-まだ、ここは現代-
俺はプレ宿泊を終えて、良二夫婦や大宮夫婦を旅館に送り届けたあと、PCの電源をつけて、SNSのDMを開く。
先に諸岡のアカウントにて夫婦で連名で今までの返事が来ていた。
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三上寮長、ここから、あの事件の全容に徐々に迫るような感じですよね。
学生委員会の内容も、当時、学生委員長…、いや、引退後も院生で絶対的な権力を持っていた、延岡さんもそうだけど、あの事件に関しては断固として極秘事項だったから、三上寮長も黙りっきりじゃなかったですか…。
あんな膨大な資料を、延岡さんに叩きつけていたからこそ、寮生が変なサークルに絡まれることがっても、三上寮長の一言で学生課や大学側が、とても柔軟に動けたわけですよね?
私の後を継いで寮の運営にあたった江川が言ってましたが、まだ、自分が寮長である頃までは、そういう案件を高木さんや荒巻さんに相談すれば、すぐに動いてくれて、少なくても1週間以内には解決をしたとか…。
三上寮長の顔が利いていた証拠だったと今更ながらに思っています。
*ここから先は女房に代わります。
三上寮長さん、このDMの件は陽葵ちゃんとのラブラブよりも、三上寮長が延岡さんと、学生委員会を辞めた後も密接に関わっていた理由を知りたいわ。
ここから先は、そういう展開になるのだろうけど、旦那と一緒に顔を見合わせてしまったのは、三上寮長が学生委員会に向けて、寮生が強引な勧誘にあった件とか、ヒヤリとさせられた事件や案件を網羅した資料を、A4用紙20枚も作っていたのは今になっても驚きだわ…。
これがあったから、私が寮長になったときも、強引にサークルに引き込まれてしまった寮生をすぐに救い出すことができたのよね…。
このことは、三上寮長の尽力に感謝しなきゃならないわ。
だって、この件に関しては、数年間は平穏無事だったと私も、後輩達から聞いていたのよ…。
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俺はそれを読み終わって少しだけ溜息が出ていた。
陽葵は夕食の準備を始めようとしたときに、そのDMに気づいて、PCの画面を目で追っている。
「あなた、やっぱり、延岡さんの力って凄かったのよね…」
「それはそうだよ。大学理事が親類にいるから、色々な案件がダイレクトに大学側に伝わるし、延岡さんが院生になって、やがて准教授になっても、学生委員会の担当教授として居続けたわけだからさ…。」
「今は立派な教授だしね。あんなにフランクに話しかけてくるけど、延岡さんは本当に凄い人なのよね。あなたと一緒にいると、そういう感覚がおかしくなる時があるの…。」
俺は疲れを癒やすかのように、可愛すぎる妻の頭をなでた。
葵は、独りで幼児用のスマホアプリに夢中だから、夫婦の会話に気づいていない。
「俺は、それよりも、可愛すぎる陽葵と会って、陽葵が大好きすぎて感覚がおかしくなる時があるよ…」
俺のノロケを聞かされた陽葵は、少し恥ずかしそうにしている。
「もぉ~~、あなたったらぁ~~。そんなにわたしを褒めても、何も出てこないわよ!」
「大丈夫、陽葵が可愛いから、それだけで俺は幸せなんだよ…」
しばらく陽葵は、俺に頭をなでられるだけになっていたので、そのスキに俺は新島先輩から届いているDMに目を通そうとすると、陽葵も一緒に目を通し始めた。
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三上や、お前って奴は…。
俺とお前で一緒にあのサークルに抗議に行ったことまで、資料にして延岡に叩きつけていたのか…。
お前も1年の時に、外人から薬を買わないかなんて話しかけられて、追いかけ回されて近くの交番に逃げたから災難だと思ったけど、それすらもシレッと書いて、お嬢様やお坊ちゃん連中に刺激を与えたのは効果的だっただろうな。
だから、お前は学生委員会を辞めた後も、延岡とホットラインがあったから、寮生が問題サークルに引っかかる事案が激減したのか…。
しかし、あの延岡と、お前や陽葵ちゃんと密接な付き合いがあったとはねぇ。
お前は、俺が復学したときに、一度だけ偶然に、お好み焼き屋で、お前や延岡や陽葵ちゃんがいて、俺が腰を抜かしながらも、延岡とがっつりと話した事があったことをよく覚えているよ。
それから、俺も本館で延岡に会ったりすると、よく声をかけられたからな。
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それを読み終えた陽葵が悪戯っぽく笑っているが、その顔すら俺は可愛く思える。
「あなた、そんな延岡さんと、今でも深い付き合いがあるなんて、新島さんは微塵にも思っていないわよね…」
「まぁ、そうだと思うよ。2ヶ月後ぐらいにある宿泊会で、棚倉先輩と新島先輩は口をポカンと開けると思うよ。特に、木下と大宮、それに、三鷹先輩と良二が結婚したのは腰を抜かすと思う。」
「ふふっ、そうよね。わたしも、それには吃驚だったもの…」
俺は、この後、初めて学生委員会に出席したことを夕飯ができるまで、書き綴ってしまおうと考えて、キーボードを叩き続けた。
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-時は19年前に戻る-
延岡さんたちの緻密な予定の調整によって、俺と陽葵は午後の早い時間に学生委員会が開催されて、そこに初出席しようとていた。
学生委員は、講義やゼミがあっても、委員会がある時は特別欠席扱いになるらいが、今回の開催日は俺らの安全上の理由から、開催ギリギリまで伝えられなかったので、臨時会議という名目になっていた。
学生委員会は本館で行われたが、この日は俺も陽葵も午前中で講義が終わったので、工学部キャンパスの裏門から出ているバスで本館へと向かう。
相変わらず、陽葵と一緒に車通学を続けていたが、工学部の駐車場から本館へ車を回してしまうと、理化学波動研究同好会に勘づかれて、厄介なことになるのを防止するために、俺はあえてバス移動にしたのだ。
以前なら、仕送りがなくなった段階で、工学部のキャンパスから本館まで歩くこともあったのだが、可愛すぎる陽葵ちゃんが作ってくれる、お弁当のお陰で昼飯代が浮いているし、なおさら土日は陽葵の家でご相伴にあずかっている影響で、明らかに出費が少なくなっていた。
陽葵は学生課で高木さんと話しているようだったが、その内容を聞くと、俺の実家に行ったときの事をつぶさに語っているようだ。
「恭介さんの家には吃驚しました。築100年はあるような古い家で、家も庭も広すぎて凄かったですよ。それに、山道ばかりで、犬の散歩も相当にキツいウォーキングをやっているような雰囲気でしたし…。」
「三上くんの体幹が良いのは、そういうところで小さい時から自然と鍛えてきた証拠よね…」
俺が学生課に入ると、そんな話し声が聞こえてきたが、目の前にいた職員に声をかける。
これには理由があって、学生課では学生のシビアな相談などを職員がしている場合があるから、知っている人に声をかける時も、入口付近にいる職員に声をかけることが約束になっているからだ。
「一般学生寮、寮長の三上です。高木さんを…」
高木さんを呼んだところで、当然の如く、俺と目が合ってすぐに声をかけられた。
「三上くん、まだ少し時間があるから、少しここでゆっくりしましょ。下手に動き回ると、変な奴らに追い回される可能性もあるわ。」
「高木さん、分かりました。さきほど、私の実家の話をしていたのがチラッと聞こえていたので…」
そこに陽葵が俺に声をかけてくる。
「大丈夫よ、時間になったら、延岡さんと金谷さんが、学生課に来て学生委員会がある講義室まで案内してくれることになっているのよ。」
その後は、俺の実家の話を3人でしていると、しばらくして、延岡さんが学生課の職員に声をかけるのが聞こえた。
「学生委員長の延岡です。三上さんと霧島さん…」
ここまで延岡さんが口を開いた時点で、互いに顔を見合わせたから、それ以上の言葉は要らなかった。
隣には金谷さんもいて、延岡さんよりも先に金谷さんから声をかけられる。
「三上さん、お疲れさまです。あの資料をズッと読んでいたけど、かなり衝撃的な内容だったし、高木さんや荒巻さんにも資料を見せて確認を取ったけど、一般学生寮内でこの案件が全て本当だと分かってから、もう、学生委員会内は頭を抱えるほどの大騒ぎよ…。」
その話に高木さんも加わってきた。
「三上くんが書く資料だから、よっぽどのヘマをやらない限りは信用できる文章よ?。私も全部、目を通したけど、寮内では日常茶飯事なんて話したら、2人とも吃驚しているから、あのあと、事情を説明するのに苦労したのよね…。」
俺はそれを聞いて、少し書きすぎたと思って後悔の念があった。
「高木さん、すみません。少し学生課に断りを入れてから、やれば良かったのでしょうが、寮長会議にあった資料を片っ端から、まとめて叩きつけてしまったので…。」
「三上くん、それぐらいやっても良いのよ。学生委員会と、一般学生の感覚の乖離に関しては、大きな問題があるのよ。それを三上くんや霧島さんが、払拭すると思えば、私の確認作業なんてお安いご用だわ。」
高木さんの言葉を聞いて、内心は安堵していたが、延岡さんが深刻そうな顔をして俺に言葉を切り出す。
「三上さん、逆に問題があって、この資料をブリーフィングの段階で読んだ一部の委員が、虚偽じゃないかと、疑ったり、現実逃避的に内容が乖離しすぎていると訴えて、否定する人が幾人か出てきてしまったのよ。」
「延岡さん、そこで、高木さんも一緒に参加するのですか?。それで、学生課に集まった上で、まだブリーフィング開始時間の40分前に、ここに来たわけですね?。」
「その通りなのよ。一部の事案に対しては、学生課の会議資料も資料に載せる形で、信憑性を担保にして、委員たちを現実逃避させないように追い込むことにしたのよ…。」
「延岡さん、その資料を私にも見せてもらえませんか?」
延岡さんは手に持っていたクリアファイルから、今回の学生委員会での資料を差し出したので、俺は恐る恐る読んでみると、匿名ではあるが、俺が外人の麻薬の売人から声をかけられた案件が、匿名にて学生課でも話し合われた資料が載っていた。
「延岡さんに金谷さんも、助け船を出して欲しい側面もありますが、この資料に書かれている、外人の麻薬の売人の件の被害者は私ですから、これについてはリアルに証言できますし、高木さんもよく知っていますよ。」
一方の陽葵は、一緒に資料を読んでいて、この時の状況を心配そうにしているのが手に取るように分かって、かなり顔が曇っている。
無論、この件に関しては、延岡さんが話を続けた。
「三上さん、それは本当に大変だったと思うけど、リアルな証言が聞けるから、委員たちは聞き入ると思うわ。だって、こういう危険な状況が、実際に一般の学生にも、徐々に迫っているわけでしょ?。そんなのに手を染めたら、本人の人生も、大学も、周りも大変になってしまうから、私たちも注意喚起が必要だもの。」
それに関しては、高木さんが穏やかな表情を浮かべながら、うなずいて答えた。
「1年生の時の三上くんから事情を聞いたのは私よ。この時から、そういう片鱗があったから、棚倉くんに、もしかしたら寮長になれる器かもしれないし、そうじゃなくても、バイトの長になれると言っていたのよね…。」
俺は、今更になって明らかになる裏事情に、少し吃驚していたが、今はそれに構っている時間があまりない。
「高木さん、その件は置いといて、その時の事情を聴取した事をリアルに話せば、委員達は納得するような気もしますからね…」
高木さんが答える前に、俺の言葉に答えたのは延岡さんだった。
「その被害者が三上さんなら、リアルな証言が得られるから、周りは何も言えなくなるわ。一部の人は三上さんや霧島さんに懐疑的だけど、今日の会議で、それを一気に払拭できるでしょうね。」
この延岡さんの予言は、確実に当たったのは言うまでもなかったのである。