俺が急いでキャンパスの正門に行くと、みんなが集まっていた。
泰田さんはあの店を気に入っていて家族を連れて入ろうと思ったらしく、店の名前と電話番号が書かれた紙をバックの中に入れて持っていたお陰で、12名で予約を入れて1,800円の宴会コースで食事会をすることになった。
みんな、食事会を楽しみにしているような顔をしていた。
ここにいる人達の気持ちを代表して逢隈さんが俺に話しかけた。
「棚倉さんは酔っ払うと三上さんのことばかりを話すから積極的にコンパに出たくないのは分かるわ。わたし達も三上さんの気持ちが段々と分かってきたのよ。それに7つも課題があって明日から徹夜だろうから、強引に誘えなかったのよね。」
「逢隈さんも皆もごめんね。本来なら棚倉先輩や新島先輩と一緒にコンパに出れば良いのだろうけど、あの場で俺の話ばかりで長話をしてる時間が勿体ないから、今は食事会しかできないけど…」
守さんがニコッと笑って俺に話しかけた。
「三上さん、それでいいのよ。大変なのは分かってるわ。たしかに私も棚倉さんの強引なやり方を同じようにやられたら、ムッときて三上さんのように抵抗したくなるわ。それに、アルコールが入ると余計に時間がかかるから、三上さんは自分ができる範囲でさりげないく配慮できるのが嬉しいのよ。」
◇
この後、中華料理屋で、実行委員幹部とバレーボールチームのお疲れ会を兼ねた食事会が行われた。
和気あいあいと会話が弾む中で、泰田さんが俺の課題について少しツッコミを入れてきた。
泰田さんは少し眉をひそめて俺に話しかけた。
「三上さんは学部の中で優秀と言われているから、7つもあっても仲間から課題やレポートを写して貰うだけなら明日の朝から夕方までやれば、終わってしまいそうな予感もあるけど…」
俺が答える前に良二が弁解した。
「泰田さん、うちの学部は講義をすっぽかすと次の講義が分からずにパニックになって雪だるま式に分からなくなるから、コイツは明日の午前中ぐらいまで休んだ講義のノートを写しながら、俺たちがザッと説明する時間に充てられますよ。」
そして村上もエビチリを食べながら良二の話に補足を入れた。
「この前の微積のやり方もそうだけど、結局は4人でやり方を共有して皆が理解して解けるようになるまで教えるから時間がかかるのですよ。コイツは、そういう部分があるから絶対に俺らを見捨てないし。」
それを聞いて泰田さんが笑みを浮かべた。
「ふふっ、三上さんらしいわ。それで今日の講義を埋めるのに半日、そこから7つの課題やレポートをやるのに徹夜で…という感じなのね。」
『そうか…徹夜…夜中…。徹夜と言えばスーパー銭湯…。あっ!!』
俺はその話をきいて、ふと、棚倉先輩を騙し返す作戦を思いついた。
水餃子を食べる手を止めると、皆に話しかけた。
「泰田さんも、みんなも聞いて下さい。ここだけの話、恐らく俺の課題やレポートは明け方ぐらいに終わるので仮眠をしてから日曜日の午後2時頃に、このメンバーで大学駅前のボウリング場に集まって少し遊んでから宴会場に向かうのはどうですか?」
みんなは参加したいと次々に手を挙げている。
無論、良二や宗崎、村上も同じだ。
松裡さんが微笑みながら手を挙げた。
「三上さん!!。賛成だけど…。フフッ、絶対に魂胆がありそうね??。それを聞きたいわ。」
『松裡さんは女の勘が凄く冴えてるよね。ある意味で恐いわ。』
ここにいる全員が静かになって俺の話を待っている。
「あの、まず始めに、もう実行委員会が終わったので、表向きの丁寧な言葉は省略させてもらいます。」
もう、実行委員長代理という肩書きが面倒なので捨てたかった。
「みんなが分かっている通り、棚倉先輩は俺がコンパから逃げないように騙し討ちにしたくて、皆を黙らせていたわけでしょ?。ただ、皆さんはこの時点で俺のグルになってしまったけど…。」
俺が棚倉先輩を返り討ちにすることを期待してるから目の輝きが違うことが明らかに分かった。
「三上さん、ふっふっ。絶対に面白そうな作戦があるわよね?」
逢隈さんが楽しそうな笑顔を浮かべている。
「逢隈さん。その通りですよ。俺は棚倉先輩に再び仕返しをしたいのですよ。…おっと、本題に戻るね。あそこのボウリング場は、ここにいる学部の3人とよく行くから分かるけど、携帯の電波が届かなくてさ…。」
そこで守さんがハッと気づいて笑い出した。
「あっ!!!。前に起こったチームの決起コンパと同じことを、この規模でやろうというコトね!!」
「守さん。その通りだよ。俺は日曜日の昼頃に本橋、宗崎、村上を連れて、先輩に、まだ課題が残っていて終わってないけど気分転換に飯でも食いに行く、なんて伝えて先輩を騙して寮を出ます。寮に必ず戻ってくると信じている先輩は相当に焦るでしょうね。」
俺は苦笑いしながら皆の顔を見た。
仲村さんが少しクスクスと笑って俺に話しかけた。
「三上さん。それで、棚倉さんや新島が連絡をしようとしても電波が繋がらなくてダメだから焦りだすだろうねぇ…。三上さんがチームの決起コンパのあと携帯がつながらなくて、あの時はヒヤッとしましたよ。」
仲村さんは、居酒屋で泰田と守の母が三上に絡まれた事件を思い出したのか、少し苦笑いをしてる。
「うーん、仲村さん。今回は新島先輩には正直に話すつもりでいます。こういう時の新島先輩はとても協力的だし、俺をかばってくれることが多いので話が通じやすいです。」
俺はそう言うと、携帯を取りだして新島先輩に電話を入れた。
『どのみち、新島先輩は棚倉先輩の話を聞きすぎて死んでるだろうし。』
「新島先輩、そっちはどうですか?。また先輩が俺の話ですか?」
「三上、マジに助けてくれ。俺はマジに逃げたい。委員達は初めてだから面白そうに話を聞いてるけど、俺は何回も聞かされてるから死にそうなんだ。」
「新島先輩、抜ける方法があります。たぶんソッチも近場の居酒屋でしょうから、うちらが居る場所にすぐに来られるはずです。その代わり、ここも禁煙だけど大丈夫ですか?」
「行く、絶対に行く。そんなの関係ない。お前が俺に直接電話をかけてきたって事は絶対に何か企んでいるだろうし、また棚倉先輩をやっつける企みだろうから、俺は絶対に乗るよ。」
「先輩、察しがいい。そんなところなので、ここに来て下さい。」
俺は新島先輩に、ここの行き方や店の名前、電話番号などを教えると電話を切った。
泰田さんは笑顔のまま俺に話しかけた。
「三上さん、ここに新島くんが来るのよね。最近、ちょっと真面目になって戻ってきたから、わたしは少し安心してるのよね。」
俺は泰田さんの問いに真っ向から真面目に答えた。
「今の悪巧みは、新島先輩がいるから通用するのですよ。新島先輩が棚倉先輩を怒らせないように上手く操作しているからできるのです。ここだけの話、新島先輩は俺みたいに棚倉先輩に高校時代から囲い込まれてしまってるから、最後には嫌気が差して、あのようになってしまった背景があると思いますよ。」
それを聞いて、周りはハッと気付いた。
天田さんが皆が気付いていたことを代表して口に出した。
「だから三上さんは新島さんと共闘態勢が構築できるのですね…。それにしても凄い…。」
「まぁ、棚倉先輩は悪い人ではないのです。ただ、頭が良すぎて、人の言うことを聞かないから暴走を止める必要があるのですが、そこに私も新島先輩も苦労しているのですよ。」
そんな話をしていると、新島先輩がやってきた。
「三上や、美緒が話していた中華料理屋で飯を食っていたのか?。美味そうだから、俺も余っているものを食わせて貰うぞ。もうね、先輩の話がお前の事ばかりで、嫌になって飯も通らなかったわ。」
俺は、本題をいきなり切り出した。
「先輩さぁ、日曜日の4時に打ち上げコンパをやるでしょ?。その時に棚倉先輩を返り討ちにしようと思って…」
新島先輩の顔がパッと明るくなって、箸を置いて両手を何回か叩いた。
「三上!!。それはナイスだ。今日のコンパでも、お前の話を永遠としてしまうから俺も怒っていたんだ。昨日もお前が先輩を怒ったばかりなのに、同じ事を繰り返してるから嫌気があってね。」
そして、新島先輩はジョッキに入ったウーロン茶を口にして喉を潤すと話を続けた。
「ちなみに、お前が日曜日のコンパのことを知っているってことは、ここにいる全員が棚倉先輩を裏切っているから面白すぎる!!」
新島先輩の話を聞いて周りは悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
彼は大皿に残っていた全ての炒飯を自分の皿にのせて腹を満たすと俺の左肩をポンと叩いた。
「いやぁ、やっとマトモに飯が食えたよ!!。それにしても、三上。何を考えている?」
俺は行方不明を装って、棚倉先輩を焦らせる作戦を詳しく話した。
実行委員幹部全員の携帯が繋がらない場所に行って、先輩を凄く焦らせる大規模な悪戯だ。
新島先輩は腹を抱えて笑った。
「三上!!。それは上手すぎる!!。全幹部の携帯が繋がらないから先輩は焦るぞ!!」
俺は先輩が笑い終わったタイミングを見計らって基本的なことを聞いた。
「ところで、新島先輩は一緒にボウリングをやりますか?」
新島先輩は、笑いをこらえながら俺に話しかけている。
「いやぁ、三上。俺は今までの罪滅ぼしに棚倉先輩と一緒にコンパの準備をするよ。それと、ここにいる全員の電話が繋がらない時点で、先輩に酔っ払うと三上のコトばかり話すから、実行委員幹部全員が三上を哀れに思って、裏切った可能性があると先輩に吹っかけておく。」
そうすると、新島先輩はまたお腹を抱えて笑い出した。
「先輩、その後始末は大丈夫ですか?。あまり風呂敷を広げすぎると、棚倉先輩が暴走したときに俺が困りますよ。」
「はは!!ははっ!!だっ、大丈夫だよ。先輩は打ち上げコンパの準備で精一杯だから三上を探せないから、俺に捜索を丸投げするぜ。あの先輩はお前と同じで能力が高いから1人で仕事をこなせてしまうし。日曜のコンパは、ここにいる幹部が忙しいから、雪輪や溝口、菱沼や宇部が動いていたんだよ。」
俺は眉をひそめて溜息をつきながら新島先輩の言葉に反応した。
「はぁ…。あえて俺との接点が少なくて、しかも能力がありそうな委員を使って動かした訳ですか。」
それを聞いていた逢隈さんが真剣な顔をして事実を暴露した。
「それがウチの企画委員だから、4人が私にね、このままでは三上さんが可哀想すぎるから何とかしてほしいと、訴えてきたのが始まりなのよ。」
良二が逢隈さんの話を聞いて、本当に深刻そうな顔をして手を挙げた。
「やっぱり恭介、あ、三上のことですがね、棚倉さんに振り回されすぎて可哀想ですよ。恭介、お前なら徹底的に棚倉さんを懲らしめる作戦なんて簡単に考えられるだろ?。せめて日曜日のコンパの時ぐらい、お前を平和に過ごさせたいからさ。」
そして良二の言葉に宗崎が手を挙げた。
「三上は自分を褒められるのが少し嫌な性格ですからね。それに新島さんが、ここに逃げてくる程だから本人はもっと辛いはずですよ。三上、お前なら、あの切れ者の棚倉さんを封じるぐらいの簡単だろ?」
そして村上も手をあげた。
「俺らの同期、そして、同じ寮生として言わせて貰うと、三上はマジに寮の中では苦労役ですよ。だって風邪を引いたときも棚倉さんは三上の部屋に押しかけようとして、新島さんが止めたぐらいですよ。結局は学生課の怖い女の人に一本背負いされて、もの凄い剣幕で怒鳴られてましたけど…」
それを聞いた新島は立ち上がった。
「三上、お前は考えれば何か徹底的に先輩を追い込む策があるよな?。後始末は全部、俺がやる。何かあったら、このメンバー全員を俺がかばうから、それに賭けてみないか?」
ここにいる全員が俺の顔を見て一様に新島先輩の話にうなずいた。
「分かりました。こうなったら大がかりに一芝居を打ちますか。」