昼食を食べに行く集合時間になって、まず最初に宗崎の車が見えて、後部座席に仲村さん夫婦が乗っているのが見えた。
その宗崎の車の後ろから村上の車がくる。
宗崎が車から下りてくるなり、俺に向かって深刻そうな顔をして、良二たちの状況を俺に伝えた。
「三上、それに奥さんも、聞いてくれ。たぶん、本橋たちは完全に足がやられているから、あの旅館で本橋の奥さんを缶詰めにして、それを編集者の大宮夫婦が監視する形で、1週間ぐらい旅館に泊まる相談をしていたぞ…。」
「それはまずいな…。良二は仕事があるから、明日には先輩を残して、一時的に帰るだろうけど、まぁ、ここは何もないし、逃げ出せないから缶詰めにはもってこいだろうし。」
それを聞いていた、陽葵や宗崎の奥さん(松裡さん)や、仲村さん夫婦は意味が分からず不思議そうにしているから、俺はすかさず説明をした。
「ミオ先生(三鷹先輩のペンネーム)は、新連載の漫画の原稿が遅れているから、編集者の木下に煽られているんだよ。漫画家や小説家って、締め切りが間に合わないと、旅館とか宿泊施設に泊めさせられて、編集者の監視下で強制的に原稿を書かされる場合があってね…。」
それを聞いた、宗崎と村上、俺以外がお互いに顔を見合わせているが、村上がさらに三鷹先輩の深刻な状況を木下から聞いたらしく、かなり心配している様子だ。
「三上さ、本橋の嫁は、相当に原稿が進んでいないから、木下さんから煽られていたけど、みんな、あの散歩で足がやられたせいで、本橋がまともに運転ができない様子だったよ。旅館のラウンジで木下さんが編集部に電話をかけて、本橋の嫁を缶詰にする連絡をしているのを偶然に聞いていたら、木下さんから詳細に説明をされて、三上に伝えてくれって…。」
ほどなくして、木下から携帯に電話がかかってきた。
「三上くん、頼みがあって…」
「村上と宗崎がここにいるから察しているよ。ミオ先生がそこで缶詰めになる件と、良二が動けないから、俺に運転を頼みたいのだろ?」
「理解が早くて助かったわ。ミオ先生は、缶詰めになるのは合意しているけど、ここにいる全員が会食と水族館に行きたいけど、足が痛くて動かないのよ…」
「だから、駄目ならリタイヤしろと、あれほど陽葵と一緒に口酸っぱく言ったのに。」
「やっぱり、漫画を書くときのネタ作りは周りの協力も必要なのよ。」
「… … …。木下さぁ、言い訳とか居直りは要らないから反省してろ。」
「三上くん、ごめん。私たち、はしゃぎすぎたから自重の意味も込めて、引き下がれないので缶詰めにするのよ…」
「どっちみち、三鷹先輩のことだから、締め切りが間に合わない上に、この散歩騒動で原稿がさらに押しそうだから、編集部の予算を使って、ここに泊まっちまえという事だろ?」
「三上くんは鋭すぎるから怖いのよ。そして旦那は、科学雑誌部の編集者だけど、愛理ちゃんの面倒を見るという理由で、今回は特別に缶詰に参加したのよ…」
もう、この段階で宗崎と村上が、お腹を抱えて笑っているが、俺はあえて横目でスルーをしながら、木下との電話を続けた。
「牧埜は恐らく天田さん夫婦と運転交代しながら必死に家に帰るつもりだろうから、心配は要らないが、こうなると、子どもたちも含めて、俺と陽葵は夫婦で別れて運転になるから、少し面倒だな…。」
陽葵はそれを聞いて横でうなずいたから、それでOKということだろう。
「三上くん、予定を面倒にさせてしまってゴメン。その半分ぐらいは、原稿が遅れている三鷹さんに責任があるわ…」
「分かったから、時間が無いから、早々に動くよ。」
そうして電話を切ると、宗崎と村上がさらにお腹をかかえて笑っている。
「まぁ、漫画家さんとか小説家さんにありがちな缶詰めだよな…」
ようやく、村上が笑い終えて、先ほどの電話の件に答えた。
「あ~~、お喋りな女子寮長さんが、黙り込んで、神妙な顔で泣きそうになっていたのを、宗崎と一緒に見ていたから、それが浮かんで宗崎とお腹を抱えて笑っちゃったんだよ。そこに三上の予想がジャストフィットしているから、なおさらにツボに入った…。」
そんな話をしているうちに、牧埜のワゴン車と、延岡さんの家族の車も入ってきたが、もう、牧埜たちは足がやられていて駄目なので、天田さんが運転しているようだ。
もう、牧埜夫婦は足が痛くて、車から降りることも今は辛いらしく、車の中から牧埜に声をかけられた。
「三上くん、すまない。忠告をよく聞いておけば良かった…。ちなみに、大宮さん夫婦や、本橋さん夫婦はもっと深刻みたいだった…。」
「うん、だから、俺は良二の車を運転することになった。さらに、良二の嫁は漫画家だけど、漫画の連載の原稿が遅れすぎているから、漫画が終わるまで、あの旅館に連泊するらしい。せめて、その前に会食と、水族館には行かせてくれと…。」
「なんだか、凄い話ですよね…。旅館で優雅に漫画を描くなんて騒ぎじゃなさそうですし…。」
「うん、そういう訳だから、そろそろ、陽葵と一緒に車に乗って旅館に…」
そう言いかけたところで、旅館の車を女将さんが自ら運転して、俺の家にきてくれた。
「女将さん!!。本当に今回は何から何まで済まないです。なんと、お礼を申し上げれば良いのか…。」
俺がそう言ってお辞儀すると、女将さんは逆にお礼をされてしまう。
「三上さんの学友さんは凄い人ばかりですよ。本橋さんが有名な漫画家さんなので吃驚しましたよ。ロビー用に色紙を書いてくれた上に、特別に絵まで描いて頂いたのですよ。さらには、漫画を描くために、かなり連泊をして頂けるなんて…。」
女将さんが、そんな事を言っているそばで、張本人は舌を出しながら俺に向かってピースをしていたが、良二が軽く嫁の後頭部を叩いて、調子に乗った先輩を諫めている。
『良二、それは絶対に正解だと思う。そんな事態を招いたのは、三鷹先輩に80%ぐらい責任がある。』
良二の車を旅館に置いてきた格好になったので、問題は誰が誰の車に乗り込むか…だ。
皆と相談して、ほどなくして誰が誰の車に乗り込むのかが決まった。
陽葵の車は、チャイルドシートが後部座席に2つ乗っていることを考慮して、助手席に恭治が座って、後ろは葵と、愛理ちゃんが乗り込むのだが、陽葵の車は小型のワゴン車なので、6人は乗れるから、子供の見守り役として泰田さんがその後ろに座ることになった。
そして、宗崎の車には奥さん(松裡さん)は勿論、後ろには仲村夫婦とお子さんが乗る。
村上の車はスポーツカータイプで小さいので、そのまま独りで運転することになって、牧埜の車はワゴン車なので、牧埜の奥さん(逢隈さん)の他に、仲村さん夫婦とお子さんが乗り込む形になった。
延岡さんのご家族の車はそのままだ。
そして、俺のワゴン車に良二と三鷹先輩、それに木下と大宮が乗り込むことになる。
俺は面倒なので、それぞれの車のカーナビに電話番号を打ち込んで、一つ一つの車の目的地を確認して、ルートも何時も通っている道に合わせて設定をすると、俺の車を先頭にして、陽葵の車を最後尾にして出発をした。
最近になって、海に抜ける道のアクセスが格段によくなったこともあり、以前は海まで1時間前後かかったのだが、最近は30分いかないぐらいで魚市場まで着けるようになっている。
その甲斐あって、皆が迷わずに店に着くと、車から降りた人が一様に駐車場からその景色を眺めながら、スマホで景色を撮っていた。
「店の中でも景色が見えるから入りましょう。」
俺がそうやって促して、皆が店の中に入るのも、初見さんはお約束だ。
良二夫婦や大宮夫婦は、重たい足を引きずるようにして車から降りたが、その景色を見て、足が痛いのを忘れたように立ち止まっていた。
店に入ると、用意されていた席に舟盛りが幾つか用意されていたが、伊勢エビやアワビ、ウニなどもあったし、葵や愛理ちゃん用に小さいカレーまであったから、俺は驚いて店主に声をかけた。
「大将、あの予算で大丈夫なんですか?。真っ昼間だし、運転する人も多いから、ビールを飲む人も少ないから利益なんて出ないのでは?」
「いいだよ。三上さんが連れてきたお客の中にリピーターも幾人かいるから、もう、三上さんは神様みたいなモンだし、これだけのお客さんを連れてくるのは有り難いですからね。」
店主とそんな会話をしていたら、陽葵が皆から集金をしたお金を前金として払った上に、三鷹先輩からみんなの飲み代として、余るぐらいのお金を渡されて、会食はとても豪勢な形になった。
三鷹先輩は部屋に入るなり、豪勢な舟盛りや、部屋の中から見える景色をスマホで撮っている。
「恭ちゃん、マジにあの会費でこの質は凄いよ?。今日は昼間からビールを飲もうと思っているから、色々な迷惑料もかねて、お酒やジュース代は私の奢りよ。運転する人もいるし水族館もあるから、飲める人は限定されるだろうけど…。おつりは要らないから、恭ちゃんのお小遣いにしてあげて…。」
そこから先は、三鷹先輩や良二、木下や大宮、それに泰田さんや守さんが飲んだぐらいで、あとのメンバーは無難にウーロン茶やジュースで済ませた。
やっぱり、刺身が新鮮なので大好評だったし、子どもたちもお刺身を美味しそうにペロリと食べていた。
村上や宗崎がそれを、ゆっくりと味わいながら食べていたが、村上がボソッ昔を思い出したように、俺に話しかけてくる。
「三上さぁ、この刺身の鮮度の良さって、お前の実家でバーベキューの時に出されてマジに感動したのを覚えているんだよ。イカの歯触りが違うとかさ、刺身の鮮度がマジに違うから感動したんだよね…。」
その村上の話に宗崎が乗ってきた。
「それに、三上は、みんなで回転寿司に行くと、火を通すものを食べることが多かったよな?。この刺身の鮮度を考えたら、それは当然だよな…。」
俺はそれにうなずくと、二人に言葉を返した。
「疲れている時に、鮮度の悪い刺身を食べると、お腹を壊しがちだったので、あの時分は少し遠慮していたんだよ。これで慣れてしまっているから、あまり質の悪いやつは体が駄目でね…」
良二は自分の女房のお喋りに付き合っているから、俺や宗崎、村上の話を聞いている余裕がない。
仲村さんなどは、美味いと言いながら守さんと一緒に、笑顔で食べているのが見えた。
俺と仲村さんの目線が合うとすぐさま仲村さんから声をかけられた。
「もうね、今まで食べたお刺身の中で、いちばん美味しいと思うし新鮮ですよ?。これでセルフ海鮮丼とかは、やっぱり豪華で凄すぎるのに、あの値段は安すぎるよ…。」
皆は満足そうに、美味しい昼食を食べ終えたのである…。
その後は水族館を各々が楽しんだ後、散会となったが、三鷹先輩たちは俺の車で旅館まで戻る事になった。
俺と別れ際に、三鷹先輩は泣きそうになっていたが、締め切り遅れは先輩が招いた事態なので、俺の知ったことじゃない。
良二も苦笑いしながら自分の嫁を見ていたが、旦那としては見守るかネタを一緒にかんがえるぐらいしかできないだろう。
三鷹先輩が缶詰めになった1週間は、色々な意味で怒濤だったのだが、それは追々、語ることにする。