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~エピソード8~ ⑬ 陽葵の家族と過ごした穏やかな時間 ~1~

 俺と親父は陽葵の家族に、家の中や工場の中をザッと案内した後に、親父と俺の車で海に向かった。


 親父の車にお袋と陽葵の両親が乗って、俺の車には陽葵と颯太くんが乗っているのは、あの駅から俺の実家に向かったときと変わらない。


 俺は陽葵の姉弟に運転をしながら声をかけた。


「さっきみたいな、あんなに激しいクネクネ道はないけど、いくつもの山を越えるような道だから、途中までは、行きとあまり景色は変わらないかもね。もしも気分が悪くなったら、すぐに言ってね。」


 実質は山道を20分ぐらい走れば、海が見えてくるのだが、漁港ができるような平坦な地形に乏しく、海沿いの道を20分ぐらい走って、水族館や漁港、それに海水浴場などがあるイメージだ。


 あとの20分は、水族館も魚市場もテレビの旅行番組にたまに出る程度の観光地だから、それなりに名が売れているので、平日でも観光バスやマイカーで来た観光客などで道が混んでいて、なかなか進まないのがネックになっている。


 途中で少しだけ海が見えたりするから、気分転換をするのには良い景色になるだろう。

 食事に行く前に、親父やお袋と軽く相談をした結果、颯太くんがいることを考えて、食事後に水族館に連れて行くことにした。


 そこで随分と時間が潰れるだろうし、夕飯はバーベキューになるから、市場でイカやホタテなどを買うことも考えて、親父はクーラーボックスを車のトランクに入れている。


 その後は、みんなで温泉に入りに行って、ゆっくりとしようという作戦だ。


 明日は朝食をとって、しばらく家でゆっくりしたら陽葵の家に向けて出発しないと駄目だろう。

『明日は10時頃に出発して、食事をしながら2時から3時頃に着いて、あとは寮で受付だよな…』


 明日は慌ただしい予定なので、お袋は気を利かせて、高木さんと荒巻さん、それに松尾さんや寮母さんに渡すための温泉まんじゅうを、俺たちを迎えに行く前に買ってくれたので、俺はお袋に感謝しきりだった。


 早朝に温泉に入りに行くのもアリなのだが、それをすると、運転中に眠くなることもあるから油断は禁物だろう。


『そういえば、一緒に温泉か…。今日はお預けだろうね…。』


 貸切風呂なんかもあるが、今日は陽葵の家族もいるし、タイミング的にも厳しい。


 そんなことを考えながら運転していると、前を走っていた親父の車が急にブレーキをかけたので、俺もスピードを落として車を止めた。


 いつもよりも気を遣って車間距離を空けておいたので、少し余裕を持ってブレーキが踏めて、ホッとした自分がいる。


『なにか動物でもいたか?』


 道路の目の前でイノシシが横切って、陽葵や颯太くんが、あっ、と、声をあげると、陽葵が少し吃驚しながら俺に話しかけた。


「…野生のイノシシなんて初めてみたわ。」


「イノシシは突進してくるから、ちょいと怖いし、昼間は、まだ発見しやすいからマシだけど、夜は姿が見えない上に、突然、飛び出してくるから怖いよね…。」


「恭介お兄さんが住んでいるところは、自然の動物園みたいだね…。」


 颯太くんのとても素直な感想に、俺も陽葵も声を出してクスッと笑ってしまった。

 その後は、山を抜けて少しだけ海が見えると、陽葵や颯太くんは車内から食い入るように海を見ている。


 これなら、陽葵たちが車酔いをすることはないだろう。


「ここの海岸は、砂浜がなくて、崖や岩ばかりなのね…。」


 陽葵が窓から見える海をみて、何気なくつぶやいたので、俺は少しだけ補足をする。


「ここは、入り組んだ海岸線はないけど、海岸線が崖みたいになっている場所が多いから、海が見えるのに、漁港などがある場所は、少し走らないとダメなんだ。しかも、山が多くて抜け道もないし、水族館も魚市場も観光地になっているから、少しだけ渋滞に巻き込まれちゃうのが難点かな。」


「恭介さんと一緒に行った、あそこの水族館がある海岸とは雰囲気が違うわよね。でも、こういう光景も、見ていて楽しいわよ。たぶん、お父さんは、さっきのイノシシとか、この海の写真も撮っているはずだわ。」


 ご飯を食べた後に、水族館に行くことを陽葵たちには内緒にしていた。


 うちの両親と水族館へ行くことを相談していた時に、陽葵たちの両親も入って相談していたのだが、先に話してしまうと、2人とも食事どころではなくなってしまうので、食後に行くことを伝えることにした。


 幸いにも、陽葵たち姉弟は、うちの犬に夢中だったから、水族館に行く事を聞いていなかったのが幸いしている。


 食事をするところは、観光客が知らない、地元の人がよく利用する穴場の店だから、そんなに混んでいない。


 その店は、お袋の知り合いが店主をやっていることもあって、お袋は店に電話を入れて、席をおさえているし、息子の婚約者の家族が来るなんて店主に言っているから、料理が豪勢になることも聞いていた。


 しばらくすると、水族館や魚市場に行く観光客の車で、渋滞に少しだけ巻き込まれたが、しばらく進むと、海から少し離れて急な坂道を上がって、その店に着いた。


 この店は、高台にあるから海からの見晴らしが良くて、その風景を見ながら新鮮な魚が食べられるので、俺はこの店が好きだ。


 余談であるが、お袋や親父が亡くなっても、お客の接待や、寮の仲間や先輩達が俺の家に来たときに、今でもよく利用している店だ。


 陽葵と結婚してからも、陽葵の両親がくると、颯太くんを含めて、この店で食事をすることを楽しみにしていたので、親子2代に渡ってこの店の常連になってしまっていた。


 駐車場に着いて車を降りると、見晴らしが良いところから海が見える光景に、陽葵の家族全員が、しばらく足を止めて、小山の上から見える海の景色を楽しんでいた。


 陽葵のお父さんは、カメラでこの風景を撮っていたが、俺は頃合いを見ながら、陽葵の家族に声をかける。


「店の中からも、海がよく見えるから中に入りましょうか?」


 俺が陽葵の家族に声をかけたのをみて、親父が少しニコッとしていたし、何か言いたげな様子だったが、今は親父にそれを聞けるような状況ではない。


 店に入ると、お袋と店主が俺や陽葵の話をしながら、海が見える見晴らしの良い部屋に案内された。


 陽葵の家族は、店の窓から見える海の景色に釘付けだった。

 普段からあまり出かけたことのない家族だから、余計にインパクトが強かっただろう。


 陽葵のお父さんは、少し窓を開けて、この風景の写真を撮っていたが、冬に差し掛かって寒くなってきた時期だったので、海風が強く吹き付けてきて少しだけ寒かったので、そんな俺たちの空気を察した陽葵のお母さんが、窓をパタンと閉める。


 陽葵のお父さんは、少しだけ残念そうな顔をしていたが、ある程度の写真が撮れたようだし、周りの空気を察すると、少しだけ頭を掻きながら、窓の外の写真を撮るのをやめた。


 しばらくすると、店員が、お刺身を舟盛りで持ってきたのが見えて、陽葵の家族が驚きの声を上げた。


「いや、会社の忘年会や旅行で舟盛りは嫌ってほどに見ていますが、獲れたてをさばいたのが、よく分かりますよ。それに驚いてしまって…。まだ、伊勢海老なんて少し動いているし…。」


 この店は、漁師が直接、魚を持ってくるから、鮮度は抜群だ。


 それをよく見ていた陽葵のお父さんは流石だと思いつつも、隣にいる陽葵のお母さんは、今から食べるのが楽しそうだし、陽葵や颯太くんは舟盛りなんて見るのが初めてだから、目を丸くしてみている。


 ここでお酒を飲むのは、陽葵の家族も含めて控えた形だった。


 夕飯はバーベキューなので、親父やお袋、陽葵の両親も飲むだろうが、あの山道を運転して帰る事を考えると、酒酔いが発端になって車酔いをする懸念もあったから、暗黙の了解で皆が控えたのだ。


 親父が、見ているだけで箸を取ろうとしない、陽葵の家族に向かって声をかけた。

「さぁ、食べましょうか…」


 皆は一斉に箸を取ると、各々が舟盛りの刺身を堪能している。

 最初に刺身を食べて、微笑みながら幸せそうに声を出したのは陽葵のお母さんだった。


「獲れたてのお刺身って、こんなに歯触りが違うの?。今までスーパーとかで買って食べていたお刺身が食べられなくなるわ…。」


 陽葵のお父さんも、幾つかのお刺身や伊勢海老の刺身などを堪能すると、目をつぶって、うなずいている。


「うまい。接待で、高級店に連れて行かれたこともあるけど、やっぱり漁師が獲ってきた魚を、すぐにさばいて出している店には敵わないよ。こんな鮮度の良い刺身は初めて食べた…。」


 次に颯太くんが、マグロや鯛などの刺身を食べてニコリと笑った。


「恭介お兄ちゃん、回転寿司やお母さんがスーパーで買ってくるお刺身よりも、とても美味しいよ。このマグロのお刺身なんて、すぐに口の中で溶けちゃうし…」


「颯太くん、それは大トロだね。マグロのお刺身だけど、とても美味しいから滅多に食べられないよ。」


 陽葵も、俺と颯太くんのやりとりを聞いて、舟盛りあった大トロを食べると、目を開いて嬉しそうに飛び上がる。


「何これ!!。こんなの初めて食べたわ!!」


 その陽葵の喜びように、皆から笑い声があがると、そこに、ひょこっと店主がきて、陽葵が喜んでいる姿を見て声をかけた。


「三上さんのお嫁さんは、とても可愛い子だねぇ。どこかの芸能人なのかい?。大トロで、こんな美人さんが喜んでくれるなら、サービスするよ!。」


 しばらくすると、大トロが小皿にのっているが、少し山盛りになっているから、俺は店主に声をかける。


「だっ、大丈夫ですか?。大トロだから、こんなにサービスしたら大変では…。」


「息子さん、気にしなくて大丈夫だよ。三上さんは、旦那さんや奥さんもお得意さんだし、いつもお世話になっているからねっ!。それに、こんなに若い美人さんが、笑顔で美味しいなんて言ってくれると、照れちゃうよ!。」


 その後は、カニやウニが出てきたり、最後は鯛飯が出てきたりして、とても贅沢な食事を味わった。

 もう颯太くんや陽葵もカニが食べられて満足だったし、お腹がいっぱいだった。


 最後に俺がトイレにコッソリと行ったときに、お袋もコッソリとお会計をしていたが、常連でかつお得意様様の価格で、とんでもなく破格だ。


 お袋が、こんな値段で商売をやって大丈夫なの?と、小声で店主に聞いていたぐらいだ。


「息子さんも、あんなに綺麗な奥さんをもらって、将来はここに帰ってきて、後を継ぐのだから、そのお祝いだよ。この店を息子さんも気に入っているみたいだから、私としては、せがれも安泰だと思っているよ」


 実際に、この店主の言うとおりだった事は言うまでもない…。

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