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~エピソード8~ ⑳ やっと取り戻した日常。~1~

 -翌朝-


 俺は陽葵を送り迎えするのに、まずは時間のペースを掴むのに何時もよりも早起きをして、時間に余裕を持って出かけようと考えていた。


 そして、食堂が開くと同時に、俺が朝食を食べていたら、諸岡が俺を見かけて隣に座る。


「諸岡、おはよう。いつになく早いような?」


「おはようございます。あの後、考え事をしていて眠れなくて、そのまま朝まで起きていたのですよ。」


「あまり考え込んでも、体に良くないぞ?」


「三上寮長、私が寮長になったときに、寮生が何らかの事件に巻き込まれたら、三上寮長のように、大学理事や学生委員長さんと知り合いだったり、文化祭実行委員長さんのような超有名な人のコネなんてありませんよ?。寮長のように的確に考えて、あんなに凄いコネクションを使える能力が私にはありません。」


 俺は諸岡の心配事を聞きながら、目玉焼きに醤油をかけて食べようとしたが、その話に頭を抱えた。


「あのなぁ、諸岡。」


「はい。」


「こんな、極めつけの厄介ごとに巻き込まれるような事案って、普通に歩いていて雷が直撃して死ぬぐらい希だよ。ちなみに人生でそれに遭遇する確率は0.001%ぐらいだ。宝くじを死ぬまで買い続けて、大当たりするほうが確率的には、まだ高い。」


「寮長、そうは言いますがねぇ…。そうだ、新島さんがいたころは、寮生が厄介なサークルに巻き込まれていた時に、2人で訳の分からないサークルまで乗り込んで撃退したじゃないですか?。今回は、それの酷いケースなのは理解してますが、私にその自信はありませんよ?。」


「あまり、全てをやろうとは思うな。俺が諸岡を候補にした理由って、俺に足りないものを諸岡は持っているからだよ。お前も寮長になったときに、後輩にそういう奴を見つけて上手く回していけば良いだけの話だ。」


「いやぁ、寮長を見ていて、足らない部分なんて一つもない気がしてますよ。私を買いかぶりすぎですよ。」


 俺は、諸岡の心配事を聞きながら、少なめによそったご飯を平らげると、このまま諸岡につきあっている時間が勿体ないので、単刀直入に結論を諸岡にぶつけることにした。


「うーん、俺はとても面倒臭がりだから、それを補うために諸岡が必要だったんだよ。俺は本来、細かい仕事とか、根気が要るような仕事は向かないからさ。諸岡とはそういう部分で真逆だったわけだ。」


 諸岡は、その結論に対して、理解をしたようだったが、まだ、不満げな表情をしてた。

 しかし、その直後、俺と諸岡の後ろから、聞き覚えのありすぎる声が聞こえたので頭をかかえる。


「うむ、そうだな。だからこそ、俺も新島と正反対の三上を寮長に推したわけだ。ただ、正反対どころか、コイツは新島や俺をはるかに超えて、ぶっ飛んでいたから参ったのだけどな…。」


「棚倉先輩、おはようございます。この時間に起きるなんて、珍しすぎるじゃありませんか。院試や卒論で徹夜でしたか?。」


 車での陽葵の送り迎えが控えているので、諸岡を棚倉先輩に託すべく、完全にフリが始まっている。


「三上よ、全くその通りだが、諸岡の心配はよく分かる。お前が何でもやりすぎるから、諸岡はジレンマがあると思うぞ。今回の事件は難題だから、諸岡は余計に色々と感じている筈だ。」


 諸岡は棚倉先輩の言葉に激しくうなずいていたし、棚倉先輩は、諸岡がうなずいたのを確認すると、トレイを持って朝食を取りにいってしまった。


 それをボーッと眺めながら、俺は飯を食いつつ、諸岡にかける言葉を少しだけ考えて口を開いた時に、棚倉先輩がトレイを持って俺の席に座った。


「諸岡さぁ、別に俺の真似をしようと思わなくて良いんだよ。俺だって、棚倉先輩のマネとか、三鷹先輩のような真似は無理だ。自分の個性を活かしつつも、他の人を上手く使ってやるのもリーダーシップだよ。俺が4年になっても、頼るところは頼って欲しいし、諸岡も自分に足りない部分を補う後輩を見つけるのも一つの鍵だ。」


 諸岡が俺へのアドバイスに答える前に、棚倉先輩も諸岡にフォローを入れる。


「諸岡よ、三上の言うとおりだ。お前も前任の新島とは違って真面目だし、寮長の責務をしっかりと果たせると思う。三上が特殊だから、それを見習おうとしても、普通の人では到底無理だ。だから、お前ができる範囲で、やれることを頑張れば良いだけだ。」


 実際、諸岡は寮長になった時点で、その辺は恵まれていた。


 彼は繋ぎ役としては優秀だったので、難題があれば俺に相談して、リーダーシップを発揮してグイッと引っ張るところは後輩の江川に頼った。


 さて、話を戻して、俺はそろそろ陽葵の家に行きたいので、この場を離れるために二人に声をかける。


「棚倉先輩、ありがとうございます。私は昨日の寮長会議での案件があるので、そろそろ準備をしないと…。初日なので時間帯を把握したい部分もあって…、」


 棚倉先輩や諸岡も、その言葉で意図を察したようだ。


 何にせよ、寮の幹部以外は俺の車があることすら知らないし、こんなところで陽葵を車で送り迎えすることを話してしまったら、面倒なことになってしまう。


 この後、棚倉先輩と諸岡は、飯を食いながら、先ほどの話の続きをしていたようだが、俺は諸岡に構っている余裕がないから、トレイを所定の返却口に片付けると、すぐに部屋に戻って、陽葵の家に行く支度を始めた。 


 俺はバッグを持って、受付室から寮監室を抜けて、寮職員用の駐車場に向かう途中で、松尾さんに声をかけられた。


「三上君、おはよう。少し早いような気もするけど、どうしたんだい?」


「松尾さん、おはようございます。昨夜はありがとうございました。道路の混雑状況が分からないので、時間帯を探るために、少し早く出てペースを掴もうと思いまして…。」


「ああ、そういう事か。霧島さんの家と、あの子たちを拾うために駅にも行くから、少し余裕を見て出ようとしているのか。それに、その後のバスの時間もあるだろうからね。」


「松尾さん、そういうことです。慣れてくれば、慌てることもないのですがね。最初の1週間は手探りだと思うので…。」


 俺は車に乗り込むと、車のエンジンをかける。

 これからの時期は寒くなるから、少し暖気も必要になるし、フロントガラスに霜も降りるから、早めに出るのにこした事はないだろう。


 寮から陽葵の家に行くのに、宗崎から教えてもらった裏道を利用して通ってみた。

 以外にもスムーズに行ったと思ったら、やっぱり信号待ちなどで思うように進まないところもあるし、思ったよりも時間がかかる感じはある。


 それでも、陽葵の家に予定よりも30~40分近く早く着いて、陽葵の家の門にある駐車場スペースに車を駐めると、陽葵と颯太くんが車に駆け寄ってきた。


「恭介さんおはよう。少し早かったわよね。今日は早めに出てきたのね?」


「陽葵も颯太くんもおはよう。まだ、何も分からない道だから、朝から混むのが分からなくて、想定外の事態に備えて早めに出てきたんだよ…。」


「恭介お兄ちゃん、おはよう。今日からお姉ちゃんと一緒に学校へ行くんだよね。やっぱりこれも、夫婦になるための練習??」


「こら、颯太!。朝から恥ずかしいから、そんなことを言わないで!」


 その後は、陽葵の家の中でお茶を飲んで時間を潰していると、お母さんが昨日の出来事を話し始める。


「恭介さん、昨日は買い忘れたものがあって、恭介さんと陽葵が寮に行っている間に、3人でスーパーに行っていたら、泰田さんのお母さんとバッタリ会ってしまったのよ。色々と偶然が重なるものよね。昨日は帰ってきたら、家族全員が疲れていたから、恭介さんのご縁で助けられてしまったのよ…。」


「なんだか申し訳ないです。大学が必死になっているから、休日なのに臨時会議なんて珍しいのですが、延岡理事が相当に躍起になっているのが分かるので、みんなも従いざるを得なくて。本来なら、私が家にいれば、車でなんとか買い物を一緒にできたのですが…。」


「恭介さん、それは仕方がないわ。延岡理事さんは、できる限りスピーディーに対処をして、頑張ってやれることをやりたいと言っていたから、昨日の会議もその現れよ…」


「しばらくは、会議で呼び出される事はなさそうだし、陽葵を家に送ったら、その足で買い物のお手伝いもアリだと思うので、その時は声をかけて下さい。」


 その話を聞いて、陽葵のお母さんは俺の目をじっと見ている。


「恭介さん…」


「はい。今日の帰りに買い物ですか?」


「恭介さんは理解が早くて助かるわ…」


 その会話を陽葵が何か言いたげな表情で見ていたのが、とても印象的だった…。


 俺と陽葵は少し早めに陽葵の家を出て、車に乗り込むと、少しだけ顔を膨らませているが、その表情も可愛くて、思わず頭を撫でてしまっていた。


「もぉ~。お母さんったら、人使いが荒いのよ!!。恭介さんだってメチャメチャに疲れているのに、さっそく買い物で車を使わせるのよね。今日の朝なんて、いつもは遠くて買い物に行けないスーパーの広告まで見て、チェックに余念がなかったのよ。」


 その陽葵の母親の行動について、俺は一瞬だけ嫌な予感が走ったので、頭をなでるのをやめて、すぐさま問いかける。


「ひっ、陽葵。まさか、スーパーのハシゴっすか?」


 俺の問いかけに陽葵は、顔を膨らませていたが、溜息を出して、ようやく言葉が出てきた状態だ。

 少し時間が勿体ないので、そのまま車を駅まで走らせながら、俺は陽葵の愚痴を聞こうと思って、心の中で身構えることにした。


「お母さんったら、スーパーのハシゴをしようとしたから、わたし、恭介さんがあまりにも可哀想すぎるから、せめて1つのスーパーに留めて欲しいと言ったのよ。寮に来てから1年半程度しか経っていないし、ここの周辺の道も知らない事だらけよね?。」


「陽葵、ありがとう。その通りだけどさ、それって何件ぐらいのハシゴ?」


「4件よ…。だいぶ離れた場所もあるし、恭介さんが可哀想だわ…。」


「うーん、道が分からない人と一緒じゃないと、ハシゴはできないなぁ。もう少し、陽葵の家の周辺の道に慣れてきたら、距離に応じて、是非を決めたいけどさ…。」


「そうよね。どうやら泰田さんのお母さんが、自分が車を運転できるから、スーパーのハシゴをしているらしい話を聞いた途端に、お母さんのやる気スイッチが入ってしまったのよ。」


 そんな話をしている間に、駅のロータリーに着くと、ちょうど正面に、泰田さんと守さん、仲村さんが俺の車を待っていた。


 俺が窓をあけると、仲村さんが先に俺の車を見て真っ先に褒めてくれた。


「お二人とも、おはよう。三上さん、は、こういう車に乗るのか…。マニュアル車だし、いかにも工学部の学生が乗りそうな感じでセンスが良いなぁ…」


「みなさん、おはようございます。後ろがつかえているから、とりあえず乗ってしまいましょう。」


 3人はすぐに後部座席に乗り込んで、陽葵が泰田さん達に昨日のお礼を言っていた。


「皆さん、おはようございます。泰田さんも、守さんも、昨日はホントに助かりました。ありがとうございます…。泰田さんのお母さんには、うちの家族を家まで送っていただいて、なんと申し上げたらよいのか…。」


 泰田さんと守さんが陽葵のお礼に、とても慌てた表情をしているのがルームミラーから見えて、泰田さんが先に口を開く。


「きっ、き、霧島さん、そんなことは、いいのよ!。それよりもゴメンね。お母さんがスーパーをハシゴしているなんて、あの時に言ってしまったから、三上さんに凄い苦労をさせそうで、今から恐くなっているの。」


 助手席に座っている陽葵の横顔をチラッと見ると、何も言い出せなくなって、下を向いてしまっているから、俺が助太刀をする事にした。


「泰田さん、とても申し訳なさそうにしている陽葵の代わりに言いますが、泰田さんの予想通りの展開で、すでに頼まれています。ですが、そのハシゴをするスーパーの場所が分からず、今から戦々恐々としていて…。」


 それに関して、泰田さんが即答をする。


「大丈夫よ、昨日の帰りに私とお母さんで相談していたけど、もしもそうなるなら、私が道案内で同行しようと思っていたの。」


 続いて守さんが申し訳なさそうに俺や陽葵に向かって話しかけた。


「ホントは私も行きたかったけど、今日は仲村さんと同じゼミで2~3年合同なのよ。夕刻までかかってしまいそうだから…。」


 隣に座っていた陽葵が複雑そうな表情を見せながらも、少し安心したようにホッとして、謝罪の言葉を口にした。


「守さん、いいのよ、仕方ないわ。泰田さん、うちの母のわがままに付き合わせてしまって、ほんとうに申し訳ないです。恭介さんは、とても大変ですが、私がなんとか埋め合わせをするから大丈夫だけど、なんと言ったら良いのか…。」


 その後は、陽葵と守さん、泰田さんたちは、どこのスーパーで何が安いなんて話しをていた。


 女性陣は、母親の買い物によく付き添っているから、この手の情報に詳しいし、とても生活感が溢れていて俺としては、意外と有意義な情報だったりするのだが…。


『朝からドタバタだなぁ…』


 俺は宗崎から教えられた裏道を運転しながら、工学部のキャンパスへ時折、少しの渋滞にハマりながらも向かった。

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