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~エピソード6~ ⑱ 工学部の英雄~三上恭介。~中編~

 -昼食後…。

 少し時間が余ったので俺と陽葵と白井さんと一緒に雑談をしていた。


「三上寮長、寮長会議の提案は完璧でしたよ。その場にいたように計算して提案ができましたよね?。ホントに会議に参加しているようでしたよ。」


「白井さん、文化祭実行委員会や学生課への企画書の提出期限もあるからね。早々に決めないと土曜日に企画書を学部の同期が諸岡にパソコンを教えながら打ち込んで貰うから、概略だけでも決めたかったんだ。」


 俺が白井さんに答えた言葉に陽葵が反応した。

「恭介さん、たぶん男子寮の寮監室で村上さんと諸岡さんがいるでしょうから、それを見ていて構いませんか?私も興味があるわ。」


 白井さんも慌てて、陽葵の言葉が終わった後に口を開いた。

「あの、その企画書の作成に私も男子寮に行って良いですか?。寮監室なら、女性の出入りは大丈夫ですよね?」


「白井さん。どっちみち夕刻に俺の退院祝いがあるから、そこで学生課の職員か、うちの寮監に頼んでみるよ。」


「三上寮長、ありがとうございます。わたしも一緒に教われば、三上寮長のように申請書類を受付室の脇にあるパソコンを使って作れるかも知れないわ。たしかに議事録は仕方ないけど、申請書類を手書きで書く手間も面倒だもんね。」


 俺は少しだけ笑顔になって白井さんにむかってうなずいた。


「将来的には寮長になるだろうから覚えておいたほうが得だよ。今は男女の寮幹部で書類の押し付け合いもあって面倒なんだ。だからパソコンにデーターを入れてしまってお約束の書類は少しデーターを書き換えるだけにしておけば絶対に楽だよ。白井さんにも教えるから安心して。」


 その言葉を聞いた白井さんは、ニッコリと笑って俺に答えた。

「2年生で飛び級で寮長になった人から言われると流石に説得力があるわ。」


 それを黙って聞いていた陽葵が少しだけ頬を赤らめているが、俺が陽葵に何か言うと、白井さんが悶えてしまう危険性があるので陽葵への反応を避けた。


 そんな話をしていたら、良二から俺の携帯に電話がかかってきた。


「おおっ、恭介、ラブラブな食事は終わったか?」

「いきなり茶化すのは止してくれ。こっちは食事が終わって少しだけ雑談をしていたところだよ。」

「講義が終わって俺達も昼飯を食べ終わったから、お前を裏門まで迎えに行く準備ができるよ。」

「わかった、今からキャンパスに出てバスに乗り込むよ。」


 俺が電話を切ると陽葵が少しだけ寂しそうな顔をして俺に問いかけた。

「恭介さん、少し電話の声が聞こえたけど、本橋さんからですか?。そろそろ行かないと午後の講義があるわよね…。」


「陽葵、そうだ良二からだよ。少しだけ寂しいけど、また夕方に会えるから講義に集中しよう。」


 2人とも椅子から立ち上がって、俺を経済学部のキャンパスの近くにあるバス停まで案内してくれた。

 陽葵はバスの行き先や時刻まで確認してくれた。


「恭介さん、これなら工学部のキャンパスまで行けるバスだから大丈夫よ。わたしたちは次の講義までに40分ぐらい時間があるから、見送ってからでも間に合うわ。」


 少しだけ雑談をしていると、バスが来て俺が乗ると2人は手を振ったので手を振りかえした。


 ちなみに、この恭介の作戦によって理化学波動研究同好会の監視を完全に排除できていた。


 理化学波動研究同好会のメンバーは恭介が午後からの退院することを聞きつけて、病院と学生課、それと男女の寮に、それぞれのメンバーが午後の講義が終わった後に張り付こうとしていたが、全てが無駄に終わっていた。


 特に寮の周辺は警備員が立っているから恭介への監視ができずにいたのだ。

 メンバー達は、寮周辺の警備体制を見て、自分達の監視行動が感づかれていることを察して、リーダーがしばらくの休止宣言をする状態になっていた。


 それに、病院で張り付いていたメンバーも退院する姿を確認できなかったので、メンバーをあぶり出す為に虚偽の情報を流したと思い込まれた側面もあった。


 これも恭介が村上に話した読み通りになっていたのだが…。

 それは置いといて…。


 俺がバスを降りて、工学部のキャンパスの裏門にいくと、良二や村上、宗崎が待っていた。


「よっ、いよいよ主役の登場だね。服は奥さんに選んでもらったのか?」

 良二から少しばかり服装をいじられると、俺は素直に答えた。


「これは新島先輩がサイズを間違えて買ってしまった服を貰っただけだよ。この装いは、あの寮長会議があったときの服だからね。夕方で寒かったから羽織る上着として持っていたんだ。」


 その言葉に村上がニッコリと笑った。

「三上は新島さんから可愛がれていたからな。その服を貰ったのを見ていたから。」

「ああ、村上、そうだったよな。確か一緒に課題をやってるときだったかな…。」


 そんな会話をしながら、人通りの少ない裏門からキャンパスの裏口に向かって歩き出した。


 宗崎が周りを見渡して俺に飛びかかってくる同期がいないかを監視をしている。

「さすがに、昼休みに裏から出入りする学生がいないから助かってるよな。講義室に近づくにつれて三上に声をかける奴が増えるだろうけど…」


 宗崎がそんなことを言った矢先に、彼は目の前にいた教授に声をかけた。

「あれ?滝沢教授??」


 滝沢教授は電気・電子系の講義を教えている教授だから、よくお世話になっていた。

 教授と俺の目があった瞬間に、そばに駆け寄ってきた。


「おおっ!!。三上君!!。有坂教授から詳しい話を聞いているよ。無事に退院したか!!。よくやったぞ!!!。きみはウチの学部の英雄だ。学部長も三上君のことを手放しに喜んでいたぞ。今の厳しい状況も知っているから、彼女さんをシッカリ守れよ。」


 俺は冷や汗をかきながら教授に挨拶をした。


「滝沢教授、皆さんにはご心配をお掛けして、なんと申したら良いのか…。しばらくは左腕が不自由ですが、利き手じゃなかったのが幸いしました。」


「あと、私の講義の単位は気にするな。三上君は律儀にも入院中にかかわらず熱心にレポートや課題をやっているが、病院に行く時や彼女を守るときは言ってくれ。私の判断で出席扱いにする。地元のテレビのニュースや新聞にもなった英雄のきみを放っておくわけにはいかない。」


「教授、お心遣いありがとうございます。その時はお声をお掛けすることもあるかと思いますが、今のところは皆さん目もあるので、自分ができる範囲内でシッカリと講義を受けたいと思っています。」


「ははっ、君らしいな。私も有坂教授と同じでそこを買っているんだよ。これからも頑張ってくれ。」

 滝沢教授と固い握手を交わすと、上機嫌で何処かに行ってしまった…。


 それを3人が見ていて村上がボソッとぼやいた。

「三上さぁ、やっぱり大変な事になってるから面倒だよなぁ。教授達が外部に漏らすことはないだろうけど、詳しい話を知っていそうだよね…。」


 俺は村上のボヤキに長い溜息をつきながら答えた。

「その通りだよ、もう、今からお腹いっぱい状態で精神的に疲れそうだ…」


 それを見ていた良二が相当に心配そうにしていた。

「恭介や、やっぱり早く呼んで良かったよ。講義までは30分ぐらいあるけど、道中のトラブルを恐れたんだよね。お前が講義室に入れない恐れもあってさ…」


 そうしたら今度は有坂教授が俺達を見つけて駆けてきた。


 その有坂教授の姿を見て、俺は恐る恐る声をかけた…。

「有坂教授、どうなさいました?」


「さっきすれ違った滝沢教授から聞いたのだよ。午前中に退院することを学生課から聞いていたからな。三上君、私の講義に来たところ悪いのだが、学部長がお呼びだから私と一緒に学部長室まで行くよ。学部長の話が終わったら講義をするから、君たちは話が長引くようなら少しだけ講義室で待っていてくれ。」


 宗崎が「わかりました」と返事をすると、良二が俺に近寄ってきた。


「恭介、バッグは講義室まで持って行ってやるよ。お前は右手しか使えないから辛そうだし、そのほうが楽だろうから。」


「良二、ありがとう。中身は俺が出すから、俺の座る席の椅子にバッグを置いて貰えば良いから」

 そう俺が言うと、良二はバッグを受け取って「分かった」と、言って去って宗崎や村上の後を追った。


 俺と有坂教授は工学部のキャンパスの最上階にある学部長室に向かった。


 学部長室に行くときに、同期の連中が俺を見つけると声をかけてきたが、有坂教授と一緒だったので乱暴な言葉は掛けられなかったし、危害もなくて済んだが、今の俺は少しばかり緊張をしていた。


 有坂教授に案内されて学部長室に入ると、真っ先に学部長から声をかけられた。


「三上君、まずはお見舞い申し上げる。一時期は意識を失ったと聞いて吃驚したが、君の勇気ある行動で、スタンガンを持った暴漢に襲われそうになった女子学生を救った話は大学中を駆け巡っている。私からも敬意を表したい。」


「学部長、ありがとうございます。私は大したことはしてませんし、入院中は皆様に、ご心配をお掛けしました。」


 俺は少し緊張しているから、お礼を言うのが精一杯だった。


「いやいや、謙遜しなくていい。学生課の職員から、君は注目されすぎていて大変な事になっている事も聞いたし、逮捕された学生が所属している闇サークルのメンバーから目を付けられている事案も承知している。特に理学部は極秘裏の内部調査に入ったとも聞いたよ。」


 それを聞いて、これは色々と隠さないでキチンと話すべきだと考えた。


「私がいる学生寮の理学部寮生が、偶然にも理化学波動研究同好会と名乗る怪しいサークルの話を聞きまして、寮長である私を通じて学生課に相談したのが切っ掛けでした。そこで、このような厳戒態勢が敷かれる経緯になっています。」


 俺の話を聞いた学部長が静かにうなずいて話しかけた。


「三上君、そのことも教授との間で極秘で聞いている。学部としては君にできる限りの支援と保護を約束したい。何かあったら私達に話して欲しい。君が可憐な女子学生を身を挺してまで救って交際を始めた話は微笑ましいし、君のような学生が英雄として讃えられてるのは嬉しいが、今の君の置かれている状況が厳しいので学部もサポートをしたい。」


『まずいなぁ、話が大ごとになりすぎている…』

 そんな学部長の話を聞きながら、色々と知っているようだから無難な返事に留めた。


「お気遣いありがとうございます。何かあったら躊躇うことなく教授に話しますので、その時はよろしくお願いします。相当に厄介そうな相手なので、心底、参ってしまっているのが本音です。」


「それはよく分かるよ。君が飛び級で学生寮の寮長をしていなければ、学生課と太いパイプもなかっただろうし、相談する相手もなかったと思うとゾッとしたよ。一般の学生では学生課と深く関われないだろうからね。」


「寮長になったのは偶然ですので、果たして私が適任か分かりませんが、少なくても学生課が管轄する寮生になれたのは幸いでした。」


 それを聞いた学部長は笑顔になって、俺のそばに寄ってきて右肩をポンと叩いた。


「君は謙遜しなくていいのだよ。教育学部の学部長から、君が教育学部の体育祭実行委員会で先輩の寮長の代わりに、代理で実行委員会の指揮を取って大活躍した話は私の耳に入っていたのだよ。」


『まっ、マジか…』

 内心は学部長が何処まで知っているのか、心の中で震えていると学部長はさらに言葉を続けた。


「有坂教授はその場で見たらしいが、三上君はバレーボールが上手いよ。学生課の職員が録画を持ってきて、ここで見せて貰ったけど、いやはや…君は身長が低いのに凄いね…。」


 それを聞いて相当に焦った。

 あんなのを学部長にまで見せていたなら、恥ずかしくて穴に入りたいぐらいだった…。


「いっ、いや…、そこまで学部長が知っておられるとは…、お恥ずかしい限りです。あの体育祭実行委員会のお陰で、教育学部の学生達と実りある交流ができましたし、実は来年も体育祭の陣頭指揮をお願いをされている状況です。不思議なもので、そのチームとの練習が今でも続いています。」


 それを聞いた学部長は少し驚いた様子だった。

「いやぁ…三上君。それは周りから信頼を得ている証拠だよ。君が飛び級で寮長になった理由も分かる。」


 そこまで学部長は言うと、俺の右肩を優しく添えた。


「とにかく、学部としては君や彼女のことを全力でサポートしたい。怪しい学生が再びスタンガンを持って君や彼女が襲うような事があれば、うちの学部にとって優秀な学生を失うことになる。君も今はつらいだろうけど、ここは頑張ってくれ。」


「学部長ありがとうございます。何かありましたら、すぐに相談しますので…」


 俺がそう言うと、学部長と固い握手をした。


「三上君には期待をしているよ。また、私に嬉しいニュースを聞かせてくれ。」


 有坂教授と俺は学部長室を出て、少し廊下を歩いたところで教授に話しかけた。

「教授、体育祭実行委員会の話が学部長にまで聞こえているとは思いませんでしたよ…」


 その問いに有坂教授が苦笑いをしていた。

 歩きながらエレベーターに向かうと、すぐに扉が開いた。


 2人はエレベーターに乗る混むと、教授は講義室ではなく研究室にある階のボタンを押した。

 そして教授は話を続けた。


「あっ、思い出したよ。学部長はね、教育学部の学部長から聞いたのだよ。体育祭が始まる前に私が高木さんから声をかけられた時点で、学部長も知っていたんだよ…。」


 有坂教授の話を聞いて、かなり背筋が寒くなった…。

『絶対に棚倉先輩だろ??』


「もっ、もしかして、うちの寮の教育学部の先輩に、来年度は院生になるぐらい優秀な学生がいまして、そのルートでしょうか…。その学生は教育学部の教授達をゼミなどで、かなり良く知っているようなので…。」


「三上君は鋭いね。私も学部長からそう聞いているよ。教育学部に優秀で熱心な学生がいて、うちの学部の教授達とのツテを探そうとしていたらしい…と。」


 それを聞いて俺は頭がクラッとした…。


「教授、今だから話せることですが、学部長にまで話が及ぶと大ごとになってしまうので、高木さんが動いて私を守ってくれた背景があります。失礼な言い方になりますが、私は学部長に呼び出されるよりも、担当委員の教授のほうが精神的なプレッシャーの度合いが違います。」


 それを聞いた有坂教授は笑った。


 エレベーターは下に降りて、有坂教授がいる研究室の階で止まろうとしたので、俺が講義室がある階のボタンを押そうとすると、教授は話ながら手で制した。


「ははっ!!。三上君らしい。でも、それは確かに言えているよ。私も学部長から直接、三上君のことを話されたら、高木さんに言われたよりもプレッシャーを感じていただろうね。…さてと、少し研究室に寄っていくよ、講義の準備をするから少しだけ前で待っていてくれ。」


「はい、分かりました。」

 俺は教授の研究室の前でボーッと待ちながら心の中でぼやいていた。


『参ったなぁ、棚倉先輩が余計なことをするから相当に面倒な事になっている…』 

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