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~エピソード6~ ⑭ 恭介がいない寮長会議。~2~

 しばらく経ってから、棚倉と坪宮は三上が提案したとおり、2日間の坪宮の進行スケジュールを決めた。


 坪宮の経験上から、占うことは1つだけに限定して、1人10分程度とすると、午前中は単純計算で18人だが、イレギュラーが出る事を考えて15人程度として、午後は休憩時間を挟む関係で20人程度で調整をした。


 それを聞いていた諸岡は棚倉に質問をした。

「三上寮長のあの怪我では整理券が作れませんが、どうしましょうか…?」


 棚倉はそれについて頭を抱えていた。


 今回の追加の企画書も三上がパソコンを使えない以上、自分が手書きで追加して文化祭実行委員と学生課の両方に提出しなければいけない。


 三鷹はそれを聞いていてパッと手をあげた。

「整理券と割引券は絵をつけてわたしが描いてあげるわ。それをコピーすれば、なんとかなるわ…」


「三鷹よ、助かった。あとは、文化祭実行委員会と学生課に坪宮の内容を含めて企画書を提出しないと駄目だな…」


 棚倉はそう言いながら、議事録に詳細を書き込んでいた。


 これを三鷹に任せてしまうと駄目だし、木下にお願いすると棚倉が詳細を話さないと駄目なので、自分でやってしまったほうが早かったのだ。


 彼は、この議事録を基にして企画書を作るつもりだったから余計だった。


 坪宮と棚倉が話をしている間に、他のメンバーが寮のブースのどこに坪宮を配置しようか議論をしていた陽葵が手をあげた。


「棚倉さん、恭介さんがパソコンができる隣の部屋の村上さんに頼んで、諸岡さんに教えると意気込んでいましたよ。」


 それを聞いた棚倉はニヤリと笑って1人で拍手をしていた。


「霧島さん、いや、俺も三鷹に習って陽葵ちゃんと呼ばせてもらうけど、三上はそこまで考えていたか…。恐れ入った。それなら俺は議事録を書くときに企画書に近い形でまとめるだけで良いから助かった。ところで、陽葵ちゃん、配置は決まりそうか?」


 棚倉から「陽葵ちゃん」と、呼ばれた陽葵は少しだけ違和感を感じたが、それは三上と棚倉の距離感が非常に近いことから呼ばれた事に不思議と安心感を覚えた。


「ええ、棚倉さん。坪宮さんのブースに関しては、行列ができたときに、他のブースから苦情がこないように考慮しているので待ってくださいね。こんな時に恭介さんがいると良いのですが…」


「いや、陽葵ちゃん。そこは三上がいても考え込むぞ。奴は体育祭実行委員会の時もそうだけど、概略は決めるけど、細かいことは委員達と一緒に考えるケースが多い。細かい案は三上よりも周りのほうが良策だったりするから、そこに三上が期待してると思うのだが…。」


 それを聞いていた坪宮がニヤリと笑って棚倉に同意するような言葉と捕捉を入れた。


「霧島さん、うちの学部の体育祭で、屋台で出たゴミのポイ捨てが毎年のようにあって困っていた場所があってね、委員達が撤収時に掃除の手間を省くのに、旦那さんは、競技の終了間際にゴミ拾いを競技に入れてしまった人よ。効果はてきめんだったけど、具体的な案は企画委員に任せていたもんね。」


 坪宮の話を聞いた三鷹と棚倉を除く寮幹部が吃驚した。

 ちなみに学生課の職員や寮監、寮母は微笑みを浮かべていた。


 荒巻や高木の笑みを見て、橘が驚きながら口を開いた。

「三上くん、マジに何者なの?。そんな発想なんて自然と出てこないわ。」


 坪宮は悪戯っぽく笑うと橘に向かって少し自慢げに話した。


「三上さんは、さらに1番多くのゴミを拾った人のために、少し豪華な景品をあげようと言い出して、委員達が議論をした結果、例のテーマパークのペアチケットを出すことにして、2番目以降も電子辞書とか大きな目玉を幾つか出したから、参加する人が殺到したのよ。あれは凄かった…。」


 そんな話で盛り上がっている中で、陽葵と白井、それに諸岡や木下が具体的な配置を決めて、橘が図を書いて配置を試行錯誤するような形で議論が進んでいた。


 その議論が終わると、橘が書いた図をそのままコピーをして企画書に添える形にしておいて、棚倉は議事録を企画書と同じ様式に合わせてとまめて書き始めた。


 その間に少しだけ雑談になって、高木さんがやけにニヤニヤしながらみんなに話しかけた。


「実は女子寮の人は三鷹さん以外は見てないと思うけど、今日は教育学部体育祭で三上くんが活躍したバレーボールの決勝戦の録画を持ってきたのよ。この会議が終了したら、みんなで見ましょう。」


 その話を聞いて、木下が真っ先に反応した。

「三上くんが相当に凄かったのは三鷹さんから聞いていたけど、録画を見るのは初めてだわ。ちょっと期待してるわよ。」


 その木下の言葉に坪宮が思いっきり首を振った。


「木下さん、チョットどころではないのよ。たぶん、開いた口が塞がらないわ。わたしはこの決勝戦の時に委員の仕事をやっていたから、決勝戦を見られなかったので得をした気分よ。」


 まだ棚倉が書いていたので、荒巻が少しだけ念を押した。


「この後、例の暴漢事件で少しだけ打ち合わせと注意事項があるから、その後で見ようね。霧島さんや三上くん、さらには寮生達の安全管理に関わってくるから外せないから。坪宮さんも念のために聞いてもらって構わないからね。」


 棚倉が、議事録を書き終えると、みんなの目の前に議事録を置いて回し読みを始めた。

「どこか議事録に間違いがあったり、補足したいところはないか?。今のうちなら直せるぞ。」


 その議事録を陽葵がジッと読むと、少しの違和感に気づいて発言した。


「棚倉さん、恭介さんが荷物運びや設営まで担当になってますけど、現場指揮だけに専念させたほうが良いと思います。骨が折れていて無理なので、男女問わず寮のバイトさんを増やした方が…」


 棚倉は陽葵の話を聞いてハッと思った。


「そうだった、どうしても三上が器用すぎるから頼ってしまっているが、今は怪我をしてるから無理だ…。そうだな、陽葵ちゃんの言うとおり、少しバイトの数を増やして対応しよう。」


 そう言うと、棚倉はその部分の議事録を訂正しはじめた。


 それを見て三鷹が悪戯っぽく笑った。

「さすがは陽葵ちゃんだわ。恭ちゃんのことをよく分かっているから言えるのよね…」


 陽葵は少しだけ頬を赤くした。

 棚倉が議事録を書き終えると、女子寮の管理室に入って、議事録のコピーをして全員に配った。


 そして、棚倉が席に座ったところで荒巻が真剣な顔をで話を切り出した。

「さて、文化祭の件は、おおかたの計画が片付いたし、あとは、ほとんど同じ流れだからね…。重要なのはこっちのほうかな…。」


 皆が荒巻に注目して真剣な目になった。


「まず、大学からのお願いとして、特に棚倉くんや三鷹さんにお願いだけど、三上くんの入院先や退院日まで部外者におおっぴらに話してしまったのは良くなかった。安全上の理由から個人に関わる情報を公表することは控えて欲しい。」


 2人は思い当たる節がありすぎて下を向いた。

 それを見た荒巻は、もう少し具体的に説明を続けることにした。


「霧島さんが例のメンバーと思わしき人物達から尾行されたことを考えると、三上くんの退院日や退院祝いも含めて、霧島さんや三上くんが狙われやすい可能性があるから、彼が退院するときは私と一緒にタクシーで寮に戻ることになった。それと退院当日は男女寮の周りに警備員を配置するぐらいの騒ぎになっている。」


 何も知らなかった坪宮さんが驚きを隠せなかった。

「あっ、荒巻さん…、霧島さんは襲われたサークルのメンバーに再び狙われているのですか?」


 荒巻は坪宮の言葉に静かにうなずいた。


「坪宮さん、その通り。そして、かなり大変なことになっている。霧島さんの行き帰りは、三上くんの同期の友人に付き添われている状況だ。彼も退院後は朝早く起きて霧島さんと一緒に行く事が多くなるだろうね。そのために大学側は6ヶ月ぶんの定期券を購入して、三上くんの経済的負担を減らしている。」


 陽葵以外の寮幹部は一斉に頭を抱えた。そして事態を重く見た棚倉は真っ先に謝罪した。


「私が不甲斐ないばかりに、大ごとになってしまって申し訳ない。もう少し話を自重すればよかったのですが、霧島さんや三上を危険な目に遭わせてしまうなんて…」


 三鷹もそれに続いた。


「わたしも話しすぎてしまって、陽葵ちゃんや恭ちゃんを危険な目に遭わせてしまってお詫びのしようもないわ…」


 荒巻は2人の話にうなずいて釘を刺した。


「棚倉くん、三鷹さん。済んでしまった事は仕方ないけど、今後はこの会議で私が話したことを含めて、おおっぴらに公表するのは避けて欲しい。今は、どこのサークルで、誰がメンバーなのかも分からない状況だから、うちも手こずっているからね…。」


「はい。」

 2人は同時に返事をした。


「とにかく、霧島さんがこのような状況に置かれている事も話さないで欲しい。今は相手に刺激を与えることが、2人の危機を招くからね。」


 その後は、2人の気分転換を兼ねてバレーボールの決勝戦の録画を食堂の大型テレビに映し出されると皆が食い入るように見始めた。


 陽葵は目にハートマークを浮かべながら夢中になって見ていた。

 特にジャンプサーブで三上が大量得点をしたシーンなどは、皆が拍手をした。


「恭介さん…凄すぎるわ♡」

 陽葵がそう言うと、皆が一斉にうなずいた。


 ◇


 さて、寮長会議が終わった後にバレーボールの試合の決勝戦を寮幹部達が見ていた頃…。

 俺は全ての課題とレポートを終えて3人と雑談をしていた。


「恭介や、明日は奥さんと一緒に来るけど、棚倉さんとか勢揃いしそうだよな?。マジに無事か?」


「大丈夫だよ。棚倉先輩や三鷹先輩、それに寮の後輩は俺の荷物の大半を引き取るだけだろうから…。退院するときは専門書やノートが入っているバッグは持って行かないと講義に出られないから、当日はこれだけを持って行く感じかな。」


 そんな事を話していると、看護師の井森さんが病室に入ってきた。


「三上さん、もう少し経ったら食事ですからね。あと明日は午後から先生の最後の診察がありますから忘れないでくださいね。」


 そして、井森さんの言葉が3人が帰る合図になった。


「三上、食事の邪魔をしても悪いし、また明日も来るよ…」

 宗崎が少し名残惜しそうに言葉をかけて、3人は病室を後にした。


 食事をすませてシャワーをあびて病室に戻ると、しばらくして高木さんと陽葵が病室にやってきた。


 最初に声をかけたのは高木さんだった。

「三上くん、流石だわ。寮長会議での問題点を先に察知して、あらかじめ霧島さんに案を伝えるなんて…」


「高木さん、そのほうが寮長会議を早く終えることができると思ったからです。どのみち企画書まで私の仕事になるでしょうから…」


「ふふっ、それが三上くんらしいのよ。わたしは、荷物を引き取ってタクシーで寮に行ったら直ぐに家に帰るわ。」


 俺は本が入ったバッグを高木さんに渡すと、少しだけ不満げな顔をした。

 それが分かっていたので、箱に入っていたペットボトルのお茶と水をできるだけ詰め込んだバッグを渡した。


 荷物がいっぱいになる事が予想されたので、親から余計にバッグを渡されていたのが助かった。

 高木さんは女性にしては力持ちのほうだから、変に女性扱いされるのが嫌だったのだ。


「高木さん、これも…」

 高木さんがバッグの重さ確認すると万遍の笑みを浮かべて手に取った。


「三上くん、よく分かっているわ。これを持って寮に行くわね。今日の会議の内容は霧島さんに任せたわ。ふふっ、私の出る幕なんてないもの。お2人さんは夫婦の風格さえあるわよ。」


 そういうと、高木さんは優しい顔をして手を振って病室を早々に後にしてしまった…。


 高木さんが病室から去るのを確認した陽葵は、顔を赤らめながら俺を後ろからしっかりと抱きしめた。

「今日は寮長会議の後にバレーボールの試合の録画をみんなで見たの♡。カッコよすぎて大好きよ♡」


「陽葵さん…そんな録画をみんなで見たのですか?。俺は恥ずかしくて穴に隠れたいぐらいです。」

 俺は陽葵に後ろから抱かれ続けたので、なぜか敬語になってしまった…。


「恭介さん、そんなことはないわ。もうカッコよすぎて、わたしは恭介さんに抱かれたいわ♡。」

 俺は陽葵に少しだけ悪戯心みたいな気持ちが産まれていた。


 俺は陽葵に抱きしめられながら、クルッと陽葵の正面に向き直って陽葵の右手を当てた。

 意を決して陽葵に口を寄せて激しいキスをした。


 そのキスが何分続いたのか分からない。

 自然に右手で陽葵を抱き寄せる力が強くなってしまっていた上に、俺は陽葵と激しいキスを何度もしてしまっていた…。


 そのキスが終わると、俺は陽葵を右手でギュッと抱いたまま耳元でささやいた。

「もう陽葵を帰したくない。そのまま抱きしめていたい…」


 激しいキスを何度も繰り返して、陽葵はとろけるような目をしながら、俺をしっかりと抱きしめて離さなかった…。

「恭介さん、もうわたし…どうなってもいいわ…大好き♡」


 しかし、本音とは裏腹に2人はこの状況が分かっていた。

『ここではまずい…』


 その意識があって、自然とお互いが微笑みあいながら少しだけ距離をとった。


「ここじゃ…まずいもんね…」

 俺がそういうと、陽葵は恥ずかしそうにしながら、コクリとうなずいた。


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