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~エピソード6~ ⑳ 陽葵ちゃんは恭介さんを守りたい。

 寮幹部や、うちの学部の友人を交えた簡単な食事会を終えた後、俺は会食で余った唐揚げを頬張りながら、陽葵と白井さん、そして諸岡と俺の学部の友人達が食堂の窓際のほうで雑談をしていた。


 棚倉先輩達は、荒巻さんや高木さんと、明日の倉庫のチェックに関して色々と打ち合わせをしていた。


 今年は坪宮さんの占いコーナーがあるので、女子寮にある大きな古いテントを倉庫から取り出して、その状態をチェックして掃除やメンテをする必要があった。


 明日は、その間に、寮監室にあるパソコンを使って、ここに集まったメンバーで企画書や溜まった申請書類などを書いてしまうのが狙いであった。


 このメンバーで雑談をしていたら、松尾さんがやってきてニコリとしながら俺に話しかけた。


「三上君、今日は霧島さんのご両親に呼ばれて食事でお泊まりだったよね?。緊張するかもしれないけど、節度を保ちながら無理をしてはいけないよ。駄目なら霧島さんに頼ればなんとかしてくれるから。」


 俺が松尾さんの返答に困っていると、そのまま右肩に優しく触れて真剣な目をした。


「もう、感覚的に分かるけど、2人は将来的に、そうなる挨拶に近いと思っているよ。私も女房と結婚を決めて挨拶をするときに、それはもう緊張したものさ。三上君なら上手くやれるから心配するな。」


『プライベートなことだから具体的には言えないけど、それは病院内で両親の挨拶も終えてるから必要ないからなぁ。』


 そんな事を考えながら、松尾さんの言葉にうなずきつつ、どういう風に話すかを考えていた時だった。

 陽葵が少し恥じらいながら、松尾さんのほうを向いて、少しだけ顔を赤らめながら言った。


「松尾さん。恭介さんが入院している時に、恭介さんのご両親と、私のご両親が挨拶を済ませています。だから、その心配に関しては、もう、大丈夫ですよ…。」


 それを初めて聞いた、松尾さんや白井さん、そして諸岡はとても驚いていた。


 運が良かったのは、この話を聞いていたのは、このメンバーだけだったのが救いだった。

 先輩達は荒巻さんの話に夢中で、全く聞こえていない様子だった。


 松尾さんは、少し驚いた様子だったのか、年の功もあって、しばらく黙った後に笑顔になって口を開いた。

「もう両親公認なのか。それは恐れ入ったなぁ。三上君は霧島さんのご両親に気にいられたのだね。」


「松尾さん、そういうことです。陽葵がストレートに言ってしまいましたが、どうやって説明しようか悩んでしまって、なかなか口を開けませんでした。」


 白井さんと諸岡は、ポカンと口を開いたまま、お互いに顔を見合わせたままだった。

 良二がニンマリと笑いながら松尾さんに話しかけた。


「だからこそ、三上の友人である私達は、2人のことを奥さんと旦那と呼んでいます。こんな状態なのが羨ましいですよ。こっちは男所帯の理系なのに、霧島さんのようなシッカリした人と、ほとんど婚約状態なのですからね…。」


 その良二の話に松尾さんが笑った。


「ははっ、本橋君。これだけインパクトのある事がキッカケでお付き合いした2人だし、ご両親が真っ先に病室に訪れていたから、そうなるのも当然だよ。それに、霧島さんは三上君を絶対に離さない子だし、三上君もそれを分かっているから離さないと思うよ。」


 陽葵は松尾さんの言葉を聞いて、真剣な目でうなずいたあとに、徐々に顔を赤らめて恥じらうように言った。

「ふふっ、恭介さんのご両親ともお目にかかって、彼のお母さんは恭介さんに、別れたら勘当とまで言われているのよ。恭介さんも決意は固いわ…。」


 俺は陽葵の言葉を聞いて、右手で額を少しさすると、目を閉じて恥ずかしさを隠すように溜息をついた。

 その溜息をついている間に、良二がすかさず口を挟んだ。


「奥さん、恭介のお袋さんと、既に会ったのですね。あのお袋さんは豪快な人だし、恭介も言うことを聞くしかないと思いますよ。まぁ、親の意見なんて聞かなくても、彼が奥さんを好きなのは分かりますよ。今のあの姿は照れ隠しですからね…。」


 良二の話を聞いて俺は観念することにした。


「はぁ…。恥ずかしすぎて正直に言えないのに、周りが正直にを話すから、相当に困っていますよ。相思相愛なのは確実ですよ。男として、こんなに可愛い気立ての良い子と付き合っているのだから、責任はきっちり取ります。まぁ、好き嫌いなんて悩まないぐらい、好きですけどね。」


 陽葵がそれを聞いて顔を真っ赤にして恥ずかしさのあまりに身をよじっていたが、それを見ていた松尾さんがお腹を抱えて笑っていた。


「ははっ!!!。三上君、そういう正直なところが皆から愛される理由なんだよ。霧島さんとお似合いだよ。」


 そんな恥じらうような雑談をしていると、棚倉先輩達の打ち合わせが終わったようだ。

 荒巻さんや高木さん、それに三鷹先輩などを含めて、俺たちの話を聞いていなくて、心底助かったのだが…。


 荒巻さんが俺のほうに近寄ってきて、ニッコリと笑った。

「皆は役割分担の話で夢中だったけど、私だけコッソリと話を聞いていたよ。もぉ、今の女房と付き合った頃を思い出すような良い話だったよ…」


「荒巻さんに聞かれる程度なら私は恥ずかしくないですよ。もうね、あの寮長会議で互いが気持ちを言い合ったあたりで、私はどこか吹っ切れてますからね。」


 荒巻さんをそう言うとお腹を抱えて笑った。

「ははっ!!!。三上くんは、ある意味で度胸があるよね。もう吹っ切れると強すぎるよ。」


 その話を聞いていた陽葵が、さらに顔を赤らめて、俺の右腕をギュッと抱きしめて俺の胸に顔をうずめた。


「きょっ、恭介さん…、あのことは、とても恥ずかしいから、これ以上、話すのを止めてね。このまま穴に隠れたいぐらいだわ。」


 それを見た白井さんがすかさず突っ込んだ。

「だからぁ~~~、2人とも、そこで滅茶苦茶に当てないでぇ~~~。彼氏がいない私のことを考えて~~~。このままでは悶え死んでしまうわ~~~~。」


 白井さんの心の叫びに俺の友人や諸岡などを含めて、激しくうなずいていた…。


 ◇


 その後、松尾さんの寮内放送によって、全寮生が食堂に集められた。

 俺の学部の友人達は受付室に待機して、男女の寮幹部と陽葵が食堂の調理場のほうに並んだ。


 荒巻さんがマイクを持って説明を始めた。


 まずは、暴漢事件の経緯から始まって、陽葵が例の闇サークルに狙われた経緯から、学生課として陽葵の保護が必要なこと、そして、寮幹部になることによって、この事件が解決するまでは学生課と寮幹部の保護下に置いて、安全性の確保のための一時的な幹部であることを説明した。


 その役員の役割としては、寮長会議で被害者の立場から、安全保護の意見を述べることで、今の事件の対策を現実直視的に提案することが挙げられた。


 荒巻さんがその経緯を説明して、全寮生に陽葵が特別職の就任に関して同意の拍手を求めた。

 寮生は、1人の反対意見もなく、同意の拍手を一斉にして、満場一致でそれが可決された。


 男子寮生の本音としては、一部、恭介と仲が良い寮生以外は、可愛い女性が受付係をやることに、否応なしで同意した格好だった。


 その拍手が鳴り止むと、陽葵は作った笑顔を浮かべながら、マイクを持って挨拶を述べた。


「ただいま、学生課の荒巻さんからお話があった、霧島陽葵と申します。寮の仕事はこれから三上寮長から色々と教わりますが、任期まで精一杯、三上寮長を補佐するべく頑張りますので、よろしく願いします。」


 簡単な挨拶だったが、皆から強い拍手が起こった。

 こんな可愛い子が挨拶をすれば、テンションがあがった輩も多いだろう。


 俺は陽葵が挨拶を述べた後に、皆に心配をかけたことや、陽葵のことについて少し話した。


「すみません。経緯は皆さんが色々と知っていると思いますが、ひとつだけ、お願いがあります。今日も闇サークルのメンバーらしき人物が、寮の周辺をうろついて私達の監視をしていた報告があります。怪しい人物を寮の周辺で見かけたら、私たちに報告を下さい。」


 それに対して、寮生の1人から手があがった。

「三上寮長、たしかにその通りです。寮から戻る途中、怪しい人物が警備員に問い詰められた後、逃げるように、寮の周辺から離れたところを目撃したのですが、監視は無理だと誰かに携帯で電話をしていましたよ。」


 それを聞いた全寮生が、ざわついたので、俺がマイクを持って少しだけ事情を説明することにした。


「みんな、落ち着いてくれ。学生課の職員も、私もそれは把握している。だからこそ、怪しい人物から霧島さんを保護するために、寮幹部になった背景がある。」


 俺は少しだけ息を整えて、食堂の天井を少しだけ見つめた。


「皆さんは、これで納得してもらえたと思うけど、霧島さんの案件はそれだけ逼迫しているし、被害者が霧島さんや女子寮生だけとは限らない。闇サークルが男子寮に張り付いたことを考えると、皆さんが闇サークルに狙われている可能性も考えられるから、何かあれば直ぐに報告してほしい。」


 俺の話が終わると、棚倉先輩が視線をあわせてきて、なにか皆に話したい様子だったので、マイクを手渡すと、俺の話に補足を入れ始めた。


「三上の言っていることは本当だ。俺たちも三上がいない間に色々と学生課から事情を聞いて、びっくりしているところだ。三上や霧島さんは、問題サークルから狙われているし、いつ、スタンガンを持って襲ってくるか分からない。そういう事情を考えて霧島さんを迎え入れている事を察して欲しい。」


 棚倉先輩の話が終わると、大宮が手をあげてマイクが手渡された。


 これは荒巻さんや高木さんが、考えていたシナリオで、大宮と竹田に少しばかりの嘘をつかせて、棚倉先輩や三鷹先輩への対策として信憑性を高めようとしたのだ。


 竹田と大宮に関しては、荒巻さんや高木さんが、最近になって頻繁に接触をしていたので、先輩達が少しだけ不審に思っていた背景もあったからだ。


「この件について、俺たちは、霧島さんが問題サークルのメンバーから追いかけられている所を、竹田と偶然に見つけて、三上に連絡したのが始まりでした。バイトのメンバーとして村上と一緒にお見舞いに行って、霧島さんの顔を覚えていましたから…。」


 それを聞いた棚倉先輩は、ハッと吃驚した表情をして、慌てて大宮からマイクを受け取ると、話し始めた。


「大宮の話は初めて聞くが、それぐらい深刻だったか…。俺たちに伏せられたのは、安全上の理由だと思うが、かなり深刻なことが分かった。みんな、霧島さんや三上に協力してあげてくれ。」


 棚倉先輩の話に、皆が同意の拍手をした。

 そこで、男子寮生の全体ミーティングが終了して、夕食の準備が始まった。


 ミーティングが散会になった後で、寮生達が俺のそばに集まってきた。


「三上、お前達の深刻な事情が分からずに、少しだけ羨ましく思った自分を責めないでくれ…」

「そこまで酷い状況だと思わなかったよ。怪我をしてまで助けても解決じゃなかったんだな。タチの悪いサークルに振り回されて、お前もウンザリだよな…」

「霧島さん、もしも危なかったら、この寮に逃げてきて下さいね、ここなら男所帯だけど安心でしょうから…」


 そんな声が皆から聞かれて、俺はそれに対して、丁寧に言葉を返していった。


『コレで、陽葵が寮幹部になることを納得してくれた格好だよな…。助かった。』


 *****************************


 時は現代に戻る。

 回転寿司屋に行った翌日、俺は仕事の合間に、新島先輩へのDMを下書きしていた。


 夜になったら、下書きの文書を見直して、一気に送信しようという作戦だ。

 今は仕事が薄くて、暇な時間が多かったので、少しばかり有効利用しようと思ったのだ。


 仕事が無くて、ボーッとしてるよりはマシだった。


 『親父やお袋が死んでからも試練が続くなぁ、本来なら、こんな文章を書く時間なんて無いほどに忙しいけど、辛いねぇ…。陽葵に心配ごとばかりかけてしまって…』


 業界全体で仕事がないような時期だたったので、これで営業に出歩いても逆に無意味だったりすることが多いので、その時がくるまでジッと耐えたほうがマシな展開だった。


 俺は溜息を少しだけつくと、DMの続きを書き始めた。

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