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~エピソード8~ ⑱ 恭介さんは無理をしすぎです…。~2~

 俺は車を運転して陽葵の家に戻ると、夕飯の支度ができていた。


「今日は恭介さんのご両親から頂いたお米で炊いてみたのよ。これから寮の会議もあるから、食べて力をつけてね。」


 テーブルを見ると、お刺身やメヒカリの唐揚げ、それにイカリングやマグロの竜田揚げまである。


『刺身はチョロっと食べて、揚げ物中心で食べるか。流石にちょいと刺身は飽きているし、疲れているから下痢が怖い。それに今日は寮長会議でパンが出てくるし、夜食でラーメンが食べたいからセーブしたい。』


 陽葵のお母さんは気を遣って、俺に茶碗にご飯を少し多めに盛るが、陽葵の家ではご飯の量を普段からセーブしていたのが功を奏していた。


「やっぱりお米が美味しいわ。今日は朝が早かったから、あまり味わえなかったけど、これを毎日食べられるのは、ちょっと贅沢だわ…」


 陽葵のお母さんが炊きたてのご飯を口にすると、美味しそうに微笑んでいる。


「このお米は、甘いし味もある。新米のように香りもあるか、美味しい!」


 陽葵のお父さんも、ご飯を食べて嬉しそうし、陽葵や颯太くんまでもが、ご飯を食べることに夢中になってしまった。


 陽葵と颯太くんは刺身を見て目を輝かせているが、俺はそれに目をくれず、メヒカリの唐揚げにソースを多めにかけて、揚げ物を中心に食事を進めていく。


「恭介さん、あまりお刺身に手を付けていないようだけど、遠慮しないで?」


 陽葵のお母さんは、そういう洞察力に優れているから侮れない。


「あっ、ありがとうございます。大丈夫ですよ。この前の回転寿司と同じで、少し疲れたので、お腹を壊すのが怖いから、少しだけセーブしてます。そのぶん、陽葵や颯太くんに食べさせてください。」


 陽葵のお母さんは、俺の取り繕いに納得したようだったが、それを聞いていた陽葵が、刺身を美味しそうに食べながらも、すこし不安そうな表情を浮かべている。


「恭介さん、やっぱり会議後は松尾さんの言う通り、タクシーで帰るわ。その雰囲気だと、会議が終わった後はかなりクタクタよね…。」


 俺は陽葵の問いに、軽くうなずいて、本音を吐くのを我慢して黙って食べることに集中した。

 本音は陽葵と一緒に帰りたかったが、流石にハードすぎるし、疲れていて、不慣れな道では交通事故を起こしてしまう危険性があるから、無理は禁物だろう。


 陽葵の家で夕食をご馳走になって、適度に腹を満たすと、俺は陽葵と再び学生寮に向けて車を走らせたが、陽葵は運転中に俺を時折みて、心配そうに俺に問いかけた。


「今日の恭介さんは、朝からあまり食欲ないから、恭介さんのお母さんも、うちのお母さんも家を出る時に心配していたのよ。延岡理事も、ちょっと勝手だわ。あっちはプライベートだけど、こっちは、とても重要な用事で恭介さんの家に行っているのよ…。」


「まあ、陽葵。俺もその気持ちはよく分かるけど、延岡理事も、俺や陽葵の両親に迅速な対応なんて言った手前、引けないのだと思うよ。」


 陽葵はあの時、延岡さんと一緒に颯太くんの相手をしていたが、車の中で俺や陽葵の両親の延岡理事との会話の内容を陽葵のお父さんが話していたから、その内容は理解をしている。


「それを言われると、恭介さんは、この前のように延岡理事に強いことを言えないわよね。たぶん、明日になったら理事たちに報告があるだろうから余計よね…。」


 俺は運転をしながらも、陽葵の言葉に少しだけため息をつく。


「乱暴な言い方だけど、それにしても理事たちも強引だよ。結局は、メディアや世間体がどうなるかしか、理事たちは考えていないよ。でもね、結局、それが車通学を認めてくれる切っ掛けになっているから、下手なことが言えなくてね。」


「それで、上手く舵をとっているのが、荒巻さんや高木さんなのよね。あの2人がいなかったら、私たちは、もっと振り回されていたわ…」


 陽葵が本音をぶつけたところで、赤信号になって信号待ちだったので、陽葵のストレートな物言いに俺は激しくうなずく。


「その通りだよ。だから、俺は、荒巻さんや高木さんにもお土産を渡すわけだよ。あの学生課の職員さん2人は俺たちの生命線だからさ。」


 そんな真剣な話をしているうちに、あっという間に学生寮に着くと、同じ駐車場に車を駐めて、寮監室のほうから受付室へと抜けたら、村上と諸岡、それに三鷹先輩もいる。


 諸岡や村上は、俺の姿を認めると、疲れ切った表情をして、助けを求めるように見ていたから、察するところがあって、三鷹先輩にすぐに声をかけた。


「先輩。緊急の会議で振り回してしまって申し訳ないです。ところで、木下や白井さんは?」


 三鷹先輩の意識を俺と陽葵に向けることで、村上と諸岡が弾丸トークを浴びせられるのを回避しようと俺は目論んだ。


「恭ちゃん、陽葵ちゃんもお帰り。理恵ちゃん(木下)や美保ちゃん(白井)は、寮の申請書類を出すからそれを書いているし、寮母さんが作ったパンを運ぶのを手伝っていたから、しばらくしたら来ると思うわ。」


「先輩もお疲れさまです。他の人は、食堂で話している感じですよね?。」


「そうよ。恭介ちゃんの学部の友達とか、教育学部の人たち、それに、延岡さんと延岡理事もいるのよ。わたし…あの理事はちょっと苦手だから、棚倉さんがガッツリとお相手しているわ。」


『そうだよな。俺のお袋とは違ってTPOを弁えない弾丸トークじゃ、相性は最悪だよな。』


「ふふっ」


 陽葵は、俺と三鷹先輩とのやりとりを聞いて、突然に笑い出した事を考えると、俺と同じことを思ったに違いない。


 まして、延岡理事とは昨日の夜に会ったばかりだから、余計にインパクトに残っている。


「ひっ、陽葵ちゃん?。なんでいきなり笑ったの?」


 突然に笑った陽葵だが、三鷹先輩の返答に休するのは明らかだ。

 それに、諸岡も村上も笑いをこらえているから、先輩に本音を白状する状況になるのが時間の問題だと察した俺は、いきなり、その場を誤魔化す必殺技を繰り出すことを心に決めた。


『寮の玄関から微かに木下の声が聞こえたから、隣には白井さんもいるはずだし、事態の終始も可能だから、このさい思いっきりやるか!』


 そう計算して、白井さんと木下が寮の玄関の扉を開けて入って来たところで、俺は寮長モードを750%程度にして、彼女達に聞こえるように、少しだけ大きい声を出すことにした。


 陽葵は寮長モードになったおかげで、両目がすでにハートマークになっているし、三鷹先輩は、俺のオーラに少しだけ気圧されている感じが漂っている。


「陽葵。そんなところで可愛い笑顔を振りまいたら、とても可愛いから抱きしめたくて仕方がないよ♡。そんなに可愛い笑顔をするから、疲れなんて吹っ飛んじゃうぐらい可愛くてしかたながいよ♡。」


「恭介さん♡。もぉ~~。こんなところで、そんなことを言ったら恥ずかしいわ♡」


 俺が陽葵に突然に向けた言葉は、その場にいる全員に色々な意味で絶大なダメージを与えているが、これは三鷹先輩の追求を避けるためだから仕方がない。


 陽葵はもちろん、三鷹先輩、それに受付室の目の前にいる木下まで顔が真っ赤だし、村上や諸岡は恥ずかしさのあまりに、そっぽを向いている。


 そして、いつものお約束のごとく、白井さんがすぐさまツッコミを入れるのは、もう俺の計算済だ。


「三上寮長!、帰ってきて挨拶もしないままに、陽葵ちゃんとのラブラブを無意識のうちに見せつけないで下さい!。今の言葉は陽葵ちゃんにも、周りにも効果が絶大過ぎて、みんなが悶えてしまうから超危険ですよ!!!」


 村上と諸岡は、俺があえて白井さんのツッコミが入ることを計算して、その場を逃れる為にノロケたのが明らかに分かったので、2人とも同時に手を合わせて俺に感謝の意を表していた。


 ◇


 俺は会議に入る前に、皆にお土産を配るために、急いで部屋に戻ると、部屋の机の上に置いてあった栄養ドリンクをこっそりと飲んで、お土産の紙袋を持って食堂へと向かう。


 延岡理事を含めて皆にクッキーを配って、陽葵が領収書やレシートを渡している合間に、皆には見えないところで、荒巻さんや高木さん、それに寮母さんにも温泉まんじゅうを手渡した。


 そして、寮母さんが焼いたパンの横に、チョコレート菓子の箱をそっと置くと、会議が始まった。


 最初に延岡理事が、大学側として、事件への対応が後手に回ってしまい、俺や陽葵はもとより、学生寮全体や俺たちの取り巻きにも、大きな負担になっていることへの謝罪がある。


 理事の言葉が終わると、延岡さんが、今回の対策にあたり、学生委員会名簿に学生委員会委員長付きの特別アドバイザーとして、俺と陽葵が加ったことを、金曜日に開かれた学生委員会で、満場一致で採択された事が説明された。


 その次に、荒巻さんから、安全面を考えて、俺が車で通学することの口外禁止が伝えられる。


 そこら先は、陽葵や俺への安全面を考えた、保護体制のローテーションについての打ち合わせになったが、色々な人が絡んで面倒な事案なので、決まるまでに時間を費やした。


 通学時は、教育学部の泰田さん、守さん、仲村さんが、主に付き添いを担当して、陽葵が普段から利用している駅前で待ち合わせて、工学部からのバスの見守りをすることになった。


 もしも、3人の都合が悪ければ、諸岡と棚倉先輩が、寮から同乗して工学部から本館や経済学部のキャンパスへの同行をお願いすることも決まる。


 基本、俺の車は、本館や経済学部のキャンパスへ乗り入れると、相手から特定される可能性が高くなるために、基本的には車を使うときは、本館近辺には近づかない約束も決まった。


 次に帰りの保護体制について話し合われたが、これは行きよりも難しい話になって、議論が二転三転するぐらい試行錯誤を重ねている。


 寮長会議や、学生委員会の会合の後に、キャンパスの人通りも少ないから、工学部まで行くバスを待つ姿が目立つ結果になって、この前のように追われる危険性がある意見が、良二や宗崎から出されて、皆が頭を抱える。


 議論が混沌とした中で、延岡さんが先に学生委員会側の結論を出してきた。


「学生委員会のほうですが、三上さんと霧島さんは、ごく稀に参加する形にしましょう。凄くリスクが高いことが分かって、私も無理強いしてまで、委員会に出てもらうのは気が引けるし、今のことは、私から懇切丁寧に説明するから安心して下さい。」


「延岡さん、被害者側の意見としては、それが精一杯だと思います。闇サークル側に学生委員会入りも伝わっている筈ですから、会合後に後をつけてくる可能性もありますし…」


 学生委員会側はそれで良いが、寮内では、これから、卒業する寮生を送り出すコンパや、新学期に向けての組織編成も睨んだ寮長会議や寮の手続なども相次ぐから、学生課などで会議をやることも多くなって、頭の痛い問題が山積みになる。


 結論としては、寮長会議などがある時は、車を使わずに電車で移動して、帰りは男女寮の幹部や教育学部の面々、それに俺の学部の友人達を駆使して、陽葵や俺を保護する体制が決まったが一抹の不安が残る。


 帰結的には、理化学波動研究同好会から、車での移動が見つかることはなかったが、電車の移動の際に、激しくつきまとわれる結果が待っていたのだ…。


『結果的には仕方ないけど、なんだか嫌な予感しかしないなぁ…』


 俺は寮長会議が終わって、浮かない表情をしながら守さんと雑談をしている陽葵を、後ろ髪が引かれるような想いで見ていた。


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