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~エピソード6~ ⑫ 三上くんと霧島さんを守るために。~1~

 -ここは男子学生寮の寮監室。


 恭介がラブラブな食事をしているころ、学生課の荒巻が男子寮に訪れて、寮監の松尾と棚倉や諸岡、それに女子寮の幹部も呼び寄せて、男子寮の寮監室で緊急ミーティングが行われようとしていた。


 荒巻が村上、大宮、竹田をタクシーで寮に送ったあと、寮監の松尾と会った時に詳細な話を済ませているが、このミーティングは主に棚倉と三鷹への対応が目的だった。


 少し経ってから、女子寮長の三鷹と木下が男子寮にやってきて受付室から寮監室に入るとミーティングが始まった。


 荒巻が最初に説明をした。


「今日のことですが、霧島さんが大学に忘れ物をしたのでキャンパスに戻った際に、2~3人の男に尾行をされていることに気付いて、学生課に駆け込んで私に助けを求めてきました。おそらく今回の暴行事件の関連が疑われます。」


 棚倉たちに説明してる話は嘘だ。


 荒巻は、病院に行って三上たちと話が終わった帰り際に、棚倉や三鷹に対して嘘を言って口止めをすると事前に話しておいたので、彼らはすでにこのことを知っている。


 あと、女子寮幹部の中でこの嘘を知っているのは、当事者である陽葵の他には白井だけだった。

 陽葵は荒巻の許可を貰って、白井に電話をかけて事情をこと細かく話して理解を得た。


 白井は陽葵との電話を終えると長い溜息をついたが、三鷹は喋りまくる拡声器にしか思えなかったので、これを教えた場合のリスクが非常に高いと思ったし、友人を守るためにも秘密を守らなければと心に決めていた。


 それに、何かあれば彼氏の三上がいるから、困ったことがあれば相談にも乗れると考えていたのだ。


 棚倉や三鷹の性格では、どんなに皆が制しても、名前が分かっているサークルを探って勝手に動いてしまうのが確実な状況だった。


 その場合、棚倉は三上を使って探らせようとするだろうし、三上が断固として拒否をしても、棚倉はありとあらゆる手段を使って情報を集めようとするから、相手がそれを察知した場合、警戒されて余計に隠れてしまっただろう。


 その話は余談として…。


 荒巻の話を聞いた寮幹部はとても驚いた。

 そして、三鷹が心配そうに手をあげて発言をした。


「荒巻さん。陽葵ちゃんは大丈夫でした?。」


「私がタクシーで三上くんが入院している病院まで霧島さんを送り届けたよ。あの病院から霧島さんの家は近いからね…。」


 それを聞いて周りはホッと胸をなで下ろした。


 続いて棚倉が手をあげた。

「今後は霧島さんを保護するために三上や私たちも、彼女の家まで送ったりするケースはあるのでしょうか?」


 棚倉の質問に荒巻が即座に答えた。


「私と霧島さんが病院に行ったら、三上くんの学部の友人がお見舞いに来ていました。そのうち2人が霧島さんと同じ電車なので、三上くんと交代しながら一緒に保護をすることをお願いしたところです。もちろん、棚倉くんや三鷹さんにもお願いするケースもあると思います。」


 それを聞いて、皆が安心した様子が分かった。

 そして、黙って聞いていた木下が控えめに手をあげた。


「霧島さんの保護ばかりに囚われているけど、三上くんも状況は同じよ。霧島さんが跡をつけられたってことは、問題のサークルが警察や大学に捕まらないように私たちに探りを入れている目的がありそうだわ。みんな、三上くんなら大丈夫だと思っているけど、私たちもカバーしないと彼だってパンクしてしまうわ…」


 それを聞いた荒巻は木下の直感に舌を巻いていた。

 荒巻は木下の発言を肯定しつつ、少し話をそらすことにした。


「木下さん、その通りだと思うよ。三上くんは頭が切れるから除外されているけど、本来なら彼も狙われているから油断禁物ですね。それを考えると、三上くんのサプライズの退院祝いは私の判断でナシにして彼に素直に伝えました。」


 それを聞いて三鷹がうなずいた。


「恭ちゃんは、細かい計算が働く子だから、イレギュラーなことが起きた時に彼が困るわ。あんな判断力が凄い子だったなんて、今までホントに分からなかったけど、今は非常事態だからオープンにして霧島さんを守ることに専念して欲しいわ。」


 棚倉も手を挙げて三鷹の意見に同意した。

「少し残念だが、その通りだと思うぞ。三上も含めて今は霧島さんを守る事が大切だと思うから、これは仕方がない…。」


 そして、諸岡も申し訳なさそうに手をあげた。

「私は何もできませんが、せめて三上寮長の仕事を脇からしっかりと支えて、彼が楽にできるように精一杯頑張ります…。」


 その諸岡の言葉に周りから拍手が起こる。


 荒巻は少しだけ不安があったので、それを払拭するのに棚倉と三鷹に念を押した。


「棚倉くん、三鷹さん、くれぐれも霧島さんや三上くんを使って、霧島さんを尾行した人達をおびき寄せて捕まえるようなことは絶対に止めて下さい。相手はスタンガンや他に危険なモノを持ってる可能性がありますし、三上くんの二の舞は勘弁して欲しいです。これは大学側からの要請です。」


「荒巻さん。三上に怪我を負わせたので無茶はできません。それに新島もいないので、ここは後輩を大切にしないと男子寮の幹部が全滅してしまうので…。」


 その棚倉の言葉を聞いて荒巻は安心しきっていた。


 彼は後輩に怪我を負わせてしまった事に対してトラウマになっているし、三鷹も同様であることを荒巻に打ち明けていた。


「とにかく、三上くんが退院したら、私と霧島さんでタクシーを使って病院まで迎えに行きますから。皆さんは明後日、病院に行って三上くんの荷物を少し引き取って寮に持ち帰って下さい。」


 明後日は棚倉と三鷹、あと諸岡が病院に行くことになった…。

 そこで臨時の寮幹部のミーティングは終了した。



 ◇


 ここは三上が入院している病院の病室。


  俺はシャワルームで看護師さんにギプスをビニール袋で覆って貰うと、シャワーをあびて着替えをした。


 着替えが終わった後に、巡回にきた看護師の井森さんから声をかけられた。

「三上さん、もしかしたら金曜日の朝に退院になるかも知れません。入院患者の兼ね合いで、病室を開けなきゃいけないから…。私はチョッと寂しいわよ。」


「井森さん、本当にお世話になりました。それは仕方ないし、私も過去に骨折で入院したときは他の病院で随分とお世話になったから分かってますよ。それと、うちの彼女のプレゼントを選んでくれて本当に感謝しています。」


 井森さんは少し名残惜しそうな顔をすると、俺の目を見てニコッと笑った。


「地元紙とはいえ、嬉しいニュースになっている患者の男の子が来るとは思わなかったわ。仕事をしていて少しだけ胸を張れたの。三上さん本当にありがとうね、とても可愛い彼女を大切にするのよ。女の勘で絶対に結婚して老後まで一緒にいそうだから…。」


「井森さん、私も若いながら、そのような予感があります。彼女は私に一直線だし、男としてしっかりと責任を取って愛したいし、あのような気立ての良い子を伴侶にしない理由がありません。」


 俺の言葉を聞くと井森さんはニコリと笑った。


「三上さんはよく分かっているわ。彼女さんとお似合いだから安心感があるのよ。彼女は可愛いだけじゃないわ。その中に優しさとか、気立ての良さとか、頭の良さも含めて色々と三上さんにとってメリットと強みを感じるのよ。金曜日まではよろしくね。」


「井森さん、ありがとうございます。彼女に優しくできるように頑張ってみます。」

 そう言うと、井森さんは手を振って病室から去っていった。


 金曜日の午前中に退院する可能性ががあることを聞いて、携帯と財布を持って談話ルームに入ると窓際の席に座った。


 そして、陽葵に電話をかけようとした時だった。


 井森さんが談話ルームに入ってきて俺に声をかけた。

「三上さん、金曜日の朝に退院が決まりました。明日の午後から先生の診察があって、次の診察までの薬を夕食後に渡しますからね。」


「あっ、分かりました。今から携帯に連絡しますから…。」

 そう言うと、井森さんは談話ルームを後にした。


 俺はすぐに陽葵に電話をかけた。


「恭介さん、どうしたの?。そんなに私の声が聞きたかった?」


「うん、陽葵が可愛すぎるから声が聞きたかった。」

 陽葵の言葉に思わず素直な反応をしてしまったが、このままだと会話が進まないし、次に荒巻さん達に連絡しないといけないで言葉を続けた。


「退院が金曜日の朝に決まったので、真っ先に陽葵に連絡をしたんだ。例のサークルを知っている人以外には知らせないで欲しい。少し考えがあるからさ…。」


「え???。急に退院が早まったのね。わたしは午前中は講義があるから、恭介さんは荒巻さんと一緒に帰ってくるわよね。どうしよ…、恭介さんは午後から講義に出るの?。」


「うん、まずは退院して一度、寮に戻ってから、すぐに午後の講義に出るよ。退院の手続きとか支度とかで午前中は潰れそうだから、お昼頃に良二や宗崎、村上たちとご飯を食べた後にでも…」


 俺が言葉を続けようとすると陽葵が話し始めた。

「大丈夫よ、金曜日のお昼は私がお弁当を作るわ。午前中の退院を秘密にするから、わたしが動くとバレるわよね…」


「うん、そっちの経済学部のキャンパスまで行くよ。本館から歩いて10分ぐらいだし、いちど、野暮用があって、あのキャンパスには行ったことがあるから道は覚えていると思う。」


「わかったわ、迷ったら電話をかけてね。それと、棚倉さんや三鷹さんに知らせないのは、相当な考えがありそうよね?。」


「陽葵、その通りなんだよ。一昨日まで知らなかったけど、あの件って、地元のテレビのニュースにもなったらしいし、問題のサークルが俺達の動向を探るなら、退院直後なんてカモにされるだろうと思ったんだ。病院や工学部のキャンパス、それと学生寮に張り込む可能性があるから意表を突きたい。」


「ふふっ、恭介さんらしいわ。学生なら大抵は午前中や午後の早い時間に講義やゼミが集中するから、相手が動くとしたら夕方に差し掛かってからよね…。」


「だって、そこまで知られてるのなら、俺の退院する日を含めてすでに知ってる部外者が沢山いそうだからさ。特に教育学部とか文学部なんて喋りまくった先輩達から拡散していると思うよ。」


「恭介さん、大当たりだわ。わたしも月曜日に担当委員の教授から呼び出されて色々と聞かれたけど、教授はだいたいのことを知っていたし、恭介さんが入院している病院や金曜日が退院だってことも知っていたわ。」


「だからこそ、その筒抜けが酷すぎる情報を使って意表を突きたいんだよね。」


「あとは男子寮でやる退院の祝いだけど、夕方の5時から寮の夕食が始まる6時まで少し時間を持て余すわ。講義が終わった後、どこで過ごすかも問題だわ…。」


「それだけどさ、本館キャンパスから少し離れているところに市民運動公園があって、その近くに大きな図書館があったよね?。入ったことがないから分からないけど、そこでみんなで課題を終わらせるのはどうかな?」


「ふふっ、そこなら小学生の時から利用していた図書館だからよく知っているわよ。勉強をしてる中高生もいるし、みんな騒ぐような人じゃないから課題がはかどるわ。あそこならバスを使えば、男子寮に行くのも早いわ…。」


「よし、それでいこう。今から荒巻さんに、そのことを踏まえて電話をかけてみるよ。」


 俺は陽葵と電話を終えると、荒巻さんの携帯の番号をアドレス帳から探してかけようとしていた。

『早めの退院は少しだけ面倒だけど、狙われているなら、この騙し討ちは好都合かも知れないな…』


 三上の予想通り、理化学波動研究同好会のメンバーは、退院後に三上を尾行して陽葵の家が何処にあるのかを探ったり、男子学生寮や学生課での会議があれば盗み聞きをしようとして、各々が病院や学生寮、学生課などに張り付こうと計画をしていた。

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