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~エピソード6~ ⑫ 三上くんと霧島さんを守るために。~2~

 俺が荒巻さんの携帯に電話をかけたら、すぐに電話に出た。

「いま、男子寮にいるから寮の電話から折り返すから。」


 荒巻は三上からの電話を受け取った時、受付室にいた。

 でも、棚倉が食事中だし諸岡も入浴中なので、2人に気付かれずにホッとしていた。

 そして、寮監室の奥にある電話を使って三上の携帯に電話を入れた。


 ◇


 しばらくすると、俺の携帯が鳴った。

「荒巻です。三上くんの電話代がもったいないから折り返したよ。どうしたんだい?」


「わざわざ、すみません。退院が金曜日の朝になりました。たぶん9時頃に病室を出て、退院手続きに入ると思います。」


「微妙に早まったね。霧島さんは講義だから行けないと思うけど、私がタクシーで病院に9時頃を目処に向かうよ。午後の講義には出るかい?。」


「はい、そのつもりでいますし、さきほど霧島さんと話をしたのですが、私のことが大学中に広まりすぎて退院する日も知っている人が多そうなので、理化学波動研究同好会のメンバー達が退院するのを狙って監視や尾行をする可能性も考えられるし、退院が早くなったのは好都合かと思いまして。」


「そうなんだよ。棚倉くんや三鷹さんが、三上くんの事をそこら中に話してしまったので、噂が凄くてね。地元テレビのニュースや新聞記事にもなったから、大学も大変だったんだよ…。」


「ニュースになったことを看護師さんから聞きましたよ。私は冷や汗を通り越して脂汗が止まりません。そこで退院が早まったことは、理化学波動研究同好会の正体を知っている人のみに連絡をするつもりでいます。」


「私もそれは賛成だよ。ところで、退院祝いは午後5時からだけど午後の講義が終わったらどうするの?」


「その件は、色々と考えていました。まずは、退院をして寮に戻って荷物を置いたら、工学部のキャンパスに向かわずに経済学部のキャンパスに向かって下さい。退院の手続きが終わって寮に戻る頃には、お昼頃ですから。そこで霧島さんと一緒にお昼ご飯を食べます。」


 その三上の行動予定を聞いた荒巻は微笑ましいと思ったが、それは三上の計算があっての事だとすぐに察した。


「いやぁ、可愛い彼女さんと一緒にランチを楽しむかと思ったけど、相手の目を眩ますことや、霧島さんの保護とセットだよね?。」


「その通りです。その後はバスに乗って工学部のキャンパスに行きますが、あのバス停はキャンパスの裏門になるから気付かれないと思います。講義を受けた後に、霧島さんや白井さんと工学部のキャンパスで合流して、市民体育館のそばにある図書館で霧島さんや白井さん、それと学部の友人で課題をやって時間を潰します。」


「なるほどね。たしかに経済学部のキャンパスから出ているバスは、ルートが違うし工学部の裏から入るから目立たないよね。講義後も大学施設と全く違う方向だし、寮とも違う方向で過ごすから居場所が分からないから流石だよ。」


「そういう事です。ほんとうに面倒をお掛けして申し訳ないです。」


「いや、謝らなきゃいけないのは大学側だよ。色々な不手際で情報管理もサークル管理もできずに、三上くんや霧島さんの大学生活を脅かしてしまっているのだから…。今の件は了解したよ。金曜日は私が病院に行くから待っていて下さいね。」


 荒巻さんはそう言って電話を切った。

 そして、もういちど、陽葵に電話をかけようとした矢先だった。



 今度は良二からの電話だった。


「奥さんから電話で聞いたよ。退院が早まって午後の有坂教授の講義に出るのか?。無論、内緒なのは知ってるから大丈夫だ。」


「お前たち、いつの間にか陽葵と電話番号を交換していたのか?」


「病院でお前が課題やレポートをやっている時に、奥さんから何かあった場合に交換しておきましょう、なんて言われてさ、こっちは可愛すぎる女子学生と電話番号を交換なんて緊張しまくったわ。」


「それはともかく、そっちは金曜日の昼は3人で飯を食べていて欲しい。俺は昼飯を食ったら裏門から入るから。講義が終わった後の話は聞いていると思うけど、目くらましの為に例の運動公園があった近くの図書館を使おうと思ってね。」


「恭介、昼飯を食べ終わったら3人でお前がくるのを裏門で待ってるよ。お前が1人でキャンパスに入った途端に、連中から揉みくちゃにされるからな。それと、よくあんな場所に図書館があるなんて知っていたな?。」


「ありがとう。マジにもみくちゃにされたら死ぬからな…。あと、図書館の件は実行委員会であの周辺の中華料理屋とか居酒屋なんかでコンパをやってウロウロしてるうちに目に留まったんだよ。」


「ああ、そうだ、思い出したよ。村上が帰り際に話していたけど、実行委員の女子連中が寮でやる退院祝いに出たいとか言い始めて棚倉さんと電話で揉めていたのを村上が寮で見たらしい。棚倉さんは、しばらく経ってからチームで退院祝いを独自に企画してくれと断っていたが、向こうが折れた様子が見られないと言っていたよ。」


「分かった。特に、守さんは強引なんだよ。たぶん、棚倉先輩が断っても無理矢理に来るつもりだろうから、俺が泰田さんに電話をかけて、荒巻さんの嘘を利用して安全上の理由から絶対に来ないでくれと強く言うよ。泰田さんの話なら守さんは聞くからさ。」


「恭介や、マジにお前は大変だよな。入院していても気が抜けないからさ。」


「本音で言えば、早く普通の生活に戻って平和に暮らしたいよ。実行委員の女性陣の面々には夏休みも邪魔をされたし、そのことで2人のお母さんから怒られても、まだ懲りないから参った…。」


 そのことを喋っていて、俺はふと思いついた。

『いや、待てよ、守さんのお母さんに猛抗議の電話するか。』


「今日の会話でも、お前は根に持つほどに怒っていたからな。」

 良二が電話でも分かるぐらいに呆れたような声で言った。


「他人の身勝手な理由から人の予定を勝手に壊されたら怒るよ。そうだ、泰田さんじゃなくて監督に電話を入れるよ。身勝手な行動によって奴らにバレたら陽葵を危険に晒すし、下手をすれば俺や陽葵が油断した隙に、何人かに囲まれてスタンガンで脅されたら降参するしかねぇよ。」


「そうだよな。流石にお前と言えども、そうなったら逃げるしかねぇだろう。」

「良二、ホントにありがとう。知らせてくれて助かったよ。」


「このあと、村上と宗崎には俺が電話をするから安心してくれ。お前は、あの凄すぎる監督に電話をするだろうから。」


 そう言って電話を切ると、陽葵から電話がかかってきた。


「恭介さんが大変だろうから、わたしから電話を入れておいたわ。本橋さん達にも連絡を入れておいたから安心してね。」


「陽葵、ホントに助かった。それで、さっきまで良二と話をしていたんだ。」


「だから話し中だったのね。荒巻さんと詳しい話をしてるかと思っていたのよ。」


 俺は陽葵に荒巻さんや良二との電話の内容について説明をした。


 特に実行委員チームの女性陣が強引に寮の退院祝いに来ようとしているので、その阻止を含めた件をザッと話すと、陽葵は電話の向こうで溜息をついたのが分かった。


「恭介さん、この件は監督に強く言ったほうがいいわ。恭介さんは皆をまとめるのが上手いから、周りが凄く心配をしてしまうのよ。それが、ありがた迷惑になることをシッカリと伝えたほうがいいわよ。」


 陽葵は『恭介がモテるから女性陣が自分と付き合っていても離そうとしない』ことは言わなかった。


 これは恭介の責任ではない。

 そのことで陽葵を守る為に、恭介はバレーボールや実行委員会もやめると言い出す可能性を考えたからだ。


 一方でそんな事が分からなかった俺は、陽葵にこう言って電話を切った。


「ありがとう。今から守さんの母親に電話をしてみるからさ、このあと、電話が終わったら、ゆっくりと喋ろううよ。」


 俺は喋りすぎて喉が渇いたが、病室に戻るのが面倒なので、ポケットから財布を取り出して紙パックのお茶を買った。



 片手でストローを使って飲んで喉を潤すと、守さんのお母さんに電話をかけた。


「もしもし、三上です。忙しい時に突然に電話をかけてしまって、すみません。」


「あらっ、三上さん、大丈夫よ。お風呂に入って、ビールを飲んでテレビを見ていたところだったから。病院に突然に押しかけてしまってゴメンね。和奏やうちの女の子達が聞かなかったから、悟らせる必要があったのよ…。」


「それは大丈夫ですが、この件に関する事で大きな問題がありまして、特に守さんを含めたチームの女性陣を説得して欲しいことがあります。」


 守さんのお母さんは、あえて失恋を分からせる為だと暗に言ったが、その時は意味が分からなかったので、適当に大丈夫だと言っておいたのが、帰結的に正解であったのが幸いした。


「三上さん、どうしたの?。声が深刻そうだから、相当に大変なことになっているのね?」


「実は、今日の出来事なのですが、霧島さんを襲ったと思われる闇サークルのメンバーに霧島さんが大学から帰る途中に執拗に尾行されたようで、大学内の学生課に逃げ込んで事なきを得たのですが…」


 それを聞いた守さんのお母さんが、俺が話している途中にも関わらず凄く慌てた。


「それは大変だわ!!。それでどうしたの???」


「お母さんは聞いているかどうか分かりませんが、金曜日の夕方から、うちの寮幹部と親しい関係者だけで私の退院祝いがあるのですが、それを聞きつけたチームの女性陣が、寮幹部が断っているのに関わらず無理矢理に寮に押しかけようとしているようで…。」


 それを聞いた守さんお母さんは、電話でも声色が変わるのが分かった。


「その状態で和奏たちが寮に押しかけたら、ホントに危ないわ!!。問題サークルのメンバーがスタンガンなんか持っていたら…。」


「お母さん、その通りです。退院する時も、大学の職員が私に付き添ってタクシーで寮に行くことになっているし、霧島さんの大学の行き帰りも、私や友人達が付き添う厳戒態勢が敷かれています。」


「もっ、もしかして、和奏たちは、その状況を知らずに無理矢理に寮へ押しかけようとしてるの?。三上さんのことは地元の新聞にも載っていたし、大学で相当な噂になっているから、スタンガンを持ったサークルにとって、おおっぴらに退院日まで知られている状況よね?」


 守さんのお母さんが相当に心配になっているのが電話でも分かるぐらいだ…。


「そうなのです。だからせめて、ほとぼりが冷めた後でも構いませんから、後でチーム内にて退院祝いをやって下さい。今は私や霧島さんの生活を守ることに精一杯なので、チームのメンバーが私や寮幹部のお願いを聞かずに無理矢理に押しかけることは絶対に止めて下さい。私も怪我をしてるから皆さんを守れません。」


「三上さん、状況は分かったわ。これは和奏や結菜ちゃんをお説教する必要があるわ。入院中にゴメンね。そんなコトでみんなに心配をかけたくないもんね…。」


「お母さん、なんだか申し訳ないです。夏休みの時のように片道3時間もかかる実家に押しかけようとした事態だけは勘弁して欲しかったので。あの状況とは違って、こっちは本当に深刻です。全力でみんなを止めないといけないので、監督であるお母さんに最初に声をかけました。」


「それで良いのよ!。あれも酷かったわ。あの時も泰田さんの両親と私で2人をお説教したのよ。三上さん達が可哀想だったわ。だって予定を1日早めて車で高速道路を使って2時間以上かけて来たでしょ?。あの時に私にだけコッソリと車で来たことを教えてくれたけど、あそこから1人で運転するのは、街中しか走ってない私なんか辛すぎて泣くわ…。」


「私は若いから別に構いませんが、とにかく今はチームの全員の安全確保をお願いします。これ以上、こんなことで巻き込まれる学生を増やしたくないので、わがままは絶対に通りません。そこを何とかお願いします。」


「いいわよ!、まかせておいて!。三上さんもお大事にね。少し落ち着いてから霧島さんと一緒に退院祝いをやりましょ。今は騒動が収まるまでは無理よね…。」


 守さんのお母さんとの電話を終えた俺は、パックのお茶を飲み干して椅子にぐったりとして座った。


『もう勘弁してくれ。今日の夜は電話ばっかりで疲れるよ…』

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