-ここは現代-
仕事が終わって、俺は家に戻ってリビングのPCで新島先輩にDMを送る作業をしていた。
陽葵はダイニングで夕食の準備をしている。
今日は午後になってから、仕事が少し入ってきて、材料などの手配や納期交渉などもあって、忙しかったので、俺の頭の中が混乱気味だった。
ここまで書いたDMを、全く確認せずに、新島先輩へ無意識のうちに送信してしまったのだ。
「あ゛ぁ~~~~、しまったぁぁ~~~~」
俺は、頭をかかえて大きな声で叫びながら、とても後悔をしていたので、陽葵がその声を聞いて、俺のもとへ駆け寄ってきた。
「あっ、あなた…どうしたの?。もしかして…、あのフライドポテトを新島さんに…?」
陽葵の問いにガックリと俺はうなだれた。
「陽葵、マジにすまなかった。ボーッとしていて、諸岡夫婦に送るべきネタを、新島先輩に送ってしまった…。」
もう、既読がついているから、あとの祭りである。
「あなた、たぶん大丈夫よ。私なんて酔っ払って、新島さんにあの文章を送ってしまったのだから、いまさら、そんな文章が、1つや2つ増えようとも、結果的には同じだわ。間違って送った先が新島さんで良かったのよ…。」
陽葵は俺をなぐさめつつも、新島先輩の返信DMが気になるようで、料理をしながらPCの目の前を往復する作業が何度も続いた。
しばらくして、新島先輩から返信のDMが届いた。
俺は陽葵をすぐに呼んで、一緒にその内容を読んだ…。
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三上。お前って奴は…。
俺が大学時代の時にダメダメだったから、新手の復讐のつもりで書いているのか?。
まぁ、いいだろう。
お前が3年になって、コンパでお酒が飲めるようになったら、陽葵ちゃんにアーンをされまくっていたことを覚えているから、いまさら、こんな文章を送られても驚きはないから安心しろ。
むしろ、お前と陽葵ちゃんの純愛小説を読んでいるような感じだからな。
それに、当時から、あんなに可愛かった女の子に手を付けないなんて、男として、あり得ないから、お前は極めて健全な男子であった証拠でもある。
それにしても、お前たちは歳を取っても、仲が良いことに変わらないから、うらやましいよ。
はぁ…、でもな、雑務から解放されて、コレを読まされる俺の身にもなってみろ。
マジに罰ゲームに等しいぞ。
お前はノリと勢いで書いてしまっているのだろうが、内心は恥ずかしくて仕方ないわ。
しかし、よく、こんな文章をかけるよな?。
だいいち、普通の人間は、こんな文章なんて頭に描けないし、狙って書いたとしても言葉が出てこないモンだよ…。
そうそう、本題に入るけど、陽葵ちゃんを車で送り迎えしていたのは、これが切っ掛けだったんだな。
これは大学がダメダメだったから、お前に運転手を押しつけた格好だろうけど、あのタチの悪いサークルが相手では、この手段しかなかっただろうな…。
もう、勢いで書いた恥ずかしい文章も、ついでに見てやるから、色々と寄越してこい。
俺は意外と、これが息抜きになっているところもあるからさ…。
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新島先輩の少し長いDMを読んだ俺たちは、ディスプレイの前で同時に安堵をしていた。
「陽葵、マジにすまん。相手が新島先輩でよかったよ。諸岡夫婦は大丈夫だと思うけど、棚倉先輩や村上の奥さん(泰田さん)なんかに間違って送ったら、大変な騒動になっていたよ…」
そして、SNSに目を向けると新島先輩がSNSの書き込みでぼやいていた。
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大学時代の後輩が、純愛小説のような、メッチャ恥ずかしい文章を送りつけるテロをしてくるから、すげー怖すぎる…
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俺と陽葵は、新島先輩の書き込みを見て、思わずクスッと笑ってしまった…。
ただ、後始末はこれだけでは終わらなかった。
今度は諸岡の奥さん(白井さん)が諸岡の連名なんてナシにして、新島先輩のあとに感想が書かれたDMがきていた。
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三上寮長ぉ!!!。
誰が、そこまで具体的に書けと言いましたか???。
こっちまで恥ずかしくなるような文章に、いてもたっても、いられません!!。
フライドポテトでちゅーなんて反則です!。
いいぞもっとやれ!!
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俺は白井さんと新島先輩のDMを含めて、あえて既読スルーすることにした。
どんなことを書いても、言い訳になるだけだから、何も書かない方がマシだと思ったのだ。
陽葵は白井さんのDMを見て溜息が出ていた。
「もっとやれと煽られても、うちの旦那は狙って、これを書けるような甲斐性はないわよ…」
白井さんに向けて陽葵はぼやいていたが、陽葵は自分が酔って誤送信した前科があるから、これ以上、踏み込んで言うことはできなかったのである…。
俺は陽葵の頭をなでると、少しだけ気を取り直した。
「さてと。新島先輩も、諸岡夫婦も期待しているみたいだから、続きを書いて送ろう…」
陽葵も俺の頭をなでながら、うなずいていた。
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時は19年前に戻る。
金曜日の朝、俺と陽葵、良二と宗崎、泰田さんの守さん、それに仲村さんは、駅前にあるレンタカー屋にいた。
俺は高木さんに指示された通り、大学名と高木さんの名前を言うと、すぐにレンタカーが借りられた。
高木さんは気を遣ったのか、しかもカーナビ付きだから、陽葵の家から高速道路までの道のりも、迷うことはないだろう。
請求は大学側になるので、俺たちが一切、レンタカー料金を払わなくて済む話や、手渡された用紙を営業所に出せば、簡単に処理してくれることが説明された。
レンタカーは基本、ガソリンを満タンにして返さなければいけないので、俺は駅の近くあるガソリンスタンドの場所を思い出して、そこでガソリンを入れたあとに返却する道筋を、頭の中で考えていた。
みんなは早速、ワゴン車のレンタカーに乗って、助手席に陽葵が座って、良二や宗崎が2列目、残りは3列目に座った。
俺は宗崎に道案内をされながら、運転をしていたが、単純な質問をした。
「宗崎さぁ、寮の周辺ってガソリンスタンドが、ほとんどないよね?。もしかして、大学の近くにあるセルフのスタンドで入れる感じか?」
「たぶん、それがいちばん手っ取り早いかな。夕方になると、あそこのセルフは並ぶから、混む時間帯を上手く避けながら入れたほうが良いよ。」
俺は運転しながら、宗崎の話に軽く返事をして運転に集中した。
後ろの座席から仲村さんが俺に声をかけた。
「三上さんは、やっぱり運転に安定感があるから、寝ていられるよ。そうそう、俺たちも工学部の裏門の駐車場で降ろしてもらえば良いからね?。そこからは霧島さんの保護もあるから。そこは俺たちにまかせてくれ。」
その言葉をきいて、仲村さんたちに俺は感謝しきりだった。
「仲村さん、それに、泰田さんや守さんも、ありがとうございます。本当に助かりますよ。車で経済学部や本館のキャンパスまで行ってしまうと、余計に目立って、奴らにバレそうだし、やっぱり工学部のキャンパス内がいちばん安全だって、皆が認識していますからね。」
そんなお礼を言いつつも、宗崎が教えてくれた道を、俺は色々なものを目印にしながら、頭に叩き込んでいった。
車の運転は行きと帰りで、視点が違うから、行きだけを覚えても曲がる場所などを見逃してしまうこともある。
しばらくすると、俺たちがバレーボールの練習をしている市民体育館や、近頃は課題をやるために利用している市立の図書館などが見えてきた。
「ここまで運転すれば、体育祭実行委員会で運転した道だから、ある程度は安心だよな…」
「三上、それは本館を通って遠回りになるから、少し近道をしよう。朝だから、この道は混むから裏道を抜けてしまった方が早いからさ。」
宗崎は、そこから、工学部のキャンパスの裏門まで行く近道を教えていく。
これは流石に俺みたいな田舎の人間には無縁な道だ。
生活道路のような場所に出ると、小中学生が通学をしている姿が見えるし、運転していて油断ができないから、少しだけスピードを落として慎重にその道を抜けた。
宗崎が裏道を教えてくれた事もあって、思ったよりも早く工学部のキャンパスに到着した。
裏門近くにある学生専用に駐車場に車を駐めるときに、高木さんから指示をされた駐車場の番号を確認しながら車を駐めた。
駐車場は自由に使えるわけではなく、登録制だから、基本的には指定された場所に駐めることが約束になっているらしい。
駐車場は裏門のすぐそばだったので、バスの乗り降りもスムーズな場所だから、高木さんのそういう細やかな配慮が嬉しかった。
陽葵は車から降りると、俺に声をかけた。
「これなら毎日、安心して大学に行けそうだわ。だけど、恭介さんの車は、こんなに人が乗れないわよね…」
「月曜日は寮から陽葵の家に行くから大丈夫だけど、ここの駐車場からの保護が問題になるなぁ…」
俺がどうするか少し悩んでいると、良二が妙案を思いついたようだ。
「奥さんの家から、あそこの駅までは車だとあっという間だから、泰田さんたち3人を奥さんの駅から乗せて、一緒に向かうようにすれば万全だろうと思うよ。」
良二の案に激しく同意する前に、泰田さんが思いっきり喜んだ。
「そうよ!。そうすれば、ここから、霧島さんと一緒にバスに乗れるから、それで行きましょ!。帰りは宗崎さんや本橋さんが一緒に車に乗ってね。それなら不公平感がないわ。」
そうして、朝の通学時に、工学部の裏門からバスで往来する際に、陽葵の保護態勢が構築できたのである。
しばらくの間、陽葵たちは工学部のキャンパスと本館や経済学部のキャンパスを、バスで行ったり来たりするような形になった。
少しばかり面倒だったが、本館や経済学部や他の文系の学部が入っているキャンパスで、俺たちが動けば、陽葵が理化学波動研究同好会のメンバーに、あとをつけられるリスクを負ってしまう。
俺は、少しだけ後ろ髪を引かれるような想いで、陽葵を泰田さんたちにお願いした。
朝なので、バスの待ち時間もなくて、スムーズに乗れるような感じだから、慌てなくてもバスが沢山あるようだ。
どうやら陽葵たちは、工学部のキャンパスと本館や経済学部のキャンパスを往来する際に、学生課から配バスの回数券をもらっているらしくバスを使うことに抵抗感はないようだ。
大学側は再び、あのような事件沙汰になるのを恐れて、神経質になっている事がヒシヒシと伝わってくる。
『今日は実行委員チームのコンパまであるから、面倒な日だよな…。』
そうして、俺は午前中の講義に臨むと、今日から日曜日までは、予定が詰まっていることを、心の中で嘆いていた自分がいた。