-時は19年前に戻る。
俺と一緒に温泉に入れると分かった陽葵は、少しだけ名残惜しそうにしていたが、今は家族と一緒に、水族館に出る前のお土産コーナーを見ていた。
陽葵のお父さんは、職場に配るお土産で、クッキーなどのお菓子を何箱か買っていたが、車で帰るわけだから、行き帰りに邪魔になることはないので、陽葵のお父さんは気軽に買い物ができているようだ。
食事中に、明日の帰りに高速道路で、海沿いのインターで降りて、こことは違う魚市場で食事をしたりするから、海産物などのお土産はそこで買うように言っていたから、陽葵の家族はそういう物を選ぶことはなかったから、俺はホッとしている。
俺たちは、颯太くんと一緒にお土産を見たり、陽葵と携帯のストラップを選んだりしていた。
一通り買い物が終わると、水族館を出ると、俺は陽葵のお父さんが買ったお菓子なども少しもってあげて、車のトランクに積む。
「恭介くん、ありがとう。やっぱり車で行くと、こういう強みがあるから助かるよ。」
「でも、それを持って会社に行くときに、電車だと大変ですよね…?」
「大丈夫だよ、月曜日は出張の都合もあってタクシーで会社に行くことになったんだ。会社の門前で部下とタクシーで待ち合わせをしたら、そのまま駅に行くことになってね。その時に事務員に頼んで、私の机の上に置いてもらうよ。」
それを聞いて、とりあえずホッとすると、俺は車のエンジンをかけて、さっそく実家に向けて出発をした。
「親父の車よりも少し狭いですけど、窮屈だけど我慢して下さいね…」
俺がそう言うと、陽葵のお母さんが真っ先に否定する。
「そんなことはないわ。タクシーに3人が乗っているのと変わらないし、タクシーよりも乗り心地が良いし、颯太が真ん中に乗れば、私たちは普通に座れるから大丈夫よ。」
そして、水族館の駐車場から出発すると、途中までは行きの道と同じ道を通ったが、途中から少し遠回りをして、平坦な道が多い国道から家に戻ることにした。
国道に回ることによって、陽葵たち家族が酔わないようにすることや、夜行性の動物などの飛び出しも怖いので、みんなに気を遣ったのだが、小さい颯太くんには、それがとても良かったらしい。
「恭介お兄ちゃん、さっきまでは道が暗くて何も見えないから怖かったけど、ここなら、少し家も建物もあるから安心したよ。恭介お兄ちゃんは、あんなに寂しいところでも怖がらずに運転できるから凄いよ。」
「ごめんね、行きは急いでいたから、ちょっと近道をして、あんな道を通ったけど、今は暗いからね。少し、遠回りをしているから時間がかかるけど、山道も少ないから、車酔いすることもないと思うし…。」
俺が颯太くんにそう声をかけると、陽葵が周りの景色を見て少しだけうなずいた。
「恭介さん、真っ暗になる前に帰ろうと言った理由が凄く分かったわ。あんな山深い道を暗い中で走るのは、ちょっと怖いと思ったから、この道を選んで正解だったと思うわ。恭介さんが大学のみんなから運転が上手いと言われている理由が、少し分かったかも…。」
後ろの座席から陽葵のお父さんが、陽葵の話に乗ってきた。
「陽葵、それは分かるぞ。普段から、こんな山間の道を走っているから、自然と運転がうまくなるのだよ。恭介くんのお父さんもそうだけど、イノシシが飛び出してくるのを察知して即座にブレーキを踏めるのは、判断能力が、もの凄く良い証拠だよ…。」
国道は、ところどころ道が混んでいる事が多いが、もう日が落ちてきて暗くなっているので、車の通りは少ない。
注意深くあたりを見ながら、俺は陽葵のお父さんに言葉を返す。
「それよりも、父の仕事を手伝っていて、高速道路を使ったりして、色々な場所に納品に行っていることのほうが、よっぽど訓練になっている気がしています。あっ、それと、温泉がある場所はもっと山奥にありますけど、うちから車で10分程度の場所にありますから、安心して下さいね。」
陽葵の両親は温泉に入れるとあって、今から随分と楽しそうな感じだ。
颯太くんはさらに、バーベキューも楽しみにしている。
「恭介お兄ちゃん、お風呂に入ったあとは、バーベキューなんだよね?。りんごちゃんと一緒にご飯が食べられるのが楽しみだよ…」
「うーん、りんごは、お肉が食べられるのが嬉しくて、みんなに飛びついてくるから、気をつけたほうが良いよ。もしも、肉をあげる場合は、焼肉のタレとか塩をつけずにあげてね。バーベーキューは今の時期は外だと寒いから、うちの工場の中でやるから心配しないでね。」
この時期になると、うちは山が多いので、段々と夜になると冷え込んでくる。
そんな中での温泉は暖まるし、温泉に入った後は、布団に入っても体が熱くなるぐらい、血行も良くなるからタイミング的にはちょうど良いだろう…。
そんな話をしていると、俺の家に着くと、陽葵の両親たちは俺の家に入った。
陽葵の両親たちは温泉に入るために、タオルとかを用意していた。
陽葵は俺と一緒に入るから、その準備も後回しだから、俺のあとをついてきた。
工場のシャッターを開けた状態で、すでに親父たちはバーベキューの準備を始めていたのを見て、手伝おうとしたら、お袋から車での送り迎えを担当するように命じられた。
「お帰り。お前は先に陽葵ちゃんの両親と颯太くんを、あの旅館に送って行きな。旅館の女将さんから電話があって、今日は夜の10時まで完全に貸し切りにしてあるから、私たちもお風呂に入るし、陽葵ちゃんのご両親は2度風呂をすると思うから、お前は手伝っている余裕なんてないよ…。」
それを聞いて、親父がチビチビとビールを飲みながら、自分が食べている肉を焼いているを見て、少しだけそれを食べると、横で肉をくれと言わんばかりに、ワンワンと吠えている、柴犬のりんごに少しだけ肉を分け与えて紙皿と箸を置いた。
陽葵はそれを横目で見て、同じようにお肉を美味しそうに食べている。
俺と陽葵は、陽葵の両親たちの様子を見に家に戻ると、台所とダイニングの隣の居間にある、仏壇と亡くなった妹の写真に気づいたようだ。
陽葵は俺の顔を見ると、少しだけ寂しそうに俺に話しかけてきた。
「恭介さんが言っていた、亡くなった妹さんよね…」
「うん、そうだよ。まぁね。ここに帰ってくると、お線香をあげるようにしているんだ。今日も、家に帰った直後に、みんなが部屋に荷物を部屋に運んでいるときに、お線香をあげたからね。俺は霊感なんてないけど、帰ってくると、妹が玄関まで迎えに来てるような気がしてね…。」
陽葵の家族は、一緒に仏壇に手を合わせていたので、しばらく間を置いてから、陽葵の家族に声をかける。
「ありがとうございます。さて、お父さんとお母さん、それに颯太くんは、私と一緒に温泉旅館に行きましょう。頃合いを見て迎えに来ますから、バーベキューをやっていて下さい。そうしたら交代して、みんなが温泉に入る感じです。今日は10時まで貸し切り風呂を押さえてあるようですから、二度風呂もありですよ…。」
それを話すと、陽葵の両親はニコリと笑っていた。
俺は温泉旅館まで陽葵の家族を送り迎えするのに、車で行ったり来たりをしているから、ご飯を食べる余裕がないので、最初からバーベキューなんて諦めている。
陽葵の両親や颯太君が温泉に入った後は、それに陽葵の両親たちがビールを飲みながらバーベキューをしていたので、親父やお袋を先に温泉に入れることにした。
颯太くんは、温泉は1度だけで良かったが、陽葵の両親は2度風呂だったので、俺は飯を食べる暇もなく運転に追われたので、俺と陽葵は、温泉に入るのが必然的に最後だ。
俺が送り迎えをしている間に、陽葵と颯太くんはバーベーキューをしながら、星を眺めて、颯太くんの宿題に出ていた星座の図を完成させていた。
実は、その星座の宿題を陽葵が見たのは、俺の肉を残すためでもあったが、これも俺が忙しかったので、陽葵のあてが外れてしまう。
俺や陽葵が温泉に入る時には、バーベキューが終わっていたので、俺と陽葵が片付けていると、お袋も片付けに加わった。
颯太くんも片付けを手伝ってくれたが、全ての片付けが終わったところで、颯太君は大人たちに、率直に思ったことを、そのままぶつける。
「恭介お兄ちゃんはご飯を食べないで、みんなを温泉まで送り迎えしていたり、お片付けをしているから、お腹が空いていない?」
そんな颯太くんの何気ない質問を聞いたお袋が、頭を抱えながら、悲痛な叫びをあげた。
「ぎゃぁ~~~、しっ、しまった!!。恭介に頼りすぎて、お前に飯を食べさせる時間なんて、全く考えなかった…。」
陽葵は少しだけ顔を膨らませて、お袋に抗議をした。
「恭介さん、車を運転しっぱなしで、ここに立ち寄れなかったぐらい、忙しかったのよ…。」
そんな怒った陽葵の姿を見たお袋は、完全に慌てている。
「ひっ、ひ、陽葵ちゃん!!!。ごっ、ごめん!。ほんとうに私たちのミス!!。だから、陽葵ちゃんの食欲がなかったのか!!。ゴメン、恭介を完全に忘れていたし、これは大失敗だよ!!。」
もう、バーベキューは終わっているし、肉は全て完食しているから、俺がこれから食べる余地なんて全くない。
全て片付けてしまったから、コンビニにコッソリと行って、俺の部屋で遅い夕飯を食べようと思っていた。
間髪を入れずに温泉旅館まで、みんなを送り迎えをしていたから、夕飯をとる時間が全くなくて、夕飯なんて完全に諦めていたのだ。
「恭介、ちょっと電話をかけるから、旅館に行くのは待って!!」
お袋は慌てて、家に戻ると、何処かに電話を入れていた。
陽葵は、俺の忙しさを分かっていて、肉を食べるのを抑えていたから、ご飯をあまり食べていないだろう。
親父と陽葵の両親は、ダイニングで、お酒を飲みながら話し込んでいるから、そんな事態になっていることなんて知る由もない。
「颯太は、お父さんとお母さんのところへ行ってね…」
陽葵は、一部始終を聞いていた颯太くんに声をかけると、陽葵の両親がいるダイニングへと行った。
しばらくすると、お袋がお金を手にしてやってきた。
「恭介、陽葵ちゃん。温泉に入る前に、この旅館のすぐそばに、観光客を相手にした囲炉裏の焼きの店があるから、そこに行って夕飯を食べてきな。旅館の女将に話をしたら、そこで格安でご飯を食べさせて貰えるし、お代はお風呂に入った後に、貸し切りの料金と一緒に旅館で払えばOKだからね。お代も聞いているから…コレで足りるわ…。」
陽葵は、お袋から受け取ったお金をチラッと見ると、その安さに吃驚していた。
「お風呂の貸し切り料金とご飯も含めて、とても安いような…」
「陽葵ちゃん。顔が広いと、こういう時に色々と助かるのよ。陽葵ちゃんが恭介と結婚すれば、とっても美人さんだから絶対に顔が広くなるわ。私のコネも活かしながら、それを広げていけば、こういう時に助かるのよ…。もう、営業終了時間までゆっくりしてきな。」
陽葵はお袋の言葉に、笑顔を浮かべながら、うなずいている。
ちなみに余談だが、陽葵は、お袋のこの言葉をズッと覚えていて、これを実践したお陰で、棚倉先輩たちが泊まると言い出したときの、温泉旅館企画に結びついている部分がある。
やっぱり陽葵ちゃんは可愛いから正義なのだ…。