タクシーが寮の駐車場に駐まると警備員が立っているのが見えた。
それを見て荒巻さんに言葉をかけた。
「荒巻さん、随分と物々しいですね…。」
「仕方がないよ、はやく寮に行って荷物を片付けておいで。三上くんの部屋は誰が入っても何処に何があるか、すぐに分かるぐらい綺麗だから、時間はさほど掛からないと思っているよ。」
俺はすぐにタクシーを降りて、寮の玄関に入ると松尾さんが受付室にいた。
「おおっ、三上君、お帰り。荒巻さんはどうした?」
「寮の駐車場にタクシーが駐まっていて、そこで私を待っています。」
「タクシー代が勿体ないから、私が経済学部のキャンパスまで車で送っていくよ。まだ午前中だから、うちの女房に受付を任せれば大丈夫だから。三上君は早く部屋に行って荷物を置いてきてくれ。」
そう言うと、松尾さんは寮の玄関から駐車場に出て行った。
急いで階段を駆け上がって、自分の部屋に入ると、着替えやバスタオルは所定のラックの中に入っているし、本も綺麗に本棚に入っているし、ペットボトルのお茶なども何時も置かれている場所にキチンと置かれていた。
そして、ふと見ると、机の上に高木さんの字でメモ書きが置いてあった。
『三上くんへ。あなたの部屋は綺麗すぎるから、どこに何があるのかすぐに分かったわ。着替えを含めて片付けておいたから安心してね。こんな旦那がいたら霧島さんも惚れるに決まっているわ…』
陽葵は病院から家に帰ると、俺の着替えやタオルなどを洗濯して、翌日になると学生課に行って高木さんに渡していたのだろう。
そのメモを見て俺は溜息をついて独り言を放った。
「はぁ…。高木さん、ありがたいけど、最後の一言は余計だよ…。」
俺は退院直前に着替えた下着をバッグから取り出して洗濯用のカゴに入れると、部屋の鍵を閉めて玄関に戻った。
玄関には松尾さんと荒巻さんが俺を待っていた。
「荒巻さん、高木さんには助かりました。綺麗に整理してくれているとは…恐れ入りました。」
俺の言葉に2人は少しだけ笑って、荒巻さんが口を開いた。
「いやはや、三上くんの部屋に整理なんて必要ないよ。高木さんは、三上くんの部屋に入って所定の場所に荷物を置いただけと言っていたよ。私もそう思うよ。私なんか自分の書斎が汚くなると女房に怖いぐらい睨まれるからね。」
その言葉に苦笑いしてると松尾さんが腕時計を見て少しだけ慌てた。
「もう11時を回っているから、そろそろ出ようか?」
俺は荒巻さんと一緒に松尾さんの車に乗り込んだ。
車の中で俺は陽葵の携帯にメールを入れた。
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お誕生日おめでとうございます。
30分程度で経済学部のキャンパスに向かいます。
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反応がないところを見ると、まだ講義中だろう。
ついでに良二の携帯にもメールを打った。
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今まで心配をかけて悪かった。
さっき寮に戻ったから、今から経済学部のキャンパスへ向かうよ。
お昼を食べてバスに乗ったら連絡をするからね。
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「霧島さんと学部の友人に連絡を済ませました。理化学波動研究同好会なんて気味の悪い連中の動きが分かりませんから、常に連携して動かないと私たちはもちろん、他の学生達に危害が及んでも大変ですからね…」
「午前中から寮の周りは警備員がいて物々しいよ。しばらくは不審者も居なくなるだろうから安心だけどね、油断は禁物だよ。この前のようにスタンガンなんて持っていたら、女性なんてひとたまりもない。」
松尾さんが運転をしながら、俺の言葉に答えたが、とても心配そうにしているのが分かった。
「松尾さん、これからは霧島さんを保護するために、朝飯を食べたらすぐに電車に乗って一緒に大学に行ったり、帰りも少しだけ遅くなる可能性があります。いつまでやるか分かりませんがね…。」
俺がそう言うと、松尾さんが溜息をついた…。
「いやはや…。いつまで続くのか。前に学生運動が盛んな頃に血気盛んな学生連中が寮内で暴れた話を学生課の古い職員から聞いた事があったけどね。それとは違うけど、ある意味でそれに匹敵するよ。三上君だから良かったけど、他の子だったら私たちにもっと負担がかかっていたよ…」
荒巻さんがハッと気付いて松尾さんに言葉を掛けた。
「松尾さん、三上くんを経済学部のキャンパスまで送ったら、このまま本館の駐車場に駐めて、今後のことを高木さんと打ち合わせましょう。三上くん1人で抱えさせても大変ですから。」
「ああ、良いですよ、これだけ物々しいですからね、話す事は沢山あるでしょうし…。」
「三上くんにも話して大丈夫なことですが文化祭の話です。幸い、今回は占いコーナーがあるからバイトを増やすのは当然ですが、私たちも誰か1人はブースにいる形にしましょう。何かあったときの連携を大切にしたいと思いまして。」
「その件は分かりました。今は非常事態ですからね。」
荒巻さんと松尾さんが、そんな会話をしていると俺の携帯が鳴った。陽葵からの電話だった。
「恭介さん、いま講義が終わったわ。キャンパスの正門で白井さんと一緒に待っているからね。」
「ごめん、そうしてもらえると助かる。寮の用事で1度だけそのキャンパスに入ったことがあるけど、訳が分からなかったからさ…」
「ふふっ、大丈夫よ。」
「あとは、外で三上さんとか、寮長なんて呼ぶのは止して貰いたい。念の為だけど、それを聞いた人が居てバレたらマズいかもしれないから。」
「分かったわ。確かにそうよね、午前中の退院は極秘だし、あの事件は大学中で有名になってるから、すぐに分かってしまうわ。白井さんにも伝えておくね。」
陽葵との電話を切ると、荒巻さんが俺を見てニヤッとして話しかけた。
「三上くん、流石だね。もう大学中で工学部の一般男子学生寮長さんは有名になっているよ。スタンガンを持ったカルト系の闇サークルを倒した英雄としてね。」
俺は少しだけ溜息をついた。
「はぁ、顔がバレていないだけ幸いです。左腕を骨折してますが、まぁ、すぐにはバレないでしょう。目立たないところに移動して、ご飯を食べますよ。参ったなぁ、しばらくは大学内での自由が奪われそうだなぁ…。」
「三上くん、もしも追いかけ回される事があれば学生課に逃げてきて欲しい。なんなら、有坂教授に話をしておいたけど研究室で霧島さんと一緒に匿ってくれるらしいから…。」
「その時はすぐに荒巻さんや高木さんの携帯を鳴らしたり、学生課の直通電話を鳴らしますよ。この前のように急に奴らの正体が分かるなんて事もありましたからね…」
「三上くん、そうして欲しいよ。それと、三上くんが理系で良かったよ。同じ理系の寮生と繋がっていたお陰で手がかりが少し掴めたからさ…。文系と理系の学生は少しばかりソリが合わない場合が多いけど、三上くんはそれでも上手くやってるほうだから、大したモンだと思っているよ。」
俺は荒巻さんの話を聞いて苦笑いをしていた。
「自分でも少し偏屈なのは分かってます。仕方ないですよ、理系離れが進んでる中で男所帯の工学部に入る奴なんて、文系が見れば希少価値でしょうからねぇ。それで奇特に思われても困りますし、それでも私は立派に生きているのに…。」
荒巻さんと松尾さんの2人はそれを聞いて声を出して笑っていた。
そんな話をしているうちに、経済学部のキャンパスの正門のそばに着くと俺は急いで車から降りた。
「ありがとうございます。」
俺がお礼を言うと、2人は手を振って車はすぐに本館へ向けて走り去った。
正門に向かって歩き出すと陽葵と白井さんが正門にいた。
陽葵が嬉しそうに俺に話しかけた。
「ふふっ、ようやく来ましたね。ここだと言葉を選ばないといけないから大変だわ…。」
「そうよね、早くあの場所に移動しましょう。あそこなら多少の話ができるはずだから…」
白井さんも俺が来て嬉しそうだったが、自然に話せなくて困っている様子だった。
「ごめん、全く分からないから、案内して貰うと助かるよ。」
陽葵と白井さんはうなずくと、キャンパスの中に俺を案内した。
そして、経済学部のキャンパスの廊下の曲がり角を何度か曲がりながら、10分ぐらい歩くと中庭があった。
中庭にもベンチがあるし、中庭に通じる出入り口の付近にも椅子が置いてあった。
「これってキャンパスの奥の方にあるのかな?」
陽葵がそれに答える。
「ええ、恭介さん、ここはキャンパスの奥の方にあるから、みんな面倒くさがって来ないのよ。」
外に2人の男女がいて、キャンパス内の購買で買っていたパンを食べているぐらいで廊下には誰もいない。
「ここなら誰かが来ても足音で分かるから、中で食べようか。この中庭は上の階から丸見えのような気がするから廊下なら分からないだろう。」
すると白井さんが俺を見て興味深そうに答えた。
「さすがは三上寮長さんだね。ほんとうにボーッとしてるようで、じつは良く見てるというか…、瞬時に周りを見ているのが凄いなぁ…。」
「うーん、白井さん、ボーッとしてるのは入院生活が長過ぎでダレてるせいだよ。それに、普段から緊張しまくっていたら精神が持たない。」
俺が廊下にある長椅子の端に座ると陽葵が真ん中に座って、その隣に白井さんが座った。
「恭介さん、お口に合うか分からないけど…」
陽葵は恐る恐るバッグからお弁当を取り出して俺の膝の上に置いた。
それを白井さんが羨ましそうに見ながら、購買で買ったお弁当を広げた。
「いいなぁ、三上寮長は陽葵ちゃんのお弁当で。私なんて購買で買ったお弁当だよ…。」
「白井さん、俺も寮生だからそれは同じだったけどね…。」
白井さんが羨ましがっているのを横目に、陽葵は、俺の膝の上に置いた弁当箱を開けた。
お弁当はサンドイッチや唐揚げ、卵などが入っていた。
おかずにはプラスチックの楊枝が差されていて、俺が片手でも食べやすい工夫がされている。
「陽葵、美味しそうだよ、寮生活だと、こんなメニューは出ないから嬉しいよ。それに、片手でも食べられるように考えてくれてありがとう。」
陽葵は少しだけ頬を赤らめると恥じらうように答えた。
「もぉ、恭介さんは褒めるのが上手なんですからぁ~~♡」
それを聞いた白井さんまで少し頬を赤らめている。
「う゛~~、さっそく陽葵ちゃんと三上寮長さんに当てられたわ。早くこれに慣れないと。あ゛~~、わたしも彼氏が欲しいわ…。」
俺は悶えている白井さんを横目に陽葵のお弁当を食べることにした。
「ああ、美味しい。なんて俺は幸せなんだ…」
その一言に陽葵が顔を朱くした。
「きょっ、恭介さん♡、褒めるのが上手すぎるのよ、恥ずかしいわ…♡。」
それを見ていた白井さんも同時に顔を朱くして悶えていた。
「う゛あああ゛~~~、もう、ラブラブすぎて彼氏が欲しすぎるぅ゛~~~」
そう言いながら、白井さんは何故か弁当を急いで食い始めたので、俺は少し疑問に思った。
「白井さん、当てたのは申し訳なかったけど、早く食べる必要なんてないよね?」
白井さんは俺の顔をまじまじと見て口を開いた。
「このままだと、ご飯そっちのけで2人をジッと見てしまうわ。それなら、早く食べ終えてじっと見た方が得策なの。」
それ以降、俺と陽葵は黙って昼飯を食べることにした…。
俺がお弁当を食べ終わると、陽葵はバッグに入っていたお弁当の袋からおにぎりを取り出した。
「恭介さんは絶対にこれだと足りないと思って、おにぎりも用意してきたのよ♡」
『陽葵よ、おにぎりは嬉しいけど、語尾にハートマークを入れると白井さんが悶えるぞ?』
案の定、白井さんは顔を真っ赤にしながら、お弁当を急ピッチで食べ始めている。
それを横目に陽葵からおにぎりを受け取ると食べ始めた。
「陽葵、ありがとう。塩加減もちょうど良いし、中に入っている鮭も美味しいよ。うん、陽葵が作ってくれるものは全部美味しいし、嬉しそうな顔が可愛すぎるから余計に褒めちゃう。」
それを言った瞬間、俺は白井さんの存在を忘れている事に慌てて気づいたが遅かった。
「三上寮長ぉぉ~~~~、わ゛だしを悶えさせないでぇぇ~~~」
白井さんの心の叫びが廊下に響き渡った。
そして、陽葵は顔を真っ赤にして恥じらっていた…。