俺は棚倉先輩を懲らしめる大芝居を打つことを決意して席を立った。
「ここにいる皆さんと俺は一蓮托生ですよ。もしも駄目なら、みんなで棚倉先輩に怒られましょう。」
山埼さんが、俺の言葉で凄い笑顔になった。
「そんなの望むところよ!。だって昨日のコンパで、あれだけ三上さんや新島さんが恥をかかせても棚倉さんは懲りないもん。もっとインパクトがあるお仕置きをしないと止まらないわ。」
山埼さんの言葉に全員が拍手をした。
俺は拍手が鳴り止むと、観念したかのような顔をして1つの作戦を示した。
『棚倉先輩は相当に不安な状態になるぞ…』
◇
俺たちは中華料理屋を出て、棚倉先輩がいる居酒屋へ向かった。
良二や宗崎、村上は居酒屋の入口で待っていて、他のメンバーは中に入った。
「あっ、三上さんだ!」
俺がコンパに顔を出したので手放しで委員達が喜んだが、棚倉先輩は話すことに夢中で俺が来たことや、実行委員の幹部が揃ったことなんてお構いなしだ。
新島先輩が棚倉先輩を必死に呼びかけても全く気づかないことに、俺が溜息をつきながら膝に手をついて困惑の表情を浮かべると、実行委員幹部たちの顔が曇った。
その姿を見て新島先輩が俺の背中をポンと叩いて言葉をかけた。
「お前さ…、マジにしんどいだろ。これだけ呼びかけても一向にお前の話を止めないからさ…」
俺は眉をひそめて困惑の表情を浮かべて新島先輩に愚痴をこぼした。
「先輩。俺は課題やレポートをするのをやめて、みんなの為にここに来たけど、これじゃぁ、ここに来た意味がないですよ。このまま友人の家に泊まって気を紛らわせます。日曜日のコンパも、このままでは…ちょっと行けないかも…。」
そこで、俺は幹部以外でコンパに出席した委員たち全員に言葉をかけて握手をして、別れの挨拶をすると、うなだれながらコンパの席を後にした…。
これは俺と新島先輩、そして実行委員幹部が仕組んだ演技だった。
逢隈さんは、ここに来る前に雪輪さんや溝口さんなどに携帯に電話をかけておいたから平静を保っていた。
この演技で実行委員会の打ち上げコンパは気まずい雰囲気になった。
流石にまずいと思った委員たちが棚倉のことを呼び止めると、彼はようやく場の空気がとても悪いことに気づいた。
そこで新島が呆れた表情をして口を開いた。
「先輩、マジにどうするんですか!。さっきまで三上がここにいて、みんなに御礼の挨拶をしようと思っていたのに、先輩が喋りまくって挨拶すらできないから、落ち込んで寮にも戻らず学部の友人の家に泊まって過ごすと言って出て行きましたよ!」
その場でコンパはお開きになった。
その後、実行委員の幹部メンバーは、新島と落ち込んでいる棚倉が帰るのを横目で見ると、出席した委員達に今回の計略の事情を説明し始めた。それを聞いてみんなが笑顔になって、その場で実行委員幹部たちと再びコンパを再開した。
◇
一方で俺たちは、宗崎の家にいた。
村上も良二も、お泊まりのセットやタオルを持ってきていた。
それは俺も無論、同じだ。
良二は2日間、泊まるから、それなりの準備が必要だった。
俺は朝練があったから、誰にも気づかれないままに寮を出たのが幸いだった。
村上などはノーマークだったから、寮を出たときに少し大きいバッグを持っていた事など、先輩達から気にもとめられなかった。
体育祭開催中、4人のバッグは大学のトラックの助手席に隠していたので、奇妙に大きな荷物があることなんてバレなかった。
これは俺が専属でトラックを運転していたことが功を奏したのだ。
良二がニヤつきながら俺の頭をポンと叩いて問いかけた。
「居酒屋の入口からソッと覗いて見ていたけどさ…。恭介はこうなるとマジにえげつねぇよ。お前を怒らせると怖いことがよく分かったし、お前には味方が多いし、人的魅力もあるからマジにえげつねぇわ。」
俺は溜息をつきながら良二の言葉に答えた。
「はぁ…。俺の作戦を聞いて、みんな悪戯っぽく笑いながら聞いていたからアレだけど、やられたほうは溜まったもんじゃないよ。俺はこういう手段は使いたくないよ。」
良二は俺の頭をなでながら俺を慰めている。
「恭介の気持ちは分かるよ。ただ、俺から見ても棚倉さんをマジに怖がらせないと絶対に駄目だと思うんだ。新島さんも皆と同じ気持ちを持ったと思うからさぁ。」
宗崎は俺の右肩をポンと叩くと、ニッコリと笑った。
「だからこそ、三上は多くの人から頼りにされるんだよ。こんなに多くの人が、棚倉さんに対して二度と同じ事がないように反省させる意味でお前の作戦に乗った上で、三上のことを皆が守るなんて誰もできないしさ…。」
俺は腕を組みながら、この計略のオチまで予測した。
「うーん、涙もろい棚倉先輩のことだから、泣いて俺に謝ると思うよ。ただ、その場合は素直に許すつもりだけどさ…。色々と考えたけど、正直に話して棚倉先輩の悪いところを懇切丁寧に言って、分かって反省してもらうしかないだろう。」
そんなことを話していたら、寮に戻った新島先輩から電話があった。
「おお、元気にしてるか?。こっちは上手くいったよ。それでさ、明日、寮に戻る時間だけど…朝の9時半ぐらいにしてくれ。先輩が雪輪たちとコンパの打ち合わせに出掛けるからさ。」
「先輩、それは分かりました。あとですね、その後、先輩が徹夜中に俺の部屋に無理矢理に突入してくる可能性ですけど…マジに大丈夫ですか?。」
「三上。心配するな。さっきまで高木さんがいて、決勝戦の録画を松尾さんと奥さんと、大宮や竹田も一緒に見ていたんだよ。」
「はぁ?」
「お前はそんな声を出すな。それで高木さんに、三上が課題に追われて徹夜をするけど、棚倉先輩が三上の邪魔をする可能性があるから助けてくれと言ったら、高木さんが明日の午後から夕方まで寮にきて、先輩がお前や村上の部屋に入らないように見張ってると言っていた。」
「マジっすか、それは最終兵器すぎますけど…。おそらく棚倉先輩は一本背負いされたトラウマがあるから、高木さんを見ただけで寄ってこないでしょうね…。あとはよろしく頼みます。」
電話を切ると村上が声をかけた。
「三上、明日は、あの学生課の恐い人がくるのか?」
俺は色々と吹っ切れた顔をして、奇妙な踊りをした後に、何だかよく分からないポーズを決めて皆に言った。
「うん☆。これは大成功すると思うよ。ははっ☆。」
それを見た3人は呆然としていた。
『とうとう三上が壊れた…』
それをみた3人は俺を早々に風呂に入れて寝かせようとした。
そして、俺が布団の中に入ると、携帯のメールが届いた。
逢隈さんからだった。
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三上さん。逢隈です、お疲れさまです。
実行委員の打ち上げコンパはあの後、混乱もなく無事に終了しました。
参加していた委員に事情を話したら、みんな納得でした。
来年も三上さんが外部委員を受けてもらえるか、みんなが心配しています。
三上さんが実行委員を受けた時に棚倉さんが強引に引っぱったと聞いています。
あのあと、実行委員幹部とバレーボールのチームのメンバーで話し合いました。
日曜のコンパの際に、わたし達も、その件で棚倉さんとお話しさせて下さい。
このまま、来年も無理矢理に引っぱられる三上さんを見ていられません。
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俺はそれを見て溜息をつくと、すぐさま逢隈さんにメールを送った。
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逢隈さん、ホントにお疲れさまです。
雰囲気が悪いなか、みんなに事情を話して理解してくれてホッとしてます。
ところで、来年の外部委員の件ですが…。
来年も強引に引っぱられて、私の人権なんて関係なくやるでしょう。
皆さんの後ろ盾には感謝しますが…。
ここまで先輩に対して徹底的にやって良いものか悩んでいます。
この作戦は十中八九、成功するでしょう。
それをやるなら、最後に棚倉先輩に種明かしが必要です。
彼が納得する理由の一つになるでしょうから…。
あの先輩はプロセスをキチンと話せば理解できる人です。
動機や理屈で説明が必要なので時間が掛かりますがね…。
あと、説得は私がやりますから安心して下さい。
お気持ちは嬉しいですが、下手なことを言うと余計に事態が悪化します。
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逢隈さんからすぐに返事が来た。
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まずは三上さんが来年も受ける覚悟があることにホッとしてますが…。
とても複雑です。
三上さんが窮するようなら私も意を決して泰田さんと一緒に話します。
実は牧埜さんも凄く乗る気なんです。
このまま三上さんを棚倉さんの被害者にしておけない。
新島さんがグレたのも棚倉さんのせいもあるから、放っておけないと。
牧埜さんや泰田さんも、三上さんが強引に引っぱられた時に怒っていたことが
頭から離れなくて、来年は受けてもらえないと頭を抱えていたのです。
あの引っぱられかたは、私も同じ事をやられたら、ほんとうに怒りますよ…。
三上さん、お疲れでしょうから、返信は不要です。
とりあず日曜日のお昼にお会いしましょう☆。
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俺は、この逢隈さんのメールを見たあと、すぐに眠ってしまった。
◇
-翌朝 -
俺たちは、早朝から宗崎の両親と共にスーパー銭湯に行くと昨日の疲れを癒やしていた。
4人は大浴場でお湯に浸かりながら、ゆっくりとしている。
俺がボーッと風呂に入っていると良二が話しかけてきた。
「恭介はこういう場所が好きだよな。春休みに3人でお前の実家に行ったとき、温泉とか水族館とかに連れて行ってもらったり、親父さんやお袋さんとバーベーキューをしたけどさ、これはお前の生活環境からきてるよな。」
「良二、その通りだよ。これが苦しい時の息抜きになってるんだ。今日から明日の夜まではハードだからな。」
この3人は唯一、三上恭介の実家に行ったことがあるメンバーなのだ。
ちなみに、この3人が棚倉に対して怒っているのは、三上に対して強引に仕事を押しつける手法の他に決定的な理由があった。
棚倉が酔っ払っているとは言え、三上の実家に行ったこともない人間が行ったことがあるかのように何度も語るのはナンセンスだと思っていた。
三上の実家は都心と比べて何もないが、観光施設として優良な場所だ。村上は地方の出身とはいえども都会育ちだし、宗崎や本橋も同じ都会育ちだから新鮮味があったので滞在時は楽しく過ごせた。
棚倉が行ったこともないのに、友人の地元を暗に上から目線で言われている事に3人は少しムッとしていたのだ。しかし、彼には課題を教えて貰っているし、先輩なので厳しいことを言えない立場であるのは三上と同じだった。
彼らが三上が考えた策略に乗った挙げ句、さらに背中を押したのは、そういう感情が芽生えたからだ。
3人はそんなことを考えながら、三上の実家で一緒にやったバーベーキューの話や、飼っている柴犬の話をしながらゆっくりと過ごして朝食を食べていたら9時過ぎになっていた。
俺はみんなに声をかけた。
「そろそろ、寮に戻って課題をやろう。このままでは進まなくて死んでしまう…。」
皆が立ち上がって寮に行く準備を始めた…。