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~エピソード6~ ⑲ 三上さんの退院祝い?。 ~1~

 俺たちは工学部のキャンパスを出てバスを待っていた。

 バス停でバスを待っている間に、俺は辺りに怪しい奴がいないか、さりげなく確認している。


「恭介や、お前も怪しい奴がいないかどうかのチェックをしているのが分かるよ。意外と神経を使うんだよなぁ。」


「良二、その通りだ。ただ、棚倉先輩や三鷹先輩が漏らした情報を考えると、工学部内で例のサークルが張っている可能性は少ないかな。奴らは午後からの退院なら今日まで休みと考えて張り付いても無駄足になると思っているよ。奴らは病院にいるか、夕刻に本館の学生課や寮に張り付いているのだろうね。」


 それを聞いた村上が少しだけ疑問に思った。

「三上さぁ、なんで奥さんの学部がバレなかったんだろうね?」


 俺はそれを聞いて少しだけ声を出して笑った。


「ははっ、棚倉先輩はシラフだろうが酔っ払っていようが俺の事しか話さないよ。だから多くの人は陽葵や白井さんが経済学部なんて分からないままだ。それに三鷹先輩は寮生が所属する学部に関しては俺を除いて話さない傾向にある。」


 その言葉に白井さんがクスッと笑った。

「フフッ、三鷹寮長はたしかに寮生が所属する学部のことを話さない傾向にあるわ。ただ、三上寮長が理系だから異例っぽくて工学部を強調してるだけなのよね。」


 俺は白井さんを見て眉間に皺を寄せて溜息をつきながら大きくうなずいて話しかけた。


「白井さん、その通りだよ。文系から見ると理系って脳みその構造が違うから天然記念物扱いをされる傾向にあるし、奇特な目で見られているからね。俺も人のことは言えないから自分が偏屈なのも分かるよ。」


 その俺の言葉に白井さんが反応する前に、陽葵が俺の言葉に不満が沢山あるのがよく分かった。

 そして、俺に抗議の目を見ると顔を膨らまして、少しだけ強い言葉を口にした。


「そっ、そんなぁ~~。恭介さんや学部の友人達に関して、そんな感情なんて抱いていないわよ。恭介さんの話題は視点が違うから楽しいし、わたしは皆さんのお話を聞いていると真新しくてワクワクするのよ。」


 陽葵が俺の目をジッと見ながら少し顔を膨らませて、明らかに不機嫌そうだ。

 俺は陽葵の頭を無意識のうちになでながら、周りを気にせずに陽葵をなぐさめる言葉を放っていた。


「陽葵、少し怒った顔も可愛いけど、俺達の話を面白く思ってくれている可愛い彼女がいることに感謝しているよ。やっぱり陽葵は可愛いし大好きだ。」


『しまった、無意識のうちに陽葵の頭をなでた上に、みんなを当てちまった…』

 陽葵がみるみるうちに顔を赤らめて恥じらいだした。


 そして白井さんを見ると、顔を真っ赤にしながら少しだけ恥じらっている。

 俺が無意識のうちに陽葵の頭を撫でていた手をおろすと、白井さんが俺に向かって猛抗議をした。


「三上寮長ぉ゛~~~~、だ~か~らぁ~、もだえさせないでぇ~~~~~!!。がぁぁ~~~、わたしも彼氏が欲しいぃ~~~。」


 白井さんは今の心境をストレートにぶつけた。

 その叫びが終わると同時に、ちょうどよくバスが来て、俺と陽葵は少しだけうつむきながら乗り込んだ。


 バスに乗り込んだあと、良二が溜息をついてボソッと俺らに忠告した。


「お2人さん夫婦よ、無意識のうちにラブラブをしてしまうから気をつけてくれ。今は白井さんがストッパーになっているからマシだけど、俺達は白井さんのように止められないからな…。」


 良二の言葉を聞いた俺と陽葵は2人揃ってコクリとうなずいた。


 それ以降、少しだけ沈黙が続いたが、宗崎が思い出したかのように俺と陽葵が座っている席のほうを向いて問いかけた。


「そういえば、三上さぁ。荒巻さんが言っていたけど寮の周辺は警備員が立ってるそうだよな。そうすると寮の周辺で張り込まれる可能性はゼロに近いかな?。」


「うーん、そうだろうね。警備員も1人じゃなくて数人が立ってる状況だから、見た瞬間に逃げると思うよ。相手は自分達の行動を読まれていると思うからね。ただ、しばらくした後に俺達の様子を見るためのアクションを起こされる可能性があるから油断は禁物だよ。」


 宗崎とそんな話をしているうちに、陽葵は窓を覗いて外の景色を見ると慌ててバスのボタンを押した。図書館前にバスが着いたようだ。


「みなさん、ここで降りますよ。」

 陽葵が皆に声をかけると、席から立ち上がってバスから降りた。


 そして図書館の中に入ると、早速、各々が課題やレポートを始めた。

 俺は宗崎から今日の午前中にあった講義のノートを写すと、ザッと内容の説明を受けた。


 その後は有坂教授の機械工学の課題や、滝沢教授の電気工学のレポートなどが続いた。

 そして、俺達は工学部では1~2年次において最難関とも言われる『電磁気学』の課題に挑んでいた。


 課題を終えた陽葵と白石さんが後ろから俺達がやっている課題をのぞき込んだ。

 2人は恭介がやっている課題のプリントをのぞき込むと、微分・積分の訳の分からぬ式が羅列されていて、経済学部の2人には意味不明な状態だった。


『…アンペールの式の積分形からマクスウェル方程式のアンペールの式を出しなさい。』


 白井さんがポカンと口を開けながら小声で俺達に感想を言った。

「まっ、マジに分からない…。理系ってやっぱり凄いのね。微分積分なんて高校の時から捨てていたから、その式が途中で間違っていたとしても、シレッと数式が書けるコトが凄いわ…」


 村上が白井さんに向かって眉間に皺を寄せながら小声で答えた。


「俺たちもこのレベルの課題になると手こずるから、旦那から教えて貰うことが多いですよ。最近は旦那の交友関係が広くなった影響で微積を教えてくる人が複数いるから助かっているし、これは微積の講義の応用問題だから、なおさらに難しいですよ…。」


 良二が俺が課題のプリントを解き終えたことを確認して、間違いがないかチェックしていくと不思議そうに問いかけた。


「恭介、おめぇはさぁ…。数学の微積は少し苦手っぽいから、棚倉さんとか泰田さんに教わっていることもあるけど、こんな応用問題で出てくる微積の式がグチャグチャにならずに綺麗に解ける理由が知りたいよ。いつも不思議に思うんだ。」


 陽葵が首を傾げながら小声で俺達に話しかけた…。

「みっ、みなさん、恭介さんが解いた課題が正解かどうかが分かるのですね…。私たち、それすらもサッパリ分かりません…。」


「うーん、陽葵。俺たちはそればかりをやってるからなぁ。逆に文学部みたいに、文章を作るときの基本的なお約束とか文法、それに言い回しとか、最適な表現を用いて書いたりするのは、俺なんか特に工業高校を出ていて最初から端折ってるから苦手だよ。」


 そんな話をしながら、全員が課題やレポートなどを終えると、課題やレポートをまとめてバッグの中に入れた。陽葵は白井さんと良二と一緒に小声で何やら文化祭のことで話し込んでいて、俺がレポートや教科書の類を入れたのに気づかなかった。


『ネックレスのことを気づかれなくて良かった…。』

 俺はホッとしながら席を立つと、みんなで小声で呼びかけた。


「ここを出て図書館のロビーで高木さんを待とうか。そのほうが分かりやすいかもね。」

 皆が図書館のロビーに集まると俺は皆に提案した。


「うちの学部の3人はよく知ってると思うけど、いつもの流れからいくとさ、俺の退院祝いなんて言いながら、絶対にそうならない。正直、それにウンザリしているから、明日のお昼は、このメンバーでお好み焼きの食べ放題の店に行かないか?。たぶんパソコンを教えている諸岡が加わるかも知れないけど、そこは仕方ないし、アイツはそういう人間じゃないから。」


 それに全員が一様に承諾の返事をして村上が少し呆れたように同意した。


「絶対に棚倉さんがお前の話で止まらないし、女子寮長さんが話しまくって、お前の言う通りに喋り殺されるから三上の慰労というよりは、三上の精神にトドメを刺されそうな気がしていたんだ。今日の夜は奥さんの両親の家に呼ばれていると聞いて逆に俺たちはホッとしている。」


 何も知らない白井さんが首をかしげて口を開いた。

「わっ、私は構わないけど、村上さんの話を聞くと三上寮長って大変よね。三鷹さんや棚倉さんの性格を考えると、退院祝いと言うよりは、食事付きの寮長会議になりそうな気配があるから、たしかに慰労にならないわ…」


「白井さん、絶対にそうなるから面倒なんだよ。色々なことを聞かれて、最後は夕食前に寮生が集められて、この出席したメンバーが表に立たされて陽葵が寮役員になった経緯や、俺が入院に至ったことまで荒巻さんが話す訳だから、俺としては、ほとんど寮の仕事で終わっちまうよ…。」


 その話に良二と陽葵が凄く心配そうな顔をしていて、2人が顔を見合わせると良二がこう言った。

「奥さんから本音を言ってあげて。」


 良二がそう言うと、陽葵は本当に心配そうな顔で俺の目を見てマジマジと本音をこぼした。


「恭介さんも同じ事を思っていたのね。わたしたちは、恭介さんの退院祝いが計画された時点で、最初はサプライズでやろうとしていたし、例の実行委員会の人たちも押しかける可能性もあって、荒巻さんに相談して中止することを提案していたのよ。」


 俺は長い溜息をついたあとに、右手で頭を抱えてロビーの椅子に座り込んだ。


「そんなことだろうと思ったよ。あの人たち、お祝いと言いつつ、俺の事なんてお構いなしなんだよ。だからこそ、この退院祝いとその後の寮全体のミーティングまでが仕事と考えていた。帰ってきた早々から仕事を押しつけられる身にもなって欲しいよ。」


 その言葉に良二が呆れたように本音をこぼした。


「恭介やぁ、そこで荒巻さんと相談して、せめて、俺たちだけでも退院祝いに入れてくれと、お願いしたんだ。そうすれば少しだけお前を守ることができるからさ。俺は三鷹さんと長話をしても大丈夫だし、その間に宗崎や村上が上手く守るだろうからさ。」


「三上、そういうことだよ。休学になった新島さん以外に、寮幹部で、お前のことを心配してくれるのは、お前のことをお節介なぐらい心配に思っている諸岡や、そこにいる奥さんとか、白井さんだろうと思うよ。」


 そう村上が言うと、宗崎が何か口を開く前に、白井さんが顔を膨らませて、村上に向かって言った。


「そうなのよ!!。本橋さん達の話を聞いて、わたし、ムッとしてしまったのよ。だって、三上寮長はみんなの為に頑張って動いているのに、入院してもゆっくりする暇もないのよ。それを聞いて陽葵ちゃんの代わりに少し怒っちゃったのよ。」


 宗崎も白井さんの話に激しくうなずいて俺に本音を吐いた。


「お好み焼き屋が、あの時のリベンジなのがよく分かるよ。俺も荒巻さんに実行委員会のメンバーが押し寄せる危険性も含めて中止を提案していたし、三上は気心の知れた仲間とゆっくりしたいのが分かるよ。そうだ、お前が片手だから、お好み焼きをひっくり返すのは奥さんや俺たちがやるから安心してくれ。」


 俺は素直にみんなに感謝の言葉を口にしていた。

「みんな…ありがとう…」


 そんな話をしていたら、ロビーから2台のタクシーが図書館の駐車場に駐まるのが見えた。


 俺たちが図書館のロビーから玄関へ行くと高木さんがタクシーから降りて俺たちを呼び寄せた。

「みんな時間通りだし、探す手間が省けて良かったわ。」


 高木さんが乗っているタクシーに俺と陽葵、それに白井さんが乗った。

 残りの3人は別のタクシーに乗り込んで寮へと向かった。


 そのタクシーの中で助手席に乗っていた高木さんが俺の方を向いて少しだけ険しい顔で話しかけた。

「三上くん、さきほど警備会社から大学に連絡があったのよ。お昼過ぎごろに男子寮の周辺をうろついていた学生が1人いたらしくて、警備員が不審に思って声をかけたら、その場を立ち去るように逃げたらしいわ。」


 俺はそれを聞いて眉をひそめて、少しだけ不安になりながらも高木さんに言った。


「参ったなぁ、完全に俺たちはマークされていると思いますが、午前中の退院で完全に出し抜いた格好でしょう。寮以外に学生課や病院にも張り付いていたはずです。寮の周辺に警備員がいたことで、少しの間だけは大人しくなるでしょう。」


「いつかきっと、あいつらをひっ捕まえてやりたいわ。今は下手に動けないけど絶対に時期を見て動き出すわよ。それにはあの2人を黙らせておかないと駄目だわ。問題が解決するまで、例のサークル名は絶対に出さないと荒巻さんと決めたのよ。」


「高木さん、ここだけの話ですが、新島先輩が復帰してくれば、彼にだけ例のサークルの件を教えて構いませんか?。新島先輩が持っている知識については高木さんや荒巻さんに必ず話すことが条件になると思いますが…」


「三上くんがそう判断するなら駄目とは言えないわ。新島くんはサークルの内情に詳しいし、何らかの手がかりを持っていそうなのは分かるわ。休学直前の頃は少し心を入れ替えて三上くんを守っていた所もあったから、味方に付けたいわよね。この件に関して新島くんがいたなら棚倉くんや三鷹さんよりズッとマシよ。」


 高木さんの言葉を聞いて俺はホッとしていた。

 この問題も、新島先輩が先輩がいれば早期解決できた可能性が高いと俺は考えていた。


 新島先輩は新寮生が入って、問題サークルに引っかかって抜け出せなくなった際の時の対処に慣れていたし、そういう問題サークルの情報をどこからともなく仕入れられる環境があったので、1年生の駆け込み寺になっていたのだ。


 それに、あのとき、3人がかりで捕まえられたら俺の骨折も防げたかも知れない…。


「高木さん、ありがとうございます。この問題は恐らく来年度まで引きずりますよ。それまで霧島さんや女子寮生も含めてどうやって守っていくかが課題だと思います。」


「わたしもそう思っているわ。大学も警察と連携しながら、あの男子寮生の情報を警察にも流して内偵を進めているし、こっちも調査に乗り出しているけど、いまのところ情報が薄くて困っているわ…。」


 白井さんと陽葵が食い入るように俺と高木さんの話を聞いていた。

 陽葵が高木さんに向かって話しかけた。


「高木さん、なるべく三上さんに負担をかけたくないので、お祝いも寮長会議の延長になってしまうでしょうから、荒巻さんの全体ミーティングまで手早くやってしまいたいです」


 高木さんは陽葵のほうを向くと、とても優しげな表情を浮かべた。

「ふふっ。霧島さん、よく分かっているから大丈夫よ。荒巻さんとも打ち合わせをしてるわ。」


 タクシーの中はそんな会話で時間が過ぎていった…。

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