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~エピソード8- エピローグ~ 三上さんは独りになりたい時があります。

 時は19年前に戻って、俺の車での通学が始まった木曜日の午後。


 今日は講義も早めに終わって、俺や良二、宗崎や村上が講義室で課題やレポートを全て終えた後、いつもように工学部の食堂で陽葵と泰田さん、守さんや仲村さんを待っている形になった。


「恭介や、なんだかお前は相当に疲れているよな?。近頃は寝不足で顔色も悪そうだし、お前にしては少しだけイライラしたような態度を見せるときもあったから、精神的に疲れていないか?」


 良二が俺の顔色を気にして、心配そうに声をかけてくる。


「すまない、学生委員会用に、闇サークル向けの資料を作っていたから、あまり寝ていなくてね。昨日の夜にようやく終わって、A4用紙20枚ぐらい書いたかなぁ…。」


 良二がそれを聞いてびっくりして言葉を失っている間に、村上が真っ先に反応した。


「お前は、最近、深夜まで電気がついてることが多かったよな?。棚倉さんや女子寮長が、三上に面倒な仕事を押しつけているのかと思って、今日は寮に戻ったら、お前の部屋に行って声をかけようと思っていたところだったよ。」


 その村上の心配に、宗崎も同調している。


「三上、学生委員会向けの資料だから、プロセスまでしっかりと書かないと面倒だし、アイツらは上流階級層だから、内情なんて絶対に知らないはずだからな…」


「みんな、心配してくれてありがとう。たぶん、冬休み前に俺と陽葵が学生委員会に召喚されることが間違いないし、先に資料をぶち込んで、延岡さんに叩きつけようと思ってさ。」


 俺はバッグからその資料を食堂のテーブルの上に置くと、良二がまずザッと読み始めて、それを読み終えると、村上と宗崎が顔をつきあわせながら、ジックリと資料を見ていた。


 村上と宗崎が資料を見ている間に、良二が心配そうに口にする。


「お前にしては、相当に緻密に書いているよな?。とくにマルチ商法に便乗したサークルの件だって、寮生が執拗な勧誘にあって困っていて、新島さんと恭介が高木さんに相談した後に、学生課で対処して数日後にはサークル解散なんて、想像しただけでゾッとするわ…。」


「それは高木さんが、そのサークルに直接、乗り込んでいったからな。そんな事がサラッと書かれていたり、良二も読んだと思うけど、夜中にコンビニで夜食を買って寮に戻る最中に、外人が麻薬や違法薬物を購入しないかと誘ってきたりね…。」


「そんな事も書いてあったよな。そういうのも懸案として、注意喚起が必要だと強調している内容だったけどさ。あんな上流階級層がコレを読んだら、この報告書は衝撃的だろうなぁ…。俺らとしては、絡まれたら厄介だから逃げろ、だけどさ。」


 そのうちに、村上や宗崎もその報告書を読み終えて、俺の顔をじーっと見て、何か言いたげな表情をしている。


「三上さぁ、これは、かなりの大作だぞ?。俺らに寮内で起こっていた事件や大きな出来事を愚痴っていたけど、全てそれが網羅されている感じだ。だけどさ、本橋が言うとおり、上流階級層がコレを読んで、自分たちとは別世界だと感じて、現実逃避する奴もいるよな?」


 宗崎が、学生委員に対する懸念を示している間に、村上がこの資料をかみしめるように読み続けていたが、俺に向かって、何とも言えぬ複雑な表情をしながら、自分の意見を言い始めた。


「コレを読んでさ、三上が相当に苦労していることがよく分かるよ。こういう事件があると、寮生が食堂に集められて話があるだろ?。その裏では、三上や新島さん、棚倉さんたちが必死に動いているのがよく分かる資料だよ。だから、俺が何もできなくて、ちょっとだけ悔しい…。」


 その村上の悔しさは何となく分かる気がしたので、俺はすかさずフォローを入れる。


「村上さぁ、この事件を切っ掛けにして、寮内の仕事を手伝って貰ったり、陽葵の警護に協力してくれるだけでも心強いよ。俺と陽葵が遭遇してる案件は、この中で類を見ないほど酷いから助かっているからさ。」


 村上は俺の言葉に納得してくれたようで、村上が寮の仕事を進んで手伝うコトによって、今までの罪滅ぼしのように感じているのだろう。


 そんなことを話していると、陽葵と泰田さん、守さん仲村さんの姿が見えたが、なぜか延岡さんまでいる。


 超有名な学生委員長の延岡さんがいるので、食堂内はざわついているが、これが他の学部なら、もっと騒然としていただろう。


 最初に話しかけたのは延岡さんだった。


「三上さん、色々とお忙しいところ申し訳ないけど、学生委員会の会合を2週間後にやるので、ブリーフィングをしようと思いまして…。」


 それを聞いて陽葵や泰田さんたち、それに、良二や学部の友人達の顔も曇っているから、たぶん、厄介な事案を俺に叩きつけるのが明らかだったから、皆が心配しているのが明らかに分かる。


 俺は、皆を落ち着かせるために、席に着かせた。


「今日は、まだ時間が早いので、ここで少しゆっくりしましょう。工学部名物の担々麺や、麻婆豆腐もありますし、延岡さんなどは、こんな理系の学部なんか、滅多に来ることなんて無いでしょうから…」


「三上さん、それもそうよね。工学部の担々麺は、他の学部で噂になっているけど、理系専門のキャンパスだから近寄れなくてね。私も食べてみたい気持ちもあって、霧島さん達に同行させてもらったのよ。」


 そんな様子を見ていた調理師さんが、カウンター越しから延岡さんたちに声をかける。


「寮長くんは、いつも綺麗な女の子連れてくるから、モテモテだね!!。学生委員長さんでしょ?。担々麺と麻婆豆腐なら、出血大サービスするよ。」


 延岡さんは、それを聞いて少し微笑んでいたが、バッグを椅子において、担々麺と麻婆豆腐を求めて食券を買いに行った。


 それを見ていた陽葵が、慌てて延岡さんに駆け寄って、耳元でささやいた。


「延岡さん、かなりの量をサービスされちゃうから、恭介さんたちに助けて貰いましょ。ここの学部の食堂は、他と違って、とてもサービス精神が旺盛なのよ…」


 案の定、担々麺と麻婆豆腐が山盛りになってきたので、俺たちはそれを小分けにしながら食べる羽目になる…。


 延岡さんは、担々麺を一口食べた途端に、笑顔になるのが分かった。

「辛いけど美味しいわ!!。ここの学部の学生は、こんな本格的な担々麺を毎日のように味わえるなんて、まず、あり得ないわ…。それに、この麻婆豆腐も美味しすぎる!!」


 延岡さんが麻婆豆腐や担々麺を食べて、お腹を満たしたところで、俺は本題を切り出した。


「延岡さん。恐らく私に頼みたいことを予測して、先回りすると思いますが、まずは、この資料をご覧下さい。」


 俺は良二たちに見せた闇サークルの資料を延岡さんの目の前にソッと置くと、彼女は資料を読み始めて徐々に険しい表情を浮かべている。


「三上さん。私が言いたいことを、すでに資料にまとめて先回りしているのが凄いです。もう、感謝しかないわ…。」


「そうだろうと思って、今週からズッと夜なべして作っていたので、少しフラフラですけどね。」


 陽葵が徹夜で書いたと聞いて、俺のことを心配そうに見ている。


「恭介さん、最近、もの凄く疲れていたようだし、明らかに元気がないのが分かっていたから、心配をしていたのよ。連日、これを徹夜同然で作っていたなんて…。しかも、とても分厚い資料よ?。」


「もう、先回りして作っていたからね。学生委員会で、闇サークルの案件で発言を求められると思って、寮生が巻き込まれた問題サークルの案件を、まとめていたんだよ。」


 それを聞いた良二が、延岡さんに差し支えのないように、俺に対して助け船を入れる。


「延岡委員長さん、こいつは、寮内や教育学部の体育祭でも、そんなところがありましてね。先読みをしながら、どこに落としどころがあるのかを察して、すぐに行動するような奴ですよ。だから、今日はその資料で勘弁してやってください。コイツは、朝から眠気をマジに我慢しているのが明らかに分かります。」


 そこで、俺たちは、残りの担々麺や麻婆豆腐を食べながらの雑談を終えると、それぞれの家に帰ることにした。


 延岡さんや泰田さん、守さんや仲村さんは、それに良二や宗崎を含めて帰る方向が一緒だったので、そのまま電車で帰って、村上は、そのまま寮に戻って行く。


 俺は陽葵を車で家まで送った後に、すぐに寮に戻ったのだが、今まで慌ただしすぎて、自分の時間が足りなかったから、独りになる時間が必要だと考えた。


 しかし、それを陽葵に話す訳にはいかない。


「恭介さん、今日はゆっくり寮で休んでね。あんな資料をズッと作っていたなんて知らなかったし、延岡さんの行動を読んで先回りしたのは凄かったけど…、やっぱり延岡さんの要求は、かなり酷だったわよね…」


 陽葵は、あっさりと帰ってしまう俺を見て、名残惜しそうにしているのが明らかに分かる。


「陽葵、ほんとうにありがとう。恐らく、学生委員会で出す資料を作ってくれと言われるのが目に見えて分かったから、先回りして作っておこうと思ったんだよ。あんなにビンゴだとは思わなかったけどね…。ごめん、あまり寝ていないから、今日はゆっくり休みからね…」


 俺は陽葵の頬に軽くキスをすると、陽葵は笑顔になったが、俺がとても疲れている姿を見て、何も言わずに、手を振って家に入ってしまった。


 そうして、再び車に乗り込んで、急いで寮に戻って再び出かけることにしたのだ。


 ◇


 俺は寮に戻って車をいつもの駐車場に駐めて、部屋に戻ってバッグを置くと、明日の用意を整えた上で、受付室にいた村上に声をかけた。


「村上、悪いけど、夕飯までには戻るから、フラッと少し気分転換に出かけてくるよ。近頃は色々と面倒なことが多くて、嫌気があってね…。」


 村上は俺の意図を汲み取って、静かにうなずいている。


「それはよく分かる。あれだけ難しい難題に当たっていれば、嫌になってくるし、今日は突然に学生委員長さんだろ?。あれは精神的にキツいと思ったよ…。」


 俺は寮から飛び出して、ぶらりと古書店街を巡って少し気持ちを落ち着かせることにした。


 その後、古書店街を巡って、漫画本や好きな歴史小説を読んで、気に入った本を買うと寮に戻ると、村上が受付室で安心した表情を浮かべながら出迎える。


「村上、受付をやってくれてマジに助かった…」


「それよりも、お前が落ち着いたような顔をしているから、俺もホッとしたよ。あんな大長文の資料を作っていたなんて知らなかったから。あれを書いていたら、顔が険しくなるのは当然だよな…。」


「だいたい、あの資料は、学生課から出てこないとおかしいんだよ。学生委員会が自発的にやる意図はわかるけど、あの文章をあの属性の人たちに見せても、理解が難しいと思うぞ。俺が委員会でひたすら問い詰められるのがオチがありそうで、今から戦々恐々としているよ。」


 俺の精神面は少し落ち着いたが、この後を考えると、とても憂鬱になっていたのだ。


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