俺と陽葵、それに宗崎や村上は実行委員チームのコンパに参加していたが、時計を見ながら、コンパから抜ける頃合いを見計らっていた。
宗崎や村上も含めて、俺達4人はすぐに抜けられるように、座敷席の入口のほうに席を構えて、酔っ払った泰田さんの親子や、守さんのお母さんに捕まらない態勢を作った。
俺を含めた4人のコンパの会費は、守さんに事情を話してすでに渡してある。
そろそろ8時になるので、俺は、陽葵や宗崎と村上にそっと声をかけた。
「いいか、そろそろ出るよ。バッグとか携帯の忘れ物をしないようにね。忘れ物を取りに戻ったら、餌食にされるよ。とくに守さんのお母さんは厄介だからね…。」
陽葵や宗崎、それに村上も辺りを見渡して、忘れ物がないかチェックをして、座敷がある部屋の入口付近に置いてあったバッグを手に取って、すぐに抜けられる態勢を作った。
メンバーには、途中で抜けることを伝えてあるので、俺のそばにいた仲村さんや牧埜、それに地獄耳の山埼さんに視線を送って、守さんや泰田さん親子が話に夢中になっている間に、ソッと席を立って居酒屋を抜け出した。
このままレンタカーに乗って、陽葵が普段から利用している駅で宗崎と村上を降ろしたあとに、陽葵の家に戻ることになった。
村上は宗崎の家に泊まるので、このまま宗崎と一緒に電車に乗る感じだ。
居酒屋を出て、俺たちはレンタカーに乗って陽葵の駅まで向かおうとして、車のエンジンをかけた矢先だった…。
牧埜と逢隈さんが走ってやってきて、レンタカーに乗り込んだ。
「三上くん、申し訳ないです。守さんのお母さんが逢隈さんをしきりに呼びつけて、絡まれそうになったので脱出してきました。今回は実被害はないから、安心して下さい。」
逢隈さんも息を切らせながら車に乗り込んだので、俺は非常事態だと察した。
このまま居酒屋の駐車場で2人の事情を聞いていると、酔っ払った2人の母親に捕まる危険性があるから、俺は宗崎の案内で、このまま車を走らせながら、2人から事情を聞こうと思った。
「うーん、この前の再来か…。酔っ払った監督とコーチは、とても危険だからねぇ…。」
俺がそんな感じでぼやくと、逢隈さんが少し息を整えつつ事情をザッと伝えた。
「はぁ…はぁ…はぁ…。危なかったわ。私も牧埜さんも、トイレに行くと嘘をついて、守さんに会費をソッと渡して逃げてきたのよ。あのままでは、この前のコンパみたいに、酔っ払った監督とコーチに、抱きしめられてしまうわ…。」
あまり事情を知らない陽葵が、逢隈さんが息を切らしながら座席に座っていたから、助手席から、とても心配そうに逢隈さんに振り向きながら声をかけた。
「逢隈さん、大丈夫ですか?。恭介さんが、監督とコーチが酔っ払うと、ところかまわず誰かを抱きながらお酒を飲む癖があるから、私も気をつけろと口酸っぱく言っていたけど…。」
「霧島さん、大丈夫よ。この前は、泰田さんや守さんが、すぐに動いて引き剥がしてくれたし、三上さんや牧埜さんも、私を助けてくれたから、すぐに解放されたのよ…。」
俺は運転しながら、逢隈さんと陽葵に話しかけた。
「監督もコーチも、俺の失敗があるから、守さんや泰田さんが厳しく言えば、引き下がるようになっただけマシだよ。俺なんか…地獄だったからな…。」
俺のボヤキを聞いた牧埜が会話に入ってきた。
「三上くんのアレは、後から聞かされましたが、この前の逢隈さんどころじゃないですから。やっとの思いで、あそこから抜け出したと聞いた時は、両手を合わせる以外に、三上くんにかける言葉なんて見つからなかったし…。」
そこに宗崎がソロッと口を挟んだ。
「うちの三上はともかく、逢隈さんも奥さんも、今後は気をつけたほうが良いですよ。奥さんは言うまでもありませんが、逢隈さんもルックスが良いから、監督やコーチが可愛がるつもりで反射的に抱きしめてしまうと思いますし…。」
俺は宗崎の意見に肯定をしつつも、別の話題に切り替えて、逢隈さんの気持ちを落ち着かせることにした。
「まぁ、宗崎、その通りだと思うよ。それにしても、被害に遭う前に、逢隈さんと牧埜が逃げてきて良かったよ。あっ、そうだ。逢隈さんと牧埜は、どこの駅が良いかな?」
俺の問いに逢隈さんが真っ先に答えた。
「私や牧埜さんも、霧島さんが利用している駅で良いですよ。宗崎さんが降りる駅で電車を乗り換えるから、帰る方向が一緒なので安心だし…。」
「それなら、村上も宗崎の家に泊まるから、牧埜と一緒に帰れば、電車に乗っても安心だろうし。」
そのあと、運転をしながら、車のなかでウチの実家で飼っている柴犬の話になった。
宗崎や村上は、俺の家に遊びに来ているから、そのうちの犬に直接、触れている。
俺は運転しながら話すことになるので、会話にあまり入らなかった。
慣れない夜道を走っているので、あまりに気を緩めると交通事故をやりかねないからだ。
宗崎の道案内もあって、思ったよりも早く陽葵の家の近くの駅に着いて、ロータリーに車を寄せると、みんなは車から降ろして、宗崎や村上、牧埜と逢隈さんを見送った。
そして、駅から陽葵の家に帰ると、陽葵の家の駐車場に車を駐めようとしたところで、陽葵の家族全員が駐車場から出てきた。
俺は駐車場に車を駐めると、陽葵のお父さんが俺に声をかけた。
「恭介くん、陽葵もお帰り。思ったよりも早く帰ってきたから助かったよ。荷物があるから、車に乗せたくて待っていたよ。」
陽葵の家の玄関に置いてあった、バッグなどを陽葵と手分けをして車のトランクに詰め込むと、ようやく落ち着いた時間が流れたような気がした。
陽葵は今日のバレーボールの練習でボールにぶつかりそうになって、俺が守ったことや、練習でのできごとなどを話していた。
また、泰田さんや守さんのお母さんが、酔うと人に抱きつく癖がある話をすると、陽葵のお父さんがお腹を抱えて笑っていた。
「はははっ!!。陽葵、世の中に出ると、色々な人がいるから気をつけるんだよ。女性同士なら酔って抱きついても笑って許せる範囲だけど、これが男女なら問題が起きかねないからね。恭介くんは、2人の母親に抱きつかれて、さぞかし大変だっただろうね…。」
陽葵のお父さんに問われた俺は、その時のことを軽く話した。
「あの時は本当に大変でしたよ。酔った母親を止めるべく親子喧嘩が始まったので、そのどさくさに紛れて、なんとか居酒屋から出ました。もう深夜だったから電車もバスもなくて、近くの駅まで歩いてタクシーを呼びましたからね。寮に帰っても時間が過ぎていて風呂に入れないから、寮の近くにあるスーパー銭湯でお風呂に浸かって、朝まで過ごして寮に戻りましたから…」
「恭介くん、災難だったね…。しかし、あそこの学生寮の近くにあるスーパー銭湯に行くとはよく考えたモンだ。そろそろ颯太も大きくなったから、家族でスーパー銭湯に行ってみたいけど、学生寮までは遠いから、バスを使って帰ってくるまでに湯冷えしてしまうし…」
「それなら、お父さん、週末になったら私の車をここに持ってきますから、お母さんの買い物なども含めて私が運転手になりますよ。」
それを聞いた陽葵のお母さんがかなり喜んだ。
「うちは車がないから、こういう時に不便だけど、恭介さんがしばらくのあいだ、車を持ってきてくれるから週末は色々と助かりそうだわ。わたしもスーパー銭湯は前から行きたかったのよ。たまには、広いお風呂に入ってゆっくりとしたいもの…。」
不幸中の幸いとは言え、俺が車を持ってきたお陰で、霧島家は週末になると、飛躍的に行動範囲が広がったのだが、それは来週からの話として…。
俺と陽葵は、この間に颯太くんの宿題を見ようと思ったが、すでに全部終わらせていた。
そして、月曜日の用意もさせると、少しだけゲームで遊んでお風呂に入った。
明日は朝7時過ぎに出発する予定にした。
家族で出かけるとなると、必ずドタバタがあるのはお約束なので、出発が7時半ごろになってしまうだろう。
ぶっ続けで高速を走れば、あと1時間ぐらい遅く出ても間に合うが、颯太くんがいるので、休憩時間を長く取って、みんなを酔わせないようにする配慮が欲しかった。
このあたりは親父と電話で相談して決めた結論でもある。
陽葵の両親や颯太くんが風呂から出ると、俺は、陽葵の家に置いてあった道路地図を見せながら、明日のルートを簡単に説明した。
もしも、車酔いが酷ければ、途中のサービスエリアやパーキングエリアで休憩をしたりするので、1時間以上は余裕を見ているから、休憩中は慌てる必要がないことを強調した。
そして、酔い止めがあれば、不安な人は飲んでおくように言うと、陽葵お母さんが慌てた。
「あっ!!。酔い止めの薬を買うのを忘れてしまったわ!!。颯太が少し不安なのよ…。」
俺は駅からここに来る間に、夜遅くまで空いているドラッグストアがあることを思い出した。
「お母さん、今から私と陽葵が車に乗って、近くにあるドラッグストアに行きましょう。あそこは、夜遅くまで店が空いているから、酔い止めの薬が手に入るはずです。」
それを聞いた陽葵とお母さんは、身支度を調えて、俺と一緒に行こうとしたが、陽葵のお父さんよ颯太くんまで着替えている…。
どうやら、俺の運転する車に皆が乗りたいようだ…。
それを苦笑いしながら見て、陽葵の家族全員で車に乗り込むと、颯太くんがワクワクしていた。
「恭介お兄さんは車が運転できるから楽しみなんだ。あそこのドラックストアまでだけど、運転している姿を見たいからついてきちゃった…」
陽葵のお父さんも黙っていたが、早い話が、颯太くんと同じ思いだったようだ。
俺はみんなにシートベルトをするように促して、エンジンをかけるとドラックストアに向かった。
運転中に陽葵のお父さんが俺に声をかけた。
「やっぱり、恭介くんは運転に慣れているね。ウチの従業員が運転するのと変わらないよ…」
「うーん、まだ私も常日頃から乗っている人と比べれば、未熟ですから、気をつけて運転をしますからね。それと、私の車はワゴン車じゃないので、帰りは少し狭いですが、そこは申し訳なく…。タクシーに家族全員が乗った感覚で帰る感じなので、休憩を少し多めに取りますからね。」
そんな話をしながら運転していると、すぐにドラッグストアについた。
陽葵のお母さんは、酔い止めの薬を買い物カゴに入れると、車の中で食べるお菓子や、飲みもの、朝食用のおにぎりやパンなども買っていた。
飲み物が入って、少し重くなった買い物袋を俺が持って、車に置くとお母さんが少し嬉しそうな顔をしているのが分かった。
「やっぱり車があると強いわね。どうしてもペットボトルとか重いモノを買うのは気が引けてしまうのよ。ドラックストアで買えば高速道路で買うよりもズッと安いから、こうなると、つい買ってしまうのよね…」
俺はみんなが乗り込んだことを確認すると、陽葵の家に戻った。
来週からは、陽葵の家まで送り迎えが始まるから、週末になれば霧島家の足として忙しく車をうんてんすることもあるだろうと、容易に想像できた。
そして、常に助手席に乗っている、とても可愛くて今にでも抱きしめてしまいそうな、可憐な女の子は、両目をハートマークにしながら、俺の事をじっと見ていたのである。
陽葵の家に戻ると、俺と陽葵は、お約束のごとく一緒に風呂に入って風呂から出ると、風呂掃除をして陽葵の部屋に戻った。
部屋に戻って、一緒にベッドに入ると、抱き合いながら明日のことについて少しだけ、俺は陽葵に話したいことがあって、頭をなでながら意を決して話した…。
「陽葵…」
「はい♡」
「明日、俺の実家だけど、布団を並べた状況では、激しく愛せないかもしれないから、どうなるか分からないよ…」
俺はそんなことを口にすると、陽葵はクスッと笑った。
「大丈夫よ♡。恭介さんが入院しているときに、わたしは、恭介さんの部屋にあるベッドで一緒に寝るから大丈夫だと、すでに恭介さんのお母さんとお父さんに伝えてあるわ♡」
陽葵からそれを聞いた俺は目をぱちくりさせた。
お袋と親父は、俺と陽葵がそういう仲だと確信して、俺と陽葵が結婚をしなければ、勘当をすると言ったに違いない。
要するに『手を出したからには、男として責任を取れ』ということで、お袋から頭を叩かれたのだろう…。
まぁ、手を出さなくても俺は陽葵と結婚するのは間違いないのだが、こんなにお互いが愛し合っていている状態だから、キスや抱き合うだけでは、愛情表現が足りなくなっているのだ。
もう、俺は考えることをやめて、目の前にいる可愛い女の子を強く抱きしめて、激しく愛することに専念した。
そこから先は、皆さんの想像通りの展開になったのは言うまでもない…。