俺と陽葵のアツアツなイチャイチャが落ち着いた後…。
陽葵は棚倉先輩が書いた寮長会議の議事録を見せながら俺に説明を始めた。
「今日の寮長会議は、恭介さんが案を出したお陰でスムーズに話が進んだわ、坪宮さんの配置は橘さんや三鷹さん、木下さん達と決めたのよ。」
俺は議事録と橘先輩が書いた図を見ていた。
「この配置なら、行列ができたときに隣のブースと喧嘩をしなくて済みそうだな。もしも何かあったら俺に声をかけてくれ。なんとか交渉するからさ。あとは整理券や割引券まで三鷹先輩が作ってくれるから助かったよ。」
それを聞いた陽葵は少し嬉しそうだった。
「恭介さんから色々と言われそうだと思ったけど、それは二つ返事だから安心したわ…。」
「いや、大筋の話が決まったら、こんどは現場側の人達が主役だから、こと細かに決めてしまっても現場サイドで自由がなくて困ってしまう事もあるんだ。だから俺は概略を決めたらみんなで相談する事に決めているだけだよ。」
「ふふっ、棚倉さん達が言っていた通りだわ。体育祭実行委員でそうやっていたと、坪宮さんも言っていたし…」
「あれは、寮とは違って、もっと組織が大きいから、みんなに任せないと担当してる人の仕事がなくなるからね。それと、この議事録の書き方は、企画書みたいな感じになってるから、あとは俺に任せた的な感じだなぁ…」
陽葵は恭介の話を聞いて、こういう事に慣れている恭介に改めて吃驚していた。
「あと棚倉さんに、村上さんが諸岡さんにパソコンを教える話をしておいたわ。だいぶ棚倉さんが喜んでいたわよ」
「陽葵、それで良いよ。どのみち俺が卒業したら何もできない…では、情けないから時期寮長になるであろう諸岡に教えておけば、あいつは俺よりも細かいから絶対にマニュアルとかを作って後輩に教えるはずだから。」
「恭介さんって、そこまで考えて諸岡さんを指名したの?。ちょっと凄いわ…」
「もちろんだよ。単にいい人だけを選んでも後が続かないんだよ。だからこそ、シッカリと引き継いでもらえそうな人を選んでいるわけだ。だが、諸岡は几帳面だけど硬いから、そこを育てなくてはいけないし、次の補佐は少し俺や棚倉先輩に似たような奴じゃないと駄目かもなぁ。」
実際にこの時の寮幹部は、学生課の幹部から見ても、暴漢事件はあったものの、寮内で大学を騒がせるほどの大きなトラブルが起こらなかったことから以後10年程度は『黄金世代』と呼ばれていた。
それには恭介が大筋を作って、後輩に脈々と受け継ぐ基礎を諸岡が作った面が大きかった。
そこは余談として置いといて…。
俺はもう夕飯を終えてしまった時間だし、今日は寮長会議があって尚更に遅かったと思うので、陽葵の事が少しだけ心配になった。
「陽葵さぁ、夕飯はどうしたの?」
陽葵にそう問いかけると、彼女は少しだけニコッとしていた。
「みんなで録画を見た後に、食堂で余っていた寮生の食事を出してくれたのよ。女子寮は男子寮と違って余りがちだから廃棄するのも勿体ないみたいだしね…」
「ああ、女子寮で寮長会議があると、そうなるケースが多いんだよ。うちの男子寮だと人数分なんか余らないからなぁ。それに出されるメニューも、男女でそんなに変わることはないから。」
それを聞いた陽葵が少し興味深そうにしていた。
「恭介さんが普段から寮で食べている食事ってあんな感じなのね。意外と栄養バランスも偏りもなくて悪くなさそうよ。小中学校の給食が定食みたいになった感じかしら…」
「そうだね、でも、俺達にとってはソレが生命線だからなぁ。あの飯が食えなければ死んでしまうし…」
そんな雑談が幾つか続いた後、陽葵は俺の下着やタオルなどを回収してバッグに詰め込んだ。
「恭介さん、今日は素直に家に帰るわ。大丈夫よ、寂しくなんかないし…そっ、その…さっきは…」
陽葵は何かを言おうとして顔を赤らめて言葉に詰まって恥じらっている。
俺もさっきの激しいキスを思い出して言葉に詰まった。
「そっ、そ、そうだよね…。だ、大丈夫だよ…」
俺がそう言うと、陽葵は顔を赤らめつつ、そそくさと病室を出ていった…。
◇
-翌日の昼-
「さて、明日はいよいよ退院か…。」
俺は昼食を食べながら独り言を呟いていたら、気付かないうちに井森さんがいて、少し寂しそうな表情をしていた。
「三上さん、分かってはいるけど少し寂しいわよ。彼女さんを大切にして卒業したら結婚するのよ。あの子は絶対に良い子だから離してはだめよ。」
「ここだけの話、もう親公認だから、ゆくゆくはそうなります。私も男として覚悟はできてますよ。」
井森さんは俺の言葉に大きく頷くと笑顔を絶やさずに、食べ終えた食器を早々に片付けた。
再び病室にやってきて薬を持ってくると、再び話しかけられた。
「しばらく経ってから先生の診察があるから診察室へ行ってね。私はここで、交代だけど退院する朝はいるから、じゃぁね~♪」
彼女は手を振って病室から出て行った…。
診察は整形外科だけだった。
脳は異常が見当たらないし症状が見られないので、そのまま経過良好という形で片付けられていた。
事前に検査室でレントゲンを撮って診察室の前にある椅子に座ってボーッと待っていた。
今日は混んでいたので、だいぶ待たされて診察室に入ると、先生が早速レントゲンを見て俺の診察を始めた。
「三上さん、経過は順調そうだね。特に骨も手術をした場所も異常が見当たらないから大丈夫ですよ。縫合を見ますね…」
看護師さんがギプスを外すと先生は患部に消毒をしたりして、じっくりと観察していた。
「はい、大丈夫ですよ。痛み止めは今日の夜から眠くならない薬を処方しますね。次の診察日までの薬も出してしまいます。もしも激しく痛む事があれば頓服も出しておきますから、飲んでください。頓服は飲んでから最低でも4時間は空けてくださいね。」
再び看護師さんにギプスをつけられると、俺は診察室の椅子から立ち上がった。
「先生、入院中はお世話になって、ありがとうございました。」
深々とお辞儀をすると先生はニコッと笑った。
「これが仕事だからね。ニュースになった英雄の学生さんを治療できて私は名誉ですよ。これからも頑張って下さいね。そして彼女さんとも結婚できるように願っています。」
「ありがとうございます。」
俺は再びお礼を言って診察室を後にした。
時計を見ると、すでに午後の3時に近かった。
「やべぇなぁ、陽葵や良二たちが来るかも知れない。」
俺がエレベーターで病棟まで行くと談話ルームに陽葵や良二、宗崎と村上がいて課題をやっているようだ…。
良二が俺の姿を見かけると呼びかけた。
「恭介や、今日は俺達も一緒に課題をやるから、ここに座ってくれ。奥さんが恭介のバッグを持ってきて、もうノートとかも出してあるから、お前は座るだけだよ。」
皆が座っている席に俺も座ると、陽葵が声をかけた。
「恭介さんの病室に行こうとしたら、そこのナースステーションで、まだ診察中だからと言われちゃって、ここで課題をする事にしたのよ。」
「そうか、待ち合わせた学生課で課題をするのも気が引けるし、狙われているから自由気ままに本館の図書室とか、空いている講義室でやるわけにはいかないもんな…」
周りは一斉にうなずいた。
村上から課題のプリントを貰うと、3人がやっている課題やレポートを見ながら俺もやり始めた。
そうしてしばらくレポートや課題をやっているうちに、少しだけ今後の方針が思い浮かんだ。
「今後は、明日行く図書館か寮の食堂を借りたりするかな。学生課もアリだけど、高木さんとか荒巻さんに空いているミーティングルームや小部屋を事情を話して借りれば何とかなるかな。寮内だと陽葵は俺の部屋に入れないし…」
陽葵は、病院に来る前に課題を終えていたようで、俺達の姿をニコニコしながら見ていた。
「わたしは大丈夫よ。恭介さんが寮内で課題をやるのなら、受付室で受付をしているわ。そうそう、男子寮は恭介さんの前の寮長さんが結核で休学したから人員不足なのよね。だから私が恭介さんの代わりをやれば、かなり助かると思うわ…」
俺は課題をやりながら陽葵に話しかけた。
「いや、陽葵だって課題もあるだろうし、白井さんと一緒にやるのはどうするんだ?」
「恭介さん、実はね、担当委員の教授がわたしと白井さんが、講義後に恭介さん達の真似をして課題をやっているのを見て、あの暴漢騒動の件もあったから、教授がゼミで使ってる部屋の隅で課題をさせてもらえることになったのよ。」
「陽葵、そうすると今日もその流れだったのか…」
陽葵はコクリとうなずいて俺の言葉に答えた。
「わたしの学部の課題は、恭介さんの学部ほど多くないわ。だから、こんなに課題をやるのに時間はかからないのよ。さすがは理系よね。こんな量を毎日うちの学部で出されたら、見ただけで逃げる学生もいるわ…」
その会話をしながら俺は微積の課題のプリントをやる手は止めなかった。
陽葵が立ち上がって俺達がやっているプリントを興味深そうに覗きこんだ。
「恭介さん…わたしはお手上げよ、全く分からないわ…。重積分の変数変換ってなに?」
陽葵は顔をしかめながら降参状態だったようだ…。
「まぁ、文系だと、高校の時から微積なんて捨てるなんて人も多いからなぁ、俺達も人のことはいえないから、こうやって協力しながら課題をやるのさ…。」
そうしているうちに村上が少しだけ思い出したような顔をして言い始めた。
「そうだよ、ここは、前に本館の図書室で偶然に泰田さんと会ったときに、同じような問題が出たときに、ここは重積分を極座標でやって、累次積分の形に直すだけでOKなんて言っていなかったっけ?」
「ああ、そうだった、そうすれば解けるね…」
俺は村上にうなずくと、前に泰田さんから教わった要領で解いていって、すんなりとプリントを終わらせることができた。
横から俺が微積を解いたのを見ていた陽葵が驚いたようにつぶやいた。
「恭介さんもそうだけど…、みなさん…。よっ、よく、スムーズにコレを解けるわよね。この課題をうちの学部で不意打ちで出だされたら、わたしも含めてノイローゼで講義に行かれなくなるわ。」
「陽葵、実際にこの講義についていかれずに、留年や退学をする学生も多いよ。もう2年次の時点で気付いたら消えていった学生が何人もいるよ…。」
そこに良二が陽葵を見ながら会話に乗ってきた。
「奥さん、うちの恭介は、厄介な課題が出ると、棚倉さんや寮内で頭の良い人達から色々と教わって、それを俺達に教えることで赤点や補講をせずに済んでいます。だから旦那には感謝しきれないですよ…」
陽葵はその話をニコニコしながら興味深く聞いていたが、俺は褒められるのが好きじゃないから,こんな話題は早々に変えたかったので話を切り替えようと試みた。
「悪い、これで課題とレポートは終わったけど、今日の講義のノートを見せてくれ。陽葵と駄弁るのなら、交代しながら話してくれると助かる…。」
しばらくして、俺が講義のノートを書き終えると、ペットボトルのお茶を飲みながら雑談を始めようとした時に、高木さんと三鷹先輩、棚倉先輩に諸岡が来た。
最初に高木さんから言葉をかけられた。
「三上くん、そろそろ夕飯の時間だろうし、入院してゆっくりしている所を邪魔したくないから、荷物を持ったらすぐに帰るわよ。みんなでタクシーで来ているし、運転手を待たせたくないからね…」
俺と陽葵が急いで病室に戻ると、明日の下着と大学の講義に持って行くバッグ以外の全てを皆に渡した。
高木さんは、いちばん重そうな飲み物が入ったバッグを持ちながら笑顔になって俺に話しかけた。
「フフッ、三上くんのご両親は気を利かせて飲み物を箱買いしたお陰で、私は鍛えられるから助かってるわ。さてと、明日は退院祝いでみんなゆっくりと話ができるから今日は帰るわよ。」
高木さんからそう言われれば、三鷹先輩も棚倉先輩も帰りざるを得ない。
特に2人は相当に不満げな顔をしたが、高木さんに背中を押されるように病室を後にした。
早々に荷物だけを持って病院を後にしたのには高木の狙いがあった。
雑談を重ねれば、三上の早期退院がバレてしまう危険性もある。
彼や陽葵たちが話さなくても、医師や看護師などの会話で分かってしまえば、三上が立てた計画なんて水の泡になってしまうからだ。