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~エピソード5~ ㉕ 体育祭当日~合間の休憩。

「恭ちゃん、バレーボール上手すぎ!。もう~、隠さないでよぉ。」(三鷹)

「恭介やぁ、マジに補欠だったのか?」(本橋)

「異次元のお前はともかく泰田たちが去年より上手いのは何故だ?」(棚倉)

「お前ら相当に練習しただろ?。三上は高校のレギュラー並だぞ?」(新島)


 試合が終わった直後、俺は周りから質問攻めにあったが適当にあしらった。


 そして、準決勝まで俺を温存する為に守さんが単独セッターになって、牧埜や松裡さんを交代させながら試合をすることになっていたが…。


 守さんのお母さんが微笑みながら宗崎と村上を呼び寄せた。

「2人とも、ジャージとシューズの用意はしているわよねっ?。」


 その質問に宗崎と村上は気まずそうな顔をしながらうなずいた。


 俺はそれを見て、意を決して良二に謝りながら説明をすることにした。


「良二、マジにすまない。お前も練習に誘いたかったが、絶対に練習なんかせずに冷やかすばかりだから、泰田さんに殺された可能性があって誘わなかったんだ。マジにすまない。」


 白状して謝ると良二は深くうなずいた。

「恭介や、むしろ俺を誘わなくて良かったよ。冷やかしに行った途端に泰田さんにぶっ殺されてたわ…。」


 良二は試合前に、泰田さんが新島先輩の頭を思いっきりぶっ叩いた件が心の中に残っていたようだ。


「泰田さんがいないから言うけど、あの人、怒るとマジにおっかねぇわ…。お前はお堅い女子と普通に会話をしながら上手に使いこなせるからスゲーよな。俺は絶対できないわ…」


 俺の会話を聞いて村上が申し訳なさそうに重い口を開いた。


「今まで黙っていてマジにすまなかった。そういう事情なんだ。三上は本橋のことが分かっていて、泰田さんに怒られるのを防いでいたからさ…。宗崎も同じだけど…。」


 良二が笑いながら村上と宗崎の頭をポンと叩いた。


「三上さまは、そういう気の回しかたが上手なんだよ。何週間も前に、お前らが練習をしていることを聞きつけたら、本能的に冷やかしに行ったと思うし、行った後のことを考えたら身震いがするわ…。」


 宗崎もそれを聞いて申し訳なさそうに口を開いた。


「本橋、俺もすまなかった。1ヶ月前に本橋を誘わなくて大丈夫かと聞いたときに、本橋は冷やかしに来るだけだから絶対にマズいと三上が言っていた。コイツは人を見極める力が凄いよ。」


 宗崎の言葉に新島先輩が反応した。


「三上は、泰田や守とか、松裡なんかもそうだけど、真面目でお堅い女子で、しかも怒らせたらマジに恐い奴らをうまく操作するから分からない。あの手の女子を怒らせるとマジに震えるほど恐いわ…」


 その会話を黙って聞いていた俺は、心情的に辛くなっていた。


 そして、周りが俺の話に夢中になっている隙に誰にも気付かれないようにソッと席を立ってそこから抜けた。


 トイレに行ったついでに、気晴らしに体育館の玄関を出て、外に行くと逢隈さんが委員と何やら話していたが、俺に気付いて寄ってきた。


 逢隈さんが少し頬を赤らめながら微笑んでいた。

「あっ、三上さん。さっきの試合を見てましたよ。ホントに凄かったわ!!」


 屋台をやっている外販委員達も、逢隈さんの言葉で俺に気付いて拍手をしている。


 彼女の容姿は、小柄で少し幼げな感じだが、彼女に興味を示す男性が幾人かいるほどに可愛い顔をしている。


 彼女が少し恥じらったような様子にドキッとしたが、その感情を抑えて彼女と話をしていた。


「逢隈さん、お疲れさまです。私を含めて幹部がいないと駄目なのですが…。試合中ずっと実行委員長臨時代理みたいな役割をさせてしまって申し訳ない。」


 俺は素直に逢隈さんに頭を下げたが、彼女は笑っていた。


「ふふっ、三上さん、大丈夫だわ。競技も企画も順調に進んでいますし、今のところトラブルは起きてません。それよりも委員達は三上さんたちの試合が見たくて、ジャンケンをして交代しながら試合を見てるのよ。」


「うーん、そんなに注目されているのか…。私は決勝戦まで温存させる方向らしいので、チームが不利になったときの切り札としての扱いになるから、何かあったら試合中でも躊躇わずに呼んで下さい。」


 逢隈さんとの会話が終わると、誰かが俺の背中をポンと叩いた。


 『え???』


 俺が振り向くと、荒巻さんと高木さんがいた。


 逢隈さんはそれを見て、少し名残惜しそうにして2人に一礼をして俺のそばから去っていった…。


 そのとき、逢隈紗良の心中は三上恭介とズッと話していたかった気持ちが強かった。


 彼女は失恋中だった。

 彼氏と付き合っていたが性格が全く合わず、男女の関係を持つ前にすぐ別れてしまっていた。


 前の彼氏は随分と身勝手だったので、それに対して理不尽な言いがかりをつけてきた彼氏の頬を平手で叩いてバッサリと別れを告げたのが真相だった。


 そんな彼女が、今日で三上と会えなくなってしまうのが寂しかったのだが、彼女自身、それとは違う説明のつかない感情が心の奥底で芽生えていたから名残惜しさを加速させていた。


 彼女は運動神経が壊滅的に駄目なので、泰田たちがやってるバレーボールに参加するのは到底、無理だった。泰田たちより自分が三上との接点が薄いことや、己のの運動神経のなさを嘆いていたのである。


 ちなみに仮の話になるが、三上恭介が霧島陽葵と結ばれていなければ、将来の嫁候補は彼女だったかも知れない。


 彼女は面倒見の良い性格をしていたし、実は三上が周りからヨイショされるのが嫌だったことや、彼が面倒くさがりな性格を実行委員幹部女性陣の中で、いち早く読み取っていたのだ。


 企画委員の打ち合わせの時に自分に板書を書かせたり、棚倉がやけに褒めるのを嫌がる顔を見せたこともあって、彼女は三上に対して、実は人間味があって、そこに可愛げがあることを見抜いていたのだ。


 逢隈紗良は控えめな性格ながら、愛する人に尽くすタイプなので、三上にとって相性の良い性格をしていた。


 ただし、将来的に襲ったであろう、三上の両親を相次いで病気で亡くした上に、自分の会社が経済的苦境に立たされたような苦しさに彼女が耐えられたかどうか…。


 そして、その時の三上を精神崩壊させずに支えて助けられたかは微妙だ。

 彼女は霧島陽葵のような芯の強いところが欠けていたのだ。


 それは余談としておいといて…。



 俺の背中をポンと叩いた高木さんが笑顔になっていた。

「三上くん、凄かったわ!。運動神経が良さそうな体をしてるのは分かったけど、あそこまでバレーボールが上手いとは思わなかったわ。」


 高木さんはプロレスとか格闘技好きなので、男女問わず、人の体幹を見ることが好きだった。


 荒巻さんも笑顔になりながら俺を褒めた。

「本当に凄かったよ。あそこまで強いアタックを打ったり、1人で背の高い選手をブロックできるなんて聞いていないよ。教授達も含めて、みんな口をポカンと開けて見ていたよ。」


「荒巻さんも高木さんも褒めるのは止してくださいよ。私は到底、現役の部活の人たちには及びませんし、背が低いから、分かる人から見れば箸にも棒にも引っかかりませんよ。」


 俺は2人と一緒に歩きながら、外販委員が飲み物を出してる屋台に行って、スポーツドリンクを1つ買うと、レジ係の女性経理委員に声をかけられた。


「三上さん、次の試合も応援しますからね、頑張ってください!」

 委員がそう言うと周りから自然と拍手が起こった。


「ありがとうございます。おそらく決勝戦まで私は温存状態なので、あと2試合はピンチの時にしか出てきません。何とか優勝できるように頑張ってみます。そして他のメンバーの応援も頼みます。」


 その言葉に大きな拍手があがった。


 ◇


 俺は試合開始の5分前まで外で時間を潰して荒巻さんや高木さんと共に体育館に戻った。

 そうすると、牧埜や松裡さん、教授達や良二、宗崎、村上そして、寮の先輩達が選手の控えの席に座っている状態だった。


 周りから「ギリギリまで何処にいっていたのか?」と、聞かれたが、トイレと水分補給の為に飲み物を買いつつ、委員達の様子を見回っていたと答えただけで何ら文句は出なかった。


『褒められるのがウザいから逃げた。…なんて言えないしなぁ。』


 一方で2回戦で実行委員チームと対戦したチームは初戦の相手より実力的に劣っていた。

 守さんのお母さんは効率的に選手交代をした。


 少し流れが悪くなると俺が入って立て直す。

 そして点差が開くと、牧埜や松裡さん、宗崎や村上などが入れ替わりで交代しながら、来年に向けて経験を積ませる意味での交代だということがすぐに分かった。


 良二が試合を真剣に見ながら、俺を見て宗崎や村上について感想を述べた。

「恭介。あいつら2人も相当に練習したよな?。お前みたいに異次元の強さはないけど、あのスタメンの中に入っても違和感がないからさぁ…」


「あの監督はメッチャ強いし、教え方が上手いから2人の飲み込みが早かったと思うよ。もう1人のコーチ…泰田さんのお母さんも初心者を教えるのが上手いんだよ。」


 そんなことを話しているうちに、第2試合の1セット目が終わった。

 24-15。圧倒的勝利だった。


 コートチェンジの時に棚倉先輩から俺は問いかけられた。

「三上よ、お前がいなくても勝てるぐらい強いから、俺は吃驚している。泰田や守と仲村、それに天田や山埼も相当に上手いじゃないか…。その秘密が知りたい。」


 それに対して俺が答える前に泰田さんのお母さんが答えた。


「棚倉さん。それも三上さんがいる効果なのよ。彼が強いアタックやサーブを打つことによって、周りも意識が変わったの。ただ、三上さんは周りから頼られすぎるあまり、トスが集中してしまうから最初の試合で点差が開いてしまったような弱点があるのよ…。」


 その言葉に対して棚倉先輩が答える前に、勘が鋭い新島先輩が泰田さんのお母さんに質問をした。

「泰田のお母さん。それはあの試合で点差が開いたときに、三上をセッター専属にした理由の一つでしょうか?」


「ふふっ、新島さん、その通りだわ。三上さんも懸念していたけど、みんなが三上さんを頼るあまりに彼なら必ず点が入るだろうと、無茶ぶり的なトスを和奏ちゃんがあげ続けたから、監督の守さんが怒ってしまったのよね…。」


 泰田さんのお母さんの話を教授達も興味深そうに聞いている。


 有坂教授が微笑みながら口を開いた。

「三上君、君は凄いね。あれだけの身長差がある選手をものともせず、怖じ気づかずに堂々とブロックしてしまうのだから。…しかし、泰田コーチ。あの状態からよく試合を立て直して逆転をしましたよね?。」


「ふふっ。教授、そこが私達の戦術なのです。三上さんは私達の考えを完全に理解して相手チームの弱点を確実に突いたのです。あの試合で大きく流れが変わったのは、三上さんのあの単独ブロックです。たぶん、初戦で戦ったあのチームは敗者復活で這い上がって決勝戦で、もう一度やりますよ。」


 そんなことを話しているうちに、試合が始まった。

 そして、俺の交代もせずにワンサイドゲームであっという間に勝ってしまった…。

 10-24。圧勝だった。


 次の準決勝は少し手応えのあるチームだった。

 点差が開きそうになると、俺が交代して同点まで追いつく。


 そして守さんにも勉強をさせるためにも、俺がいない状況を作って、今の戦力で戦うことを考えさせたのだ。


 しかし、相手は手強かった。

 1セット目は 24-22で辛勝だった。


 2セット目の中盤で 18-12で7点差まで広げられてしまった。

 これには原因があった。


 守さんのトスが仲村さんと泰田さんのみで単調になったこと、ブロックが絞れずにリードブロックのみだったことがあった。


 そこで守さんのお母さんが俺と守さんを交代させて、俺の動きを観察することになったのだ。


 俺は交代してすぐに仲村さんにセンターからの速攻のサインを出した。

 攻撃が左右で単調だったから既にブロックが読まれていたので、そこを攪乱する必要があったのだ。


 効果はてきめんだった。俺は前衛にいるので、一本を取った際にハイタッチをするときにコミットブロックを提案した。


「仲村さん、泰田さん、相手の攻撃はライトのみで単調なので3枚で飛びますよ。」

 無論、俺は小声で指示をする。


 少し選手控えのほうを見ると、守さん親子が真剣に話をしている姿と、泰田さんのお母さんが、教授や棚倉先輩などに解説をしてる姿が見えた。


「それで、三上さんは先ほど仲間とハイタッチしたときに、前衛にどうやってブロックを飛ぶのかの指示を出しています…」

 泰田さんのお母さんの声がかすかに聞こえたのと同時に三鷹先輩の視線を感じた。


 宗崎がサーブを打つと俺の予想通り、ライトからの単調なトスが上がった。

 それにブロックを合わせると仲村さんがいとも簡単に止めた。

 19-14。5点差だ。


 俺はハイタッチをしたときにブロックの指示を出す。

「たぶん同じだけど、平行か移動だろうから少しセンターよりで。」


 相手は平行を使ったが、そのブロックも泰田さんの手に当たって決まる。

 つぎにレフト方向にブロックを絞った。

 レフトのアタッカーが打ったスパイクは俺の手に当たって相手側のコートのど真ん中にストンと落ちた。


 これで19-16。3点差まで迫った相手はタイムアウトを要求した。


「三上さん、やっぱりブロックの読みが冴えているわ!!」

 守さんのお母さんが俺の背中をポンと叩いた。


 守さんは何か決意を固めたような顔をしていた。

「お母さん、次は私が入って良い?」


 それを聞いたお母さんは万遍の笑みを浮かべた。

「もちろん、良いわよ。ただ、さっき話したことを忘れないでね。」


 俺は守さんの目を見て、全てを託すように相手には聞こえないような声で言った。

 この次の1点は非常に試合を左右するほど大きいからだ。


「守さん、あえて言います。たぶん次はセンターの速攻だと思うので2枚でコミットブロックをしてださい。」


 俺がそう言うと泰田さんのお母さんが教授や先輩達に解説をしてる声がかすかに聞こえた。

「…三上さんは、あのようにブロックの指示を与えているのです…」


 先輩達に構っていてはキリがないので、守さんに少しアドバイスをした。


「相手チームのトスの傾向は守さんに似ています。なので、相手チームのセッターになったつもりで、どこにトスをあげたくなるのかをイメージしてださい。そうすればブロックが読めるようになります。」


 それを聞いて守さんはクスッと笑った。

「三上さん、お母さんと同じことを言っているわ…」


 守さんが見違えるほどに配球がばらけたので、大きく流れが変わった。


 そして…、このセットを22-24で勝利して決勝に進んだのである…。

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