね。それに霧島さんは可愛すぎて、私が彼氏になれたのが奇跡的なぐらいです。」
陽葵が俺の言葉を聞いて反射的に否定しにかかってしまった…。
「恭介さん、そうやって自分を謙遜しちゃダメよ。あの時、身を挺して、わたしを守ってくれたのは間違いないもの。それに、今までの寮での仕事や文化祭の件を考えたら、そんな言葉なんて、みんな信じないわよ。」
俺の周りにいた高木さんを含む女性陣が、一様にうなずいてしまったから、俺は少し溜息を出して下を向くしかなかった…。
「それよりも皆さん、そろそろ委員会開催前のブリーフィングをしたいので、みなさんを呼びに来たのですが、大丈夫ですか?」
古河さんが本題を切り出すと、延岡さんや金谷さんが慌てて、席から立ち上がって、延岡さんが皆をブリーフィングへ行くようにうながす。
「皆さん、そろそろ、本館にある大きな講義室に行きましょ。そこで、お弁当を食べながらブリーフィングをしようと思って…。」
俺はその講義室に少し前まで入り浸った記憶があったので、すぐに場所を察して、延岡さんに問いかけた。
「延岡さん、本館の3階にある講義室ですか?。あそこなら、教育学部の体育祭実行委員で何度も行っていたので…」
「流石は三上さんだわ。その通りよ。あそこの講義室は、広すぎるから、そういう催しの会議に使われる事が多いのよ。あとは、人気の教授などが講義に来た時に、聴講する学生や教授が殺到したときに使うぐらいだから、ウチもよく利用しているのよ。」
俺や高木さんも立ち上がると、金谷さんが俺たちを少しだけ呼び止める。
「皆さん、お弁当を持っているから良いかも知れないけど、わたしは購買でお弁当を買いたいから待って。お昼時だし、三上さんと霧島さんの状況を知っているから、このまま外食なんて訳にはいかないでしょう?」
金谷さんが購買に駆け込んだので、俺は飲み物を買おうとしたら、延岡さんに呼び止められた。
「三上さん、飲み物は委員会から出るから大丈夫よ。もう、講義室にペットボトルのお茶やコーヒーが運ばれているはずだから。」
続いて高木さんが俺たちに声をかけた。
「みんなは先に行っていて良いわよ。私はまだ仕事が残っているから、頃合いを見て顔を出すから安心してね。」
そんな会話をしているうちに、購買でお弁当を買ってきた金谷さんが来たので、本館の3階にある大きな講義室にエレベーターに乗って向かう。
「三上さんや霧島さんも、ブリーフィングと言っても、文化祭実行委員の南部さんや石山くん、それに、私や古河さん、それに同じく副委員長の内藤くんので行う感じだから少し肩の力を抜いてね。」
延岡さんがそう言ってきたのだが、俺はそれを聞いて、安心というよりは、学生委員のメンバーが固すぎて、信頼できるメンバーで固めている事がうかがえたので、少し不安感を覚えている。
恐らく、俺や陽葵に懐疑的なのは、この人以外のメンバーなのだろう。
俺たちが講義室に着くと、文化祭で顔を合わせた南部さんや石山さんの他に、見知らぬ男子学生がいるから、それが内藤さんなのだろう。
その男子学生が俺と陽葵に近寄ると、すぐさま挨拶をされた。
「初めまして、私は文学部2年の内藤弘幸です。三上さんや霧島さんのことは、この学生委員会で持ちきりなので、話が尽きませんよ…」
俺と陽葵は慌てて、内藤さんに挨拶を済ませると、各々が席に座って、昼食を食べながら早速、ブリーフィングが始まって、延岡さんが話を切り出す。
「このブリーフィングは、ここにいる人よりも、例の資料を読んでも納得してくれない委員に向けての対策が主よ。しかし、困ったわ。これだけの事案があっても、見逃していた私たちにも責任があるのに、それを無かったことにするのは絶対に良くないのよ。」
『案の定、そうか…。一部の委員がお坊ちゃま、お嬢ちゃん体質だから、現実逃避をしたいわけだ。』
俺は陽葵が作ってくれたお弁当を食べながら、眉間にしわを寄せつつ、発言を求められたときに何を話すかを悩んでいた。
それを横で陽葵は心配そうに見つめている。
金谷さんの発言に対して、早速、内藤さんが本題を真っ向からぶつけてくる。
「正直、三上さんの文化祭での指揮を間近にみていた人としては、その性格が分かると凄まじい人だと分かるのですが、他の人から見ると、正体不明の学生が、さらりと金谷さんよりも的確に指揮を取れるなんて信じたくない委員も多いでしょうからね…」
仕方がないので、俺は皆に本音をぶつけることにした。
「内藤さんの言うとおりですが、そういう肌感覚は確実にありますよ。本来、私は、そういう事に向かない性格なのですが、皆さんから何故か推されてしまうので、自発的にやっておられる方々から見ると、そこに私への違和感と嫌悪感があるのでしょう…」
「恭介さん、謙遜はいらないわ。みんなは、とても凄いと思っているのよ。恭介さんが他の人と違うのは、そういう認識をした上で、色々と考えて行動できるところなのよ…」
その発言に、俺と陽葵以外の全員が拍手をしているから俺は困っていたが、皆に向けて、なにか言おうとして考えている間に、延岡さんが陽葵に助け船を出す感じで、有無を言わせずに駄目押しをされてしまった。
「三上さんの凄いところは、霧島さんの言うとおり、そこなのよね…。でもね、ほとんどの委員が、三上さんの良さを分かっていない上に、とても衝撃的な報告書を叩きつけられたから、現実逃避をしようとする委員も出てきてしまったの。そこで、三上さんを批判して学生委員から降ろそうとするグループがいてね…。」
延岡さんの懸念に対して、俺はそれは至極当然だと思って苦笑いしていた。
「延岡さん、こんなことを言ってはアレですが、正体不明の私がいきなり延岡さんたちから重用されて、学生委員を霧島さんとやったところで、それは、面白くない輩もいますよ。あの報告書なんか、私が学生委員入りをしたくて、虚偽報告をしていると思い違いしている輩もいるでしょうね。」
それに関して金谷さんが、少し怒った様子で俺の意見に自分の感情を乗せて、俺にぶつける。
「三上さん!、その通りなのよ!。だからね、こっちはそれで、相当に苦慮しているの。だって、三上さんはそんなことで報告書を書いたわけじゃないし、学生課の職員からも、お墨付きをもらっているから、間違いなく事実だからね。それを現実逃避的に虚偽なんて、言いがかりを付けるのは酷いわ。」
「金谷さん、少し落ち着いて下さいよ。延岡さん、この件について、私と霧島さんの起用は、とりあえず、基本的には暴漢事件が片付くまでの限定的なものと前置きをして、その場を納めて下さい。そこから、高木さんにお願いして、真偽を確認する作業を私とすれば、大丈夫なはずですから。」
この時、陽葵は昼食を食べながら、自分が恭介の立場になったとしたら、同じ事がすぐさま言えるのかと思いながら、延岡さんや金谷さんとのやり取りを聞いていた。
自分なら、身の潔白を主張しすぎて、逆に周りから怪しまれてしまうだろうが、恭介は表向きの体裁やプライドなんて、関係ないらしい。
陽葵がそのことを深く考えてみると、恭介の考えは極めてソフトランディングになるから、凄いと思って、それを口にしようとした時に、金谷さんが先に自分の考えを口にした。
「三上さん、その言い回しは私だったら、到底、無理に近いと思うわ。私なら、どうしても身の潔白を主張するあまりに、あの報告書の真偽を巡って、反対者と議論をしてしまうわよ。」
「金谷さん、それをやっていると、永遠と委員会が終わらないので、あえて負け選んで、真の勝ちを得るパターンでやろうかと。この手の議論になると、感情も出てしまうから、お互いに引けなくなりますよ。だからこそ、一歩引き下がって相手を油断させたところで、一気に叩くのも一つの手ですからね。」
それを聞いた延岡さんが、なぜかクスッと笑っているから、俺は少し眉をひそめて彼女に尋ねる。
「延岡さん、なぜ笑ったのですか?。私が笑われるのは慣れているから、何とも思いませんが、委員会中に笑われると、私としてもやりにくいので…。」
「ふふっ、ごめんね。三上さんの作戦によって、反対していた委員の呆然とした顔が、頭の中に浮かんで笑ってしまったの。最初は事件解決までの限定的な採用と聞いて、彼らはホッとすると思うけど、その後の資料が全て本当だと分かった時点で、慌ててしまう姿が目に浮かぶのよ…。」
「延岡さん、そこまで上手くいくかは分かりませんが、あの資料から目を背けている委員がいるとすれば、真実と納得したときに大慌てするでしょうね。私はそれに関して、相手を刺激するような言葉は控えたいと思っています。あくまでも事実を淡々と話しますからね。」
その後のブリーフィングは、雑談を交えながら穏やかなものだったから、落ち着いて食事ができたことは間違いない。
しかし、俺としては、こういう場になると、食事をするどころではなくなるので、やっぱり可愛い陽葵ちゃんと2人っきりで、ラブラブな食事をするほうが幸せだったりする。
『面倒すぎるから、早く委員会が終わって欲しい。最初は俺や陽葵が警戒して、心ない言葉をかけてくる委員もいるだろうから…』
俺は会議が始まる前から、すでに憂鬱になっていた…。