翌朝の7時頃…。
颯太くんは、昨夜、興奮して眠れなくて、だいぶ遅くに寝たので、少し寝坊気味で起きた上に、とても眠そうだった。
そして、朝から颯太くんの着替えを持って行くのを忘れていたり、色々とドタバタしているうちに、出発が7時半過ぎ頃になってしまった。
車の中で食事を取りながら、車酔いをしやすい颯太くんが、酔い止めの薬を飲んでいたが、寝不足なのか、あくびをしているのがルームミラーから見えた。
俺は颯太くんを心配しつつ、カーナビを使いながら、陽葵の家から高速道路に入るまでの道のりを見て、慎重に運転をしていた。
颯太くんはしばらく起きていたけど、高速道路に入ってから、熟睡してしまったようだ。
しばらく高速道路を走って、トイレ休憩で止まったサービスエリアについたが、陽葵のお母さんが颯太くんをゆすっても熟睡しているから起きなかった。
俺たちは仕方なく、交代でトイレに行きながら、熟睡している颯太くんを見守る感じになってしまった。
当然の如く、ノンストップに近い感じで走っているので、これでは1時間以上も早く着いてしまう…。
トイレ休憩を挟みながら、2時間ぐらい運転をしたときに、次のサービスエリアの標識を見て、このままだと、早く着きすぎる懸念を抱いた。
「うーん、このままだとノンストップに近いので、親父とお袋を待ち合わせるのに1時間ぐらい待ってしまう…。どうしよう…。」
次のサービスエリアで颯太くんが起きたとしても、食事をするわけじゃないから、そんなに時間がかからない。
もともとは、ちょこちょこと休憩しながら行く事を考慮に入れて、1時間ぐらいの枠を作ったのだが、それが完全に裏目に出てしまったのだ。
レンタカーを返さなきゃいけないから、このまま実家に行ってしまうと、とても面倒なことになる。
車を運転しながら、俺は色々なことを思案しつつ、とりあえず次のサービスエリアを目指した。
サービスエリアに着いて、車を駐めると、ようやく颯太くんの目が覚めた。
颯太くんの目が覚めてから、俺たちは車から降りて、ここで、できる限り、ゆっくりすることにした。
そして、俺が、どうやって時間を潰すのかを考えていると、サービスエリアの入口に、この周辺の観光パンフレットが置いてあって、近くのインターチェンジを降りたところに、湖があって遊覧船があるのを見つけた。
俺はそのパンフレットを手に取ると、陽葵に提案してみた。
「もう、1時間以上、空き時間があるから、突然の変更になっちゃうけど、ここの湖の遊覧船に乗って、時間を潰さない?。インターチェンジから10分程度で湖に行けるし、遊覧船も30分程度だから時間つぶすにはちょうど良いかも知れない。」
サービスエリアの入口で陽葵とそんな話をしていたら、陽葵の両親と颯太くんがやってきて、みんな、俺の提案に大賛成だった。
霧島家はあまり旅行をしないから、こんな予定外のプランでも、今から楽しそうにしている感じだ。
おれはみんなにトイレに行くように促すと、遊覧船のパンフレットを持って車に乗り込んで、カーナビの行き先を湖の遊覧船乗り場の近くにある駐車場にした。
それを陽葵がじーっと見て、何やら楽しそうにしている。
「恭介さん、私たちはこんな旅行なんて初めてだから、もの凄くワクワクしているのよ。だって、颯太が熟睡なんて予定外だったから、そのまま恭介さんの家に行くだけだと、みんなは思っていたのよ。でもね、こうやって時間調整をしてくれるから、楽しみになってきたわ。」
「俺も行くのが初めてだから、どんな場所なのか分からないから、もしも期待に添えなかったらゴメンね…」
みんなにそう謝ったが、陽葵のお父さんが首を横にふった。
「会社の社員旅行なんかは、バスの中でひたすら飲みっぱなしだし、恭介くんのような突然のアクシデントがあっても、上手く遊覧船をねじ込むようなことなんて、絶対にできないから私もワクワクだよ。これは意外性があって面白いよ。」
俺は全員が車に乗り込むと、少しだけ急いで湖に向かった。
「もしも、混雑しているようなら、遊覧船は乗らずに、湖だけ見て時間を潰すかも知れません。ただ、土曜日だし、遊覧船の駐車場も、そこそこ広そうなので、人がいても並ぶことはない事を祈りたいです。」
ただ、この日は偶然にも、周辺の道路や、遊覧船の駐車場は混んでいなかった。
季節は11月だが、そこそこ寒くなっていたことに加えて、11月の前半に連休があったお陰で、すんなりと湖に着いて遊覧船に難なく乗ることができた。
颯太くんも、なんだか相当に楽しそうに乗っていたし、陽葵の両親も相当に楽しんでいるようだ。
「恭介さん、なんだか久しぶりの旅行になったから、かなりワクワクしているわ。俺たちは遊覧船にのりながら湖の景色を眺めていた。颯太くんは柵に捕まりながら、都会の見慣れた風景とは違って、山や自然に囲まれた風景を見て感激をしているようだ。」
遊覧船で景色を眺めていると、俺は山を登るカモシカを見つけて、みんなに指を差して声をかけた。
「みんな、見てみな。カモシカがあそこにいるよ。」
陽葵も颯太くんも、陽葵の両親も初めて見るカモシカに驚いていた。
うちは山ばかりだから、温泉地のほうに行けば、希にカモシカが出ることがあるから、俺は意外と見慣れていた。
一眼レフのデジタルカメラを持っていた陽葵のお父さんが、急いで山の上を駆け上っているカモシカを写真に収めた。
どうやら、カメラの画面を見る限りでは、上手く写れたのが分かった。
「恭介くん、カモシカなんて、うちなんかの都会では見ることなんて不可能だし、貴重な体験をさせてもらったよ。カメラにおさめる事もできたから良かった。ここに来たのは偶然だけど、この遊覧船に乗った甲斐があったよ。」
俺はこの計画が大成功だったことに安堵して、残りの時間の景色を楽しんでいた。
ボーッと景色を見ていると、陽葵が俺に話しかけた。
「ふふっ、恭介さんはやっぱり凄いのよ。わたしも颯太も周りの綺麗な景色を見るのが精一杯で、あんなところにいるカモシカなんて目にも留まらなかったわ。私も颯太も、野生のカモシカなんて初めて見たわ。」
颯太くんも俺に楽しそうにして話しかけてきた。
「恭介お兄ちゃん!。ここの遊覧船に乗れて、ボクは楽しいよ。だって、見たこともない動物とか、今まで知らなかった景色を見させてくれるから、ワクワクしているよ。」
颯太くんは、学校での遠足以外で、家族と旅行をするのは、相当に久しぶりだと陽葵のお母さんから聞かされた。
幼稚園の頃なら、颯太くんの記憶なんて残っていないだろうし、この景色は彼にとって初めての旅行に近いだろうから、生涯にわたって記憶に残る可能性があるかも知れない。
俺たちは、遊覧船から戻って駐車場周辺のお土産屋さんに寄ったり、お茶を飲みながら、旅行らしい雰囲気を楽しむと、再び車に乗って高速道路で俺の実家を目指した。
陽葵は高速道路の領収書をシッカリとポーチに入れて管理しているので、俺は安心して運転をしていた。
運転中はラジオを付けていたが、電波が届かなくなるとチューニングをし直して、マトモに聞こえるラジオ局に合わせるなんて作業を幾度か繰り返した。
しばらくすると、高速道路からひょこっと海が見えた。
それを見て、颯太くんは声をあげて嬉しそうにしているし、陽葵も陽葵のお母さんも微笑みながら景色を眺めていた。
陽葵のお父さんは、すぐさまカメラを構えて写真を撮り始めた。
「帰りは、この近くのインターチェンジで降りて、豪華な回転寿司でも食べましょうね…」
陽葵はそれを聞いて嬉しくなっていたが、今はシートベルトを締めているから、踊ることは不可能なことに、少しばかりガッカリした顔をしていたが、今はそれに構っている余裕がない…。
「あと30分ぐらい走れば、高速道路を降りますからね。それで、とりあえずレンタカーを返しに行きます。そのあとに私の父と母が駅前まで迎えに来ると思うので、少しだけ待ちましょう。」
俺は1両編成の私鉄が乗り入れる駅に向かって、俺の実家より随分と手前のICで高速を降りると、しばらく一般道を走って駅まで向かった。
「この辺は基本的に不便な場所なので、高速を降りても駅まで20~30分程度は車で走ります。時間的にちょうど良い感じですから、遊覧船が良かったですよ。」
そうして、駅の近くのガソリンスタンドに寄って、ガソリンを満タンにすると、陽葵はすぐさま領収書をポーチに入れて、キッチリとお金も管理している感じだ。
駅前のレンタカー屋に着く前に、俺は親父とお袋が駅前で俺たちを待っているのを見かけた。
親父が俺の車に乗ってきて、お袋が親父の車に乗っている感じだ。
寂れた駅なので、車を駐めている人なんて滅多にいないから直ぐに分かった。
俺は駅前に車を駐めると、陽葵たち家族はその姿を見ると慌てて、車を降りて親父とお袋に挨拶をした。
「親父、荷物が多いから、レンタカー屋に車を戻す前に、荷物を全部トランクに移すよ。」
親父はうなずくと、車のトランクを開けて、俺と陽葵が急いで荷物を親父の車に移しかえた。
俺と陽葵が荷物を親父の車に入れている間に、親父の車にお袋と陽葵の両親が乗って、俺の車に陽葵と颯太くんが乗ることなったようだ。
俺は、陽葵と颯太くんを俺の車に乗せると、レンタカー屋さんから渡された紙を陽葵から受け取って、レンタカー屋に車を返却した。
手続きは至ってスムーズだったし、レンタカー料金は大学の請求になることで、追加料金を取られず終わったので、ホッとしながら歩いて自分の車に向かった。
俺が車に乗り込むと、親父たちはサッと実家に戻ってしまった。
陽葵が親父たちから伝言を預かっていたようだ。
「恭介さん、お母さんが、急いで恭介さんの家に荷物を置いたら、海まで出て美味しいお店に連れて行ってくれるそうよ。」
俺はそれを聞いて、もう店の場所まで浮かんでいたが、時間的なことを、まずは陽葵に聞いた。
「その店に着く頃には、お昼を少し回っているけど、お腹が空かないか心配だよ…」
車のエンジンをかけながら、俺はギアを入れて車を動かした。
この地域は冬になると、たまに雪が降ることもあって、坂道も多くて凍結すると厄介なので、俺も親もマニュアル車を好んで乗っている感じだ。
「恭介さん、さっき遊覧船のお土産屋さんで、お茶を飲んだり、鮎の塩焼きとか、お菓子とか、美味しいものを食べちゃったから、みんなお腹がすいていないのよ、だから少し遅れても大丈夫だとお父さん外ったら、恭介さんのお父さんが、それなら…海まで出ようかなんて言っていたのよ。」
「なるほどね…それなら大丈夫だね。颯太くんも大丈夫かい?」
「大丈夫だよ、だって、ボクもお団子とか色々と食べちゃったから、お腹があまり空いてないよ。」
陽葵や颯太くんが満腹だと聞いて、少しだけ心配していたことがあった。
『これから峠を越える道があるけど、そこで気分が悪くならなきゃ良いが…』
俺は、峠の道をゆっくりと運転をして、途中の道の駅で一休みしながら、実家へと向かうことにした。