俺が自分の車を運転していると、陽葵や颯太くんは、それよりも、マニュアル車でシフトチェンジをしてるのをジックリと見ているようだ。
「恭介さんは色々な車に乗れるから凄いわ。これが恭介さんの車だって聞いたけど、さっきのワゴン車よりも小ぶりだから、ウチの周辺の小さな道なんかも入れそうだから、逆に良かったと思うわ…。」
「そうだね、陽葵の家みたいなところは、大きな車だとチョッと厳しい道もあるから、このぐらいの車のほうが安心感があるよね…。」
陽葵や颯太くんの、こんな田舎の光景について感想を聞きながらうけごたえしていると、駅の市街地を抜けて、しばらく道路を走ると、徐々に山間の道に差し掛かってきた。
「恭介お兄ちゃんの家も、さっきの湖があった場所みたいに、山ばっかりなの?」
「颯太くん、その通りだよ。これから、少しくねった道を走るから、気持ち悪くなったらすぐに言ってね。途中で景色の良いところで止まったり、できる限りゆっくりと走るからね。陽葵も遠慮なく言って。あと、あまり下を見たり、ここから先は飲食をしないほうが得策だよ。」
陽葵と颯太くんがうなずくと、なるべくゆっくりと走って、カーブでできる限り振り回されることがないように、慎重に運転することを常に頭に入れる。
陽葵も颯太くんも、気分が悪くなることがなくホッとしたが、念のために、峠を抜けたところにある道の駅で、俺は陽葵の姉弟を少し休ませることにした。
そうすると、先に俺の家に向かっていた親父の車も、道の駅に駐まっていたのを見かけて、駐車場前の自動販売機で親父とバッタリと会うと、真っ先に俺に少しだけこぼす。
「やっぱり不慣れな人を連れて行くと気を遣うだろ?。酔っていなくても、ここは休憩を挟んだ方が得策だからな。お前達が帰るときは高速道路に乗ってしまえば、こんな道を通らなくても済むけどさ…。」
親父の言葉に俺はコクリとうなずいた。
隣で陽葵が少しだけ首をかしげていたが、少しだけ颯太くんの顔が青白かったのを見て、俺と親父の言葉のやりとりを理解したようだ。
「あの峠は慣れないと酔いやすいから、ここで道の駅を作ったことは正解だったと思ったよ。なんとか、陽葵や颯太くんが吐かないように慎重に運転するのが精一杯だから、しばらくここで休憩をしてから家に向かわなきゃ駄目だよね…。」
親父は苦笑いしながら、俺の言葉にうなずいたが、陽葵が、俺と親父のやりとりを聞いて、不思議そうにしていたので、俺が少しだけ補足する。
「ここの地元の人は、この峠道になれているから、この倍ぐらいのスピードで、あの道を抜けても酔わないけど、慣れていない人はキツいよね。それと、帰りは、この道を通らないから大丈夫だよ。」
陽葵は俺の説明にポカンと口を開けていたし、少し顔が青白くなっていた颯太くんも吃驚していた。
「恭介お兄ちゃんの運転が上手かったから、遠足のバスとは違って、あんな道でも酔わなくて助かったよ。ここで少し休めば、もう大丈夫だよ。」
「颯太くん、無理をしないでね。もう厳しい道は抜けているから、あとは安心して大丈夫だよ。でも、気持ち悪くなったらすぐに言ってね。」
陽葵の両親は、嘔吐はなかったが、少しだけ酔いそうになって、ここで休みを長く取っていることが手に手に取るように分かったし、親父は気分を変えるために、ヒマリの両親と雑談をしながらゆっくり運転したが、こんな道は不慣れだろうから、これは仕方ない。
陽葵の両親は少しだけ顔が青白いが、ここの見晴らしの良い景色などを見て、少しずつ血色が戻っているのがよく分かる。
「陽葵のお父さんもお母さんも、帰りはこの道は通らないので大丈夫ですよ。レンタカーを返す都合で、今回は、ここを通りざるを得なかったので…」
俺が明日の帰りのルートを説明すると、陽葵のお父さんはホッとした表情を浮かべた。
「ここは国道だけど、こんな険しい山道を走るとは思わなかったよ。恭介くんのお父さんは随分と運転が上手いよね。これでもゆっくり走っているのは、私も運転免許を持っているから分かるけど、こんな山道で私がハンドルを握ったら…、とてもじゃないけど、自信がないよ…」
「実際、ここはバス通りにもなってますが、バスはもっとゆっくりと走りますよ。だから、バスの後ろが詰まってしまいますからね。ただ、ここのバス路線の本数が少なくて、ほとんど人が1両編成の私鉄を使うのですが、バスは電車が通っていない時間を走っているから、思ったよりも人が乗っているから侮れません。」
偶然にも道の駅のバス停が目の前にあったので、陽葵の両親がバス停に近寄って時刻表を見ると、ポカンと口を開けて、陽葵のお父さんがボソッとつぶやいた。
「1日に4本…。町のコミュニティーバスが間を埋めるように3本…。」
「これは…、すごいわ…。」
陽葵のお母さんが時刻表を見て吃驚していると、陽葵や颯太くんもバスの時刻表を見てポカンと口を開けている。
「これでは、乗り過ごしたら、1時間も待たされるから大変だわ。それに夕方になったらバスがないから、乗り遅れたら途方に暮れてしまうわよ…。」
陽葵も時刻表を見て驚いているから、さらに追い打ちをかけるような言葉をかけてみる。
「このバスは、さっきの駅から1両編成の私鉄の終着駅を結ぶバスだから、これに乗るとウチまで2時間ぐらいバッチリかかるよ。それよりも、あそこの駅から電車に乗ってバスを乗り継げば1時間チョイぐらいに収まる。ただね、それは、乗り継ぎが上手くいった場合だけどね。」
俺の追い打ちに、陽葵の家族は目をぱちくりさせていると、陽葵のお母さんが、驚きを隠せない表情をしながらも俺に聞いてきた。
「恭介さん、そうすると、恭介さんのお母さんまで車の免許を取っているのは、これでは車じゃないと自由に動けないわよね…」
「はい、その通りですよ。バスや電車の時間に合わせて動いていては、学校も職場も間に合わないですからね。だからこそ、高校生を卒業した時点で免許を持つわけですよ…。」
そのあと、陽葵の家族たちは、少し体が落ち着いたあとに、道の駅の中にある直売所をのぞきに行った。
新鮮な野菜はもちろん、山の中で採れたキノコや山菜、それにイノシシ肉や鹿肉まで売っているのを見て、これもまた吃驚したような顔をしながら見ている。
ただ、うちはもう少し開けたところなので、近所の人からイノシシや鹿肉まで貰うことなんて、ごく希なので、俺は少しばかり補足した。
「ここは、ほんとうに山奥ですから、こんなモノが売ってますが、ウチでイノシシや鹿が出るのは、たまにあるぐらいですからね。そんなに心配しないで下さいね。もう、少し開けた場所にありますから。
ただ、その補足ですら、陽葵は俺に突っ込んでくる。
「恭介さん、それでも、たまにイノシシや猿や鹿を見るのが凄いわ…」
そんな会話をしながら、陽葵の家族たちが体調を整えたのを確認すると、俺たちは、それぞれ車に乗り込んで実家を目指す。
ここからは、つづら折りのカーブが続くような道はないが、陽葵の姉弟の体調に気を遣いながら、いつもより、ゆっくりと走ることにした。
道中、颯太くんが俺に純粋な質問をなげかけてきた。
「恭介お兄ちゃんの住んでいる所って、景色を見ていると楽しそうだよね。ボクの家なんて家と道路ばっかりで、こんなに自然がないもん。」
「今は冬だから、もう葉っぱが落ちてしまったけど、紅葉の季節も綺麗だよ。ただね、正月休みになると、あまり積もらないけど雪が降りやすい場所だから、車を走らせるのが大変だけどね…。ただね、さっきも言った通り、電車やバスがないから、生活は少し大変だよ…。」
颯太くんも陽葵も、道中の景色を見るのに無我夢中で言葉が少ない。
2人とも車酔いはしていないけど、山を越えたと思ったら綺麗な沢が流れていたり、途中で野生の猿を見かけたりして、それを見ながら喜んでいたのだ。
しばらくして、山を抜けて、ちょっとした市街地に入ってきて、陽葵たちは少しホッとしたような表情をしていた。
「あと、10分程度で着くよ。ここから少し外れた場所に、ウチがあるから…」
陽葵はあたりの景色を見渡すと、少しだけうなずいていた。
「このあたりは、スーパーも回転寿司やさんもあるし、ファミレスなんかもあるから、少しホッとしたわ。だって、もっと恭介さんの家って、さっきみたいな山奥だと思っていたから…。」
「食材の買い出しは、この町ですることになるよ。うちの家はこの隣町だし、イメージ的には、集落みたいな感じかなぁ。でも、歩いて行ける距離にコンビニがあるのが唯一の救いだけどね…。」
そんな話をしているうちに、車は俺の実家に着いた。
うちの実家は、工場と家が隣り合わせだし、従業員の駐車場もあるから、他の家よりもズッと土地が広く見える。
まず、町工場にしては少し広めの工場が見えて、車が10台以上駐められる砂利の駐車場と、工場の敷地が見えると、陽葵は声を上げた。
「恭介さんの家は、庭が広すぎるわ!!」
驚くのも無理はない。工場と駐車場と自宅を含めると1000坪以上ある…。
都会でそんな広さの土地を持っていたら、まず大金持ちの類いだから、大騒ぎになるだろう。
ただ、こんな山奥のド田舎の土地は、都会と比べれば二束三文で買えてしまう。
親父の車が先に着いていたので、柴犬の『りんご』が、陽葵の両親を見て、ワンワンと五月蝿く吠えているのが見えた。
俺は車を置くスペースに自分の車を駐めると、親父とお袋と俺の車が3台並んでいる光景を見て、陽葵のお父さんが驚きの声をあげる。
「なるほどね…、こうやって家族全員が車を持って、それを駐められるだけの広すぎる土地と…。車庫証明なんて、すぐに取れてしまうだろうね…。」
俺も親父も、説明が面倒になるから、簡単にうなずくだけに留めておいた。
陽葵と颯太くんは、そんな陽葵の両親たちの話よりも柴犬の『りんご』に夢中だ。
りんごは、工場の従業員やお客さんの出入りが激しいことから、人懐っこい柴犬だから、陽葵や颯太くんにすぐに慣れたような感じがする。
丸い尻尾をパタパタと振ると、陽葵や颯太くんを見て匂いを嗅いだり、手を舐めたりして、距離感を徐々に詰めているのが遠目でみても分かる。
俺はトランクから陽葵の家の荷物を、親父と手分けをしながら降ろそうとすると、お袋から呼びかけられた。
「恭介。陽葵のご両親と、颯太ちゃんは、客間だからね。陽葵ちゃんとお前は、お前の部屋で寝るから大丈夫だって聞いているし、お風呂も一緒だって聞いたから、色々と面倒が省けて楽だよ。」
「ブッ!!!」
俺は、思わずお袋の言葉に吹き出したが、これは観念をして諦めることにする。
そして、陽葵の両親の荷物を、陽葵の両親たちに客間を案内しながら運んでいると、親父がボソッと陽葵の両親に聞こえないように俺に声をかけた。
「お前は、陽葵ちゃんと生涯を共にする覚悟があって、そうなっているのは分かるし、陽葵ちゃんのご両親も、完全に認めてくれているから、男として絶対に陽葵ちゃんを生涯かけて守れよ。」
俺はそれにうなずくと、陽葵の両親には聞こえないようにボソッとつぶやいた。
「もう、そのつもりだし、陽葵は結婚式場まで決めているぐらいに固いよ。陽葵が卒業してから2~3年後ぐらい外で修行して、そのあと、結婚するなんて頑なに言い続けているよ。陽葵の両親は、すぐにでも孫が欲しいなんて言っているけど…。」
親父はそれを聞いて、普段、見せたことがないような笑顔になったのが印象的だった…。