棚倉先輩や高木さん達が去ったあと、俺と陽葵は談話ルームに戻って、3人の友人達と明日の退院後の行動に関して打ち合わせをしていた。
「電話で言ったとおり、明日は一旦、経済学部のキャンパスに入って陽葵と昼食を共にする。これは防犯上の理由と相手の意表を突くことを兼ねている。昼食を食べる場所は陽葵に決めてもらいたい。できれば自然と邪魔が入らずに食べられる場所を探して貰いたいんだ…。」
防犯上の他にも、少しだけ俺の願望があったのだが、そこは無意識から出た言葉であった。
「恭介さん、それなら、あのキャンパスには中庭があって、ベンチでお弁当を食べている人がいるけど、人が少ないから穴場なのよ。雨が降ったり、寒い時期は出入り口付近にも椅子が設置されるから大丈夫だわ。」
「陽葵、分かった。キャンパスについたら携帯に連絡を入れるよ。そして、お昼を食べ終わったら、俺がバスで工学部の裏門から入って3人が俺を迎えに来る。」
それを聞いて良二が元気よく手を挙げた。
「恭介、そこは任せろ。学部の連中の猛攻撃から絶対に守ってやる。」
「ありがとう、そこは期待してるよ。骨折している状況でヘッドロックとかスープレックスなんて喰らいたくないからな。」
3人がうなずくと俺は言葉を続けた。
「その後、講義が終わったら、陽葵と白井さんがバスに乗って工学部の裏門から入る。これは学生課が監視対象で狙われているので裏を突く作戦だ。工学部の裏門からでは気付かれにくい。ちょっと騒動になるかも知れないが、キャンパスの裏の出入口で待っていて欲しい。その方が安全だ。」
「恭介さん分かったわ。ふふっ、やっぱり工学部は男子しかいないから、女性がいるだけで大変なことになるのよね。昨日、宗崎さんが電車の中で体育祭の準備期間中に女性の委員が来て、ちょっとした騒ぎになっていたと聞いたのよ。」
「陽葵、その通りなんだよ。面倒なことになるけど、皆が陽葵に慣れれば問い詰めてこなくなるだろう。話は戻るけど、その後は打ち合わせ通りだ。図書館までバスで行って、高木さんがタクシーを2台手配して、それに乗り込んで寮に入る手筈だ。」
俺がそこまで話すと、皆が立ち上がって良二が口を開いた。
「さてと、俺達はこれで帰るよ。あれ?。奥さんも一緒に帰るのかい?」
「本橋さん、わたしは少し経ったら帰るわ。恭介さんの着替えなどを洗濯しなきゃいけないし、早朝から退院だから、もう少し荷物をまとめたいわ…。」
3人は陽葵の言葉にうなずくと、俺達に手をふって談話ルームから出て行った…。
その後、陽葵は夕飯までの間、陽葵は俺の荷物をまとめていた。
自分のことだからやると言ったが、陽葵は凍り付いた笑顔を浮かべながら断固として拒否をした。
陽葵を怒らせたら怖いので、もう頼むしかなかった…。
俺は、貰ったお見舞いのお金をまとめた。
合計するとネックレスを買っても仕送り以上の大金だったので、荒巻さんに電話をかけて、寮に戻る途中で銀行に行ってもらって入金をすることにした。
キャッシュカードが財布に入っているから、通帳の記帳は後になるかが、安全上のからそのほうが良いだろう。
2人でそんな事をしていたら、看護師さんが夕飯を持ってきて俺に話しかけてきた。
「三上さん、明日で退院なんですね。看護師さんの間では2人が微笑ましかったり、先生の機嫌がとても良かったりして、わたし達は1週間が少し楽しみだったわ。退院しても頑張って彼女さんを守り通すのよ。」
「ありがとうございます。なんだか病院でも、ちょっとした有名人みたいになってしまって、少しだけ複雑でしたが、皆さんから応援して頂いて勇気を貰えました。頑張りますよ。」
そう言うと、看護師さんは少しニヤッとして病室から出ていった。
トレイを見ると、いつもの如くスプーンが2つに箸が2膳。
箸を手に持とうとすると、陽葵が顔を赤らめながら俺の右手をソッと押さえた。
「恭介さん♡。今日で最後だから、た・べ・さ・せ・て・あ・げ・る♡」
それを聞いた俺は陽葵に精神を乗っ取られたので自然と敬語になっていた。
「ひっ、陽葵さま、せっ、せめて過激なことは止してください。そのまま押し倒してしまいそうです…」
「ふふっ、そんなことしないわよ。この前のパンを食べあって口づけなんてしたら、わたしは家に帰れないわ♡」
陽葵はそう言うと恥じらって頬を赤らめながら匙を差し出した。
「陽葵さまぁ~、可愛すぎて悶えそうです。その恥じらう姿がとても可愛くて仕方ないのです。」
俺が恥じらいながら陽葵から差し出されたご飯を食べると、陽葵は顔を赤らめながら答えた。
「恭介さん、なんで敬語になるの?。もぉ~♡、恥ずかしいけど、大好きすぎて、どんどん食べさせてしまうわ♡」
「恥ずかしすぎて敬語になっているだけです。陽葵さまが大好き過ぎるので安心してください。」
俺の言葉を聞いて陽葵は先ほどよりも顔を赤らめて、余計に恥じらいながら匙を差し出した。
「もぉ~~♡。そんなに褒めても何もでないわよ♡。恭介さん大好き♡」
その恥じらう姿がたまらずに、俺は匙を持って陽葵にご飯を食べさせた。
「陽葵さん、あ~ん♡をしてください。もう、可愛すぎて限界です…。」
陽葵は俺が差し出した匙に可愛く口を開けてご飯をパクッと食べた。
「もぉ~~♡、恭介さんの食べるご飯がなくなってしまうわ。だめよ♡」
そんな愛に満ちあふれた食事が終わると、次はシャワールームだ。
看護師さんがトレイを片付けて、テーブルに置いてあった薬を飲むとシャワールームに向かった。
「陽葵さま、やっぱりシャワールームについてくるのですか?」
俺は再び敬語で陽葵に問いかけると、悪戯っぽい笑みを浮かべながら答えが返ってきた。
「恭介さん、当然のことを聞かないで。あの狭さだから一緒に入れないのが悔しいのよ♡」
陽葵の言葉を聞いて、俺は少しだけ意地悪な質問をしてみた。
「ひっ、陽葵さま…。あのぉ…、温泉の練習を兼ねて一緒に入ったりしたら…大変ですよね…」
その敬語の質問に陽葵は顔を真っ赤にして答えた。
「あっ、あ、あのぉ…。一緒に入りたい気持ちはあるわ♡。でも、あんな狭いところで密着して入ったら、恥ずかしぎて家に帰れなくなってしまうわよ♡」
陽葵はそう言うと顔を真っ赤にしながら、俺の着替えやタオルを手早く用意して病室を出て、ナースステーションで看護師に声をかけた。
シャワールームが運良く空いていたので急いで入ることにした。
当然のことながら、陽葵も脱衣所までついてくる…。
「ひっ、陽葵さまぁ~。そっ、その、私の着替えを手伝うのですか??」
陽葵は顔を真っ赤にしながら無言で俺を生まれたての姿にすると、シャワールームに送り出した。
「恭介さん♡、行ってらっしゃい。わたしはここで待っているわ♡。」
『陽葵よ、絶対に、この状況で語尾にハートマークは付けてはいけない…』
俺はできるかぎり理性を保ちながら、シャワーをあびて体を丹念に洗うと、陽葵はバスタオルを持って待ち構えていた。
陽葵は無言で俺の体を拭いて、なすがままに着替えさせられた…。
そのことについて、俺は陽葵に強い拒否の言葉を口に出さなかった。
拒否の姿勢を示したとしても、陽葵は怒りながら俺の服を脱がしたと思うから完全に観念していたのである。
シャワールームから出た後に、病室に戻ると陽葵はバスタオルや着替えを手早く畳んだ。
それをバッグの中に入れると、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出そうとしている俺を制した。
「恭介さん、最後の入院生活は、わたしに甘えてね♡。しばらくしたら帰るけど、明日の退院が楽しみすぎて仕方がないのよ。だって、明日は私の誕生日だから余計なのよ♡。」
学生証が落ちたので、すでに誕生日を知ってるなんて言わなかった。
「え???。早く言ってよ!。これじゃぁ、プレゼントなんて用意できないし!!」
陽葵にバレないように俺は困った表情をしてネックレスを買ったことを誤魔化した。
「ふふっ、恭介さんに言わなかったのは、私の誕生日プレゼントは恭介さんの退院だけで嬉しいからよ。うちはプレゼントの交換はしない家なのよ。でもね、誰かの誕生日になると、外食をしたり家の中で豪華な食事をするのよ。明日は私の家で恭介さんと一緒に夕食を食べることが私へのプレゼントなの。」
それに加えて陽葵の心の中では、苦学生の恭介に無理矢理に誕生日プレゼントを買わせるような行為が嫌だったので、あえてギリギリまで伏せていたのだ。
この時間なら、もう夜なので空いている店も少ないし、今から外出許可なんて出ないだろうから、彼女の中では少しだけ安心していた。
恭介が入院中の早い段階で自分の誕生日を知ってしまった場合、彼が動けなくても、棚倉や三鷹などの寮生に頼んで買ってきて貰うことも可能だと考えていたのだ。
ただ、明日の退院の合間に恭介が何か買って貰ったとしても、陽葵は怒るつもりはなかった。
…この陽葵の読みは当たってしまっているのだが…。
『プレゼントをあげるときは、退院の合間に買ったと嘘をつくしかないか。荒巻さんと口裏合わせをしておこう。』
俺はそう考えて、明日の朝、荒巻さんがきたときに詳しい話をすることにした…。
陽葵は俺の頬に軽くキスをすると軽やかな足取りで病室を出た。
キスをされた俺は、その余韻に浸りながらボーッとしていた…。
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時は現代に戻る。
俺がここまで書いたDMについて、新島先輩から返信DMが届いた。
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うーん、お前たち夫婦のイチャイチャは『ごちそうさま』だよ。
大問題なのは、棚倉先輩と美緒が、これだけお前のことを喋りまくった影響で、お前達や大学側に相当に迷惑をかけていた事だよな。
俺が復学して、あのサークルのことを聞いて陽葵ちゃんが狙われていると知ってから、お前と一緒に陽葵ちゃんの家まで送り迎えをした時に、定期券なんか持ってるから不思議に思っていたんだよ。
あと、お前が退院する時間が早まった時に、棚倉先輩や美緒に嘘をついて良かったと思うぞ。
あの闇サークルはマジに過激なストーカーと同じだったし、気味の悪い連中だったからな。
そんな奴らに陽葵ちゃんの家なんかバレたら、お前達に危害が及んでいた思う。
俺があの当時からいれば、サークル仲間から情報を引き出せたよなぁ…。
ちょっと悔しかった…。
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俺は新島先輩の返信メールをすぐさま書いた。
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このあと、退院直後のことを書いて今日は終わりにしますよ。
続きは明日以降、仕事の合間に書きますからね。
今は色々とあって仕事が暇なので、合間に書けますから。
あの時は棚倉先輩と三鷹先輩に少しだけムッとしてましたよ。
こっちは陽葵を守らないといけない一心だったから必死でしたよ。
わけの分からん闇サークルが陽葵の家を特定したらヤバかったし。
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新島先輩や俺の返信DMを見ていた陽葵が少しだけ顔を赤らめた。
「恭介さん、あの当時はたしかに恐かったけど、しばらくの間、恭介さんと一緒に電車で家まで帰れたことが嬉しかったのよ。途中の大きな駅で降りて駅ナカで買い物をしたり、ちょっとした食事をしたり…。ときには…ウフッ♡」
俺は陽葵の頭を自然となでながら一言だけ言葉を返した。
「まぁ…あれは…、自然な流れだから仕方なかったよなぁ…」