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~エピソード8~ ⑩ 陽葵ちゃん、実行委員チームに加入する。~1~

 俺や良二、宗崎や村上は、講義が終わって夕方の2時頃、俺達は工学部キャンパスの食堂で、陽葵や泰田さんたちと待ち合わせをしていた。


 白井さんと諸岡は、工学部のキャンパスで課題を終えた後は、そのままデートするらしいので、その間の受付は、棚倉先輩がすることになったらしい。


 実行委員チームの練習は夜の6時頃からスタートして、コンパは8時頃から、例の居酒屋らしいから、今日は予定が目白押しだった。


 俺は有坂教授から出された課題を、順調よく片付けながら、村上に申し訳なさそうに話しかけた。


「村上、すまない。1週間も寮にいなかったから、受付の仕事を押しつける事態になってしまって…。罪滅ぼしに、陽葵たちの課題が終わったら、すぐに寮に戻って時間まで受付をするよ。陽葵には昨夜のうちに伝えてあるからさ。来週から、寮の仕事をキッチリとできるから、今週までは踏ん張ってくれ…。」


 その申し訳なさそうな俺の詫びを聞いていた村上は、首を静かに横に振った。


「そんなに謝らないでくれよ。だって、奥さんがあんな状況では仕方がないし、お前は新島さんのように、遊びほうけてサボっているわけじゃないから、喜んで引き受けているよ。それに、寮監の奥さんが夕飯を出してくれるから食費も浮くから助かっている。それに、俺や宗崎を車で体育館まで運んでくれる時点でマジに有り難いし、コンパが終わった後も車を回してくれるから助かるよ…。」


「村上、そう言ってもらえると助かるからホッとしているよ…」


 村上の話を聞いていた良二は、溜息が出っぱなしで、俺や村上にぼやきはじめた。


「お前や奥さんの練習を、冷やかし半分で見たいけど、俺は年末のコミケで薄い本を追い込みだから無理だよ。課題とレポートが終わったら、すぐに俺の家に行かないと、サークルの連中が押し寄せて来てしまうから面倒だ…。」


 良二は、同人サークルに入っているから、盆休みの時期と、正月休み前はコミケの準備や同人誌の製作作業で追われてしまう。


「良二、今は原稿を印刷所に持って行く期限があるから必死な時期だろ?。コピー本を出すわけにいかないだろうしね。」


「恭介、その通りなのさ。新刊を落としたら大変なことになるし、コミケに落ちた仲間のサークルから、新刊を預かっているから、そいつらが浮かばれなくなる…。」


 しばらくして、有坂教授や滝沢教授が出した課題やレポートが終わると、俺たちはホッとした気持ちになった。


 そして、俺を含めて4人が課題やレポートを終えたところで、今度は宗崎がぼやいた。


「有坂教授も滝沢教授も、三上のことで講義を潰したわりには、その埋め合わせをするように課題やレポートをドッサリと出すから困るよ。それに、ここに、三上がいなかったら、俺たちは分からないところを教授や、他の優秀なメンツに聞いて回るしかないからさ…。」


 俺はそれについて長い溜息をついて、ついに愚痴を吐いてしまった。


「だから、2人の教授に向かって講義をしなくて良いのかとツッコミを入れて聞いたんだよ。あんな俺をダシにした与太話を講義中にズッとしていたけど、その週末は埋め合わせで、ウンザリするほど課題やレポートが出るから、余計に悲惨なことになるからさ…。」


 良二が俺達の課題やレポートのチェックを終えて、安堵の表情を浮かべたところで、同じようにぼやいた。


「お昼休みに、奥さんたちが来ているのにもかかわらず、飯を食いながらお前が課題をやりはじめたので、この時間で終わっているし、お前は次の講義の合間にもズッとやってたからな。お昼休みに奥さんや泰田さんが興味深くのぞき込んでいたけど、完全な専門分野だから、内容が分からなくて首をかしげるばかりだったしな…」


「金属物理学なんて専門分野になるから、わかりっこないよ。これを詳細に説明していたら、昼休みがあっと言う間に過ぎるから、黙ってやっていたけどさ…。」


 陽葵たちの講義が終って、こっちにやってくる午後の4時前まで時間があったので、俺たちは運動前の腹ごしらえで、各々が食券を買って、ラーメンやパスタなどを食べていた。


 昨日から陽葵は、恭介さん大好きパワーが止まらずにいた影響で、今日の陽葵の弁当には、特大おにぎりが添えられていたので、担々麺のハーフサイズで十分だった。


 しばらく、良二たちと、たわいもない話をしている間に、陽葵と泰田さん、守さんと仲村さんがやってきた。


 俺は諸岡や白井さんがいないことに少しだけ疑問に思っていた。

「あれ?。随分と早いね?。白井さんや諸岡は?」


 陽葵は俺の問いに、なぜかクスッと笑っていた。


「白井さんは、かなりやる気を出して、昨日の私と同じ状況だったのよ。もう、課題は恭介さんと同じように講義の合間や、講義中に私たちもシレッと終わりにしてしまったの。諸岡さんは、早めに講義が終わったから、その間に泰田さんが学生課で教えて、すぐに終わったのよ。」


 それを聞いてポカンと口をあけていた。


 白井さんと諸岡が付き合っている事は、ここで話すわけにはいかないから、具体的なことは言えなかったが、デートをしたが為に、白井さんが必死に課題を終わらせたのは容易に分かった。


 しかも、泰田さんや守さんと仲村さん、それに…陽葵も、すでにジャージに着替えていたから、俺は色々なことを察して泰田さんに単刀直入に聞いた。


「泰田さんたちも、俺の車で直接、体育館に向かうのですね?」


 泰田さんはニッコリと笑った。


「三上さんは察しが良いから、話が早くて助かるわ。私たちも受付室や食堂で待たせてもらうからね。ついでに、寮で待っていることも高木さんに話したから大丈夫よ。霧島さんが学生課に呼ばれて、明日の件について、三上さんの手間を省くために、高木さんから伝言を預かっているようなのよ。」


 陽葵はそこで俺に向かって話しかけた。


「恭介さん、高木さんが、ガソリンとか、高速道路の通行料の領収書を忘れないで渡して下さい、とのことよ。領収書は月曜日に、私が高木さんに渡すから、恭介さんが学生課に行かなくても大丈夫よ。私たちは、帰りに学生課で集ってから工学部のキャンパスに行っているの。月曜日からの、わたしの付き添いにのことは、泰田さんや仲村さんが丁寧に説明してくれたから助かったのよ。」


『高木さんと荒巻さん、松尾さんや寮母さんに温泉饅頭でも渡さないとまずいぞ。とくに高木さんは、マジに細かい配慮をしてくれて助かっているし…。』


 俺が陽葵の要件を聞き終わると、良二が食堂の席を立って、バッグを手に持った。

「恭介や、みんなも、先に失礼するから悪いな。締め切りに追われている身は辛いよ…」


 良二は手を振って俺たちと別れたが、後ろ髪が引かれるような思いだったので、足取りは凄く重かったのが分かった…。


 守さんが悲しそうに去って行く良二を見て、とても疑問に思ったらしく、俺に問いかけた。

「本橋さん、かなりガッカリした様子で帰ったけど、教授に難しい課題を出されたり、補講になってしまったの?」


 俺は少し考えて、守さんの質問に遠回しに答えた。


「本橋は、趣味が高じて、文芸的なサークルに入っていますが、年末に、自分達の作品を出すために、今は締め切りに追われていて、冬休み前までは忙しくて悲鳴をあげているので…。」


 それを聞いた守さんは、納得していたようだ。


「そうよね、文系的なサークルだと、必ず成果を発表しなきゃならないケースが多いから、こういう時に大変なのよね…。」


 一方で、俺と守さんの会話に苦笑いをしていたのは、事情をよく知っている村上や宗崎だった。

 俺は、食堂にある食器返却口に食器を戻すと、まずは駐車場がある工学部キャンパスの裏門まで向かうことにした。


 陽葵と泰田さんが、トイレに行きたかったらしく、慌ててキャンパスの入口にある、数少ない女子トイレに案内した。


 工学部は男所帯なので、女子の比率が極端に少ないから、こういう時に問題になる。

 そして、守さんや仲村さんもトイレに行っている間に、村上が俺に良二のことで声をかけられた。


「三上、本橋の同人誌のことだけど、素人の守さんに、うまいこと曖昧な説明をしてくれて助かったよ。ストレートに言うと、ドン引きされて避けられる危険性があるから、あの言い方は三上らしくて凄いと思ったよ。」


 村上の率直な意見に宗崎も同意した。

「あれはクスッと笑いそうになったけど、三上の言ったことは間違ってはいないからな。文化系のサークルなのは間違いないし…。」


「あえて言えば、その手のネタに関しては、陽葵に話しても大丈夫だよ。女子校の時に同人誌を出していた友人もいたらしいから、良二がやっていると話しても驚きもしないだろう…」


 村上と宗崎は、陽葵が抵抗感がないと聞いて、ホッとした表情を浮かべていた。

 そして、村上が俺に少しだけ頬を緩めて、陽葵の事を聞いてきた。


「奥さんは、あのような事はやってないと思うけど、お前と同じで、その手の友人がいるなら、ある程度、知っている感じなんだろ?。それでも十分だよ、本橋なんか奥さんの目の前で、あの手の話をしないように神経を使っていたから、これからは少し気を緩められると思うとホッとしたんだ。」


「村上、そういうことだよ。陽葵が同人誌を作るようなオタクなら、いまごろ俺は、冬コミに向けて同人誌を手伝わされているよ。何にしても、陽葵の家族に世話になりっぱなしだったから、200件を超す年賀状を作る作業はしていたけどね…。」


 それを聞いて、2人は自然と俺に向かって手を合わせて、村上が何か言おうとしたところで、仲村さんが最初にトイレから出てきた。


 そして、みんなが集まると、駐車場に向かって男子学生寮に向けてレンタカーを走らせた。

 工学部から寮へ行く道のりは、文化祭の準備や撤収作業で本館キャンパスを往来していたから、迷わずにアッサリと着いた。


 俺たちは寮に着くと、高木さんとの打ち合わせ通り、松尾さんや学生課などの関係者が駐める専用駐車スペースに車を駐めた。


 寮の周辺は住宅地なので道が少し細い上に、駐車スペースも心なしか狭い。

 それに、レンタカーで乗り慣れない車だし、バックで駐めるときに手に脂汗をかいた。


 そして、寮に入ると、松尾さんが出迎えてくれた。


「三上君、お帰り。少しだけど受付をやっていく姿勢が嬉しいよ。みんなも、しばらくしたらバレーボールの練習がある聞いているけど、私も若い子達の雑談に加わって少しエネルギーをもらうとしよう。」


「松尾さん、事情があるとは言え、一週間も寮を開けてしまって申し訳ないです。このまま諸岡や村上、それに棚倉先輩に、仕事をぶん投げてしまっているので、溜まっていた寮の仕事を片付けないと…。」


 俺はまず、寮の部屋に行って、陽葵の家に泊まったときのお泊まりセットを所定の場所に戻したり、実家に持っていくものを整理して、車のトランクに入れたりしていた。


 陽葵の家に連泊したときに、下着や着替えを大量に持っていたので、それも小さいタンスの中にしまった。

 洗濯は陽葵のお母さんや陽葵がやってくれたので、何もしなくなった時点で、陽葵の家で随分と楽をさせてもらったと、心の中では感謝をしていた。


 そうしたら、村上も部屋に戻った気配がしたから、実行委員チームの練習に参加するために着替えにきたようだ。


 俺は急いでジャージに着替えると、練習をする格好になった。


 ただし、まだ、プレートが取れていない状態だし、完全に骨がつくまでは、周りを教えるのみで、絶対に練習はさせないと、守さんのお母さんが明言しているので、逢隈さんや松裡さん、陽葵や、村上、宗崎などを教える役目に回ると思う。


 実家に泊まる準備まで終えて、その荷物も車のトランクに詰め終えると、今度は月曜日の講義の準備をして、お金を余分に持って財布に入れると、寮の部屋に鍵を閉めて受付室に向かった。


『受付は1時間半ぐらいしかできないけど、棚倉先輩が院試の勉強をする時間を作らないとね…』


 そんなことを思いながら、俺は受付室に向かった。

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