時は現代に戻って、俺はリビングでひたすら新島先輩や諸岡に向けたDMを書き続けていたが、陽葵は、先ほど書いた文章をじっくり読んで眉間にしわを寄せていた。
「あなた。あのA4で20枚の資料は強烈すぎたわよ。アレを叩きつけたからこそ、このあとの学生委員会で、あなたに文句を言う人が1人もいなくなった事実もあるよね…」
「まぁ、そうなんだよね。あんなに真面目でキツい輩に対して、文句を言う奴を封じるためにも、気合いを入れた側面があったんだ。」
陽葵はその気合いという言葉に反応をして、突然に話題を変えた。
「そうよ!!。明日と明後日はいよいよ、実行委員チーム達とのプレ宿泊よね?。牧埜さんの気合いが入りすぎていて、とても大変なことになっているなんて、奥さん(逢隈さん)がこぼしていたわ…。」
「牧埜はそんなに気合いを入れなくても良いのに…。」
俺が眉をひそめつつも、明日の話をしようとした時に、陽葵の携帯に村上の奥さん(泰田さん)から電話があって、明日の件で詳細な打ち合わせを陽葵としているようだ。
そのうち、牧埜から俺の携帯に電話がある。
「三上さん、お疲れさまですよ。バーベキューは何も用意しなくて構わないので、あそこのアスレチック場を兼ねたバーベキュースペースでやりましょうよ。」
「分かった、あそこなら小さい子供や中学生ぐらいまでの子なら、思いっきり遊べそうだからな…」
「昼食はバーベキューをやって、その後は旅館でのんびりしましょう。三上さんの家にもお邪魔したいし、色々と積もる話もありますからね…。」
それからは、奥さん(逢隈さん)と陽葵に電話が代わって、詳細を詰めていく。
プレ宿泊の前夜は、ほとんど詳細な電話のやり取りで終わった感じだった…。
◇
-翌日-
宗崎夫婦や村上夫婦が、最初に俺の家に車でやってきた。
双方の家族は、すでに子供が大きくなっているから、夫婦だけで気軽に来られたのだろう。
うちは工場をやっているから、従業員の駐車場を使えば、参加者全員の車を駐められるスペースが存分にある。
双方の夫婦に関しては、少し前にバレーボールの練習を一緒にやっていたから、お互いに挨拶ぐらいで、あとは家に案内して、ゆっくり話すことにした。
仲村さん夫婦や天田さん夫婦がくれば、アスレチック場に行って、牧埜がバーベキューの準備をするのを見ながらゆっくりとすれば良いだろう。
村上の奥さん(泰田さん)や宗崎の奥さん(松裡さん)は、俺の家に来るのが初めてなので、最初は、キョロキョロと辺りを見渡していたが、松裡さんが俺に率直な感想を漏らす。
「あの工場まで全部、三上さんの土地でしょ?。うちらが住んでいる場所で、この広さの土地を持ったら、大地主になってしまうわ…。この家の庭でバーベキューができるのも納得だわ。」
一方で旦那の宗崎は、俺の実家があとかたもなく更地になっているのを見てぼやいた。
「莉子、ウチの感覚だとそうだけど、ここは温泉があるし、のどかな場所だからね。それにしても、三上の実家が地震の影響で無くなってしまったのは、寂しい限りだよ。あの家には思い入れが深かったのに…。」
「死んだ親父とお袋が、若い時分にここに戻ってきたときに、跡取りが途絶えてしまっていた親類の家を、本家から土地ごと譲り受けたんだ。家は、いちおうリフォームしたけど、築100年近かったからね。あの大きな地震では耐えられなかった。」
その話に村上も加わってくる。
「しかし、三上の両親が、あの地震の時に偶然にもお前の家にいて良かったよ。お前は出張先の震源地で酷い場所にいたから、もっと修羅場だったけどさ…。」
「まぁ、色々とあったからなぁ。この後も色々と大変だったし…」
村上の奥さん(泰田さん)は、さっそく、葵や恭治の相手をしているから、俺たち夫婦は、かなり楽をさせてもらっている。
しばらく俺の家で村上夫婦と宗崎夫婦が過ごしていると、牧埜から電話があった。
「三上さんの家に行く前に、バーベキュー場で準備をしていて、天田さんの家族や仲村さんの家族も、こっちに来てしまったので、そろそろ来て下さい。三上さんたちは手ぶらで構いませんからね。」
「ありがとう、そっちに行くよ。なんだか至れり尽くせりで申し訳ないよ…」
家にいる皆は、アスレチック場に向かったが、あそこは犬連れが可能な場所だから、柴犬のきなこも一緒に連れていった。
アスレチック兼、バーベキュー場に着くと、俺と陽葵はこの日のプレ宿泊のために、サプライズゲストを呼ぶことにしていたので、人目につかない場所に行って、その人の携帯にコッソリと電話を入れた。
まぁ、サプライズゲストというか…偶然の産物なのだが…。
ふと、トイレに行くフリをして電話をかけようとしたら、恭治たちは、仲村さんや天田さんのお子さんと一緒にアスレチックで遊んでいる。
陽葵の実家に帰って実行委員チームの練習のために、いつもの体育館に集まると、恭治も2人の家族の子供も互いが小さい頃から知っているから、子供同士で気兼がない。
俺が極秘の電話をかけて、バーベキュー場に戻ると、牧埜から呼ばれた。
「三上さん、主役が乾杯の音頭を取らないと、バーベキューが始まりません。もう、こっちは待ちくたびれてしまいましたよ…」
牧埜の言葉に、奥さん(逢隈さん)が、牧埜の頭をビシッとはたいた。
「あなた!。気合いが入りすぎて空回りしているのよ。子供たちはアスレチック場で遊んでいるし、周りを良く見ずに、子供そっちのけで大人だけでやると、色々とまずいわよ。最近は、こういうケースで子供が行方不明になっている事件も多いから、三上さんは子供たちの様子を見に行っていたのよ!」
その逢隈さんの言葉に、周りから苦笑いが起こったが、陽葵は慌てて、そばを通りかかった恭治に声をかける。
「恭治。みんなも呼んできて。お肉を食べてから、アスレチックをやろうね。勝手なことをすると、誰かが迷子になって、みんなで探す羽目になるわ。」
恭治は陽葵の言葉にうなずいて、子供たちを呼びに行った…。
サプライズゲストを呼ぶついでに、子供たちの様子を見たのだが、それが功を奏したようだ。
『これは本番でも、有り得るから今のうちに予行練習ができて良かった』
「牧埜さんの奥さん、それは思わぬ盲点だったから助かりました。それに、三上さんは、そのあたりを見る能力に優れていますよね。」
仲村さんが逢隈さんの指摘に、しきりにうなずいている。
俺と陽葵は同時に目線を合わせて静かにうなずくと、牧埜の奥さん(逢隈さん)の意見に俺は感謝の意を述べた。
「逢隈さん、助かりました。やっぱり、プレ宿泊をして良かったと感じています。想定外の懸念をあらかじめ、ここで潰せますからね…。」
そんな話をしていたら、恭治が子供たちを連れてきたが、大人の女性も一緒に連れてきて親しげに話している姿が見えた。
今回のサプライズゲストは恭治もよく知っている人物だ。
俺も陽葵もクスッと笑ってしまったが、葵がその姿を見て、指を差しながら大きな声を出す。
「あ~~~!!、たまにおうちに来る、おねえさんだぁ~~~!!」
段々と姿が近づいてきて、このメンバーの中で、最初にその正体に気付いたのは、葵と片時も離れないで面倒を見ている村上の奥さん(泰田さん)だ。
「え~~~~~!!!、もしかして…、延岡さん??。三上さんが仕込んだのよね!!。まさか、延岡さんと三上さんたちが、深い親交があるとは思わなかったわ!!。」
泰田さんの驚きに、みんなが、延岡さんのほうを一斉に向いて、喜びを露わにしている。
みんなが延岡さんと挨拶を交わした後に、バーベキューを各々が楽しむ。
延岡さんは、俺たちが卒業した後も、ここの温泉宿に泊まると、家に遊びにきていだのだが、それは、延岡さんが結婚をしても、大学教授になろうとも一切、変わることがなかった。
今回は同窓会的な趣意だから、延岡さんは家族を旅館に置いてきて、皆と昔話に花を咲かせながら楽しいひとときを送っている。
俺は、こういう場になると、肉を焼く役目に回ることが多いが、本格的な牧埜のバーベキューを見て、やっぱり餅屋は餅屋だと思って、そのやりかたをじっと見ながら食べていた。
隣にいた宗崎がボソッと俺に本音を吐いた。
「牧埜さんのコレは本格的だから、とても良いけど、やっぱり俺は、お前の親父やお袋さんが生きていた頃に工場の中でやった、あのバーベキューがアットホームで未だに印象に残っているよ。もう亡くなってしまったから、あの雰囲気は味わえないけどさ…」
俺は牧埜が焼いてくれた串焼きを頬張りながら、宗崎にボソッと答えた。
「まぁな。ただ、この人数になると、どうしても、こうなってしまう。もう、親父やお袋は生きていないけど、気が向いたら宗崎や村上も俺の家に来ると良いよ。もう、介護や看病に追われることもないしさ…」
「お前はマジに人生そのものが修羅場だよな。それによく耐えていると思うよ。」
「この修羅場の人生も、陽葵がいるから耐えられているようなモンだ。これが違う伴侶だったから、俺の家族は崩壊していただろうね。」
「学生時代から奥さんは、お前のコトをしっかりと支えていたからな。今もなお、可憐さを残しているし、お前はマジに凄い人を見つけたよな。」
その会話を延岡さんが後ろから聞いていて、陽葵に聞こえないように俺たちにささやく。
「あの当時から、霧島さん…、いや、奥さんは、三上さんを支えようと必死だったのが分かったわ。その話は夜のお酒の席でやりましょ。今は私も含めて運転する人もいるし、子供もいるからね…。」
延岡さんが泊まる旅館は、俺たちが泊まる旅館と一緒だから、安心して色々と語れるだろう。
俺たちは子どもたちのお腹が満たされると、アスレチックをやるのに見守る人と、バーベキューをまだ楽しむ人に別れて時間まで行動をした。
さすがは教育学部で現役の学校の先生も多くて、子供の制御が上手い。
時間はあっという間に夕刻になって、各々が旅館に入ったり、宗崎や村上は、俺と一緒に家に一旦戻ってから、旅館に入る事になった。
村上の奥さん(泰田さん)が、葵を離さないし、葵も懐いてしまっているから、安易に離れられない側面もあるのだが…。
その後は夕食を兼ねた宴会をやるために、俺たちは旅館に入った。
俺たち家族は、旅館に泊まることを避けて、宴会が終わったら家に帰る手はずになっている。
それに加えて、子どもたちの食事が終わって、その間の暇つぶしとして、うちに子どもたちが集まって恭治たちがゲームをすることになった。
もしも、ゲームに熱が入ったのなら、このまま子供たちは俺の家で一泊をしても構わないだろう。
俺と陽葵はお酒を飲まずに、子どもたちのために旅館と自分に家を往復できる手段を確保したのだが、それに少しだけ疑問を呈したのは、以外にも牧埜だった。
「三上さん、折角、三上さんがお酒を飲んでいる姿を拝めると思ったのに、これでは一緒に宴会に来た意味がないじゃないですか。ある程度の時間になったら、旅館の一角に集まって飲み直しましょうよ。」
その言葉に逢隈さんが、少しだけうなずいて、提案をした。
私や陽葵ちゃんは、あまり飲めませんから、子どもたちの面倒を買って出ましょう、今回は三上さんも運転役で構いませんが、本番では、棚倉さん達がそれを許さないでしょうから…。
それを傍で聞いていた、旅館の女将が俺たちに声をかけた。
「三上さん、その心配は要りませんよ。わたくしどもの従業員がマイクロバスを使って、三上さんの家を往復する手段を整えますから。」
みんなは、その女将の配慮にホッとした表情を浮かべた。