俺と陽葵は病室で少し軽い夜食を食べていた。
陽葵がサラダパスタを食べながら少し不思議そうに問いかけた。
「担当看護師の井森さんだっけ?。わたしにも親しげに話しかけてきたりするけど、名前まで知ってるとは思わなかったわ…。」
『ネックレスの話をするのはヤバいしなぁ、でも、正直に話さないとバレる。』
俺はうどんを食べながら陽葵にしれっとした表情で答えた。
「少しだけ恥ずかしいけど、俺は女性と付き合うのが初めてだから、陽葵がいないときに井森さんにお世話になりながら、世間話として既婚者の視点から女性との接し方のアドバイスを受けていたんだ。」
それを聞いた陽葵は目をパッと開いて、パスタをフォークでクルッと丸める手を止めて、少し顔を紅くした。
「恭介さん、看護師さんからそんなコトを聞いていたのね。初めて付き合った女性が私だって意外だったわ。わたしも初めて付き合う男性が恭介さんよ。お互いが分からない事だらけだけど、一緒にズッと歩んでいきましょ…。」
「うん、陽葵とズッと一緒だよ。でもね、俺は陽葵を上手く引っ張ることができないかも知れない。みんなが考えているより凄く不器用だから。もどかしく思ったら陽葵が強く引っ張ってくれて良いからね。俺は皆が思ってるよりも心が弱いし愚痴も吐くし、迷ったり戸惑ったりするよ。」
陽葵は恭介の言葉を聞いて、彼らしい謙虚な姿だと思って素直に惚れていた。
「そんな恭介さんも可愛いから好きだわ。恭介さんが女性にそうやって真剣に聞いてくれる姿を見て、わたしを好きになってくれているコトが凄く分かるのよ。」
「それはさ、陽葵が大好きだし、どのように付き合って良いのか分からないから、大人の女性に聞いてみたんだ。あの件が新聞や地元テレビのニュースになったのも、井森さんが話してくれたお陰だよ。」
俺はネックレスのことを上手く誤魔化せたのでホッとしていた。
ただ、陽葵に語った悩みはその通りだし、女の子と付き合ったことがないから、一抹の不安を感じていたのは事実だった。
「ふふっ♡。わたしも、そんな恭介さんのことが大好きだわ♡。そうそう、あのことがニュースになった時は吃驚したわ。」
陽葵はそう言うと、再びサラダパスタを食べ始めた。
俺も残っているうどんを食べてフルーツゼリーに手をつけた。
2人が会話をしないで黙って食べているのには理由があった。
お互いが大好きすぎて、話に集中して食事が進まなくなってしまうのだ。
付き合ってしばらくした後に、この問題はお互いが慣れていくと同時に徐々に解消したが、食欲よりも大好きすぎる相手が気になるあまり、『大好き』や『可愛い』などと言い続けて、最後には、ご飯なんかそっちのけで激しいスキンシップになってしまう。
少しだけぎこちなさがあった食事を終えて、俺はお茶を少し飲んでから陽葵に話しかけた。
「なぜか分からないけど、食べながらのお話が難しいよね…」
同じくゼリーを食べ終えた陽葵がクスクスッと笑いながら答えた。
「ふふふっ、なぜか分からないけど、恭介さんと話していると夢中になってしまうから、食べるのを忘れてしまうのよ。」
陽葵はそう言いながら、食べた容器を片付けてビニール袋に入れると、タイミング良く見回りにきた井森さんがやってきた。
「ゴミは私が捨てておくわ。しかし、三上さん、暴漢に襲われそうになった彼女さんを助けたかと思ったら、今度は暴漢の仲間が大学のどこかに潜んでいるなんて大変だわ。さっきも言ったけど、絶対に彼女さんを守るのよ。三上さんなら大丈夫よ。」
そう言って陽葵からゴミを受け取ると、井森さんは早々に部屋を出てしまった。
陽葵はその言葉を聞いて、ほんのりと頬を朱くしながら少し恥じらって俺に話しかけた。
「きょっ、恭介さん、あんな感じで井森さんとお話をしてたの?。恭介さんは…その、井森さんから言われなくても、わたしを可能な限り必死に守ってくれているわ。」
『やっぱり恥ずかしがってる陽葵も可愛いなぁ』
そんな感情を少しだけ片隅に追いやって陽葵に話しかけようとしたら、俺の右腕をギュッと抱きしめて微笑んで先ほどよりも顔を赤らめた。
そんな陽葵が可愛すぎて少し悶えてしまった。
「そっ、そんな話ばかりじゃないよ。あのテーマパークに行ったことがないからさ、どこかの泉にカップルが行くと別れるジンクスがあるとか、夜のパレードまで見るべきなんて聞いたりさ…」
そう言うと、陽葵は俺の腕を抱きしめる力を少しだけ強めた。
「恭介さんは、あそこに行くのが初めてなのね。わたしがしっかりと案内するから大丈夫よ。何度か行けば慣れるから大丈夫だわ。チケットはまかせて。お父さんが会社の役員だから、安く入手できる方法があるから大丈夫なのよ…」
「大丈夫なのか?。あのテーマパークのチケットは、こんな言い方をしたら悪いけど、俺みたいな貧乏学生感覚だと、少し値が張るイメージがあるけど…」
「わたしも本音ではそう思ってるから大丈夫よ。それと、恭介さんはチケット代を無理に出そうとしないで気持ちだけで良いからね。お母さんやお父さんも分かっているから。」
その言葉が有り難かったし、それが親公認の強みではあるのだのだが…。
これは長期の休みになって陽葵の家族がウチに来ることがあれば、温泉旅館や海に連れて行ってお礼をしなきゃならないだろう。
「陽葵ありがとう。そのぶん、ご両親がウチに来た時に温泉旅館や海に行こうか。そのまえに陽葵と2人っきりで、一緒にお風呂に入りたいけどさ…」
『しまった!!!。調子に乗って思わず本音が出て口が滑ってしまった!!』
俺の頬が少し火照るのを感じると、陽葵はそれを聞いて、頭のてっぺんから首の下まで真っ赤になっていた。
陽葵は顔を真っ赤にしながら俺の腰に手を回して背中に抱きついて、耳元でささやくように話しかけた。風呂上がりなのだろうか、彼女のシャンプーの匂いがフワッとして恥じらっている様子だから、いつもより色っぽく感じる。
「き、きょっ、恭介さん…。もぉ…、そんなの…、当然よ♡」
「あ、あ、あ、あのぉ…、ごめん、そのぉ…、無意識に言葉が出ちゃって…、そんな嫌らしい気持ちで言ったわけじゃなかたけど…。」
その言葉を陽葵が聞いても、俺にしっかりと抱きついたまま顔を真っ赤にしていた。
「ふふっ♡。いいのよ、わたしは恭介さんと一緒なら、どうなってもいいのよ♡。」
俺はしばらく右手で陽葵の頭を優しくなでていた。
「本音はね、これ以上のことを陽葵にしたいよ。でも、怪我をしてるし、ここは病院だからこれが限界だよ。これ以上イチャついたところを看護師たちに見られたら恥ずかしくて…。」
しばらく陽葵が俺に抱きついていると、少しだけ強く抱きしめながら耳元でささやいた。
「それは分かってるわ♡。ここでは恥ずかしすぎて無理だわ。恭介さんの左手が自由になるまでは無理よ。」
陽葵とは少し対照的に俺は少し慎重だった。
成人近くの男女が相思相愛なのだから、そうなってしまうのは必然だろうが、自分の心の中では、もう少し霧島陽葵を深く愛した上で知りたいと思った側面もあった。
「うん、そうだよね。そっ、その…もうしばらく…後かな…。」
恥ずかしがって右手で頭をかくと、陽葵は悪戯っぽい目で俺を見て、額を付き合わせて強く抱きしめた。
「ふふっ♡。そういう恥ずかしがる恭介さんも大好きよ。でも、わたしも恥ずかしいから少しだけ離れるわ。ズッと抱きしめていたら、わたし…、溶けてしまいそうよ…。」
陽葵はそう言って、俺を抱く抱きしめるのをやめて少しだけ離れた。
彼女も願望としては、そのまま抱かれてしまいたいと思ったが、少しだけ時期尚早だと考えたし、恭介の言うとおり、この場所を考えたら無理がありすぎた。
このまま抱きしめられ続けたら、この場なんて関係なく、際限なく陽葵を求めてしまうから、俺は陽葵が離れたことで少しだけ安心していた。
そして、俺は別の言葉を投げかけることにした。
このまま陽葵を大好きなんて言ってしまえば、また抱き寄せてしまうし、今度は自分がどうなってしまうか分からない。
「陽葵、少しは落ち着いたか?。最初は随分と不安そうだったからさ。明日はここから大学へ行くんだろ?」
「うん、落ち着いたわ。恭介さんって隣にいただけで温かいのよ。だから心も落ち着くの。明日は寮長会議もあるし、高木さんと一緒に来るから少し顔を見たら帰るわ。もう夕飯も終わってるだろうし、早めにシャワーをあびてるだろうから…」
「そうだよね、だって、高木さんがいては…。」
「そうよ、さっきみたいな姿を見られたら恥ずかしくて学生課なんて絶対に行けなくなるわ…」
陽葵がそう言うと自然に2人から笑みがこぼれて笑ってしまった。
そしてズッと見つめ合って微笑みあうことが少し続いたが、陽葵が少しだけ真剣な顔になって口を開いた。
「そろそろ、歯を磨いて着替えて寝ましょ。あっ…恭介さんはシャワーをあびたから着替えたのよね…。」
今の雰囲気で、陽葵が暴走して『そのままでいいわ♡』なんて言ってしまったら、俺の本能が勝ってしまうから、かなり慌てていた。
「どっ、どうしよう…。着替えている間、談話ルームにいたほうが良いか?。その…見てしまうと…」
陽葵は顔を赤くして、体をよじらせるようにモジっとしながら、両手を前に組みながら言った。
「大丈夫よ。着替えているあいだ、こっちを見ないでね。わたし…、恭介さんからジッと見つめられたら恥ずかしいわ♡」
『陽葵よ、語尾にハートマークをつけたら危ないよ…』
俺は冷静さを保ちながら陽葵に言葉を返した。
「それなら、陽葵が着替えている間に歯を磨いているよ。洗面台は入口に近いから絶対に見えないから大丈夫だし、着替え終わったら声をかけて。そうすれば大丈夫だから。」
恭介も陽葵も、まだ付き合ったばかりだし、この場では恥ずかしすぎて無理だから、それで良かったとお互いがそう考えていた。
ただ、すこしだけ陽葵のほうが積極的だったのは間違いない。
仮にそうなったとしても、受け入れるつもりだし、大好きだからこそ互いの着替えを見られても関係なかったのだが…。
陽葵が着替え終わると、俺はベッドに入って横になって少しボーッとしていた。
そして陽葵も隣のベッドに入ると寝ながら俺に話しかけた。
「わたしね、正直に話すと、あんな人達に狙われても少しだけ恐いだけよ。それはね、恭介さんと一緒にいると不安がなくなるからだわ。」
「ごめんね、ホントは明日からでも一緒に大学へ行って陽葵のことを守りたかった。でも、退院までは無理だから悔しいんだ。」
「いいのよ、無理をして骨がまた折れたら、わたし…泣いてしまうわ…」
陽葵の目を見ると、そう言った途端に悲しい顔をしていたから、右手を伸ばして陽葵の頭をなでた。
「俺は陽葵を絶対に守りたいんだ。だって、こんなに惚れてくれた可愛すぎる女の子だよ?。あんな訳の分からない連中に傷を与えてなるものか。」
陽葵は恭介の言葉がもの凄く嬉しかったから、抱きしめてしまいそうだったが、それを我慢した。
明日は大学があるし、この場で隣のベッドに入って恭介を抱きしめてしまったら、それこそ大変なことになってしまう…。
「恭介さん嬉しいわ…。」
陽葵は恭介にズッと頭をなでられながら、しばらく経つと目を閉じて眠りに就いた。
俺は眠った陽葵を見て独り言をつぶやいた。
「これから生涯をかけて陽葵を守らないといけない。こんな事でくじけていたら何もできないよ…」
可愛い陽葵の寝顔を見ながら決意を固くしていた。