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~エピソード8~ ⑯ 出発の日の朝。

 俺と陽葵は、仮眠を取りながら朝の五時半すぎに起きて台所に行くと、お袋がいて朝食の準備をする前に、お茶を飲んでボーッと座っていた。


 親父はあれだけ飲んだから、まだ、寝ている。


「あれ、恭介も陽葵ちゃんも随分と朝が早いじゃないの?」


 俺は間髪を入れずに本題をお袋に切り出す。


「陽葵が寝ていたら、夢に俊子が出てきて、俺のことをよろしく、なんて…、笑顔で言っていたらしい。」


 それを聞いた直後、お袋は、静かに涙を流していた。


「… … …。そうか、陽葵ちゃん…。あの子にも認められたのかい…。さて、隣の部屋で寝ているお父さんを起こして、日が昇ったらお墓に行くよ。わたしはそれまでに、朝ご飯の下ごしらえを済ませておこうかしら。」


 お袋はティッシュで涙を拭くと、椅子から立ち上がって、朝食の下ごしらえをしようと、台所に立った。

 陽葵も席を立って、お袋の下ごしらえを手伝っている。


 俺が親父を起こそうとしたときに、颯太くんが眠そうな顔をして台所にやってきた。

「あれ、恭介お兄ちゃんや、お姉ちゃんも起きていたの?。まだ、お母さんとお父さんは寝ているよ?」


「颯太くん、こんな時間に起きちゃったんだ…。朝が早すぎるから、まだ、寝ていていいよ。」


 颯太くんに、優しくそう言うと、俺の顔を見て、深刻そうな表情をした。

『まさか???』


「恭介お兄ちゃんの妹さんが夢に出てきたの。恭介お兄ちゃんと、お姉ちゃんをよろしくって。大人になって困ったことがあったら、恭介お兄ちゃんに話せば大丈夫だって言われたんだ。」


 お袋は、颯太くんの話を聞いて、涙を流しながら包丁を握っていたので、陽葵は慌ててティッシュをお袋に渡して、包丁を握った。


 その間に、親父が目をこすりながら起きてきたが、お袋を見て、一瞬で目が覚めたようだ。


「なんだ、みんな早すぎるじゃないか…。陽葵ちゃんがいると、うちは助かるよ…。ん?、なんでお前は泣いているんだ?。また、俊子の夢でも見たのか?」


 泣いて何も言えなくなっている俺が、簡潔に説明する。


「陽葵と颯太くんが俊子の夢を見たんだ。陽葵は俺をよろしく頼って。颯太くんは、俺と陽葵によろしくと。それと、大人になって何かあったら俺に頼れとも…。」


 俺の簡単な説明を聞いた親父が、少し涙目になりながら天井を見上げた。


「陽葵ちゃんのご両親は、まだ酔い潰れているから寝ているだろう。しばらくして夜が明けたら…」


 親父がそこまで言いかけたところで、陽葵のお母さんが起きてきて、台所でみんなが集まっている様子を見て少しだけ首をかしげた。


「おっ、おはようございます。みなさん、朝が早くてびっくりしてます…」

 陽葵のお母さんが慌てて挨拶をすると、そこにいる颯太くんに向けて言葉を続けた。


「颯太、起きちゃったの?。目を覚ましたら、隣にいないから、探しちゃったわよ。まだ、夜も明けてないから、一緒に寝ようね…。」


 その陽葵のお母さんの言葉に、陽葵が先回りをして夢のことを伝える。


「お母さん、わたしも颯太も、恭介さんの妹さんが夢に出てきて、恭介さんをよろしく頼むと言ってきたのよ。それで、そろそろ、日が昇りって明るくなったら、お墓参りに行くかと話していたの…」


 陽葵は人参の皮をむきながら、自分の母親に今までの経緯をザッと話すと、陽葵のお母さんが吃驚した表情をしながら口を開いた。


「まぁ!!。そういえば、私の母が亡くなったときも、姉弟そろって母が夢に出てきて、親類たちを驚かせたことがあったわよね…。そうよね、亡くなった恭介さんの妹さんのお墓に、手を合わせたほうが良いわ…。必ず、見守ってくれているわ。」


 陽葵のお母さんは慌てて客間に戻ると、陽葵のお父さんを優しく起こしながら、事情を説明して、慌ただしく支度を始めた。


 お袋の代わりに、朝食の下ごしらえを終えた陽葵も、俺の部屋に戻って身支度を始めたので、俺たちも、お墓参りに行くのにパジャマから着替える。


 みんなが先に仏壇にお参りをすると、日が昇っていて、あたりが明るくなったので、親父と俺の車に別れてお墓に向かった。


 お墓は車で10分程度のところにあるから、そんなに遠くないので、すぐにつくと、お袋は仏壇のお花を取り替えるつもりで買ってきたお花を持って、お墓にあがって花を添える。


 親父が線香の束に火を付けると、それを小分けにして皆に配って、各々がお墓に線香をあげて、神妙な顔でお墓に手を合わせた。


 そして、お墓参りを終えると、家に戻って朝食を済ませることにした。


 朝食はお袋と、陽葵のお母さんと、陽葵が台所に立って朝食の準備をしているが、あっという間に終わってしまう。


 朝食の時間を察した、りんごが台所にやってきて、お袋に向かってワンと吠えると、お袋はりんごの餌を用意して、ご飯を食べさせている。


「ご飯を食べたら、りんごの散歩へ行ってくるから、みんなは10時過ぎまで寝ていて良いよ。朝早くから起こされたから眠いだろうし、道中も長いから、今のうちにゆっくり休んでいて。」


「ねぇ、ボクも、一緒に、りんごちゃんの散歩に行っていい?」


 颯太くんが、とても行きたそうにしていたから、少し悩んだが陽葵も一緒に行くから、条件をつけて散歩に行くことにした。


「りんごは、メチャメチャ長い距離を歩くから、疲れるようだったら、陽葵と一緒に帰るか、温泉旅館のあたりや寂れた温泉街を散策しているといいよ。俺とりんごに付き合ったら、山道をもの凄い勢いで歩くから、颯太くんは足が疲れるかも知れない。」


「うん、それでもいいから行くよ!!」

 颯太くんは行く気が満々だし、陽葵もその条件なら、一緒に散歩に行っても構わないと思っただろう。


 陽葵の両親は、昨晩は飲み過ぎて二日酔い気味だったから、そんな山道を歩くのは朝から勘弁と言わんばかりに、家で再び寝ることにしたらしい。


「もしも、温泉街で散策をするなら、今日は日曜日だから、観光巡回バスが出てるはずだよ。8時頃には朝一のバスが出るから、それに乗ると、あのコンビニの目の前にバス停があるから…」


 俺は、そう言いながら、りんごにリードを付けて、うんちを回収するマナー袋を何枚か持つと、陽葵と颯太くんと一緒に散歩に出かけた。


 りんごは嬉しそうに、家の玄関を飛び出しそうになる勢いで俺を引っ張るように走り出そうとするが、少しリードを引いて速度を落とさせた。


「恭介さん、りんごはすごく散歩が嬉しそうよ。それに、歩くスピードが少し速いから、これはいい運動になるけど、小学生の颯太は男の子だけど、チョッとキツいわよね…」


「陽葵、そうなんだよ。颯太くんは、お兄ちゃんとお姉ちゃんと、はぐれないようにしてね。ここで迷ったら本当に大変なことになるからね…。もしも離れそうになったら、大きな声で陽葵や俺を呼び止めて。」


 颯太くんは、俺の言葉にうなずくと、まだ俺とりんごのペースで歩いているし、この姉弟は、都会育ちのわりには、とても体力があるほうだった。


 りんごは、昨日、車で何往復かした温泉旅館に向けて歩き続けているし、陽葵や颯太くんも俺のペースについてきている。


 柴犬は時に強情な正確な故に、散歩に行きたくなかったり、嫌な事がない限りは、引き返すようなことはしない。


 飼い主が強引に引っぱって連れて行こうとも、抵抗してビクとも動かないことも、度々ある。


「恭介さん、これは昨日、車で何往復もした道よね…。」

 陽葵も颯太くんも、段々と疲れてきたのか、言葉少なげになっている。


 俺はそれを見て、りんごに少しだけぼやいた。


「りんごさぁ、今日は陽葵も颯太くんもいるし、少しは加減しろよ。お前はこうなったら、引き返さないのは分かっているから、せめて、2人のペースに合わせて、歩くスピードを落としてくれ。」


 俺のお願いが通じたのか分からないが、りんごは、何時もよりも歩くペースを落として、陽葵や颯太くんを見ながらペースを見て歩いている。


「恭介お兄ちゃん。りんごちゃんは頭がいいのかな?。恭介お兄ちゃんのお話が分かるの??」


「うーん、お話しが分かるかは知らないけど、陽葵や颯太くんが疲れているのを見て、心配になっていると思うよ。」


 ここから先は、温泉街に行くのに、厳しい坂道が続いていたが、陽葵や颯太くんは、そんな坂道も俺やりんごと一緒に歩いていた。


「きょ、恭介さん!!。この坂道は凄いわ。昨日は車でこの道を何度も往復したかと思うと、ちょっと凄い…」


 颯太くんは男の子だから、頑張って俺や陽葵に必死についていったが、小学生の男の子でも、これだけの距離は歩くのは辛いだろう。


 もう、40分以上は歩いただろうか…。

 ようやく温泉街に着くと、俺は陽葵と颯太くんに気遣って、温泉街の中にあるベンチに座って一休みすることにした。


 俺は財布から小銭を取り出して、姉弟に飲み物を買ってあげて、りんごには、近くの水飲み場にある水を飲ませてやると、がぶ飲みをしてる…。


 陽葵はスポーツドリンクを飲みながら、俺が一つも疲れていないことに吃驚している。


「きょっ、恭介さんは、これだけの距離と、あの急な坂道を歩いても、全く疲れてないの?。かなり凄いわ!!」


「陽葵、颯太くんの事を考えると、ここで少しだけ休憩をした後で、バスで帰った方が良さそうな…」


 その言葉を颯太くんがさえぎった。


「まだ、ボクは大丈夫だよ。恭介お兄ちゃんが、疲れずに歩いているから、ボクも頑張る!」


 陽葵も俺と一緒に散歩をしたいことは手に取るように分かったので、颯太くんの決意にうなずきながらも、この後のルートを思案していた。


『りんごの性格から、この道を引き返すのは逆に距離が長くなってしまうし…。車が通れないような細い道で、急な下り坂になるけど近道をするか…。』


「うん、それじゃぁ、いつもの散歩ルートだと、いま歩いたぐらいの距離を歩くから、近道をするね。15分ぐらいで帰れると思うけど、車が通れないほど急な下り坂になるから、足を踏み外さないようにね!」


 陽葵や颯太くんは、俺の言葉にうなずいて、2人とも飲み物を飲みきって、自販機の横にあるゴミ箱にペットボトルを入れて、再び散歩に出発した。


 俺は延岡さんたちも泊まっている温泉旅館の手前の細い道を左に曲がると、アスファルトでも舗装できないようなコンクリートの道をひたすら下る。


「恭介お兄ちゃん!!。すごい坂だから、体が勝手に進むよ!!。」


 陽葵が颯太くんの率直な話に同意して、俺に向かってクスクスッと笑った。


「恭介さんの体幹が良い理由が分かるわよ。こんな急な山道を毎日のように散歩していれば、絶対に足腰が鍛えられるわ。こんな体が勝手に動くほど急な坂なんて、うちにはないもん…。」


 この道は細すぎるから、軽自動車1台がやっと通れるぐらいの生活道路だし、地元であっても、こんな道を好んで通る人はいない。


 そして、しばらく歩いて、ようやく俺の家と工場が見えてきて、陽葵と颯太くんは、ホッと胸をなで下ろしていた。


「やっと着いたよ!!。こんな道を毎日のように、りんごちゃんと散歩している、お兄ちゃんがすごすぎるよ!!」


 俺たちが玄関にあがると、りんごは真っ先に水を飲んでいる。


「あら、2人とも、バスを使わないで恭介と一緒に帰ってきたのね。えらいわ。」


 お袋が2人を歓迎すると、飲み物をもらって美味しそうに飲んでいた。

「恭介さんは凄すぎるわ…。普段はもっと距離が長いのよね…」


 俺は軽く水分補給をすると、ダイニングにある椅子に座って、少しだけ本音を吐いた。


「冬になってきたから汗はかかないけど、近道で通ったあの急な坂は少し疲れたよ。りんごもショートカットしたわりには、満足そうだからさ。颯太くんも、俺たちも時間まで仮眠をするよ。今日は朝が早かったから眠いし、このまま起きていたら、運転しているときに眠くなっちゃうからね…」


 俺や陽葵、颯太くんも含めて、この後、出発時間前まで仮眠をしたのである…。

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