目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
~エピソード6~ ㉑ やっと解放された三上くん。

 俺は寮生との会話を終えると、女子寮幹部が寮に戻る支度をはじめた。


 寮生達は部屋に戻ったり、夕食の準備ができるまで、椅子に座って雑談している人達もいる。

 陽葵は片時も俺のそばを離れずに、心配そうに俺の顔を見ている。


 村上と良二や宗崎が、寮生達の囲みから解放されたのを見計らって、俺のほうに寄ってきた。


「三上、マジに大変だったな。退院早々、ガチの仕事ばかりだもんな。」


 村上が相当に心配そうに声をかけてきた。

 俺は周りを見渡して、棚倉先輩や三鷹先輩たちが、荒巻さんや高木さんと何やら打ち合わせをしているのを確認すると本音を吐いた。


「参ったよ、退院祝いとか関係なしにして、ガチの寮長会議だもんなぁ。会議なんて、いつもあんな感じだから、何ら変わらないよ。あえて言えば、実行委員達が押しかけなくて良かった。いたらマジに地獄だったし。」


 宗崎と良二、それに陽葵や白井さん、諸岡も心配そうに俺を見ていた。

「三上寮長、今日は霧島さんの家でゆっくり休んで下さい。たしかに、このまま寮にいたら、寮長の部屋に何人も押しかけそうですよね…。」


 諸岡がそう言うと、俺は申し訳なさそうに彼に謝った。


「本音で言うと、今日はそれで良かったと思っている。でもさ、諸岡は俺がいない間、寮の仕事を頑張ったと思うよ。マジに助かったし申し訳なかった。明日は俺が戻ってくるから、みんなで一緒にパソコンを教えながら気楽にやろう。まだ、このメンバーならパーソナルスペースの範囲内だよ。」


 そして、俺は、今の状況が、その忙しさを物語っていることに気付いて皆に声をかけた。


「ちょっと部屋に戻るわ。荷物を片付けて、今日、泊まる用意しないと駄目だからさ。」


 少し離れた場所で俺達の話を聞いていた松尾さんが、笑いながら陽葵を見て言った。


「霧島さん、一緒に三上君の部屋を見るかい?。寮の部屋は女子禁制だが、私や学生課の職員が立ち会った時だけ一緒に入ることが許されているからね。三上君はそういう事をする人じゃないが、周りの寮生の目もあるから。」


 松尾さんの話を聞いて良二が陽葵に言葉を掛けた。

「奥さん、俺達は嫌ってほどに恭介の部屋を見ているから、見てきたほうが良いよ。すぐに戻るだろうし、帰りは俺と宗崎、それに旦那と一緒に電車に乗りながら帰ることになるからさ…。」


「俺は、三上と一緒に部屋に戻るよ。俺もバッグを置きっぱなしだし、今日は宗崎の家に本橋と一緒に泊まる事になったんだ。寮監さんに許可も貰っているからね。」


 村上がそう言ってバッグを持って椅子から立ち上がると、俺と陽葵、そして村上と松尾さんが食堂を出て寮の部屋に向かった。


 俺と村上の部屋は、2階の廊下の突き当たりにあるから、分かりやすい。

 3人は階段を上って、部屋に着くと俺と村上は部屋の鍵を開けた。


 陽葵は俺の部屋を見た瞬間に目を輝かせた。

「恭介さん、男の人とは思えないぐらい綺麗すぎるわ。白井さんがいなくて良かったけど、白井さんの部屋よりもズッと綺麗だわ…。」


 そんなことを陽葵が言った瞬間に、高木さんと白井さんの声が廊下から聞こえた。

「陽葵ちゃぁ~~ん、聞いていたわよ!!。」


 陽葵はその白井さんの声を聞きつけて、慌てて部屋から出ていった。


 俺は、バッグから専門書やレポートを取りだして机の上に置くと、下着や着替え、それにバスタオルなどをバッグに入れた。


 しばらくして白井さんに弁解している陽葵の話が聞こえるて、俺は、苦笑いしながら、それを聞いていた。

「いっ、いや…そのぉ…。ゴメンね。でも、恭介さんの部屋を見ればわかるわ。」


「わたしは、心を入れ替えたから、今のわたしの部屋は綺麗なのよ。女子寮生の中には男の人の部屋かと思うほど酷い部屋も多いからねっ!!」


 陽葵は白井さんの弁解に夢中になっているから、バッグの中に入っていたネックレスなんて気付かずに、心の中でホッとしていた。


 白井さんが陽葵との話を終えて、俺の部屋に入り込んで様子を見ると、ポカンと口を開けた。

「え゛~~、なにそれ!!!、マジに綺麗すぎる。三上寮長、わたしの部屋を片付けて!!」


「白井さん、無理を言わないでくれ。女子寮は男子禁制だから、この状況じゃないと入れないのは当然、知ってるだろ?。俺は寮長だから部屋の出入りが激しいし、綺麗に片付けていないと、寮生が群がって遊びにくるから、常に綺麗にしているだけだよ。」


 その言葉に高木さんが捕捉を入れ始める。

「三上くんが入院中に、病室から荷物を持って来たときに、どこに何があるのか、すぐに分かったから、私でも所定の場所に綺麗にしまうことができたのよ。」


「高木さん、わたし、初めて恭介さんの部屋に入ったけど、棚倉さんや三鷹さんが言っていた通りだったわ。物がどこにあるのか、他人が見ても分かるぐらい綺麗すぎるわ…。」


 陽葵がそう言ったところで、俺は早々に話を切り上げようと試みた。

 部屋の扉が開けっぱなしの状態だったから、村上が少しだけ困った顔をして、俺の部屋の前で待っていたからだ。


「みんな、俺も村上も準備ができたから降りよう。宗崎や本橋が下で待ってるからさ。」


 俺の言葉で皆が部屋から出て、下の食堂へ向かったので、ポケットから鍵を取りだして、部屋の鍵を閉めた。


 下に降りると玄関に良二と宗崎が待っていた。

 俺は、受付室にある外泊許可証をサラッと書くと、俺達を見送るために玄関に立っていた松尾さんに手渡した。


「三上君、そんなことをしなくても、学生課にまで把握されているから大丈夫だよ。」


「松尾さん、みんなの手前もあるから、あまり甘えていると、霧島さんの件も含めて寮生から睨まれてしまいます。」


 俺がそう言うと、松尾さんは少し苦笑いで受け取った。

 受付室には棚倉先輩と諸岡がいて、2人とも暇そうにしていたが、俺達の姿を見ると、2人が受付室から出てきた。


 棚倉先輩は白井さんを見ると声をかけた。

「白井、三鷹が探していたぞ。食堂に女子寮の幹部が荒巻さんと一緒にいるから、早く食堂へ行かないと、三鷹のお喋りが止まらないぞ。」


「たっ、棚倉さん、ごめんなさい。三上寮長の部屋を見せて貰っていたので、高木さんと部屋に行っていました。」


 白井さんの話を聞いて、棚倉先輩は、すぐに理解して、ニンマリと笑いながらうなずいた。


「おおっ、そういう事か。荒巻さんと高木さんが、寮まで幹部全員を送っていくそうだから、早々に行ってくれ。」


 棚倉先輩が、白井さんが食堂に向かって急いで向かったのを確認すると、俺達に声をかけた。


「お前達は、村上も含めて霧島さんと一緒に電車に乗るのだな?。奴らが何をするか分からないから、もしも不審者がいれば、すぐに電話を寄越せ。三上が怪我をしているから、無理はできないしな。」


「先輩、ありがとうございます。これだけ男子がいれば、警戒して近寄らないと思いますし、相手が気付いたとしても、襲ってくる可能性が低いと思います。あの騒動の後なので、何かあったら、寮に直接電話を入れるか、荒巻さんや高木さんに電話を入れますよ。」


 俺がそう言うと、棚倉先輩はうなずいた。


「三上、ほんとうに済まぬ。これ以上、誰も被害者を作りたくないから、お前も襲われそうになったら、陽葵ちゃんと一緒に逃げてくれ。お前なら大丈夫だと思うがな。」


 棚倉先輩の言葉が終わると、後ろから高木さんが慌てて玄関にやってきて俺の顔を見た。


「三上くん、忘れていたわ。大学で今回の事件を受けて、霧島さんを三上くんが保護をする名目で、霧島さんの家の近くの駅から、大学の駅前までの定期券を買ったので使って。ただし、事件が解決するようなら返却になるけど、6ヶ月で足りるか不安だわ…。」


「高木さん、ほんとうに良いのですか?。これは、ボランティア活動と同じなので、受け取りにくいですよ。霧島さんの寮幹部任命でさえも、越権行為ですし。」


 高木さんはそれを聞いて、少しだけ微笑んだ。


「いいのよ、三上くん。大学側は今回の事件を受けて、地元のニュースにもなったから、火消しに躍起なのよ。これ以上、事件性のある展開になったら、メディアは私たちの管理体制を突いてくるわ。だからこそ、万全の保護体制で臨んでいることをアピールしたいのよ。」


「長話もアレですが、問題サークルの根っこから捕まえないと、この問題は解決しません。たぶん、新島先輩が復学するまでは、持ち越しかと考えています。」


 高木さんが俺の言葉を聞いて、目を閉じてうなずくと、口を開いた。


「ここだけの話、この件は全て学長に報告しているのよ。霧島さんを寮幹部にして保護した件や、三上くんの学部の友人達が保護したり、三上くんが主に霧島さんの保護をする事まで報告をした上で、学長の命令もあって、動いているのよ。」


 高木さんを話を聞いて、そこにいる学生の面々が一様に驚きを隠せなかった。

 俺は他の人と別の反応をした。驚きというよりは、溜息をついた。


「随分と厄介ですね…。奴らの尻尾を捕まえたいですが、恐らくは、しばらく雲隠れでしょうから…。高木さん、最も緊張する霧島さんの帰りは、男子が4人もいるので安心して下さい。何かあれば寮や高木さん、若しくは荒巻さんに、すぐ電話を入れますから。」


 高木さんはそれを聞くと、俺に定期券を渡してニッコリと笑った。

「フフッ、ほんとは私がいれば、霧島さんと2人で帰ることも可能だけど、今は、霧島さんを保護する人が多いことに越したことはないわ。気をつけて行ってらっしゃい。」


 松尾さんや高木さん、棚倉先輩や諸岡が玄関で俺達を見送って、寮の玄関を出た。

 寮には相変わらず警備員が立っている状況だ。


 寮から駅に向かう途中、俺達は陽葵を少し囲むように歩くことにした。

 俺達は誰かが尾行してこないかを視線で追いながら駅まで油断しなかった。


 村上が切符を買うのを待って、改札に入ると、ホームで電車を待った。

 その際も、怪しい奴がいないかの確認を怠らない。


 ここは都会なので、色々な私鉄が走っているし、本数も沢山あるから、内心は羨ましくも思いながら電車に乗った。


 俺達は電車の中でも、怪しい奴がいないかの監視に夢中になっていたから、会話も少なくて沈黙気味になっていた。


 そして20分ぐらい電車に乗ったあたりで陽葵に声をかけられた。

「恭介さん、次の駅で降りるわよ。」

「ああ、宗崎が降りる駅の3つ手前か。」


 陽葵は寮にまで奴らが偵察にきていた影響で少し言葉が少なげだったが、自分の駅が近づいてきて少しホッとしたような表情をしていた。

「そうなのよ、駅前は、大して何にもない場所だけどね…。」


「みんな、ありがとうな。じゃぁ、明日は9時前後の電車に乗って、駅のホームで待ち合わせをしてから寮に向かうか。あとは携帯でやり取りしよう。」


 3人がうなずくと、電車が止まって駅に着いた。

 俺達は黙って手を振って電車を降りると、3人は窓から手を振って電車が走り出した。


 そこで、念の為に、怪しい奴が降りてないか視線を追うと、誰もいなさそうなのでホッとしたので本音を吐いた。


「慣れるまで緊張するなぁ。とりあえず誰も尾行しているような奴がいなさそうだよ。奴らは今日の大学側の反応を見て、完全に撤収したようだけど、それでも油断は禁物だからね。」


 陽葵は安心したように笑顔になった。

「恭介さん♡。こうやって2人っきりで一緒に帰ることができて嬉しいわ♡。少しだけ恐かったけど、恭介さんがいれば不安はないわ。」


 少しだけ顔を赤らめていた陽葵を見て、俺はズッと考えていた。


『どのタイミングでネックレスを渡そうか?。やっぱり家で渡そうかな、どのみち陽葵の部屋に案内される事は確実だろうし…。』


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?