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~エピソード8~ ⑬ 陽葵の家族と過ごした穏やかな時間 ~2~

 そんな豪華な食事が終わったあと、俺は陽葵や颯太くんに、これから水族館に行くことを告げると、大喜びをしている。


 親父やお袋は水族館には行かずに、魚市場やこの近くにある業務系のスーパーに行って安い肉を大量買いしたりするから、バーベキューの準備をするので、帰りは陽葵の家族を連れて俺の車で帰ることになった。


『あと3時間ぐらいか…』

 俺は時計を見て、陽葵が水族館じっくり見るタイプだと思い出すと水族館へ急ぐように出発した。


 食事をした店の店主が気を利かせてくれて、観光客相手に地元の観光協会が企画した、水族館の入館半額券を全員分もらったので、これを有効利用をすることにした。


 お袋から水族館のチケットを買うためのお金を預かっていた。

 水族館の目の前で、ちょっとした人寄せのイベントで、メヒカリの唐揚げの試食や、マグロの解体ショーなどをやっていて、陽葵の家族がそれに夢中だったので、ソッと抜け出して急いでチケットを購入した。


 この人数で半額だったので、家計としては助かっただろう。


 ちょうど、マグロの解体ショーが終わったところで、陽葵にチケットを人数分渡すと、少しだけ顔を膨らませた。


 チケットを持ちながら、俺たちは水族館に向けて歩き出す。


「恭介さんったら、うちでチケットを買おうとしたのに、目を離した隙に買っているから油断ができないわ。さっきも、あんなに豪華なご飯だったから、うちの家族も吃驚してしまったのよ…」


「あそこの店は、お袋と店主が知り合いだし、親父も仕事で客さんを接待で連れてきたりして、常連だから気にしないで。なにも顔が知らない人が入っても、漁師から直接、魚を買い付けるから、吃驚するぐらい良心的な店ですからね。」


 それを聞いた陽葵の両親はもの凄く安心していた。


「恭介くん、たしかにあそこの店は、美味しいから常連になるのは分かるよ。山の上だから観光客は見逃しがちだけど、見晴らしは良すぎるし、うちが住んでいる場所だと、高級寿司店に行くのと同等か、それ以上の鮮度と味だよ。それでいて、一般大衆向けだから、あれは凄い…。それに板長も腕が良いのが分かる。」


「だって、こんな場所ですから、魚は安価で新鮮なものが手に入るから、味にはみんな五月蝿いですよ。下手をすれば、高級店に通い詰める常連よりも五月蝿いと思いますよ。」


 陽葵の両親はそれを聞いて納得しつつ、陽葵のお母さんがハッとした表情をして、俺について気づいたことを問いかける。


「恭介さん、陽葵が変な人に追われて、みんなから助けてもらった時に、みんなで回転寿司に行ったでしょ?。その時に、ネタを選びながら食べていたのは…、この環境だからこそだと思ったわ…」


「そういう側面もあります。体調の悪いときに鮮度が良くない刺身を食べたりすると、下痢をしてしまうこともあるので…。トイレに籠もりっきりになるのが嫌だったので、炙ったネタを食べたり、サラダ軍艦とか納豆巻きとかで誤魔化していた訳ですね…」


 陽葵のお父さんが、歩きながらしきりにうなずく。


「それは分かる気がするよ。小さい頃から、こんなに新鮮で良い刺身やお魚を食べていたら、それに慣らされてまうよね。いや、でもこれは…本当にうらやましいよ…」


 その話を聞いていた陽葵が、何のことが分からずに、俺に不思議そうに問いかけた。


「恭介さん、回転寿司に行っていたとき、そんなことがあったなんて、全く気づかなかったわ…」


「…陽葵…。あなたは、回転寿司が好きすぎて夢中になって、恭介さんが、ネタを選びながら食べていたことなんて一つも目に留まっていなかったでしょ?。」


 お母さんの言葉に、陽葵は心当たりがありすぎたので、下を向いてしまった…。


 水族館に入ると、俺は急いでイルカとアシカのショーに真っ先に連れて行った。

 午後のショーの最終時間だったから、席が空き気味だったが、俺は最前列には陽葵の家族を座らせることはしなかった。


「恭介お兄ちゃん、みんな、目の前の席に座らないのはなんで?」


 颯太くんが真っ先に、純粋な質問をぶつけたが、俺が答える雨に陽葵が答える。


「颯太、イルカやアシカ、それにシャチがね、思いっきり水を浴びせかけるから、濡れるのが嫌で、みんな真ん中から後ろの席に座っているのよ。もう冬になって段々と寒くなってきたから、こんなところで濡れたら風邪を引いてしまうしわよ。」


 俺は陽葵が颯太くんに話したことに補足を入れることにする。


「最前列にいる人を見るとさ、カッパとか長靴を用意して、荷物にもビニール袋をかけているよね?。それぐらいしないと、大変な事になるんだ…」


 颯太くんや、陽葵の両親も含めて、それを聞いて少しだけ唖然としているが、陽葵は、別の水族館でデートをしたときに、その惨状を知っているから、顔を見合わせて微笑みあった。


 しばらくしてショーが始まると、最初っから、いきなりイルカが、大きく飛び上がってザブーンと、大きな水しぶきをあげて、前の席がバケツの水をひっくり返したかのように濡れた。


「恭介お兄ちゃんの言うとおりだったね。前で見ていたら、ボクたちは、びしょ濡れだったよね…」


 陽葵の両親や颯太くんが、真ん中よりも後ろの席に座った理由がわかって、みんな颯太くんの言葉に大きくうなずいている。


 ショーが終わった後は、陽葵はお約束の如く、ジックリとあちこちの水槽を眺めている。

 颯太くんは、陽葵の両親と一緒に普通のペースで回っているが、俺は陽葵と陽葵の両親たちとの間に立って、距離感を上手く保ってるような感じだ。


 そんな俺の様子を見ていた陽葵のお母さんから、声をかけられる。

「陽葵はね、前からそんな感じなのよ。一つのことに集中しちゃうと、周りが見えなくなっちゃうから、恭介さんのようなタイプは、陽葵を引っ張るのに最適なのよ。」


 俺は水槽を陽葵の両親や颯太くんと一緒に眺めつつ、陽葵のお母さんと陽葵のことについて色々なことを聞いた。


 陽葵が小学生の頃に、動物園に連れて行った時に、なんだかカピバラにすごく興味を示してしまって、そこから動かなくなってしまうぐらい、こだわりが強い子だったらしい。


 回転寿司が好きなのは、陽葵が小さいときに家族で連れて行った時に、ネギトロ軍艦にハマってしまって、そこからネギトロ軍艦だけで、お腹いっぱいになるから、好きな物が自由に食べられるイメージが植え付けられてしまっているのだろうと…。


 そんな話をされているとは、いざ知らない陽葵は、大きな水槽にいるエイを見て、ジッと観察をしている感じだ。


 俺は少しだけ腕時計を見て、水族館にいられる時間を見計らっていた。

 ここの水族館は、俺と陽葵が最初にデートに行った水族館とは比べものにならないほど広いので、陽葵のペースで、水族館を楽しもうとすると、1日がかりになってしまう。


『あと30分ぐらいか…』


 そこで仕方なく、陽葵の両親に少しだけ事情を説明する。

「もうそろそろ、日が暮れる感じなので、帰る道中を考えると、あまり暗くなってから、あの山道を走るのは、少し怖い部分があります。私だけならいつ、帰っても大丈夫ですが…」


 そうすると、お母さんがコクリとうなずいて、陽葵のそばに行って声をかけている。


「恭介お兄ちゃん、またお正月の休みになったら、お兄ちゃんの家に行くから、ここに寄っていい?。ここは小学校の遠足で行った水族館とちがって、とても広いから、色々と見られない場所が、いっぱいあって、帰るのがちょっと残念かな…」


「そうだね、また、来られるからね。これから、お土産でも見て、帰ろうか。あまり暗くなると、お兄さんが運転するのが少しだけ大変だしね。」


 そうすると、お袋から俺の携帯に電話があった。


「恭介、そろそろ水族館を切り上げて、家に戻ったら、日帰り入浴ができる、あそこの旅館の温泉に行く準備をさせな。うちらは構わないけど、さっき、旅館の女将さんが、野菜を持っておっそわけに来たからさ。」


「そろそろ暗くなるから、夜道の峠を走るのが嫌だから、戻ろうと思っていたんだ。」


「それが良いよ。真っ暗な中で車に酔われても困るしね。そうそう、今から帰れば渋滞なんて巻き込まれないから40分ぐらいだろ?。その時間なら貸し切り風呂が空いているから、陽葵ちゃんのご両親や颯太ちゃんと、お前と陽葵ちゃんが交代しながら、お風呂に入れると思ってさ。」


「分かった、それを話して早々に水族館を出て、家に戻ったら温泉に連れて行く準備をするよ。温泉に入り終わったら、バーベキューだよね。このぶんだとお腹が空いてないから、温泉に入ってちょうど良いかも。」


 俺は電話を切った時点で、お袋が俺と陽葵で一緒に入ることを意識している事に気づいて、ポカンと口を開けた。


 後ろを振り向くと、陽葵が傍に立っていて、電話のやりとりが少しだけ聞こえていたようで、少し頬を赤くして俺にささやくように言葉をかける。


「もう、恭介さんのお母さんには、一緒にお風呂に入ることを伝えてあるのよ♡。やっぱり2人っきりの

温泉は外せないわよ♡」


 俺は水族館の天井を見上げて、これから陽葵と一緒に温泉に入りに行くと思うと奇妙な緊張感があった。


 *************

 -時は現代に戻る-


 俺たちは葵や恭治が寝静まったころ、夜も遅かったので、俺が新島先輩や諸岡に宛てて書いたDMを、陽葵のスマホに転送して、それを陽葵が読んでいた。


 陽葵は、このDMを読むと、あの見晴らしの良い店のことを切り出して、俺と陽葵の話が弾んだ。


「そうよ!。あそこの店は、結婚して一緒になった時からズッと、ことある毎に行っているから、今でもよく行くわよね。店主の世代が代わっても、相変わらず安いし、新鮮だから、あの店は好きなのよ。」


「棚倉先輩たちが押し寄せた時も、お世話になりそうな予感しかないし、新島先輩は、滅茶苦茶に刺身好きだから、あの鮮度で大トロなんて出されたら、即死するかもしれないぞ。」


「ふふっ、そうよね。あの時に本物の大トロを初めて味わったから、わたしは、あの味が忘れられなかったのよ。家に帰ってから、大トロを食べようとして、お母さんと一緒にスーパーで売っている大トロのパックの値段を見て、びっくりしたのを覚えているわ。」


「陽葵、それは高いよね…。あんな都会で売っているのは余計に高いよ…。」


「ええ、とても買える値段じゃなかったわ。あなたの実家に行ったとき、あの店に連れてもらえることが、とても楽しみだったの。いま、考えると、ここから魚市場に行く以外に安くて鮮度のよい刺身を食べられる手段なんてないわ。回転寿司屋で大トロがあったとしても、薄くて、ほんとうに大トロなの?って感じだもんね…。」


 俺はそんな陽葵の本音を聞いて、少しだけ溜息をつきながら陽葵の頭をなでる。


「陽葵も、恭治もそうだけどさ…。2人は回転寿司や刺身が好きなのは相変わらずだよね。恭治なんて、毎日、寿司が出てきても飽きないとか言い出すから困る…。」


「あの子は偏食癖があるけど、魚全般が好きだから、栄養面で助かっている部分もあると思うわ…。」


 そんな事をベッドで横たわりながら話していると、新島先輩から、いつものSNS経由でDMが届いた。


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 三上、陽葵ちゃんと温泉に入る話は、ご馳走さまだけど、このさい、どうでもいい。

 お前の家に行ったときに、新鮮な刺身が食える店に連れて行ってくれ!。


 陽葵ちゃんが飛ぶように喜んだぐらいだから、相当に美味かったんだろう?。

 漁師が獲ってきた魚をすぐにさばくなんて贅沢すぎる。


 鮮度がよい刺身なんて、こんな陸地の地方都市部だと絶対に食えないから、家族を連れて意地でも行きたい。


 教師の研修旅行の宴会で出されるような刺身は、スーパーで買う刺身と同じレベルだからな。


 水族館も俺の嫁が好きだから、今からお前の家に行くのが楽しみだよ。

 そうそう、イルカショーの前の席は絶対に座るなと女房や子供に言っておくよ。


 あんなところで、びしょ濡れになったら大変なことになるからな…。

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 そのDMを陽葵に見せると、クスッと笑っていたが、その笑顔が可愛くて、俺は陽葵を思わずギュッと抱きしめてしまった。


「もぉ~~、あなたったら♡。もう、付き合ってからズッ~~~と、わたしに虜なんだからぁ~~♡」


「だって、好きなんだもん。仕方ないじゃん。」


 俺は陽葵を抱きしめながら、陽葵の頬に軽くキスをして頭をなでていた。

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