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~エピソード8~ ⑧ やっぱりアーン♡は避けられないのよ♡。~1~

 陽葵が工学部のキャンパス内の食堂での『アーン♡』を回避して、みんなが落ち着きを取り戻した。


 俺たちのために食堂の調理師さんが材料を取り置きしてくれて、即座に調理してくれたエビチリが出されて、みんなで分け合って食べていた。


 お代はタダだと言ったが、俺はとても悪い気がしたので、揚げ餃子を頼むと、良二や村上が即座に食べていた。


 そして、俺たちは手分けをして白井さんの微積の課題と、諸岡の数学の課題を教えていた。


 陽葵がルンルン気分で解いた微積の課題のプリントは、俺が答え合わせをしたが、間違ったところが全くなかったので、陽葵が俺に対する愛のパワーを炸裂させたときの恐ろしさを思い知ったような気がして、背筋が寒くなった。


 陽葵が、あの説得の余波で、ボーッとしているから、少しだけ放っておいて、俺は村上と一緒に、俺の真正面に座った諸岡の課題を教えていた。


 しばらくしてから、泰田さんと守さん、仲村さんが食堂にやってきて、俺達が座っているテーブルの並びに座った。


 そして、仲村さんがバツが悪そうにしながら、俺に声をかけた。

「三上さん、あの…、霧島さんとアーン♡は、やらなくて、すんだのかい?」 


「おかげさまで回避できましたよ。それで、色々とあって、このあと、宗崎の家の近くに新しくできた回転寿司屋に行くことになりまして…」


 それを聞いた、仲村さん、泰田さんや守さんがホッとした表情を浮かべて、仲村さんは回転寿司屋に反応した。


「おっ、いいね!。あそこにオープンしたのが気になっていたんだ。明日は実行委員チームの練習とコンパがあるし、土日は三上さんがいないから、ちょうど良かったよ。もちろん、一緒についていくよ。あそこなら、バスを使えば簡単に帰れるからな。泰田さんや守さんは、もっと近いはずだよ。」


 泰田さんは守さんと何か相談をしているようだ。

 そして、その相談が終わると、守さんが俺に声をかけた。


「ねぇ、その回転寿司屋なんだけど、私たちもそうだけど、ウチと泰田さんのお母さんも気になっていて、ついでに呼んじゃっていいかな?。両親ともパートだから、もう仕事が終わっているはずだわ…」


「別に構わないし、監督(守さんのお母さん)とコーチ(泰田さんお母さん)は意外だったけど、みんなと一緒に食べるのは想定内だったから、このさい、知っている人が増えても大丈夫ですよ。それに、お母さんがたが来てくれたほうが、この前のように追われたときの心強いし、一石二鳥ですよ。」


 泰田さんはホッとした表情を浮かべて、まずは自分の母親の携帯に回転寿司屋に行く旨を連絡していた。

 その電話で自動的に守さんのお母さんにも伝わるだろう。


 そして、泰田さんが電話を終えると、俺に向かって、月曜日にあった出来事の本音を少しだけ吐いた。


「陽板町で変な人達に追われたときは本当に恐かったわ。だから、霧島さんや三上さんの安全を考えると、うちらのお母さん達がついていたほうが安心感があるもの。それにね、今のこの状況では、三上さんが自由に動けないのも分かるし、気分転換でどこかに外食に出かけで羽を伸ばしたいものね…」


 俺は泰田さんの言葉に答える前に、横にいた陽葵を見た。

 説得した時の余波で、未だにボーッとしていて、頭の上に大きなハートマークが浮かんでいる状態だ。


 俺の説得によってアーン♡が阻止できたが、陽葵にカッコ良く迫ってしまったので、それを思い出して時折、頬を赤らめながら俺への大好きを爆発させていたのだ。


 それに加えて、回転寿司に行くことも相まって、陽葵の嬉しさが倍増してしまっていた。

 だから、陽葵は自分の世界に入ったっきりになっていて、泰田さんたちが来たことなんて、頭に入っていない。


 それの状態を横目で見て、いちど溜息をつくと、俺は泰田さんとの会話を続けた。


「実は、月曜日に追われた夜に、陽葵の家族たちが気を遣って、外食をしているのですよ。今は陽葵がこんな状態ですが、やっぱり、どこかで精神的にダメージを受けていたのは確かですからね。」


 泰田さんは陽葵の様子をみて、少しだけ苦笑いをしていた。


「霧島さんの顔を見ると、絶対に三上さんが説得をしたと思ったわよ。ただね、説得をした時の副産物で霧島さんの乙女心が大直撃をしているのが、女性の立場としてよく分かるのよ。その説得している様子を生で見たかったけど、チョットだけ遅かったのが悔しいわ…。」


 その泰田さんのボヤキに関しては、諸岡の数学の課題を教えている村上が即座に反応をした。


「泰田さん。三上は色気を使って奥さんを説得したわけじゃありませんが、その迫りかたがえげつなくて、こっちがヒヤヒヤしましたよ。あの説得方法だと、奥さんが、この状況になることは、凄く分かるので、しばらく、そのままにさせておいて下さい。」


 村上の言葉に、良二や宗崎が苦笑いしたが、今は、白井さんを2人がかりで教えているから、詳しい事情を泰田さんたちに話している余裕がない。


 良二や宗崎が白井さんに教えていたが苦戦している様子を見た泰田さんは、白井さんに微積を教えるべく白井さんの脇に座った。


「霧島さんの課題は、三上さんが見るだろうから大丈夫だと思うけど、私は白井さんを見るから、本橋さんも宗崎さんも少し休んでいていいわよ。…あっ、その前に、三上さんが霧島さんを説得した方法を具体的に聞いても良いかしら?。霧島さんがあの状態だから、女心として、とても気になるわ…。」


 それを聞いた白井さんは、泰田さんに俺が陽葵を説得した時の様子を、具体的に身振り手振りを交えながら説明していた。


 無論、それを見ていなかった守さんや仲村さんも一緒に聴き入っていた。


 最後になって、白井さんの1人演技に熱が入ったが、3人は苦笑いをしながら聞いていた。


 そして、白井さんの話を聞き終えると、早速、泰田さんは白井さんの課題を教え始めたが、守さんと仲村さんは、俺と陽葵の目の前に置かれたエビチリを小皿に分けて少しずつ食べながら、精神的に疲れ果てている俺に声をかけた。


 最初に守さんから口を開いた。


「三上さん…、女性の立場としてみれば、そんなことをしたら、霧島さんが惚れ直してしまうのは仕方ないわ。でもね、やっぱりアーン♡は、私たちも見ていて恥ずかしすぎるから、三上さんとしては、究極の選択的に、その方法で説得したのは仕方がないわよね…。」


 そして、次に仲村さんが少し咳払いをした後に、俺に率直な感想を述べた…。


「ゴッホン。三上さんらしい奇策だなぁ…。これは霧島さんが、三上さんにベタ惚れだからこそ、成立した説得だよね。いやぁ、できることなら、その現場を見たかったよ。みんなは、その場で力が抜けて座り込んだと聞いたけどさ。三上さんは、霧島さんに愛情を込めて説得をしたのがよく分かるよ。」


 そこで自分の世界に入り込んでいた陽葵が、仲村さんの話を聞いて、こちらの現実世界にようやく戻ってきたようだ。


 そして、陽葵は我にかえると、頬を赤らめて恥じらうように仲村さんに答えた。


「もぉ~~♡。恭介さんがカッコよく、わたしに迫ってきたから、こんな場所で、キスでもしてくるかと思って、ドキドキしながら待ってしまったわ。たしかに、みんなが見ている前でのアーン♡は恥ずかしすぎるわよね…。みなさん、ごめんなさい。ちょっと、食堂の人に乗せられて、周りが見えなかったわ…。」


 俺は陽葵の言葉を聞いて長い溜息が出たが、これ以上は何も言わなかったし、みんなは陽葵の言葉に一様にうなずいて、笑って許していた感じだ。


 そのうち、俺と陽葵の付き合いが長くなれば、こんな不安も徐々に解消してくるだろうと、淡い期待を抱いていたが、20年近く経った今でも、2人が熱愛なのは、あまり変わらなかった。


 むしろ、周りが俺らの熱愛に慣れてしまったのが現状だろう…。

 -その話は置いといて…。


 しばらくすると、村上と俺が諸岡に教えていた数学の課題が終わって、諸岡が麻婆豆腐をおやつ代わりに食べながら俺に話しかけた。


「三上寮長。あれは霧島さん以外の女性の説得に使っちゃ駄目ですよ。女性の反応は2通りに別れると思いますが、好意印象を得られた途端に恋愛が始まってしまうから、危険すぎますからね」


「諸岡、陽葵以外にあんな説得方法を使ったら、大問題が起きるから絶対に駄目だって。俺は絶対に違う女性に使うつもりはないからな。」


「絶対にそうしてください。白井さんがリアルに再現してましたけど、実際にみたほうは洒落になりませんからね。そこで未だに余波を受けている霧島さんを考えると、かなり強烈でしたから…」


 諸岡とそんなやりとりをしていたら、泰田さんが白井さんの課題を終えて、泰田さんが心配そうに陽葵に話しかけた。


「霧島さん、いまは随分と落ち着いたようだからホッとしたわ。ところで、課題は大丈夫なの?」


 陽葵は泰田さんの問いに微笑みながら答えた。

「泰田さん、ありがとうございます。もう、ここに来る前に、全ての課題を解き終えてしまって、さきほど恭介さんが答え合わせをしていたようですけど…。」


 陽葵の言葉を聞いたみんなは、俺に一気に視線を向けた。

 こうなると嫌顔でも、俺が、みんなに陽葵の課題の事を話さなければいけないだろう。


「泰田さんがこの前から丁寧に、陽葵や白井さん、それに諸岡たちに教えていた成果が出たのでしょう。陽葵の課題は1問も間違っていなかったから吃驚しましたよ。やっぱり、教え方が上手い泰田さんのお陰ですよ。」


 陽葵は恭介さん大好きパワーが炸裂して、アッサリと微積が解けたなんて、俺は口に出せなかった。


 しかし、恭介さん大好きパワーがあったとはいえども、微積がアッサリとできた要因には、泰田さんが懇切丁寧に微積を教えていたことが影響していたのは間違いなかったので、泰田さんをベタ褒めしたのは間違いない。


 褒められた泰田さんは、恥じらいながらも、とても喜んでいた。


「もぉ、三上さんは、おだてるのが上手だわ。霧島さんは理解するのが早かったから、私なんか丁寧に教えたつもりなんてないわよ…」


 そんな雑談をしていたが、工学部の食堂は、そろそろ営業時間の終了が近づいていた。

 俺たちは慌てて食器を元に戻すと、食堂の調理師さんに声をかけられた。


「お嬢ちゃんたち、明日も来週も、ウチに来てくれよな。いつでもサービスするから、お昼は、絶対にお腹を空かして、ここに来てよ!!」


 俺たちは少しだけ苦笑いをしながら、調理師さん達と少し言葉を交わしながら食堂を後にした。


 工学部のキャンパスを出る廊下で俺は少しだけ考えた。

 このまま、大学の駅前に向かえば、お約束の如く、先週の文化文化祭の影響で、声をかけられたり握手を求められたりしてしまう。


 理化学波動研究同好会から追われるのも嫌だし、見知らぬ奴から声をかけられて、俺や陽葵が握手を求められるのも面倒だ。


 そこで、俺はその回避方法を思いついたので、それが実行可能かどうか、みんなに聞いてみた。


「ゴメン、ここの交通事情に詳しくないから何とも言えないけどさ、工学部の裏門から出るバス停って、もしかして、大学の駅前じゃなくて、その次の駅まで行ってくれるのかな?」


 俺のふとした思いつきを聞いて、仲村さんがハッと気づいた。


「そうだよ三上さん!!。それなら、訳の分からない奴に声をかけて握手を求められたり、変な奴に後をつけられる心配はないよ。工学部の正門前のバスよりも本数は少し少ないけど、たしかに次の駅まで行けるよ。そんなにバスの料金は掛からないから、それに乗ってしまったほうが安全かも知れない。」


 宗崎がそれに続いた。

「仲村さんの言うとおりだよ。地元民なのに、今まで、それに気づかない俺たちが駄目だったよ。それに、このキャンパスの裏門のバスに乗る人は少ないから、あとをつけられたら目立つし、そのルートは使えるよ。」


 陽葵も宗崎や仲村さんの話を聞いてハッと気づいた。


「なんで、わたしもすぐに気付かなかったのかしら…。工学部の裏門にあるバス停なんて、滅多に使う人がいないから、みんな、頭の中から自然と消去をしていたと思うの。それに気付いた恭介さんが、バスをよく見ていた証拠でもあるけど…。」


 余談だが、このバスに乗って陽葵の家に帰るときは、理化学波動研究同好会にあとをつけられる事はなかった。


 しかし、寮長会議がある日や学生委員会の会合があった日などは、本館キャンパスで行われることが多いし、陽葵と俺の講義の終了時間が合わない場合に、車での通学を知られてしまうのを恐れて、あえて電車で通っていた時に、狙われる事が多かった。


 俺たちは、仲村さんの勧めもあって、工学部の裏門から出るバスを使って、次の駅から電車に乗ることにしたのだ。


『もっと早くから、この作戦を立てておけば、少しは気が楽だったかもしれないなぁ…』


 俺は、工学部の裏門で少しだけバスを待った後に、そのバスに乗り込んで、みんなにレンタカーの件を話すタイミングを見計らっていた。


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