有坂教授が研究室から出てくると、一緒にエレベーターに乗って講義室がある階まで下った。
エレベーターの中で教授が俺の方を向いて話しかけた。
「三上君、私と一緒に教壇脇の入口から入ってくれ。君の事について私から話したいことがあるから、隣で立っているように。」
「分かりました。」
返事をすると、何を教授から言われるのかと、心の中で相当に身構えていた。
俺と有坂教授が講義室に入ると、同期が一斉に割れんばかりの拍手をした。
拍手はしばらく続いて鳴り止まなかった。
その拍手を有坂教授が手をかざして止めると、教壇の前にあるマイクに向かって話し始めた。
「君たちもご存じの通り、うちの学部で英雄となった三上君が退院して学部に帰ってきました。しばらくの間、怪我をしているので温かく迎えて下さい。」
教授がそう言うと、全員が再び大きな拍手をした。
そして、それが鳴り止むと教授がマイクに向かって話しかけた。
「その三上君ですが、暴漢から身を挺して助けた女学生と共に、未だに襲われた闇サークルのメンバーに狙われている状況です。大学側も彼らの保護に動いていますし、彼の友人の学生が保護のために動いていますが、怪しい人物を見かけたら三上君や私にすぐ連絡を下さい。これは学部長からのお願いでもあります。」
そうすると、今度は講義室の中がざわめき始めて、一部の学生が手をあげた。
「三上は、相当に厄介な連中から狙われていのでしょうか?。サークル名などは判明しているのでしょうか?」
俺は有坂教授と目を合わせると、有坂教授が答えた。
『学生課からの連絡が正しく伝わっていてくれ。ここでサークル名を言われると水の泡だ。』
「まだ、大学が調査中なので具体的なサークル名やメンバーが誰なのかも分かっていない。それに警察との協力になるから難しい側面もあって事態が複雑になっている。三上君や交際しているその彼女さんが、その問題サークルから逆恨みのような形で狙われているのは確かだ。それを大学が掴んだのは事実ではある。」
教授の話を聞いて胸をなで下ろすと、良二や宗崎、村上も同じような顔をしたのが見えた。
そして、他の学生も次々と手をあげる。
「教授よりも三上に質問です。答えられる範囲でいいけど、お前はこの前の教授の話で教育学部の人達と交流があって、女子学生との交流も多そうだけど、そういう線だったりするのか?」
俺は有坂教授からマイクを受け取ると、まずは挨拶から入る事にした。
「その質問の前に、皆さんには怪我をして心配をかけてしまって申し訳ないです。取りあえず何とか生きてますが、とくに彼女の件についてはお手柔らかにお願いします。」
そう言うと、周りはドッと笑った。
「さっきの質問に戻りますが、教育学部の犯行ではない事は確実に分かっています。おそらく関係者しか知らない事を今から話しますが、彼女が襲われる1~2時間前に、彼女は闇サークルから執拗な勧誘にあって、それを断ったことに今回の事件は起因しています。スタンガンを持って彼女を襲ったのは、その勧誘をした奴でした。」
その言葉に皆は再びざわついて、1人の学生が手をあげた。
「三上は学生寮の寮長だったよな?。話に聞いたところ、寮の会議中に事件が起こったと教授が言っていたけど、彼女さんは寮生ではないのよな?。彼女さんとの繋がりがよく分からないよ。」
俺は再びマイクを持った。
『面倒くせぇなぁ。でも答えないと学部の連中も協力しないだろう。』
「これも皆さんに伝わっていないと思いますが、最初に、闇サークルの悪質勧誘被害にあったのは女子寮生たちでした。そこで、この対応を協議するのに、寮幹部を集めた臨時会議が行われていたのです。それで寮の会議が始まる前に、本館の入口で偶然にも悪質勧誘を受けている彼女と出くわして、私が勧誘を阻止したことが始まりなのです。」
それを聞いて、教授を含めた全員が大きな拍手をした。
拍手が鳴り止まないので、俺は教授にマイクを返すと教授はマイクを持って話し始めた。
「いやぁ、三上君、その話は初めて聞いたよ。それでスタンガンで彼女さんが襲われそうになった…という訳か…。」
俺は話すかどうか迷ったが、皆からの協力を得るためにも正確な話をする事に決めたので、教授と顔を合わせてマイクを手に取った。
「教授、少しばかり違います。寮の会議でその議題が上がった時に、学生課の職員と共に調査しようとしましたが、そのサークルは女子寮生ばかりを狙い、勧誘が執拗でかつ悪質だったので、その恐怖から具体的な証言を得るのが難しかったのです。そこで、私たちは被害を受けた直後の彼女から事情を聞くべく学生課に呼んだのが始まりです。」
そこまで話すと皆が真剣になって話を聞いているのが分かった。
そして、俺は言葉を続けた。
「そして、その会議中に、その悪質サークルのメンバーが学生課で会議を盗み聞きをしていたのを私と寮幹部の先輩が見つけて追いかけました。その最中に暴漢がスタンガンを持って彼女を狙ったのが本当の経緯です。」
それを聞いて再び周りがざわめき始めた。
有坂教授が俺から手渡されたマイクを持つと、目を閉じて周りを戒めるように声を出した。
「三上君、その経緯は初めて聞いた。学生課で会議を盗み聞きするほどタチの悪い連中だから、学生課も神経質になったのだろう。皆さん、これは大学の治安にも関わる。もう警察も動いているが、君たちも見かけたら、ぜひ三上君や私たちに協力してくれ。」
周りが一様に返事をしたりうなずいたりした後に、一部の学生が悪戯っぽい笑顔で手を挙げた。
「三上ぃ~、その彼女さんって相当に可愛いのか?」
俺がその答えに戸惑っていると、教授が笑顔になって答えた。
「彼が答えに窮しているので、私が代わりに答えます。彼のお見舞いに行った時に、その彼女さんと会いましたが相当に可憐で可愛い子です。彼女は学部の男子から相当に言い寄られていたと聞きますから、そういうサークルから狙われたのも、そこに一因もあるのでしょう…」
教授の言葉に周りが再びざわついた。
『この質問、マジに心臓に悪い…。マジに勘弁してくれ。』
そんな事を考えていると、教授はマイクを差し出して俺の肩をポンと叩いた。
「三上君、最後に皆さんに言葉をかけなさい。それで講義に入ろう。」
それに俺がうなずくと、マイクを持って皆に話しかけた。
「しばらくの間、皆さんにはご迷惑をお掛けすると思いますが、もしも怪しい奴を見かけたら、ご協力をお願いします。あとは、彼女の行き帰りの保護を大学側から私の友人と共に依頼をされている関係で、時々、このキャンパスで彼女が私を待つ事もありますが、どうぞ、普通に接してやって下さい。」
そう言って俺が頭を下げると、皆から温かい拍手が送られた。
俺は、良二が座っている隣の席に着くと、バッグから講義のノートや専門書を取りだした。
良二からボソッと声をかけられた。
「恭介も相当に大変だなぁ。お前は人前に出て挨拶をすることに慣れているけど、今の現状で話せる最大限の事を話したよな。俺達は病院で奥さんと雑談をした時に詳細を聞いているから分かっていたけど、噂とはかけ離れた部分もあったから軌道修正には丁度良かったな。」
「まぁ、そういうことだよ。このさい、話せるられる事は正直に言ってしまった方が楽だからねぇ。」
そこからは有坂教授の講義に集中した。
度々、講義から脱線して俺の話になるので、そこが辛かったのだが…。
講義が終わった後、俺は学部の連中に囲まれて質問攻めにあった。
俺は席を立てない状態で、良二や村上、宗崎が俺を取り囲むようにして守っていた。
「おいっ、三上、骨を折ってまで彼女を助けたとは言え、うらやましすぎるぞ。」
「俺にも誰か女子を紹介しろよ。お前は寮や他の学部の女子と交流が相当にあるじゃないか。」
「くそぉ、お前が入院しているときに教授や本橋と一緒に俺も押しかけたかったわ。」
連中の言葉を適当にあしらっていると、講義室に居残っていた学生から驚くような声が次々とあがった。
ふと、講義室の入口を見ると、そこには滝沢教授に連れられて陽葵と白井さんが立っていた。
学部の連中が2人を見てポカンと口をあけた。
ちなみに白井さんも、陽葵や三鷹先輩、木下には及ばないが、言い寄ってくる男性がいるような少し可愛げな愛嬌のあるルックスをしているので、うちの仲間が余計に詰め寄ってきた。
それを、良二や村上、宗崎が必死に俺を囲んで押さえている。
「三上ぃ~~、彼女はどっちだぁ!!。あの2人のどっちでも隅に置けねぇぞ!!」
それを見た有坂教授が、すぐさま囲まれている間に入ってきた。
連中は有坂教授が入ってきたので、少しだけ囲みを解とくと、陽葵がいる方向を向いて先ずは滝沢教授に声をかけた。
「滝沢教授、わざわざすみません。」
有坂教授の声に滝沢教授が答える。
「見知らぬ女学生の2人がキャンパスの入口で待っていたので、そうだと思って声をかけたら正解でした。それで、三上君がいる講義室を案内したが…。いやはや、これでは三上君も可哀想だ…。」
そして有坂教授が今度は陽葵に声をかける。
「霧島さん、それにご友人も一緒ですか。三上君はここにいるので、どうぞ…。」
俺は教授達にお礼を言った。
「有坂教授も、滝沢教授も本当に申し訳ない。まだ術後で無理ができないので、このまま囲みを突破することもできなくて…。」
有坂教授は俺の肩を叩いて慈悲の目で俺を見た。
「私も学生時代は陸上部の寮で男所帯だから、これはよく分かるよ。モテる男のサガってもんだ。当時は浜井教授をこうやって救ったものだ…。」
「ありがとうございます。浜井教授って凄くモテたのですね…。」
そんな言葉を有坂教授と交わしていると、今度は滝沢教授に連れられて陽葵と白井さんが講義室に入ってきた。
学部の連中は特に陽葵を見て、あまりの可愛さに口をポカンと開けていた。
陽葵の顔を見つつ、まずは滝沢教授にお礼を言った。
「滝沢教授、霧島さん達を安全な場所に誘導して頂いて、ありがとうございます。お手数をかけました。」
「いやぁ、三上君。学部長から声がかかれば、私も君たちを助けなければ男が廃るよ。君は凄いよね。あのあと学部長からお言葉を頂いたのだから。」
それを聞いた学部の連中が一斉に拍手を送った。
その拍手が鳴り止むと、陽葵と白井さんが俺のそばに寄ってきた。
そして、陽葵は顔を赤らめながら俺の右腕を恥じらうように抱きしめながらこう言った。
「恭介さん♡、学部長から言葉を頂いたなんてカッコよすぎるわ♡。もうぉ~~♡。一緒に帰りましょ♡」
周りはそれを見て口をポカンと開けていたし、白井さんはそれをみて顔を赤らめていた。
良二や宗崎、村上は恥ずかしいのをこらえるように、そっぽを向いていた。
ちなみに2人の教授はそれを微笑ましく見ていたが、俺はその場の空気を読みつつ、観念しながら教授達にお礼を言って講義室を去ることにした。
「きょ、教授、本当にありがとうございました。この後、霧島さん達の保護もあるので、送りに行きたいと思います。今日は色々とお世話になり、ありがとうございました。」
そう言って、俺は陽葵や白井さん、良二や宗崎、村上を伴って講義室を後にした。
ちなみに学部の連中は陽葵のことをみてポカンと口を開けたまま何もできなかった。
そして、講義室を出る瞬間に連中の1人が声をあげたのが聞こえた。
「三上の彼女が可愛すぎて、何にも言えねぇ…」
俺たちは工学部のキャンパスを出て、バス停に向かって歩いたが皆は無口だった。
陽葵は顔を赤らめたまま俺の右腕をギュッと抱きしめながら歩いている。
学部の連中がそれを見て、俺と陽葵に熱い視線を向けているから、たまりかねて陽葵に懇願した。
「ひっ、陽葵…。お願いだから、腕だけだけど、抱きしめられていると周りの視線が熱いから、せめて今だけは我慢してくれ。このままじゃ、みんなが当てられて苦しくなってしまう。俺は嬉しいけど皆が可哀想だ。」
陽葵は俺の忠告に気づいて顔を赤らめながら恥じらった。
「みっ、みなさん、ごめんなさい…つい…その…。」
それを見て良二がニンマリとした。
「いやぁ、奥さん、ウチのキャンパス内だけスキンシップを我慢していただけると助かります。恭介も今の姿を連中に見られて、月曜日はもっと激しい追求を受けるから、旦那の為にもお願いしますよ。私たちも目のやり場に困ります…。」
良二の言葉に追従して白井さんが口を開いた。
「陽葵ちゃん、気持ちは分かるけどね、三上寮長が凄く気まずそうよ。それに、とても恥ずかしいけどズッと見てしまうから危険だわ…」
それに3人が激しくうなずいたのを見て、俺はハッと気付いた。
「あれっ?。3人とも、白井さんと初対面だっけ?。」
その問いに陽葵がすぐさま答えた。
「恭介さんが退院する前日に、白井さんと学生課で3人を待ち合わせていた時に自己紹介を済ませているわ。白井さんは寮長補佐になったから手続きの関係で学生課で高木さんと話をしていたから、そのまま寮に帰ったけどね。」
「ああ、そういう事か。3人が違和感なく白井さんと接しているから少しだけ不思議に思ったよ。こっちは色々な人と会っているから、最近はマジに混乱気味で困っている。」
それを聞いた良二が俺を哀れな様子で見た。
「恭介やぁ、奥さんからお見舞いに来る奴が多すぎて、最後にはお前が疲れたと聞いたから、よっぽどだよな。聞く限りではお前が実行委員をやった人達も集まったと言うからマジに大変だったと思うよ。」
俺は長い溜息をついた…。
「しばらくはチームの練習も休みになるから精神力回復につとめるよ。この状態で左腕にボールでも当たったら、再び病院送りだからなぁ。その前に寮に帰った後が死ぬかも知れないが…。」
そして俺は少しだけ空を見上げて溜息をついた。
『英雄なんて要らない。ゆっくりと休む時間をくれ!』