目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
~時が流れても変わらぬ仲間の絆6~ プレお泊まり企画。~2~

 旅館に入ると、俺たちのための宴会の席が設けられて、延岡さんの家族や、子どもたちまで含めると20人になった。


 俺は乾杯の音頭を取るために立ち上がってコップを取った。


「このたびはプレ宿泊会に、サプライズで参加して頂いた延岡さんの家族や、村上、宗崎、それに牧埜や、仲村さん、天田さんのご家族に協力を頂いてありがとうございました。ここに棚倉先輩や新島先輩たちの家族が加わるので、実際はものすごく大所帯になると思います。その成功を祈って乾杯!!」


 みんなはグラスを突き合わせて、一気にビールを飲み干したが、俺や陽葵、それに牧埜の奥さん(逢隈さん)、無論、子供たちはウーロン茶やジュースで乾杯をしている。


 俺は牧埜に近寄って、ビールを注いで声をかけた。


「牧埜、今日はバーベキューで完全に裏方に回ってくれて、マジにありがとう。次はもっと大変だと思うけど、あんなに安上がりでみんなを満足させられたから、大したモンだよ…」


 次の本番も、牧埜には同様にお願いすることもあって、最大限に褒めちぎったが、脇にいた奥さん(逢隈さん)が、俺が牧埜に対して褒めるのを抑えるように懇願してくる。


「三上さん、うちの旦那は褒めちぎってはダメよ。おだてに乗ると余計な道具を買い始めるから大変なのよ…。」


「おいおい、紗良(逢隈さん)。学生時代は、お淑やかでとても可愛かったのに、最近は、三上さんの奥さんよりもズッと強くなってしまっているから、こっちが参ってしまうよ…。」


 これについて、俺は何も言えないが、逢隈さんのフォローに回ることにした。


「牧埜さぁ、俺は仕事をやっていて、死んだ親父に、仕事で使う道具に関して、口酸っぱく言われたことがあってね…、」


 ちなみに陽葵は、この話を親父と俺が仕事をしているときに、散々、聞かされていたのだが、これは、今の牧埜にとって、とても当てはまる内容だから、笑顔になって耳を傾けている。


 隣にいる牧埜の奥さんや、宗崎や村上の夫婦も、俺の話を聞く体勢に入った。


「ん?、それは興味深いですよ?。職人さんと道具って、切っても切れない関係ですからね…。」


「牧埜、察しが早くて助かるよ。俺も親父も、いっぱしの職人だけどさ、こんなことを言っていたんだ。」


 俺は、牧埜が手に持っているコップにビールを注いで、逢隈さんにはウーロン茶を注ぐと、自分のウーロン茶を注ごうとしたところで、陽葵はウーロン茶の瓶を俺の手から奪うようにして手に取った。


 そして、陽葵は俺のコップにウーロン茶を注いで、話が長くなるから、まずは少しだけ喉を潤わせた。


「必要な道具を買うのは、それは仕方がないが、段取りやり方を工夫すれば、今までの道具が有効的に使えるのに、ちょっとだけ良いモノを目にした途端に、それに安易に飛びつくのは良くないし、それでは道具に頼りっきりの人間になってしまうから、腕が上がらない、なんて話だよ。」


「うぐっ!!!!」


 牧埜の心の奥底まで刺さるものがあったようだ。

 隣にいる逢隈さんが、それの様子を見て、万遍の笑みを浮かべているが、俺は、そのまま言葉を続けた。


「本当に仕事ができる人は、今の道具をより良く利用して、それでもダメだと見込まれたときに、良い道具を吟味して買う。だからこそ、安易に道具に頼るようなヤツは理屈ばかりで、大して仕事ができないことが多いのだよ…、とね…。」


 脇にいた牧埜の奥さん(逢隈さん)が、ひときわ大きな拍手を送っている。


「ねぇ、あなた。今の三上さんの言葉を聞いた?。アウトドアのショップで、ちょっと良い物が目に入ると、つい買ってしまうけど、キャンプに行った時に少し使っただけで、家の押し入れに埋もれている道具が沢山あるわよね?。やっぱり一流の職人さんの言うことは、説得力があるし、私も納得したお話だったわ。」


「みっ、三上くん…、先ほど仰ったことは、私の心に響きました…。身につまされる思いでグサリと刺さりましたよ。やっぱり、職人さんの言うことは、説得力がある上に、ひと味も、ふた味も違います…。」


 その後は、牧埜からバーベキューで炭火を起こすコツや、大きなアルミプレートなどを使って、焼きそばなどを焼くと良いなんて話を聞いているうちに、酔いが回ってきた延岡さんが、俺たちのほうにやってきた。


「三上さん、こっちも楽しそうだから来ちゃったわ。天田さんや仲村さん夫婦と、先生の苦労話や学校の話で盛り上がっちゃって、現役の教師さんって、相当に苦労なさっているのよね…。」


「ここは現役の教師さんの集まりと同じなので、牧埜さん夫婦や村上の奥さんも含めて、大変だと思いますよ。宗崎の奥さん(松裡さん)や仲村さんの奥さん(守さん)は、結婚と同時に辞めちゃいましたけど、牧埜さんの奥さん(逢隈さん)や村上の奥さん(泰田さん)は非常勤ですからね。やっぱり色々とあって辛いから、精神的にくるものも大きいでしょうね…」


 俺が延岡さんと話している会話に教師陣夫婦が一様にうなずいている。

 ちなみに、延岡さんは結婚したときに婿養子さんを貰った格好なので、当時から名前が変わっていない。


 どうやら延岡さんは一人娘だったので、家督を継ぐ意味でも、親としては名前を残したかったのだろう。


 延岡さんは俺たちをみて、少しだけ天井を向いて、昔を振り返って口を開く。


「その話は、もうお腹いっぱいよ。大学教授は、小中高の教師と比べれば少しだけ気が楽だわ…。そうそう、このメンバーを見るとね、あなたが作った、あの事件の膨大な報告書を思い出すのよ。学会に出す資料なんかも、あのスピードで、あの枚数を書く人なんて滅多にいないわ。あなたの速筆は、今の院生や学生を見ても、敵う子なんて滅多にいないわ…。」


「延岡さん、あの時は陽葵や皆を守る為にも、必死になって、あの報告書を書いたのですよ。あれがあったお陰で、俺は学生委員から小言を言われずに、早々に引き上げることができたのですがね。」


 俺は、延岡さんに地酒をソッと注いだ。


「三上さん、ありがとう。普段なら貴方も私たちと飲むのに、今日は私の子供も含めて面倒をみてくれるから、飲めないのよね。次の本番も、私の家族を含めて、ここに来るつもりよ。棚倉教授とは希に大学内で会うけど、新島さんは久しぶりすぎるし、棚倉教授のことだから、何かサプライズがありそうだもの。」


 延岡さんは、この旅館に来たときは、時分の家族を連れて、俺の家によく寄るので、旦那さんとも面識があって、飲んで語り合うことも多かった。


 旦那さんは、大きな病院の薬剤師なので、親父やお袋が使っていた薬に関して、相談に乗ってもらったこともある。


 癌患者に使う痛みを取るための医療用麻薬や、免疫チェックポイントや分子標的の薬の副作用や、それを緩和させるための手段などは有意義な話だった。


 それに、延岡さんの2人のお子さんは、恭治と年齢が変わらないので、うちに来ると子どもたちがゲームをしたりして、よく遊んでいるから、恭治たちも小さい頃から顔なじみだ。


 子どもたちは、スマホゲームを一緒にしながら時間を過ごしているが、飽きるのも時間の問題だろう。


「延岡さんにもお願いですけど、みんなにも話したとおり、棚倉先輩や新島先輩には、このことは内緒ですからね。プレ企画でやったなんて、先輩に言うと、後で何を言われるか分かりませんからね。あと、棚倉先輩のサプライズに関しては、女子寮長だった三鷹さんが濃厚じゃないかと思います…。」


 俺が三鷹先輩の名前を口にした途端に、陽葵以外の人が、一斉に俺を見る。


「え???。あの、お喋りな三鷹さん!!。それは懐かしすぎるわ!!。」

 無論、延岡さんも驚きを隠せない。


「皆さんは知らないと思うのですが、棚倉先輩や新島先輩と繋がっているSNSで、三鷹先輩と棚倉先輩が接触していることが判明しましてね…。私もある場所を通じて、間接的な接触をしているのですが、色々と彼女とは因縁もあるし、このさい、時効だから話しますが、少し苦手意識もあるので、徐々に間合いを詰めている感じでして…。」


 それを聞いた、宗崎と村上がビールを飲みながら、吹き出したように笑っているし、延岡さんも苦笑いをしていたが、俺は話を続けた。


「三上さん、2人がかなり笑っている時点で、私もそれには同意だわ。だって、あの人は、お喋りが凄いから、私も色々と距離感を掴むのに苦労をしたのよ。貴方の性格を考えたら、相性なんて最悪だと思うわ。」


「まぁ、延岡さん、そんなところですよ。もう時効だから言えますけど、三鷹先輩は卒業するときに彼氏と別れて、大失恋の最中に寮を出ていくことになりましてね。そこからの足取りが途絶えていたのですが、ここにきて、偶然にも縁が繋がりまして…。」


 延岡さんも周りも、それを聞かされて、初めての情報なので驚きが止まらない感じだが、全ての事情を知っている陽葵は、いたって冷静だ。


 そこまで話した時点で、子供たちがお腹を満たして暇そうにしているのが手に取るように分かったので、俺の家まで送っていくことにした。


 子供たちを俺と陽葵の車に乗せて、頃合いを見て旅館のマイクロバスで子供と牧埜の奥さん(逢隈さん)を旅館に戻すことで、旅館とは話はついている。


 本番では、俺が飲んでしまうと俺が運転できないから、子供たちを家まで送り迎えできない可能性が高いことから、旅館のマイクロバスで往復することにした。


 子どもたちと一緒に俺の家に着くと、陽葵はダイニングで、お茶や、お茶菓子、刺し身や、宴会だと中途半端な食事になるから、そのお腹を満たすように、色々な食べ物を並び始める。


 このあたりは、俺も陽葵も想定内だったので、そのために冷蔵庫に色々なものを準備して置いた。


 逢隈さんは、葵をだっこしてお茶を飲みながら、お相手を始めたので、それに俺も付き合おうかと思ったら、陽葵からそれを制止された。


「だめよ、あなたは、旅館に戻って、みんなの席につきあってきてね。わたしが送り迎えするから、適度に飲みながら話すのよ。そうしないと、誰かがあなたを呼びに来てしまうわ。」


「うーん、そうすると、逢隈さん(牧埜の奥さん)は、この道は運転できないから陽葵がもう一度…。」


 そう言いかけたところで、インターホンが鳴って、慌てて玄関に向かうと、旅館の女将さんが立っている。


 俺が驚いていると、声をかけるまえに女将さんが俺に話しかけてくる。


「慌ただしくてすみませんね…。宴会場で三上さんを呼んで欲しいと皆が言ってたので、私が来ちゃいました。とくに、延岡さんには、先代の女将の時からお世話になっていますから、否応なしですから…。」


 俺は、女将さんをダイニングにあげて、少し待たせることにした。


 この女将さんのお子さんは、恭治と同級生だから、幾度となくウチに遊びにきているし、他の同級生のお母様がたも含めて、しばしば溜まり場になっている部分があるのだ。


「少しばかり、皆さんに見せたいものがあって印刷するものがあるで、10分程度、時間を下さい。」


 陽葵がそれを聞いてクスッと笑っている。


「あなた、三鷹さんの件で、あの棚倉さんとのDMを皆さんに読ませるのよね?」


「そういうことだから、少しだけ待ってくれ。そんなに時間はかからないと思うから…。陽葵は逢隈さんにその件を話していれば良いよ。あれはある種で傑作だけど、当事者の身としては辛い。」


 俺はパソコンを急いで立ち上げて、棚倉先輩とのDMのやり取りをプリンターに印刷すると、女将さんと一緒に旅館の車に乗り込んで、宴会場へと戻った。


『ああ…面倒なことになりそうだなぁ…』


 近いうちに訪れるであろう、三鷹先輩の襲来に、俺は内心は少し喜びつつも、一方で憂鬱になっている自分がいた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?