工学部の駐車場に着くと、陽葵や仲村さん、泰田さんや守さんが経済学部や本館にあるキャンパスに向けて、裏門のほうのバス停でバスを待っていた。
とりあえず、バス停まで一緒に付き添って、怪しいヤツがいるかの警護も兼ねて、バスが来るまで一緒に待つ。
バスが来るまで待っていると、陽葵が俺に今日の夕方の予定を聞いてきた。
「帰りは工学部の食堂で待ち合わせで、泰田さんと私だけになるわよね?」
「そうだよね、泰田さんがいれば安心だし、ここまで来れば、前にウチらの学部の人間に見つかっているから、警戒して来られないと思う…。」
俺が陽葵の良二や宗崎、村上も裏門のバス停にやってきた。
「お前も奥さんも早めに来ると思って、俺らも何時もよりも早めに出てきたんだよ。やっぱり気になってしまう。」
良二たちは、昨日の会議で俺や陽葵の事が心配になって、みんなで早めに出てきたようだ。
「みんな、心配してくれてありがとう。でも、明日からは40分ぐらい遅れて出発しよう。今日は初日だし、昨日の会議もあったから、みんなが余計に気合いが入ってしまった…。」
バス停にいた陽葵や泰田さんたちも、俺の提案に苦笑いしながらうなずく。
しばらくしてバスが来て、陽葵たちがバスに乗り込むのを見送ってから、俺や良二、村上や宗崎は工学部のキャンパスに入った。
だいぶ早く着いてしまっているから、講義が始まるまで暇だし、講義室には俺たちしかいないので、良二から単純な疑問を呈される。
「恭介や。うちの学部の連中や同期の連中も、車で通学しているヤツがいるけど、ソイツらにバレる危険性ってあるのかね?」
「その辺は高木さんが色々と練ってくれてね、裏門にある駐車場は、院生や教授、それに、この施設の職員が主に使っているから、連中とすれ違う可能性は非常に低いらしい。それに、帰りは食堂で課題やレポートを済ませる事も多いから、皆から1テンポ遅れて帰っているからね…。」
「それは安心だな。高木さんはマジに怖いけど、そういう配慮には、とても優れていると思うぞ。」
「良二、その心配よりも俺は、陽葵のお母さんからスーパーを4件ハシゴするように頼まれていて、帰ったら買い物の付き添い地獄になるのが、今から憂鬱だよ。」
俺のボヤキに良二や宗崎、村上も俺の顔を心配そうな表情で見ている。
「義理のお母さん(陽葵の母)が、そう言うなら仕方ないけど、ちょいと酷じゃねぇか?。」
良二は、俺のことを更に心配して、険しい表情になったのが分かった。
「陽葵が、滅茶苦茶に反対したのだけど、色々と話した結果、泰田さんにスーパーの道案内をしてもらいながら、動き回ることになった…」
「恭介や、俺もお袋や親父の買い出しに借り出される事があるけど、安いスーパーを4件も巡り歩いて、安い物だけチョイスして買おうとするのは、義理のお母さんは、なかなか…だぞ?」
「うーん、今まで車がない家だったから、反動がきているのかもね。帰りはバスや電車を使って、手に持たなくて良いぶんだけ、腐らない物を一気にまとめ買いするような気がしていてさ…」
俺の言葉に宗崎が激しくうないている。
「三上。その通りだと思うぞ。俺も本橋と同じで、親の買い出しに付き合わされる事があるけどさ、そういう物ってかさばるから、車がないと、なかなか買い溜めができないから、ここはチャンスだと思った可能性が高いと思うよ?」
「恭介や、しばらく、義理の母親に振り回される日々が続くと思うぞ。お前は、泰田さんや守さんの母親からも好かれているから、ある意味でマダムキラーみたいな素質もあるし、そういう人から頼まれやすいから気をつけろよ…。」
その良二の忠告に俺は苦笑いしながらうなずいた。
「まぁ、婚約者の親なら仕方ねぇからな…」
その後は、いつもの調子で講義を受けたり、時には実習などを交えながら時間は過ぎていく。
◇
-講義が終わった夕方ごろ-
俺や良二、宗崎や村上は工学部キャンパスの食堂で課題やレポートを片付けていると、陽葵と泰田さんがやってきた。
陽葵も泰田さんも、俺たちに見習って、課題などを片付けているようだ。
「やっぱり三上さんたちは偉いわよ。こうやって時間の合間に片付けてしまえば、講義やゼミを受けた時の内容が頭から抜ける前に、出された課題を片付ける事ができるもんね…」
泰田さんが俺たちを褒めちぎっているが、その褒め言葉を否定する。
「泰田さん、私が面倒くさがりだから、一気に片付けてしまっているだけですよ。それで、ここにいるメンバーが、それに同意して、一緒にやっている感じなので、あまり深い意図がなくて…」
そんな俺が否定した言葉を聞いて、泰田さんと隣にいた陽葵がニコッと笑って、暗に否定をしている。
「恭介さん、誤魔化しても駄目ですよ。たしかに面倒くさがりなのは分かるけど、これはとても良い事よ。普通の学生は大抵、課題などを溜めてしまうから、期日が翌日じゃ無い限りは、その日のうちにやろうなんて思わないわよ…」
その陽葵の言葉に、一斉に皆がうなずいた。
俺たちは課題やレポートが終わると、各々が家路に戻ったが、俺と陽葵、泰田さんは俺の車に乗り込んで、陽葵の家に着くと、なぜか泰田さんの母親の車が陽葵の家の目の前に停まっている…。
『もう、嫌な予感しかしない…』
それを見た泰田さんは頭を抱えだした。
「お母さんは、何を考えているの??。三上さんは、このまま振り回されてしまうわ!!」
「泰田さん、完全に、お一人様一点限り対策でしょ?。もう、俺は諦めてますよ。」
俺は、玄関で泰田さんと陽葵の母親が話しているのを見て、車から降りて2人の母親に呼びかけようとしたところで、颯太くんの姿が見えたが、母親同士の会話をボーッと聞いている雰囲気が漂っていて、明らかに可哀想な感じが漂っている。
颯太くんを救うためにも、泰田さんのお母さんに声をかけた。
「私は、コーチ(泰田さんのお母さん)の車についてけば良いですよね?」
「三上さん、お帰りなさい。話が早くて助かるわ。霧島さんの家族は三上さんの車に乗って、結菜(泰田さん)は、私の車に乗って、そのまま買い物に付き合うわよ。」
陽葵のお母さんは、玄関にクーラーボックスを置いてたから、冷凍食品まで買い溜めするのがハッキリと分かった。
「颯太くん、車で座っていて。暖房が効いているから、車の中の方が暖かいからね」
「うん。恭介お兄ちゃん、ありがとう。なんだか色々なスーパーに行くみたいだから、凄いことになりそうだよ!」
「そうだね。お兄さんは、すこしばかり心配だよ。お買い物が山にやりそうだし…」
俺は、颯太くんに話しかけながら、玄関に置いてあったクーラーボックスをトランクに詰め込んだ時点で、陽葵と泰田さんの母親は会話をやめた。
その一方でクーラーボックスを見て、驚いたのは陽葵だった。
母親が車に乗り込むと、すかさず自分の母親を問い詰める。
「お母さん、あのスーパーで冷凍食品が5割引と書いてあったから、まさか…、冷凍食品もごっそりと買うつもり?。たしかに、ウチの冷凍庫は寂しいけど、ギッシリなのも問題があるわ。」
「その通りよ。大丈夫。颯太も食べ盛りになるし、恭介さんもお腹が空いたときに気軽に冷凍食品を食べて欲しいのよ。恭介さんも遠慮しっぱなしだけど、ウチに来たら遠慮なんてしたら、私が怒るからね。」
陽葵のお母さんは、スーパーをひたすら巡って、広告の目玉商品を買いだめする気力にあふれているのが、すぐにわかった。
『こうなったら陽葵と同じで手がつけられないから、やるしかねぇよなぁ…』
◇
その後、泰田さん母親の車についていきながら、スーパーとディスカウントストアをめぐること4件。
最初のスーパーでは、サラダ油をお一人様一点限りで4本買って、お肉が安めだったので、残ったものは冷凍するのを覚悟で大きなパックを買っていた。
次のスーパーでは、野菜が安めなのと、惣菜関係が充実していて、陽葵の親子は目移りしているが見える。
俺はこの後、寮の食事があるので、少し離れたところから様子を見ていたに過ぎなかった…。
そして、ディスカウントスーパーでは、お菓子や飲み物などを大量に買っていた…。
最後のスーパーで、冷凍食品を買いまくっているのを見ながら、ぐるっと巡った印象では、納豆や漬物、練り物や、生ラーメンなどの食材関連も安い。
どうやら、陽葵の家の夕食は、おでんになったらしい。
そのスーパーで泰田さんの親子と別れた後、俺は陽葵の家で、買いだめした物を全て下ろすと、夕食の誘いを、1週間も寮にいなかった影響で、細かい仕事が溜まっている事を理由にして断って寮に急いだ。
学生委員会向けに闇サークルや強引なサークル活動の実情を綴ったレポートのようなものを、パソコンで打ち込んでおきたかったし、正直、昨日からの疲れが残っていたから、寮に戻って休みたかったのだ。
たぶん、冬休みに入る前に、俺らは学生委員会からお呼びが掛かるはずだ。
陽葵と颯太くんが、俺が断ったのを聞いて少しだけ寂しいそうな顔をしていたが、もう1週間以上も寮を空けていたので、それ以上の追求はなかったのでホッとしていた。
こうして、俺の慌ただしい1日があっという間に終わったのである。
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時は現代に戻る。
ここまでの事を新島先輩や諸岡夫婦に一気に送ると、すぐさま新島先輩から休学したことを悔やむような返信のDMが届いた。
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これを読んで、もの凄く後悔しているよ。
やっぱり、単位の有無はあるが、早めに復学してお前の手助けをしつつ、後期の単位を少しでも良いから取って次年度の講義やゼミを楽にするべきだった。
まず大学理事側の人使いが荒すぎるし、松尾さんも荒巻さんや高木さんが頑張ってくれたけど、大学側の人間だから組織の中では限界があるからな。
ダブりが決定しているわけだから、三上や陽葵ちゃんにズッと付き添っていられた。
陽葵ちゃんは何時もあんな調子だから、メチャメチャ当ててくるから、内心はチョイとばかり苦労することもあるけど、そんなのは俺だけの問題だし…。
しかし、お前の実家には何度か行ったけど、車でも何時間も運転したあとに寮長会議はキツイし、両親同士がガチ集まったのだから、精神が削られるのはよく分かるよ。
お前と陽葵ちゃんは遊びで行っているわけじゃないからな…。
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「陽葵、新島先輩から返信のDMが届いたけど、恨み節が凄いよ。」
夕飯前にリビングを通りかかった陽葵に声をかけると、陽葵がじっくりと新島先輩のDMを読んだあとに苦笑いを浮かべている。
「あれは、延岡理事が事態の収拾を早期に図ろうとして焦りすぎたのよね。新島さんが来るまでは、あの闇サークルの正体が分からずに、大学が四苦八苦していたのが手に取るように分かったわよ。」
「そうなんだよ。3月の中頃に新島先輩が帰ってきて、俺も新入寮生の受け入れや準備があるから、同じ時期に寮に戻ったけどさ、先輩に声をかけたら、入学式前には片付いたからね…。」
「あの真相は、学生では、あなたとわたし、それに新島さん。初田さんや平沢さん、あとは一部のラグビー部員しか知らないものね…。」
「3月末では、捕獲要員を見つけるにしても、研究をしている院生とか、運動部で休みなく練習をしている真面目な運動部員ぐらいしか居なくてね。奴らも新入生をカモにしようと画策している最中に御用になったから、ウチも無用な心配をせずに済んだから助かったからな…。」
陽葵は、あの件を思い出して俺の頭をなでている。
「やっぱり、あの時は、あなたの判断が良かったのよ。」
俺は陽葵に頭をなでられたまま、DMの続きを書き始めた。