俺たちが乗ったタクシーは男子寮の駐車場に駐まった。
タクシーから降りると、寮の周辺に2~3人の警備員が立っているのが見えた。
寮内では俺と陽葵が付き合っていることや、陽葵が男子寮の幹部になる話が広まっていた。
そして、陽葵を一目見ようと門や玄関に人だかりができていた。
『寮内で広まったのも、棚倉先輩や三鷹先輩のせいだよな?。今日の全体ミーティングで話せば済む話だろ?』
内心、怒りを隠せない状態だったが、こんな場所で怒っても仕方ないのでグッとこらえた。
俺がタクシーを降りると陽葵は俺の脇にピタッとくっつくように並んだ。
そして、白井さんは俺と陽葵の後ろを歩いた。
門に入ると、俺を待っていた寮生から拍手が沸き起こった。
隣に並んでいた陽葵を見て、あまりの可愛さからポカンと口を開けている寮生もいる。
そんな寮生たちに俺は声をかけた。
「みんな、ありがとうな。後で霧島さんが寮幹部になる話を含めて、学生課の職員から、全員が集められて説明があるから待ってくれ。今から食事を兼ねた臨時の寮長会議があるから、詳しい説明を聞きたければ明日にでも受付室でゆっくり話すよ。」
ここで退院祝いなんて言ってしまうと、寮生たちのヒガミが聞こえてきそうなので、寮長会議と言っておくのが無難と思ったのだ。
…まぁ、実質は寮長会議と変わらないだろうし…。
門を抜けて玄関に入ると、待ち受けていた寮生から大きな拍手があがって、寮生たちがざわついたので、そのざわつきが寮の廊下に響き渡って五月蠅かった。
内心は面倒くさいと思いながらも、門前で待ち構えていた寮生達にかけた言葉を、玄関で待ち受けていた奴らに繰り返して話した。
玄関にいた寮生が部屋に戻ったのを確認すると、俺達はようやく寮に入ることができた。
なぜか三鷹先輩が受付をしていたのを横目で見ると、良二や宗崎、それに陽葵が入寮許可証を首からぶら下げていた。
高木さんは、皆が集まっていると思われる食堂の方へ向かって行った。
俺は受付室にいる三鷹先輩を見ると、声をかけた。
「帰ってきましたよ。ご心配をおかけしました。先輩が受付室にいるお陰で、野次馬にブースターが掛かった気がしますけど…。あ、それは置いといて、棚倉先輩たちはどうしました?。」
三鷹先輩は、陽葵や良二たちの入寮許可の手続きを終えて、悪戯っぽく笑うと、俺の問いに答えた。
「恭ちゃん、お帰り。棚倉さんと諸岡クンは、食堂の調理場で料理を運ぶ手伝いをしているわ。それで、わたしが代わりに受付をしているのよ。」
「先輩、すみません。今日は、飯を食いながら、寮長会議の延長線になる事が確実だと思うから、ツッコミを入れられるのを覚悟してますからね…。」
そのやり取りを耳にした陽葵は、そばに近寄ってきたと思ったら、俺の目をジッと見た。
その時、陽葵は、恭介を寮の仕事から、しばらくの間は解放して、ゆっくりさせたい気持ちが強くなっていた。
俺は陽葵が少しだけ顔を赤らめているのに気付いて、不思議に思いながら声をかけた。
「ひっ、陽葵、どうしたの???」
「だっ、大丈夫よ。少し考えごとをしていたのよ。恭介さんは気にしなくて良いわ。少し思うところがあったのよ♡」
『陽葵よ、語尾のハートマークが凄く怪しいけど大丈夫か?』
陽葵のその答えに少し戸惑いながらうなずいたが、何か少しだけ嫌な予感がしていた。
そんな事を思いながら、俺達は食堂に入った。
すでに寮長会議のような体制で、女子寮の幹部は橘先輩や木下が、この前の寮長会議の資料を広げて読んでいた。
俺が座る場所と思われる机の上には、未処理になった寮の書類や会議の資料が見えた。
棚倉先輩が食堂の調理場から、大皿に山盛りに盛られた唐揚げの皿を持ってくると俺に声をかけた。
「三上よ、退院早々で申し訳ないが、寮の仕事が溜まりすぎて退院祝いどころでなくて申し訳なかった。そこで高木さんや荒巻さんと相談して、食事をしながら寮長会議の延長線をすることになってしまった。」
『むしろ、そっちのほうがまだマシだよ…』
俺は本音を少しだけ隠して棚倉先輩に眉間の皺を寄せながら話した。
「寮内の残務処理に関しては、明日、諸岡や白井さん、それに陽葵や村上を交えながら、パソコンでの処理の仕方を教えますよ。無論、今日の案件を含めた議事録も教えますよ。」
「おおっ、三上。本当に助かる。明日は、俺や三鷹、それに高木さんと一緒に、女子寮の倉庫に眠っている、文化祭で使うテントなどをチェックするのに呼び出されているから、その間にやってもうと助かる。」
「先輩、色々と助かりますよ。左腕が駄目なので、そういう仕事をやってくれたほうが俺としてもズッと気が楽でしてね…。あ、そういえば、聞いていると思いますが、陽葵のご両親に呼ばれているから明日は朝の9時半頃に寮に戻りますからね。」
俺は棚倉先輩の話した言葉の本当の意味に気付いて、高木さんと目を合わせた。
高木さんは俺の視線に気付いて少しだけ微笑んだ。
おそらく、高木さんは俺が忙しいことが分かっていたから、あえて、棚倉先輩を俺から遠ざけたのだろうと察した。
そのとき、横で俺と棚倉先輩の話を聞いていた霧島陽葵は、大好きな恭介を寮の仕事から、できるかぎり解放するべく、自身の羞恥を捨てる事にした。
『そうよ、私たちのイチャイチャを見せつければ、みんな、会議どころではなくなるわ…』
彼女は、とても恥ずかしい気持ちが勝って、何度も思い留まろうとしたが、愛する恭介を守る為には、やむを得ないと決意していたのだ。
高木さんは、俺達が入ってきた様子をみて、そこで立ったままの俺達を見ると声をかけた。
「三上くんたち、とりあえず席についてね。少し会議のようになってしまうけど、三上くんの友人も含めて聞いても大丈夫な内容よ。できるかぎり簡単に済ませて食事会にしたいと思うから…」
俺が高木さんを見ると、慈悲の目を向けたような表情をしていたので、俺を庇ってくれているのが分かった。
-その時だった…
陽葵は顔を赤らめながら、恥じらいをこらえつつも、俺の右腕を抱き寄せた。
「恭介さん♡、一緒にすわりましょ♡」
皆は、ほんのりと顔を赤らめて恥じらった陽葵を見て固まった。
恭介と陽葵に間には、絶対的な愛の空間が存在していて、誰もが近寄れない見えない障壁のようなものがあった。
そこにいた寮幹部や恭介の学部の友人達は、ポカンと口をあけて彼女の行動を止めようがなかった。
逆に学生課の職員や寮監などは、その姿を微笑ましく思ってニコッと笑った。
陽葵が突然、右腕に抱きついてきたので、俺はもの凄く慌てた。
「ひっ、陽葵…今はマズいぞ…。ちょ、ちょっと嬉しいけど、恥ずかしいから…。」
「ふふっ♡、みんなにもう見られているから、恥ずかしいなんて思わないわ♡。これぐらいは当然よ♡」
その姿を見て、陽葵にブレーキをかけたのは、友人の白井さんだった。
「ひっ、陽葵ちゃん、気持ちは分かるけど、今はおさえてぇ~~~。このままではズッと見てしまうし、わたしが悶えてしまうから会議が進まないわよ。あ゛~~~、彼氏が欲しいぃ!!!!」
陽葵は白井さんの言葉を聞いて、俺を席に座らせると途端に我に返った。
そして俺の隣に座ると、顔が真っ赤になったまま黙ってしまった…。
その後、寮長会議の捕捉のような会議が続いて、坪宮さんの占いの件や、占いブースの配置などの確認、文化祭実行委員や学生課への企画書を追加提出するために、俺や村上、そして諸岡や白井さんや陽葵などが手伝って書くことなども説明した。
それが終わって軽い会食になると、棚倉先輩が俺をみて話しかけた。
「そういえば、泰田や守から、ここに来たいと執拗に言われていて参っていたのだが、一昨日ぐらいから2人が俺のところに来なくなったが、実行委員達に三上は何か言ったのか?」
それを聞いた右隣に座っていた陽葵が俺の右腕をギュッと抱きしめた。
俺はそれを横目に見ながら、羞恥を抑えて棚倉先輩の問いに答えた。
「先輩さぁ、陽葵が怖がっているのを見て分かる通り、あの連中と思われるメンバーに追いかけ回されたので、それを泰田さんや守さんに懇切丁寧に説明して強く断ったわけですよ。この場で釘を刺すのも良くないですが、本人はこのように怖がっている訳ですから、俺達のことを大っぴらに言うのは止めて下さい。」
陽葵はこのとき、恭介の右腕を抱きしめたのは、イチャラブによって、棚倉や三鷹が真面目な話をするのを極力回避して、恭介の負担を減らすことが狙いであったが、それを逆手に取った恭介が一枚上手だった。
俺の言葉に陽葵は少しだけ顔を赤らめると、それを誤魔化すように下を向いてしまった。
周りには『恐くてとっさに三上に抱きついただけ』と、思われたので、とがめられる事はなかった。
それを聞いていた諸岡が手をあげて、率直な意見を述べた。
「先輩達には申し訳ありませんが、第三者に近い私から見ても、三上寮長や霧島さんが可哀想に思えてなりません。三上寮長の友人が学生課の依頼を受けて霧島さんを保護してる観点から、ここにいるのはよく分かりますが、押しかけようとした人達は完全に部外者ですよ。」
その諸岡の率直な意見を聞いた、三鷹先輩と棚倉先輩がさらに下を向いてしまった。
彼の意見は俺が言ったことにトドメを刺すような話であった。
陽葵や白井、それに三上の友人達は、それを見て、心の中で手を叩いて喜んだ。
『さすが、三上が後継者に推した人物は、きちんと物事を言うし、度胸が違う。』
このとき、白井は、その頭が切れる先輩達に物怖じせずにハッキリと言った諸岡に少しだけ惚れそうになっていた。自身ではその恋に気付いていないぐらい、心の奥底に引っかかるような芽生え方だったのだが…。
各々が複雑な心境を持ちつつも、これは俺の退院祝いじゃないと思いながら、プライドポテトを右手でつまんで食べていた自分がいた…。
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時は現代に戻る。
新島先輩に今日のぶんのDMは終わりであることを告げた。
そうすると、すぐに新島先輩からDMが返ってきた。
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これは酷いよ、俺は呆れたよ。
棚倉先輩と美緒は、三上が退院したから、都合よくお前を引きずり回しただけだろ?
荒巻さんと高木さんは2人が聞かねぇから妥協案を探った結果だと思うよ。
白井ちゃんも言っていた通り、食事付きの寮長会議と同じだろコレは。
まったく、お前達が怒る理由も分かるよ。
ましてマトモに慰労会をやったとしても、体育祭の実行委員と同じで棚倉先輩はお前の事しか喋らないし、お喋りな美緒が加わっているから、余計にタチが悪すぎる。
陽葵ちゃんが、突拍子もない方法でお前を助けたのは分かるけど、助けた方法が大胆すぎるよ。
危うくそれが、自然だと思われたから救われているけど、あの場でイチャイチャされたら俺達が死ぬわ。
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俺の横で、このDMを見ていた陽葵が溜息をついた。
「あの頃はね、あなたを守ることで精一杯だったわ。棚倉さんや三鷹さんが、あなたを頼りすぎて、寮の仕事を増やしてしまうのが明らかだったし、諸岡さんも慣れなくて大変そうだったしね。」
「まぁ、諸岡は、これを切っ掛けにして、時間をかけながら白井さんと付き合って結婚する事ができたから、それは良かったけどね。」
「ふふっ、白井さんは自分は浮いている性格だから、しっかりした人と付き合いたい、なんて言って、諸岡さんに惚れちゃったのよね。人間って何があるか分からないわ。」
「諸岡にとってもソレで良かったんだよ。あいつの堅い性格が、直感的に動く白井さんに引っ張られてバランスの取れたカップルになった。あいつも俺と同じで、鈍かったから苦労はしたけどね。」
陽葵は何かを思い出したかの如く突然に笑った。
「ふふっ、諸岡さんも美保ちゃんも夫婦で一緒に来るのは、私たちがいるからよ。たまには諸岡さんの家にお邪魔したいけど、なかなか暇がないから行けないわ。」
「たまには諸岡の家まで行きたいけどね。白井さんが、そんなの面倒だから俺の家にしてくれなんて、いつも言い出すから、なかなか踏み切れない。まぁ、白井さんらしいけどさぁ…。」
「そうそう、あなた。もう回転寿司屋に行こうよ。恭治がお腹を空かせて部屋で待っているかも知れないわ。」
俺たち家族は、そのあと回転寿司屋に行って食べに行くことにした。
『明日は仕事が暇だから、その間に少しずつDMを書いていくか。さて、どこで一区切りをつけようか。』
そんなことを考えながら、俺は寿司を食べていた。