俺は陽葵は駅を出て、彼女の家までの道を歩いていると、陽葵の携帯が鳴った。
どうやら陽葵のお母さんからの電話だったらしい。
陽葵が駅から出て家まで向かっていることを伝えると、電話がすぐ終わった。
「恭介さん、うちの両親が心待ちにしているのよ。それと…、前もって言っておくけど、私の両親は、お風呂も夫婦で一緒に入るのよ。いまは颯太がいるから、3人で一緒に入っているわ。わたしは今まで1人で入っていたけどね。」
それを聞いて、天を仰ぎながら陽葵に聞いた。
「そっ、それって…その、あの、まさか、一緒に入る感覚が普通なのか。それで、ご両親は、俺たちが一緒にお風呂に入るのが、当然の認識という…。」
俺が、そこまで言うと、陽葵の顔が真っ赤になって、恥じらいながら言葉を絞り出すように答えた。
「もっ、もちろん、私と恭介さんは…そういう関係だから…、いっしょだわ♡。」
俺は陽葵の言葉にビクッとして思考が固まった。
途端に俺は、緊張のあまりに敬語になった。
「ひっ、陽葵さま。お風呂が一緒というということは、まっ、ま、まっ、まさか…、寝るときもベッドが一緒でありますか?。」
陽葵の返事は即答だった。
「はい♡」
その陽葵の即答っぷりに、俺は無茶苦茶に緊張をしてしまった。
駅前を通り過ぎて、少し歩いて閑静な住宅街に入っているから、人通りも少ない。
先ほどの陽葵の返事に、俺は意を決して、男性としての立場の話を、素直に言おうと決意したが、言葉が出なかった。
「ひっ、ひ、ひっ、ひまり…さま。あの…その…その状況だと、私は…ひっ、陽葵さまを大好きになりすぎて、爆発的な感情を抑えられないかも…知れません。でも…怪我をしてるので…。その…、あの…。この状況ですから、アレも買ってないですし…。はい。」
俺は、ハッキリと言いたかったが、あまりに緊張していて言葉が出なかった。
陽葵は、俺の言葉を聞くと、耳まで顔が真っ赤になっていたが、俺の頬に指を滑らせると、鼻の頭をツンと軽く突いて、耳元でささやくように言った。
「ふふっ♡、恭介さんったら、とても素直だから可愛いわ♡。しばらくは、怪我の具合もあるから、暴れるのはナシよ♡。お風呂も一緒に入るのも、一緒に寝るのも練習よ♡。ふふっ♡、恭介さん、もぉ~~大好き♡。」
その陽葵が言った『練習』の意味を察すると、自分の頬が赤くなるのを感じた。
「そっ、そうだね…、れっ、れ、れ、練習を頑張りましょう。そっ、そ、そ、それでも、陽葵さまが大好きすぎて、止まならないと思います。…はい。」
そして、俺と陽葵は少し気持ちを落ち着かせるように歩くと、偶然にも、ある自動販売機が目に留まった。
幸いにも夕方で人通りの少ない場所だから誰も通っていない。
「ひっ、ひ、陽葵さま、すっ、す、すこしだけ、その、あれ、あの、そこの自動販売機に用事が…あります。もっ、もしもの事を考えて…、あの…その…。」
陽葵は顔を真っ赤にしながら、俺が視線を向けた小さい自動販売機を見て、その意味を察した。
「わっ、わっ、わ…、わたしも初めてだから、おっ、お、お勉強のために見るわ…。」
「おっ、お、お、俺も初めてだから…あの…その…。」
そう言って俺は、急ぐように自動販売機に近寄って、財布からお金を取り出すと、『女性に優しい』と書かれたパッケージの品物を選んでボタンを押して、サッとバッグにしまった。
「きっ、きょ、恭介さん…優しいのね♡。」
「うん、だけど…、しばらくは、れっ、れ、練習だからね…。」
その後は、2人は、恥ずかしさのあまりに、その会話の冷却時間を置くように少し話題を変えた。
しかし、その会話は少しだけぎこちない。
「きょ、今日は家でお食事になったのよ。お寿司とか、お刺身とか、オードブルなんかも、どこかに頼んでいたから、今日は豪勢な食事だと思うわ。」
「そっ、それは、楽しみだな。寮生活の料理は寿司や刺身なんて出てこないから、どんな形であれ、嬉しいよ。基本的には食中毒が怖いから、加熱したりすることが多い料理だからね。」
俺は陽葵と会話をしながら、バッグを左手で持とうとして、それができないことにハッと気づくと、陽葵が俺のバッグを持って、俺と手をつないだ。
「陽葵、ありがとう。陽葵と手をつないで一緒に歩きたかったんだ。今度からリュックを持って行くよ。普通のバッグだと俺は特に今は片手しか使えないもんな…。」
それを聞いた陽葵が嬉しそうな顔をして、手をギュッと握った。
「恭介さん♡、そういう、さりげないところが嬉しいのよ。一緒に手をつなぐなんて普通のことだけど、その当たり前なことが嬉しいのよ。」
陽葵と手を繋いだときに、本人は気付いていないと思うが、手を繋いで寄り合っているから、腕に陽葵の胸が少しだけ当たるから、俺は少しだけドキッとしていた。
そのあと、少しだけ沈黙があって、なぜか実家で飼っている柴犬の話とかをしていたら、陽葵の家に着いた。
門をくぐって玄関に入ると、陽葵の家族全員が出迎えて、陽葵のお父さんから最初に声をかけられた。
「恭介君、退院おめでとう。陽葵や大学の職員から色々と話を聞いたけど、入院中もお見舞いやら寮の仕事などで大変だったようだね。さぁ、はやくお上がり、準備ができているから。もう、うちの息子と同じだからね。」
その言葉を聞いて少しだけ慌てたが、覚悟は決まっていたので、お礼を兼ねて普通に答えた。
「ありがとうございます。なんだか、陽葵の誕生日も兼ねていると聞いていましたが、盛大に祝って頂いて恐縮です。」
俺がお礼を言って頭を下げると、お父さんから右肩をポンと叩かれた。
「いやいや、気にしないでくれ。恭介君が色々と苦労しているのは知ってるから、ほら、こんな所で喋っても仕方ないから、まずは上がって。」
「では、お邪魔します。」
陽葵と陽葵のお母さんに案内されて、リビングに行くと、寿司やオードブル、それに刺身などが並べられていた。
思わずそれをみてボソッと言った。
「いや、なんだか遠慮しちゃうぐらい、ほんとうに凄いや…。」
俺の言葉を聞いた陽葵のお父さんが、声を出して笑った。
「ははっ、恭介君の先輩達から聞いたが、君はコンパにもロクに行かずに、きちんと課題や寮の仕事をやっているから、感心していると言っていたよ。たまには贅沢も良いだろう。遠慮せずにそこに座ってくれ。」
陽葵のお父さんから言われて、ソファーに座ると、お母さんと一緒に少し手伝いをしていた陽葵が、ごく自然に隣に座った。
「恭介さん、バッグは私の部屋に置いといたわ。ご飯を食べ終わったら、部屋でゆっくりとお話ししましょ。入院中も、退院直後も寮の仕事なんかで休む暇が無かったのは可哀想だったわ…。」
それを聞いていた、お母さんがソファーに座って俺に話しかけた。
「陽葵から、今も少し狙われている話を聞いて吃驚したわ。恭介さんが入院中もご友人に送って頂いたりして、親としては感謝しかないわ。」
「いえいえ、ときたま、私の友人が陽葵と同じ電車で大学に行っていたものですから、お見舞いに来たときに、快く受けてもらえたので助かっています。しかし、タチの悪い連中に絡まれてしまって、私もとても心配です。大学側も必死に動いているようですが…」
俺の言葉を聞いて、陽葵のお父さんが口を開いた。
「恭介くん、大学側の対応も限界があるからね。ただ、きみの仲間も含めてシッカリと陽葵を守ってくれているのは心強いよ。ありがとう。」
そう言うと、陽葵の弟の颯太くんが俺達の話をジッと聞いていて、小さい子らしい正直な質問をしてきた。
「恭介兄さんは、お姉ちゃんと、お父さんやお母さんのように、夫婦になるんだよね?。頑張ってお姉さんを守ってね!」
俺は颯太くんに笑顔で答えた。
「お兄さんは頑張って、お姉ちゃんを守るよ。大丈夫だよ。家族のみんなが心配しないように頑張るからね。」
その言葉に颯太くんは、笑顔になって喜んだ。
「うん!!。お兄さんは、怪我をしてまで、お姉ちゃんを守ったんだから、絶対にお父さんやお母さんみたいに仲良くなるよね?。お兄さんとお姉さんは、夫婦だから、お姉さんと一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりするんだよね?」
陽葵はそれを聞いた瞬間に顔が真っ赤になった。
「そっ、颯太!!!、はっ、恥ずかしいから、やめるのよ!!」
その言葉に、陽葵の両親が、大きな声で笑っている。
俺は、颯太くんの言葉を聞いて、恥ずかしさをこらえたが、彼を納得させる言葉を思いついて、口を開いた。
「颯太くん。お兄さんとお姉さんは、まだ学生だから、夫婦になるための練習をしているんだ。まだ、颯太くんの、お父さんやお母さんには及ばないけど、お姉さんが大学を卒業したら、結婚して夫婦になれるように頑張るからね。」
「恭介お兄ちゃん、よく分かったよ!。お姉ちゃんと早く結婚できるように頑張ってね!」
「うん、頑張るから、お兄ちゃんと、お姉さんを見守っていてね。」
それを聞いた颯太くんは、大きくうなずいた。
陽葵は俺と颯太くんジッと見ると、顔を赤らめつつ、下を向いてお寿司を食べていた…。
それを陽葵の両親達は、笑顔で見守っていた。
それ以後は、陽葵の両親と俺の実家のことを中心にして、色々な雑談をしながら食事をした。
陽葵のお母さんが思い出したような顔をして俺に話しかけた。
「恭介さん、そういえば、この前、ご実家のお母さんと電話でお話したときに、正月休みに私達がご実家に行くことになったのよ。陽葵は冬休みに入ったら、すぐに行くと言っていたわよね。」
陽葵を見ると俺とお母さんの顔を交互に見て、何か言いたげだったが、少しだけ恥じらうように下を向いていた。
「私が車を運転して、皆さんの送り迎えをすることになりますから、電車やバスの乗り継ぎなど考えないでくださいね。公共交通機関を使うと、3時間以上掛かって、颯太君は大変だろうと思いますので。」
それを聞いて陽葵の両親は安心したような顔を浮かべて、お父さんが口を開いた。
「いや、親父さんから、恭介が車で送り迎えするから大丈夫、なんて言われていたけどね、恭介君が大変じゃないかと心配していたのだよ。たしかに颯太もいるから、電車やバスを乗り継いで、それだけ時間がかかると大変だから、恭介君から承諾の言葉が聞けてホッとしたのだよ。」
その陽葵のお父さんの話に、お母さんも、うなずきながら俺に向かって話しかけた。
「だって、高速道路を使っても2時間以上かかるのよ、恭介さんのお父さんも、慣れているようだから、安心したけど、恭介さんは距離が長すぎて大変じゃないかと思ったのよ。」
「いやいや、気にしないでくださいよ。私は大丈夫ですから、陽葵を最初に車で迎えに行って、都合がついたら、私はまた迎えに行きますので。父の車はご存じの通り、ワゴン車ですから、陽葵を連れて行っても全員が乗れるし、気にしないで下さい。」
「ははっ、恭介君らしくて頼りになるよ。わたしは温泉が楽しみだよ。都会に住んでいる者にとって、恭介君が住んでいるような場所は癒やしになるのだよ。」
そんな会話で陽葵の両親と話が弾むと、色々とあってお腹が空いていたのか、俺は無意識のうちに沢山食べていたようだ。
それを見た颯太くんが、びっくりしたように俺を見た。
「恭介お兄ちゃん、たくさん食べるから、びっくりしちゃったよ。ぼくも、大きくなったら、お兄ちゃんのように勉強ができて、いっぱい食べられる人になるかな?」
「颯太くん、きっと大丈夫だよ。頑張って勉強をして、たくさん食べて、運動をして大きくなろうね。」
食事が終わった後、陽葵はお母さんと一緒に片付けをしたのだが、俺も手伝おうとしてして、周りから一斉に止められてしまった。
そこで、颯太くんと一緒にテレビゲームをやったのだが、左腕の自由がきかないから、コントローラーを持つのに少しだけ苦労した。
「お兄ちゃん、怪我をしているけど、お姉ちゃんよりも上手いよ。さすがだね!!」
「ちょっと怪我をしているから、コントローラーが効かなくて、駄目な場合もあるよ。このゲームはお兄さんのお友達とやったことがあるから、すぐに分かっただけだよ。」
でも、颯太くんは俺と一緒にゲームができて楽しそうだった。
そのあと、陽葵の両親は、颯太くんと一緒にお風呂に入る準備をした。
陽葵が、少しだけ恥じらうように俺のそばに寄ると、手を引いた。
「きょ、恭介さん♡、わたしの部屋に行きましょ♡」
俺は少しだけ天井を見上げて、息をのんだ。